真実への第一歩
「めぐみ様!
今日から図書室や裏庭に行けるようになりましたよ
カミュール様はまだゴタゴタしてらして、こちらには来られませんが…」
リムのいつも通りの明るい笑顔が薄っぺらく感じた。
勝手だなぁ。
ちょっとよくしてもらったからって、勝手に信じておいて、勝手に裏切られた気になって…。
自分は何て愚かなんだろう。
虚無感を拭えない私は、精一杯元気なふりをした。
「本当!?
嬉しい!
じゃぁ散歩がてら裏庭を通って、図書室に行こう
プラネにも会えるかな?」
「…プラネ様は本日はお話できる時間は無いかと」
見慣れてしまったリムの困った笑顔に、「そっか」と短く答えた。
昨夜から自分の心が凍てついている気がしてならない。
自分の知らない自分が動いている。
そんな錯覚を覚えた。
美味しい食事にもときめくことなく、裏庭へと出るとリューネルとマルスがいた。
二人で仲良く花壇を眺めている。
それは微笑ましい光景だった。
自分が厳つい鎧を身に付けた兵士に囲まれているから、よりそう見えたのかもしれない。
私が近づけばすぐにリューネルが気付き、深々とお辞儀をする。それに倣ってマルスも頭を下げた。
「元気になられたようでよかったです」
「聖女様のおかげですわ
あれ以降ずっと元気なんですよ」
実際は何もしてないが、元気なのはいいことだ。
それがマルス本人の成長によるものだとしても。
「よかったね」
マルスにそう言って微笑めば、とびっきりの笑顔を見せてくれた。
「もうかくれんぼもできるんだよ」
「かくれんぼ?
楽しそうだね」
広い敷地でするかくれんぼは、さぞ大変で、子供には楽しいのだろう。
だが理由はそれだけではなかった。
「おいかけっこは、くるしくなっちゃうからできないけど、かくれんぼならできるから
だからね、とーってもとくいなんだ」
体が弱い。そのせいで行動が制限される事実を突きつけられ、胸が痛む。
チート魔法で治してあげられたら、と無駄な考えが浮かんだ。
その一方で、思い立ったことがあった。
出来るだけ優しい笑みを浮かべ、マルスににじり寄る。
「じゃぁ今から一緒にかくれんぼしよっか?」
「…いいの?」
無邪気な笑顔に若干心が痛むが、折角のチャンスを逃すことはしたくない。
案の定兵士の静止の声が響く。
「聖女様、危険です
おやめください」
「この裏庭にどんな危険が潜んでいるの?
かくれんぼにまで付いてこられたら、隠れられないんだけど…
どうしても、と言うなら、私とマルス二人で隠れるからみんなで探して
二人でいれば危険なんてないよね?」
「しかし…」
マルスを無理矢理巻き込んで、険しい顔を見せる兵士を無視した。
「1分経つまで探しちゃダメよ」と言い残し、戸惑うマルスの手を取った。
「さぁ、マルス
とっておきの隠れ場所を教えてちょうだい」
マルスの案内で裏庭のアーチを潜る。
1分じゃ短かったかな、と後悔する間もなく、マルスがこっそりと抜け道を教えてくれた。
「あのね、おーぞくがにげるみちがあるんだよ
せいじょさまにはとくべつだから
おしえてあげるね」
「逃げ道?」
「うん、そとにつながってるんだって」
茂みに隠された大木の根の窪みにそれはあった。
注意深く見なければ、見落としてしまいそうなそこに入る。
中は人一人がやっと通れそうな通路。じめっとしているが、気温も低く不快には感じない。
どこからか薄ら光が漏れているおかげで不自由はないが、ちょっとだけ不気味だ。
入り口近くに小部屋があってそこにランタンがあった。
マルスは危なっかしい手付きでマッチを擦る。
「かえりたくないときは、ここでやりすごすんだ」
「奥へは行ったことないの?」
「うん…こわくないよ
ぼく、こわくない…けど…」
聞いてもいないのに不安げに眉尻を下げるマルスに、こわいんだな、とちょっと笑いそうになった。
「私はもう少し奥に隠れようかな
一緒にいたらいっぺんに捕まっちゃうでしょ?」
「そーだけど」
「兵士さんたちがもしマルスを見付けても、マルスが私のことを守ってくれるから平気よね?」
狡い言い方だ、と自分でもわかっていた。でも手段は選んでられない。
行き当たりばったりなのも重々承知の上。
これを逃せばきっともう外には出してもらえない。
心の中で「ごめんね」と謝罪し、使命感に燃えるマルスを一人残して、『外』へと向かった。
暗闇の先にあるのが光だと信じて。
長い長い暗闇の先を抜けると、入り口と同じような大木の根元に出た。
違うのは目の前に見える城壁。
私が目指した場所だ。
城壁の地下に閉じ込められているはずのあの人達に話を聞きたい。
あの日からずっとそう思っていた。
その答えを聞くのはカミュの口からでもよかった。
あの時点でそれらしいことを告げられていたら、きっと信じてしまっていただろう。
でも今は信じられない。
本人たちの口から聞きたいと強く思う。
あの日は兵士がわんさか居たが、今は城壁の入り口の脇に立った兵士が一人いるだけ。
「見張り、か…」
幸い扉は開け放たれている。
とりあえず、一眼見て聖女とわかってしまうローブを脱いで目立たないように置いた。
様子を探りながら扉へと近づく。残念ながらいい案は思いつかず、古典的な方法を試してみることにした。
地面に落ちていた石を自分とは反対側へと投げたのだ。
ガサッと音がして、兵士がそれに気付く。
お願い、入り口を離れて様子を見に行って!
