8話 素引きの少年
着替え終わった俺と白花は射場に来て、自分に装備を足している。先輩たちは他の体験入部生の対応で忙しく、こいつの面倒は俺が見ることになった。
「そんで、これがタブな」
「アーチェリーの道具って意外とあるんだね。覚えるの大変そう」
「それなー。徳川将軍といい勝負」
「・・・家康とよしのぶしか知らない」
「最初と最後かよ。白花って意外と勉強苦手なんだ?」
「ゲームの方が楽しいから」
「あーでも、アーチェリーの装備はゲームのアイテムみたいで覚えやすいだろ?」
「まあ、将軍よりはね」
自分が装備を身に着けた姿はよく見ていなかった。チェストをつけてクィーバーをつけた白花は、今やアーチャーだ。
こう見るとただの青色ジャージでもかっこいいじゃん。俺もこんな感じだったのかな。
「二人とも装備は終わった?」
「は、はい、これから素引きを──」
「了解。できたら教えてね」
知らない先輩だった。黒髪のポニーテール。黒いウェア。黒い弓。身に着けている装備も全部、黒。凛としていて、女性だけどかっこいい。
「女の先輩もいるんだね」
「そういや部長も女の先輩だよ」
「芝田先輩じゃなくて良かっ──」
〝パンッ〟
射場に響く破裂音。反射的に背筋が伸びる。驚いたけど、嫌な感じじゃない。心臓から反応して、血液がわきたって、口角が上がる音。的に、命中した音!
「い、今のは?」
「近射の風船に当たった音だよ」
「青野君」
「ん?」
「僕たちも早く行こう」
「そ、そうだな」
さっきまで歩くのを嫌がっていた白花の眼が、飢えていた。俺よりもどん欲で、矢を射ちたいと訴えている。
「でも白花、まずは素引きだ」
「素引き?」
「そう。矢を使わないで弦だけ引くんだ」
俺が素引きの手本を見せようとしたとき、「素引きは俺が教える」と弓に触れたのは黒髪の男子。声と同じく愛想のないやつだ。つまり第一印象は良くない。
「あ、はい。お願いします」と、つい敬語で返事をしたが先輩には見えない。若いとか幼いとかじゃない。なんとなく、同級生の気がする。
でも、同級生なら俺と同じだし教えることもできないはず・・・。
「まずは見ててくれ」
見た目や雰囲気は同級生。だが、こいつが弦を引いた時、アーチェリーに関しては先輩だって認めるしかなかった。
流れるように弓を構えて弦を引く。そして顎下で弦を数秒キープ。そしてゆっくりと弦を戻す。
力を入れているはずなのにそう見えない。クールなやつだな。弓が似合う。
素引きだけど分かる。彼が放った矢は絶対的に当たるんだろう。
素引きの弦をそのまま放して怒られたこと、何度かあります(絶対ダメ)