10.戦う理由(わけ)
クリーガー、ディートマー、エルフリーデの3人は沈鬱な表情で朝食のテーブルを囲んでいる。皿の上をすべるナイフとフォークだけが静まり返ったダイニングでまるで場違いな音を立てている。ディートマーは先程から不必要な程ベーコンを細かく刻みながら顔を顰めていたが、やがてあきらめてナイフとフォークを放り出すとエルフリーデの方を向いた。
「それでエル、昨晩叔父上は何とおっしゃっていたんだい?」
エルフリーデは首を横に振ると静かにナイフとフォークを置いた。
「何も。ただ、昔話をしていただけよ。でも私たちの気持ちは変わらないわ。私達は領民を見捨てるようなことはしない。何があろうと。どれだけ敵が強大であろうと最後まで戦うだけよ。それよりディートマー、そして准将、あなたたちこそそろそろ出発しなくては。敵がこのコルレンツ軌道上にやってきたらここから出られなくなるわ。そんなことになったら、それこそローデスブルク伯父様に顔向けできないわ」
ふぅぅぅ・・・・ディートマーは大きなため息をつきながら目を瞑り、腕を組んだ。するとその時、バタンと音がし食堂入口の扉が開いた。
「いいやエル、お前もディート達といっしょに行くんだ」
3人が驚いて振り返ると、既に正装に着替えたシューマン男爵が入ってくるところだった。
「えっ・・・・!? お父様、今なんて・・・・?」
シューマンはすぐにそれには答えず、執事にアールグレイを申し付けるとテーブルの上座に座った。両肘をテーブルにつき、組み合わせた掌の両親指の上に顎を乗せると3人を見渡した。焦れたエルフリーデがもう一度繰り返す。
「お父様、今なんとおっしゃったのです? 私がディートマーと一緒に・・・・?」
そこでシューマンは執事から紅茶を受け取り、一口すするとカップを静かにテーブルの上においた。エルフリーデをまっすぐ見つめた男爵は頷く。
「そうだ。お前はカテリーナを連れてこの星を出るんだ」
「と、いうことは・・・・叔父上?」
「ああ。私はオクシタンに降伏することにした。だが、領民達を見捨てるわけにはいかぬ。私はここに残る」
「納得できませぬ! お父様がここに残るなら私も!」
「そうです、叔父上。父からは叔父上、伯母上を必ずお連れするように厳命されております!」そこでディートマーははっとしたように息を飲んだ。
「もしかして叔父上、伯母上は・・・・」
シューマンは深いため息をつくと、ディートマーに向かって悲し気に微笑んだ。
「ああ、ディート。妻は、アンはもう長くはない。今ここを出たら、おそらくもう帰ってはこれんだろう。彼女が愛したこの星と、そして領民のもとにはな・・・・。最後はこの星で迎えたい。それが彼女の望みだ」
そういうとシューマンは呆然とした顔のエルフリーデに顔を向けた。深い悲しみに満ちた声で続ける。
「エル、分かってくれ。私とそなたの母上はこの星を離れるわけにはいかぬ。だが、お前にはシューマン家の代表として皇帝陛下のご恩顧に報い、家名を守ってもらわねばならぬ。入り婿である私が、私の我儘でシューマン家を絶やす訳にはいかんのだ」
エルフリーデは深く項垂れた。
「お前には苦労をかけてすまない。ルフトヴァルデにいっても、『裏切者の娘』という汚名を着せられるやもしれぬ。カテリンの将来についてもお前一人に背負わせてしまうことになる。こんな不甲斐ない親ですまない」そういうとディートの方に頷きながら言った。
「ルフトヴァルデでは兄上、ローデスブルク伯を頼りなさい」
重苦しい沈黙が落ち、俯いたエルフリーデがすすり泣きを漏らしている。しばらくしてエルフリーデは涙を拭いながら顔を挙げた。
「父上、いいえ帝令候シューマン男爵のご命令とあらば従います。・・・・カテリンの準備をさせ、母上にご挨拶をして参ります」
「僕も行こう。伯母上にもご挨拶をさせてください」
そう言ってディートマーとエルフリーデは食堂を出ていき、シューマンとクリーガーの2人が残った。シューマンはまた紅茶を一口すすると、背を椅子に深く預けた。どこか遠くを見つめながらシューマンは独り言のように呟く。
「君の言葉には何も反論できなかったよ、クリーガー君。徹底抗戦などというのは私の自己満足にすぎんという言葉にな。領民のことを考えていたといっても、所詮貴族の目線からにすぎん」
クリーガーは黙って頭を下げた。
「・・・・・・・・一つ、聞いてもいいかな?」
「はい」
シューマンは居住まいを正し、クリーガーをまっすぐ見つめた。
「君自身は何のために戦っているのかな?」
クリーガーは少し首を傾げ、顎の無精髭をしごいた。
「食うため・・・・ですかな。私は軍人という生き方しか知りません。つまり、家族を養うためのカネを人を殺すことでしか稼げない男ですから」
「そうか・・・・」そういうシューマンにちらっと一瞥を投げると、小さく溜息をつきながらクリーガーは続けた。
「まあ、オクシタンの掲げる社会の在り方というものが私の性に合わないのも確かです。私の父も入り婿でしたが、酒と博打で身上を潰すようなだらしない男でしてね。そんな血を引く私もまあ、あまり人様に誇れるような生き方をしてきたわけではありません。おそらくオクシタンの理想とする社会では真っ先に進歩のない人間、人や社会の役に立たない人間として切り捨てられるでしょうな。しかし、」そう言ってクリーガーはシューマンと目が合うと照れたように髪の毛をかきむしった。
「私が思うに、人間社会というのは私みたいなちょっとダメな奴を基準にして作られるぐらいがちょうどいいんじゃないですかね。あまり理想や正義なんてものを前面に押し立てられちゃ、息がつまっちまう。自分が他人より道徳的に優れていると優越感に浸る人間ほど、やっかいなものはありませんからな。彼らは自分の価値観を他人に押し付けることに何のためらいも後ろめたさももちませんし」
シューマンはそれを聞いてふふ、と笑った。
「クリーガー君、君は面白い人だな。こんな時でなかったら、もっとじっくりと話してみたかった」そういうと真顔になり、深々と頭を下げた。
「君の給料分の仕事というわけにはいかないだろうが、娘達とディートマーのことをくれぐれもよろしく頼む」




