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お披露目

お披露目の儀までの時間はあっという間に過ぎた。

その間に新たに作ってもらった普段着ができたり、日本風の家屋の修繕が終わったりと色々あった。


そしていよいよ今からお披露目の儀が始まる。

ウエディングドレスを思わせる真っ白な生地に銀糸の刺繍を贅沢に施した衣装は体にピッタリとフィットしていた。


こんなことならダイエットでもしておくんだった、と後悔が押し寄せるが、体型を隠すようにローブを羽織ることが出来たので少しホッとする。


「めぐみ様、お綺麗です

 きっと皆見惚れますね」


嬉しそうに目を細め頬を染めるリムに悪い気はしないが、くすぐったい気持ちになった。


「ありがとう、リム」


「私は表に出ることはできませんが、裏にはずっと控えてますので」


ニコニコと送り出された先は馬車。

というよりは巨大な人力車のような作りだ。

けれど馬が引くのでやはり馬車が正しいのだろうが。


腰をかける部分にはクッションがいくつも置かれている。

物珍し気に見つめる私にカミュは微笑んで最後の確認をした。


「これで街の手前にある城壁まで向かいます

 そこで街を一周する大型の馬車に乗り換え、最後は城壁の上で民にそのお姿を見せて終了です

 何かあればこれを」


大きなハンドベルを渡された。

特殊な鉱石で出来ており、遠くまでよく響くというそれを持たされた。

馬車の周りは兵が取り囲んでいて前方には同じように国王の馬車がある。


何かあるとは思えなかったが、素直に頷いて受け取った。



こうしてお披露目の儀は始まった。



道の両脇で王宮内に住む人々が歓声を上げながらパレードを見守る。

多くの人の視線に晒され逃げ出したくなるのを堪えるだけでやっとだった。


これを笑顔で手を振っていた皇族は本気で尊敬する。


そんなことを考えながら、長い長いパレードが一度終わった。

そうして大きな馬車に乗り換える。

今度は安全面を考慮してか、完全に外から中が見えない構造になっている。中も広く部屋を馬で引いている感じだ。


しかし中にはすでに国王と王妃が座っていて、先ほどまでとは又違った緊張が走る。


「聖女様、疲れてはいらっしゃいませんか?

