14話 1年なのに
近射に的はない。風船があったのは体験の時だけ。じゃあなんのために射つのか。それは、射型のため。
的がない近射は射型──自分の体に意識を集中して矢を射てる。正面じゃなくて、自分の体を真上から見ているイメージで──
〝射つ〟
でも、テキトーに射つのは練習としてもったいない。だから一応、狙う。自分で的を作るんだ。畳に縦3本矢を揃えて射つ。それを2列、計6射分やる。
これは先輩たちのマネで、みんなやっている。
「調子はどうだ青野っち」
「だいぶ慣れてきました」
「スタビはどう?」
「ちょっと重いですけど、あるとバランスが取れる気がします」
「あとはサイトとクリッカーだな」
アーチェリーにはパーツが多い。
スタビ・・・スタビライザーは弓の前方につけるステッキのような棒。矢を放った時の反動を吸収する役割がある。
サイトは銃でいう照準。これがあるから、90m先でも狙うのに困らないらしい。使ったことないから半信半疑だけど。
クリッカーは見た目はただの鉄の板。指に乗るくらい小さい。どんなものかはまだよく分からない。ただ、先輩たちを見ているとカチッという音が鳴ってから矢をリリースしている。だからクリッカーは射つときの合図かも?
フル装備の弓を持つ先輩たちは常に50mか30mを射っている。1年の近射とはもはや競技が違う。
「青坊、お前次見張りだぞ」
「あ、ああ。ありがとう阪東」
僕たちの練習場は廃校だ。万が一の乱入者のために遠距離の的の裏側には見張りが立つ。1エンドずつ1年が交代で行う。今は水本だから名前順で頭に戻って俺。
シューティングラインに誰も立っていないことを確認して、お決まりの掛け声を言う。
「青野見張り行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
この掛け声が1エンドの終わりを意味する。この時だけが1年の俺たちが唯一、遠距離のシューティングラインに立てて、それを超えられる瞬間。
30mはそこそこ遠い。50mはもはやぼやける。的は確かに見えるけど、本当に狙える距離なのかこれは。50m、走ったら近い距離なのにな。
「青野」
「ん?」
「ゴムトレに使えよ」
そう言って水本から渡されたのは文字通りのゴム。
ゴムチューブって言ったほうが良いかな。結ばれていて輪になっている。その結び目はまるで弓の持ち手。
つまりこのゴムを弓に例えて引くトレーニングをしろってことだ。見張り中も無駄にならない。
「青野は引くとき硬くなってるから、もっとリラックスしたほうがいいぞ」
「そ、そうなん?ありがとう」
まるで先輩。あいつは全員を見てそれでアドバイスをくれる。冷たそうなのに、優しい。けど、悔しいな。同じ1年なのに。
見張りは大事です。たまに人が来るので。。。