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聖女とは

太古の昔、人間がこの地に暮らし始めるようになってすぐのこと。

人々は互いに手を取り協力して生き抜いていったが、自然の前ではちっぽけな存在だ。

いくつもの集落が生まれては、自然の力の前に潰えてしまった。


ある時、村とも呼べない小さな小さな集落に、1人の異世界人が迷い込んだ。

その集落は客人としてその女性を迎え入れた。


それからというもの、その集落は災害に見舞われることもなく、食糧にも恵まれた。

そうして集落は村となり、町となり、国となる。


そんな噂を聞きつけた別の集落でも迷い込んだ異世界人を客人としてもてなし始めたという。


いつしか迷い込むのを待つのではなく、呼び寄せる方法が編み出された。




「それが『召喚の儀』であります」


老人が静かに語った。それは御伽話ではない。史実に基づいた伝承である。


老人は図書室の管理を任されたプラネという知識人だ。若い頃は呪い師をしていたという。


そんな彼が講師として私の前に立っていた。

場所は図書室内の一角。仕切られた個室のスペースは20人ほどは入れるであろう広さがあるが、今は二人だけだ。


聖女として学ぶことは少ない。

国の事とマナー。の二点のみである。


それをマンツーマンで教えてくれるというのだから、ありがたい話である。


「そうして召喚されたのが、聖女様である貴女様でございます」


シワだらけの顔をくしゃりとさせプラネが笑う。好々爺のそのものだ。


「召喚の儀があるということは、私が異世界に帰る方法もあったりするのですか?」


ずっと気になっていた問いを投げかけた。

この世界は居心地がいいし満足しているが、家族のことが少し気になる。

もし行き来できるのであれば、それに越したことはない。


プラネは途端に笑顔を引っ込めてしまった。


「お帰りになりたいのですか?」


「あ…いえ…

 ただ家族に何も言っていないので…」


素直に気持ちを打ち明ければ、プラネはうんうんと頷いた。


「聖女様の御心、お察しいたします

 ですが、召喚の儀も完璧ではございません

 失敗するケースも多々ございます

 異世界を簡単に行き来できる方法は、残念ですが…」


「そう、ですよね…」


なんとなくわかっていたことだ。

それを責めるつもりは毛頭ない。


「せめて聖女様の第二の故郷となりますよう、尽力を尽くして参りますゆえ、そのようなお顔はなさらないでください」


ほんの少しの寂しさは、顔に出ていたらしい。

慌てて笑顔を作る。


「大丈夫です

 でも、こうして突然異世界を渡ってきた人は多いんですか?」


「聖女様のいらっしゃらない国は滅亡すると言われております

 ですから少なくとも国の数だけおられるのでしょう


 それがどのくらいの数か具体的にはわかっておりません

 近隣の国とは交流がありますが、世界は広いと聞きますゆえ

 わかっているだけでも我が国を含め七の国がございます」


少なくとも今現在7人の異世界人が在留しているわけだ。過去の人たちを数えれば大きな数となるだろう。


ふと昔テレビでやっていた行方不明者数を思い出す。

具体的な数字は覚えていないが、そんなにいるのか、と思った記憶があった。


その一部の人たちはここに流れ着いていたのかもしれない、と思うと心に靄が広がった。


私のようにあちらの世界で居場所を無くした人だけではないだろうに。


ちくちくと刺さる棘のような痛みが胸を襲う。


「我々の身勝手な行動をお咎めになりますか?」


心の内を読まれたような発言にハッと顔を上げた。


「正当化するつもりはございません

 聖女様もあちらでの暮らしがあったことは十分わかっております

 

 だからこそ聖女様には何一つ不自由ない生活をお約束しております」


心底申し訳なさそうなプラネに、同情してしまう。

それは私が元の世界で何も持っていない状態だったからだ。少なくとも私はここに来て良かったと思っている。


「他にご質問はありますかな?」


プラネの言葉に少し考え込んでから、遠慮がちに口を開いた。


「聖女に『本物』と『偽物』があるんですか?」


プラネの顔が険しくなる。

元が好々爺だっただけに、息を呑むほど恐ろしいものに見えた。

小心者の私は慌てて言い訳めいた物言いをしてしまう。


「あ、あの、何度か『本物』の聖女だって言われたので…

 深い意味はないんでしょうけど、気になった、というか…

 その今朝も…」


今朝、リューネルから伝達があったとリムから聞かされた。

マルスの容態が良くなった。改めて御礼をさせてほしい、と。


ホッとしたのと同時に私は何もしていないのに、と申し訳なく思った。


そして図書室へ向かう途中、聞こえてきた声。


「見て『本物』の聖女様よ」

「流石『本物』の聖女様は神々しいわ」

「マルス様のご病気も治してくださったんでしょ?」

「これで我が国も安泰だわ」

「先代が身罷られた時にはどうなるかと思ったけど…」

「本当、『本物』の聖女様がいらしてくれたよかったわ」




リムもカミュも口にしていた『本物』の聖女が何を意味するのか、気にならないわけがない。

だが触れてはいけないことだったのだろうか。


私が動揺する姿にプラネは少しだけ厳しさを緩めた。


「残念ながら、私どもには異世界から迷い込んだ者と元々この世界の住人とを見分ける術がございません」


プラネは静かに淡々と語るが、眉間には深い皺がいくつも刻まれている。


「聖女様の待遇を求め、異世界から迷い込んだ、と嘘をつく輩が過去にいたのでございます

 浅ましい限りです」


肺を空っぽにするような大きなため息をこぼす。


「貴女様は儀式で呼び出され、尚且つ悪天候をも止めてくださった力ある『本物』の聖女様ですゆえ、皆が噂するのも無理はありません

 どうかご容赦ください」


深々と頭を下げられ、私は又慌てた。

慌てながらも、新たな疑問が浮かんだ。


もし、二人以上の聖女が現れたら…?


その疑問を口にすることは何となくできなかった。




最も、それを聞いたところで正直には答えてくれなかっただろうが。

この時の私は、何も知らない箱入り娘と同じだ。

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