17.決着
「ラ・ファイエット艦隊旗艦モルゲンロートの位置情報、消失!」
オペレーターの叫ぶ声にも、ボルトハーゲンは目をつぶったまま微動だにしない。彼は既に敗北を悟っている。もともとラ・ファイエットがオーベルニュを討ち取れると本当に信じていたわけではなかった。ただ、ラ・ファイエットの動きに正面の敵艦隊が本隊を救援しようと兵力を割くことで、こちらが薄くなった前線を突破できる可能性に賭けただけのことである。
しかしラ・ファイエット艦隊の動きにも敵正面艦隊は動じることはなく、むしろ予備兵力を全て投入して圧力を強化した。おそらく、オーベルニュとラ・ファイエット幕僚本部長率いる本隊だけで対処できると信じていたのだろう。(そこが・・・・)我らと奴らの違いか。
もともとボルトハーゲンは徹頭徹尾、現実主義者だった。自分以外の者は誰も、実の子供達さえ信じてはいなかった。(それが・・・・)今回の戦いではホルストやシュベルツドルフ、ナルヴィクらが自分の思い通りに動くと、どこかで信じていなかったか? オクシタンの大攻勢に臆したためか、それとも・・・・。(焼きがまわったか)ボルトハーゲンは自分自身に対して冷たく、皮肉な笑みを浮かべた。
「閣下! このままでは全滅します! 旗艦だけでも脱出しましょう!」
ボルトハーゲン家執事長にして艦隊幕僚長のホイアーが振り返り、必死の形相で叫ぶ。
「脱出? あの小僧、ホルストのようにか? 脱出できたとして、どこに行く? ヴェスターブルグに頭を下げて庇護でも乞うつもりか? ・・・・ならぬ。この歳でむざむざと笑い者になる気はない」
「しかし・・・・!」
残存艦艇は1,500隻足らず。フェルゼン要塞を回ってきた敵右翼艦隊が背後に到着し、ボルトハーゲン艦隊は既に完全包囲下にあった。(もはや、これまで。)ボルトハーゲンは再び目を閉じた。11代続いた銀河帝国ボルトハーゲン公爵家も儂の代で終わりか。(しかし、)ボルトハーゲンはカッと目を見開いた。あの小僧に何もやるつもりはない。
「ホイアー」
ボルトハーゲンは立ち上がると幕僚長を呼んだ。近寄ってくるホイアー幕僚長はボルトハーゲンの表情をみると蒼白になった。すでに何の感情もうかがえない。
「儂は少し休む。後はお前に任せる。それから・・・・」
ボルトハーゲンは顔を寄せると、ホイアーの耳に囁いた。
「例の指令を実行せよ。皇帝陛下に最後のご奉公じゃ。オーベルニュに儂の物を何も与えるな。よいな?」
そこで少年時代から彼に60年間仕えた男の目を覗き込む。「お前だけは裏切るなよ」そういうと静かに艦橋を出て行った。
しかしボルトハーゲンの最後の指令は結局、実行に移されなかった。ホイアーが裏切ったわけではない。ホイアーが逡巡を断ち切り、司令官席にある秘匿通話のボタンを押そうとしたその時、オペレーターが叫んだのである。
「ボルトハーゲン、ソンダース、ベスネック軌道上に敵艦隊が出現! 敵部隊が降下しています!」
午後8時ちょうど、オクシタン軍降下猟兵第8独立強襲旅団に所属する各連隊はボルトハーゲン、ソンダース、ベスネックの各惑星に対し一斉に降下を開始した。目標は各惑星の首都近郊にある戦略ミサイル基地である。上空に待機する強襲揚陸艦が激しい対空砲制圧射撃を加える中、機動揚陸艇に分乗した降下猟兵達が敵基地司令部にまっすぐ向かっていく。そしてその強襲揚陸艦達を惑星警備隊の攻撃から守っているのは、旧イェーリング艦隊の生き残り達であった。
午後8時55分。第四艦隊旗艦アルシェを出発した連絡艇がボルトハーゲン艦隊旗艦ヘアツォークに横付けした。既にボルトハーゲン艦隊に残存する1,200余隻の降伏を確認している。第四艦隊司令官ランサック少将が出迎えたヘアツォークの士官の後についていくと、ある一室の前に警備兵が2人立っており、その廊下の奥にはさらに3人の警備兵が立って人だかりを制していた。ランサックは部屋に入ると、無言でソファに座る人物を見下ろした。毒をあおったらしいその人物は天井を見上げて目を見開き、口からは血が溢れていた。既にこと切れている。傍にはハンドガンで自らの胸を撃ち抜いたらしい別の老人の遺体が転がっていた。
帝国暦203年3月13日、帝国副宰相アウグスト・ケンプフ・フォン・ボルトハーゲン公爵死去。享年69。あと3日で70歳になるところだった。
こうして帝国第三の星系ボルトハーゲンはオクシタン軍の手に陥ちた。帝国軍は宇宙艦隊司令長官ホルスト王子、ボルトハーゲン副宰相、ベッケンバウアー幕僚本部長を初めとする高級指揮官達を失うとともに、2万3,000隻以上の艦艇が撃破ないし捕獲された。対するオクシタン軍の損失は7,240隻であった。
~第二巻 Fin~
ここまで拙文を読んでいただき、ありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これで第二巻を完結しました。第三巻は・・・・何も決めていませんが、夏頃にも再開できれば、と思っております。その際にはまた、よろしくお願いいたします。




