3.自由の価値
会議が終了すると、ウォラフソンはバルツァーとマイアーを誘ってコンステレーション・キャッスル号のラウンジにやってきた。同船はネオ・ネプチューン宙域で訓練を行ってきた将兵の休養と宿泊、娯楽のために軍が借り上げた超大型客船である。
俺が奢るよ、と言って全員分のビールを注文すると、ウォラフソンはバルツァーに向き直った。
「いや、前から帝国領への逆侵攻なんて言ってたが、まさか本当に来るとはな」
「当たり前だ。名誉ある先陣を他に譲るなんて、軍人としてあり得んよ」
「そうか。・・・・でも正直、何が起きるか分からんぞ。さっきの会議でもあったが、ラムズフェルト大統領の秘密主義のせいで、十分な準備ができたとはいいがたい。新設の部隊と聞いたが、よくもお前と同じような向こう見ずが集まったな」
ちょうどやってきたコロナビールの瓶をカチリと合わせて乾杯し、バルツァーはそれを一口含むと身を乗り出してテーブルに両肘をつき、ウォラフソンをしばらく見つめていたが低い声で話し始めた。
「ヴィック、この第442連隊、って聞いたことがないか?」
少し考えてからウォラフソンは頷く。元戦史マニアだけにすぐに思い出した。
「確か、先の大戦で共和国連合陸軍部隊中最も高い死傷率を記録した部隊だったな」
「ああ、しかし442連隊がそんなに多くの戦死者を出した理由は知ってるか?」
うん?と腕を組んだウォラフソンだったがすぐに目を見開いた。
「まさか・・・・?」
「そう、442連隊は先の大戦中に脱帝者を集めて創設された部隊だった。だからこそ、常に一番の激戦区に志願したんだ。共和国連合への忠誠心を証明するために」
「お前たちもそうだというのか?」
「ああ、俺が軍上層部に掛け合ったんだ。脱帝者からなる部隊の新設と第442連隊という部隊名の復活をな。上層部はすぐに承諾してくれたよ」
そういうと、バルツァーは溜息をつきながら後ろにもたれかかる。顔は天井をみつめているが、ぼんやりとした表情だ。
「俺たち脱帝者は移住から何世代たっても、テラフォード社会の中では余所者のままだ。普段は人権だの、民主主義を守るだの言っているテラフォードの連中だが、ふとしたはずみで本音が顔を出す。この前のネオ・ネプチューン事件の時のようにな」
ウォラフソンは事件の後にSNS等で飛び交った罵詈雑言を思い出して顔を曇らせた。脱帝者送還に抗議する民主脱帝者評議会のデモに対して、「これまで匿ってやった恩を忘れ、我々を戦争に巻き込むつもりか。帝国に返れ!」などといった心ない投稿が多くの「いいね!」を集めていたのである。
ウォラフソンの表情に気づくとバルツァーは苦笑した。
「ヴィック、君がそういう人間じゃないってことは知ってるさ。ただ、俺たちは誰かに守ってもらうんじゃなく、自分自身の手で忠誠心を証明する機会を逃すわけにはいかんのさ。あのクソみたいなテラフォードに対する忠誠心じゃないぞ。自由と民主主義っていうイカれた女神に誰が最も強く忠誠を誓っているのか、ってことを示す絶好の機会だってことさ」
いつも飄々としているバルツァーにこんな顔が隠れていたのか。ウォラフソンはバルツァーの顔を見なおした。
すると今まで神妙な顔で黙っていたマイアー少佐が首を傾げる。
「大佐、俺たちを集めた時、そんなことをおっしゃってましたっけ? 確か、帝国にはいい女がいっぱいいるからとかなんとか・・・」
バルツァーが破顔一笑した。
「馬鹿野郎! 人がせっかくいい話をしてたところなのに。ほらヴィックなんかあと少しで泣きそうだったじゃねぇか。物事には本音と建て前、ってものがあるっていつも教えてるだろ?」
あはは、と3人が腹を抱えて笑い出したところで、後ろから冷ややかな声がかかった。
「随分と楽しそうですね、大佐」聞き覚えのある声だ。
ウォラフソンは振り返り、ぎょっとして立ち上がった。
「君は!・・・・なんでここに?」
白銀の髪に薄い目の色、ほっそりとした姿の女性士官がシュタッと敬礼する。
「グエン・ティ・ホアン中尉、第一機動部隊への着任を報告します。・・・・ってお聞きになっていないんですか? 昨日付で大佐にも軍報が届いているはずですが?」
ウォラフソンは頭を掻きながらしどろもどろに言い訳をする。
「いや、ほら、ここ数日、いろいろと準備で忙しかったから・・・・」
本当は、昨日は「出征の前祝い」と称して、ホフマンらと明け方まで飲んでいたのだ。
不利を悟ってウォラフソンは話を変える。
「よくバルベリーニ局長が君を手放したな」
ウォラフソンの元上司、作戦第三課別室の室長だったカルロ・バルベリーニのことだ。今は准将に昇進し宇宙軍軍務局長を務めている。グエンとコンビを組んで、様々な法整備と軍制度改革を進めてきた。グエンは肩をすくめる。
「局長は・・・『今はウォラフソン大佐は少しでも実戦経験のある人間を欲しいだろう』と仰ってました。私がそれに該当するのかは分かりませんが」
ウォラフソンはバルベリーニの心遣いに感謝し、グエンの手を握った。
「君が来てくれると心強いよ」