変わってしまった日常
翌朝カミュは姿を見せなかった。
翌朝だけではない。後処理を名目に五日も現れなかったのだ。
その間、危ないからと屋敷を出ることすら許されない状況が続いた。
軟禁状態である。
カミュに一目でいいから会いたいと言っても、なぜあんな事件が起きたのか聞いても、リムに困った顔をさせるだけだった。
いいかげん、何かおかしいと不安が募る。
そんな中でも、私に最適な環境を整えようとしてくれるリム。
それがより私の不安を掻き立てる。
リムのことは疑いたくない。でも全てを信じ、任せることができなくなってしまった。
それが酷く悲しく、私を突き動かす。
「ねぇ、リム
ずっと屋敷に篭りっぱなしで退屈なの
気晴らしに今日のティータイムは縁側でしたいな」
「縁側…ですか」
「うん、天気もいいし
リムの入れてくれた緑茶でのんびりしたいんだけど…やっぱり屋敷から出るのはダメ?」
しおらしくお願いしてみると、思ったよりは色よい返事がもらえた。
「わかりました
確かに引きこもってばかりじゃ、体に悪いですからね」
笑うリムに若干の罪悪感が芽生えたが、そうでもしないと外へは出られないのだから、仕方ない。
昼過ぎのティータイム。念願かなって日本家屋へと向かった。
が…。
聞いてない。
兵が私を取り囲むように一緒に移動するなんて!!!
脱走計画は呆気なく失敗したのだ、と悟った。
20もの兵は縁側を取り囲むように警備を始めた。
その多くの者が私を見つめている。
私を何かから守る、というよりも私が逃げるのを防ごうとしているのは明白だ。
こっそりとため息をつき、緑茶をすする。
渋みの中にある甘みに少しだけ心が癒された。
「やっぱりリムの入れてくれた緑茶は美味しいね」
「ふふ…ありがとうございます」
「ねぇ、カミュはまだまだ忙しそう?
後どれくらいしたら、前みたいに自由に外に出れるかな?
図書室もまた行きたいなぁ
裏庭もまた違った花が咲いてるんじゃないかな?」
あくまで当たり障りない会話で、閉じ込めておくことは不可能だと思わせたい。
敵対はしたくないのだ。
「めぐみ様…」
リムは何かを言いかけて一度口をつぐんだ。そうしてただ「申し訳ありません」と謝罪をするのだった。
その日の夜。なかなか寝付けずにいた私は寝ることを諦め、外を眺めようと厚手のカーテンを持ち上げた。
「……」
「…!……」
誰かの話し声を耳が捉える。キョロキョロして下を覗き込むと、二つの影があった。
髪色や背格好から一人はリムであると分かった。もう一人はローブを頭からかぶっていてよくわからない。
そっと窓を開ければ、言葉が聞き取れた。
「もう限界です
めぐみ様は『本物』の聖女様なんですよ!?
なのにこんな…」
「わかっています
だからこそ、逃げられでもしたら我が国は今度こそ終わってしまう
聖女様が退屈しないよう遊び相手を厳選していますから、もうしばらくは…」
「無理です!
せめて裏庭の散策を御許可ください
自然と触れ合うことできっとめぐみ様の御心も癒えることでしょう」
「だから兵の数を増やすなら許可しますと…」
「これ以上増やすなんてどうかしています
今日とて不自然なまでの兵の数でした!
あれではめぐみ様を監禁してるも同然です」
二人の意見は平行線を辿っている。
しかも議題は私自身のこと。聞き耳を立てることには申し訳なさがあるが、聞かないふりはできなかった。
暫くの沈黙の後、リムが重々しく告げる。
「めぐみ様を怒らせでもしたら、それこそ我が国の危機ではないのですか?」
「…わかりました
裏庭と図書室の行き来を許可します
ただし、今日と同じ程度の兵はつけさせていただきますよ
あくまで護衛として」
二つの影が離れていくのを呆然と見守る。
「…私が天罰でも下すとでも思っているの?」
バカバカしい。私には何の力もないのに…。
この世界に来てから信じていたものが全て失われた気がして、全身から力が抜けていく。
ずりずりと壁にもたれながらしゃがみ込み、途方にくれた。
結局その夜、私は明け方まで眠りにつけなかった。