 外からは見えませんから、ゆっくりとおくつろぎください」


王妃の美しい微笑みと優しい言葉はありがたいが、とても寛ぐ空間ではない。


「大丈夫です」


顔に笑みを貼り付けたままの私を他所に、馬車はゆっくりと動き始めた。




外から中が見えないということは中からも外が見えないということ。

退屈そうな様子がバレたのか、国王自ら、外の様子を教えてくれた。


国の主な水源となる湖。国の西にあるそれのほとりを抜け職人の多くいるアトリエ街、商店が多くある街の中枢とも言える商店街、を通り城壁へと戻るのだ、と。


壁越しに外のざわめきが聞こえてくる。

国民が如何に聖女を歓迎しているか、嫌でもわかった。


車内にはアイスティーが準備されていた。大きな盥に溢れんばかりの氷。その中央に紅茶の入った銀のポット。


天然氷しかないこの世界で、薄っすら汗ばむこの季節に氷は大層贅沢な物だ。


自分への待遇が過ぎることが居心地が悪い。


以前の自分は自分への待遇が悪いことを嘆くことはあってもその逆は無かった。

今だに慣れることはない。


「口に合わないか?」


銀杯を手に持ったまま動かなかった私を国王が心配そうに覗き見て、同じポットから注いだ紅茶を口にする。

味わうというより探るような口の動きに、毒味をさせてしまったことに気づいた私は焦ってしまう。

曖昧な笑みを浮かべ手の中の紅茶を全て飲み干した。


丁度その時、外が騒がしさを増す。


「商店街に差し掛かったようですね」


王妃の言葉に後少しだ、と木を引き締め直した。




馬車から降り城壁の屋上を目指して登る。

三階ほどの高さだが、着なれないドレスと高いヒールに苦戦した。


「さぁ、民がお待ちです

 お顔を見せて差し上げてください」


待ち構えていたカミュに促されるまま外へ出ると、一気に視界が開けた。


雄大な自然の中に広がる街並み。建物の隙間を埋めるように蠢く人の群れ。

全てに圧巻された。


通ってきたであろう湖も、遠くに見える山々も美しい。

石造の街並みも、ザワザワと騒めく民衆も楽し気で祭りのような高揚感があった。


「聖女様が救ってくださっている民たちです」


隣に立った国王が口元に笑みを浮かべ、そう告げる。


私は何もしていないのに。

それでもみんなが嬉しそうで、楽しそうで、この幸せを壊しちゃいけない。


そう強く思った。


その想いはすぐに崩れてしまったのだけれど。




数分の顔見せを終え、王宮へ戻るため階段を降りる。

その先の広間で事件は起こった。


多くの護衛の兵たちが慌てふためいている。


「脱獄だ!」

「『偽物』たちが…!!」

「何があっても、『本物』の聖女様をお守りしろ!!!」


断片的に聞こえたそれらに、身を硬くする。

騒ぎを聞きつけ、両隣をカミュとリムが硬めてくれたが、どうしていいのかわからず、動けなかった。


「めぐみ様、一度上へ戻りましょう

 私が扇動します」


リムが手を引く。それを見てカミュが頷いて安心させるように笑った。


「聖女様大丈夫ですよ

 牢獄は地下にあるので、上の方が安全です」


「いたぞ!!聖女だ!!!」


カミュの言葉を掻き消すような大声にビクリと肩を震わせた。

その声は目的が私だと告げている。


私は感じたことのない恐怖に怯え、足がすくみヘナヘナとうずくまってしまった。


「聖女なんて今すぐやめろ!」

「利用されてるだけの馬鹿女が!!!」

「どうせ、すぐお前もこちら側になるんだ!!」

「聖女なんてやめるんだ!!」


降り注ぐ言葉が矢となり体に突き刺さる。

耳を塞ぎたいのに、それすらも出来ず、顔面蒼白な私をカミュは「失礼」と言って担ぎ上げた。


人一人担いでいるとは思えない軽快な足取りで屋上まで連れ出したカミュはゆっくりと私を下す。


私の顔はひどい物だった。

美しく映えるようにと念入りに施された化粧は涙でぐしゃぐしゃだ。ドレスと同じ真っ白なロンググローブはそれを何度も拭ったせいで汚らしい染みになっている。


「一体、どういうこと!?

 ちゃんと…ちゃんと説明して!!」


チラリとしか姿は見えなかった。海外ドラマで見たような、白黒の囚人服。

その人たちの多くは男の人だった。

兵に揉まれ、どうなったかはわからない。


聖女に対する暴言の数々。


その中に、紛れた「お前も逃げろ」の声が頭から離れない。

兵士たちの『偽物』と罵る声も合わせれば、答えは既に出ていた。


彼らは『偽物』の聖女たちだ。


あれだけ多くの人が強制的に異世界を渡ってきた。

なのに『偽物』として牢獄されている。


その事実と、自身の身に余る体験のギャップで心が裂けそうになる。


泣きじゃくり、ひっくり返った声でカミュをせめる。

我ながら幼稚だ。でも他にどうしていいのかわからない。


そんな私にカミュは静かに笑いかけた。


「わかりました

 全てお教えいたします

 だから今は貴女様を守らせてください」




脱獄騒動は兵により数刻で鎮圧された。

脱獄した囚人には手足に枷を付け再度投獄。逃げおおせた囚人はいないらしい。


身を清め普段着に袖を通した私は一人食事を与えられた。

カミュは後処理があるため、今日は来れないという。


とても食事する気分じゃない。


そう思えど、美味しそうな食事は容赦なく腹の虫を目覚めさせる。

半ばやけ食い状態で平げた私は部屋に戻るなり、ふて寝を決め込んだ。


リムに話を聞こうにも、「めぐみ様を狙うなんて、許せません!!」と私以上に興奮していて、逆に宥めるので精一杯だった。


明日になれば、きっと全てがわかる。

わかったら、わかってしまったら、私はどうするんだろう。

どうしたいんだろう。


そんな答えの出ない問いと共に眠りについた。

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