15話 猿腕
全員が近射に立てないから、ラインの後ろからみんなを見ている時間もある。正直アーチェリーはそんなに疲れ──
「げんじー」
「な、なに?」
陽気な末吉さんが真面目なトーンで僕を呼ぶ。こちらもそれに合わせて応じるが、彼女は急に腕の内側を見せてきた。
「腕、こうして?」
肘の部分をくっつけようとしてる?
「こ、こう?」
「あー。げんじはつかないかー」
「末吉さんは肘が付いてるね」
「付くと猿腕なんだってー」
彼女は明るい声で笑顔を見せる。その直後のため息が僕は気になった。
「さるうで?」
「そう、さっき芝田先輩が教えてくれた」
「さるって、あの猿?」
「そうなんよ。なんか嫌だよね」
「でも、それがアーチェリーに関係あるの?」
二人で話していると肩に手が置かれた。芝田先輩の軽い手ではなく、重い手。
「猿腕だと、弦が腕に当たりやすくなるな」
「も、森長先輩」
少し話過ぎたかな。注意されると思ったが、副部長の先輩はそのまま猿腕について話す。
「猿腕は女子に多いらしいぞ。男子でもたまにいるけど」
「あんまり良くないってことですか?」
「射ったあとの弦が腕に当たると、矢がずれる」
猿腕は肘が横に広い。弓を押す側の腕が出っ張っているようなイメージか。放たれた弦がその肘に当たると・・・確かに飛んでいく矢に影響がありそうだ。
「先輩私、アーチェリーむいてないですか?」
「そんなことない。猿腕は射型次第で克服できる」
「射型ってそんなに種類が?」
「ああ、立ち方だけでも3つはある。そこからそれぞれの射型になるからな~」
「人の数だけある的な!?」
「そうだな。でもまずは基本の型でやれよ」
「はい!」
「末吉は今、腕に当たるのか?」
「さっき芝田先輩に教えてもらったので、これから近射で見てみます」
「白花は?」
「僕は、大丈夫です」
「そうか。じゃあ二人とも頑張れよ!」
森長先輩はそのまま50mのシューティングラインへ向かう。
アーチェリーの話をこんなにしたのは初めてかもしれない。先輩や誰かと話すのも楽しいけど、アーチェリーのことを話せるようになるのも楽しいな。
そうだ、青野くんが見張り方帰ってきたら猿腕のこと教えてあげよう。
「次! 見張り誰だ!!」
緒田先輩が怒鳴る。もちろん部長は怒っていないし、怒鳴っているつもりもないんだろう。けど、あの人の声は背中が伸び・・・
「すいませーん! 僕です!」
忘れてた! 青野くんの次は僕じゃないか!
「白花見張り行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい」
良いな、長距離のシューティングライン。僕も早くここに立ってみたい。
30mの的を過ぎた時、青野くんとすれ違った。
「お前また見張り忘れたろ」
「あ、青野くん!猿腕のこと聞いた?」
「あー。これだろ?」
青野くんの肘はついていた。猿腕は女の子が多いって言ってたけど、彼も猿腕だったのか。
「言われて気が付いたんだけど、俺の肘も弦に当たってるらしいわ」
「す、末吉さんもそうらしいから聞いてみたらいいかも」
「でもあいつ猿よりうるさいじゃん」
「お、怒られるよ」
「ははは、ありがとな白花」
男子では珍しい猿腕がこんなにあっさり見つかるなんて。しかも青野くんだった。
猿腕だけでアーチェリーのすべてが決まるわけではないです