願いが通じたのか、兵士が扉から離れた。
瞬間的に中へ走り始めたが、中に兵士がいたらアウトだと気付くが、もう止まることはできなかった。
幸いすぐに鉢合わせることはなく、無事地下への階段を見つける。
「行き当たりばったりでも、何とかなるものね」
ちょっとだけ気が抜けた。それでも心音はうるさく響く。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとするが、気休めにしかならない。
仕方ない、と意を決して牢へと進む。
牢屋といわれ、鉄格子を思い浮かべていたが、ただの廊下と変わらない。
ただし、広くはなく、飾りもない、殺風景さだけが特徴らしい特徴だ。
いると思っていた見張りは一人もいない。
不審に思いながら進んでいく。
地下だというのに窓が付いていることに気づいた私はその一つをそっと覗き込んだ。
それは廊下と部屋を繋ぐ小窓だった。
中には10人ほどの囚人がいた。枷を付けられて、手足を投げ出している。
そのうちの一人が私に気づいた。
一斉に多くの目が私に向き、息を呑む。
何かを叫びこちらに近寄ってくるが、声は聞こえない。
窓ははめごろしで開くことはできないので、ダメもとで扉へと近づくと、鍵がついていた。
本来なら内側に付いているはずの鍵。回せば開くタイプのアレだ。
てっきり鍵穴があり、鍵がなければ開かないものだと思っていた私は拍子抜けで扉を開く。
囚人たちが一斉に振り向き、駆け寄ってきた。
「おい、お前、何者だ?」
「兵士じゃねぇな」
「新たな協力者か?」
口々に飛び交う言葉に圧倒され対応できずにいると、一人の男がそれを制した。
「アンタ、聖女だな
何しに来た?」
そう言った男は右眼を鋭く釣り上げていた。左眼は包帯で覆われている。
一瞬の間を置いて、あのお披露目の日「逃げろ」と言ったその人だと気付いた。
「お披露目の日、何で暴動を起こしたの?
…ただ逃げるだけなら、兵とやりあう必要なかったんじゃない?」
囚人たちは皆大小様々な怪我の跡があった。まだ新しいその傷はあの日つけられたものだろう。
「逃げても異世界人に居場所は無いからな」
「異世界人!」
私の中でやっぱり!という思いと本当に?という思いが複雑に絡み合う。
男は光を失った瞳で私を真正面から見据えながら、静かに告げた。
「この世界は狂ってる」
異世界の女性を聖女として崇め讃える。
自然に舞い込んでしまった女性にとっては衣食住を与えられ、ありがたい話だ。
だが、故意に召喚された者はたまったものではない。
まして、それが男だった場合、拒否権なく牢屋へと閉じ込められるという。
それは女性であっても、聖女の力が無いと判断されれば同じだった。
次から次へと異世界から人を呼び出し、使い捨てるのだ。
「召喚の儀式の方法を知っているか?」
首を横に振ると「だろうな」と薄く笑われた。
「異世界人の死がきっかけとなって、あちら側との扉が開くんだ」
「死…」
「俺たちはそのためにここで生かされてる、ってわけだ」
死んだ者の魂は元の世界に帰ろうとする。その力を利用して生きている人間をこちらへと引き摺り込む。
ということらしい。
何一つ言葉が出なかった。
私が召喚された時も、そのために誰かが死んだ。
そんなことも知らずに私は何て呑気にしていたんだろう。
血の気が一気に引いた私に、囚人は今1番欲しい言葉をくれた。
「アンタのせいじゃない
悪いのはこの国の人間だ」
その通りだ、と頷きたくなる。
でも、欲しい言葉を信じてしまうだけじゃダメだ。
それだと今までと何も変わらない。
真実を知って、知った上でどう行動するのが正しいか、自分で判断しなきゃ。
「だとしても…知ろうとしなかったのは私だから」
歯を食いしばる。そして半ば睨みつけながら、願い出た。
「だから教えて欲しい
この世界のこと」
「それなら私がお教えしますよ、聖女様」
声は後方から聞こえた。
両肩に手の重みを感じる。
耳元で告げる優しい声が恐ろしいものに感じて、体が凍りつく。
「だからこんな囚人どもの言葉に惑わされてはなりません
そもそもここへはどうやっていらしたのです?護衛も付けずに…」
あくまで優しい口調の声のする方に顔を向けると首が軋んで嫌な音を立てた。
声の主はカミュだった。
目を細め目尻を下げているのに、ちっとも笑っていない目の奥は深い闇のように黒く見えた。