4話 近射
「あおのっち緊張してるの?」
「いや、ちょっとびっくりして」
「人を殺せるって?あれは気を付けてくれよって意味だから」
「もちろんです!」
「まあとにかく矢を弓につがえるのは、シューティングラインに立ってる時だけな?」
「しゅー、てぃんぐ、らいん?」
先輩が指さした先、コンクリの灰色の地面には真っすぐ白い線が引かれていた。きっとあれがシューティングラインなんだろう。
そのラインより先には台車が3台、並んでいる。台車の上には畳が横向きに、置かれていた。畳の端は今も座れそうなくらい綺麗。でも、中央に近づくほどぼろぼろ。
見ればわかる、あそこに何度も何度も、矢が射たれたんだと。
「射つときはあのラインに立つってことですか?」
「そーそー。あそこに立ってない時は矢を矢筒に入れておくこと」
「わ、わかりました」
「そんで、あの畳をこれから射ってもらう」
「だから、近射っていうんですね」
ラインからあの畳までは歩いて5歩くらい?芝田先輩なら腕を伸ばせば3歩で届きそう。確かに近距離の射だ。
そうやって畳を見ていたら、畳1枚につき風船が2つ貼られていく。もしかしてあれが的?外すのが難しいくらいデカい的だ。
「じゃ、準備できるまで射ち方を教えよう」
「でも、矢は使わないんですよね?」
「弓だけ使う素引き、だよ」
バットの素振りならぬ、弓の素引きは弦を引いて元に戻す動作。そのまま弦を離してしまった子もいたが、芝田先輩いわく「部員で空射ちをやったら部長に殺されるよ」とのこと。つまり素引きで弦を放ったら緒田部長に怒られるのだろう。
アーチェリーは人を殺せる道具を使う。たとえそこに矢が無くても、シューティングライン以外の場所で、弦を放ったらダメなんだ。
それに矢がない状態だと弦の衝撃が弓に直に伝わるから、道具を壊すことにも繋がるんだとか。このフローリングの床みたいな弓ならともかく、先輩たちが使う弓はいったいいくらするんだろう。
「あおのっち、良い感じに弦を引けてるね」
「そうですか?」
「じゃあそろそろ、シューティングラインに行こうか」
「・・・はい!」
俺はいつの間にか、クィーバーに入った矢を握りしめていた。
身に着けている道具そのままで人を殺せる。その緊張感を忘れてはいけませんね。