聖女さまへの願い
次の日目覚めると既に日が高かった。
「ふぁああ
流石に寝過ぎたなぁ」
ベッドの上で身を起こすと、監視していたのではないかというタイミングでリムがやってきた。
「おはようございます…めぐみ様」
ちょっと遠慮がちに名前を呼ぶリムが可愛いらしい。こんな子に嫁に来て欲しい。
なんて寝ぼけたことを考えているとあっという間に身支度をさせられる。
昨夜お願いした通り、ラフな衣装がならんだ。私にとってそれらは服ではなく、衣装だ。
その中から一番シンプルなものを選ぶ。
ロング丈のワンピース。後でリボンベルトを結ぶタイプなのが微妙に恥ずかしい。
ローブで隠れるとはいえ、アラサー女性には可愛すぎる。
他のはゴテゴテのゴスロリ系だったり、ゴージャスなレースをふんだんに使っていたりしている。
消去法で選んだことがバレたのか、リムが申し訳なさそうに顔を顰めた。
「食事を取ったら、過去の聖女様のお衣装を見ますか?
聖女様のご出身地のものを真似て作られたものがいくつもあるので、めぐみ様の求めているものがあるかもしれませんよ」
無ければ作ればいいんですけど、と付け加えながら丁寧に髪をとく。
そういえば、私が来る前の聖女はどうしたのだろう。
異世界に帰った?
それとも亡くなられたのだろうか?
疑問を口にするより先に「さあ、食事にしましょう」とリムに促される。
「カミュール様は本日お仕事出そうで、昼は一緒に食事できないそうです」
流石に昼も一緒だと思っていなかった私は少々驚く。
「朝食の時もいらしてくださったのですが、めぐみ様がお眠りになっていたのでそのままお帰りになられました」
「え…なんで起こしてくれなかったの!?」
「そんな…寝ているめぐみ様を起こすなんて…」
大きな目をさらに大きく丸くするリムに、私も同じように驚く。
「…カミュさんに悪いので、できれば起こしてほしいんだけど」
自分で起きれれば問題ないのだが、気を張ることもないこの世界の環境でそんな自信はなかった。
リムはちょっと困惑した表情を見せるも、「わかりました」と頷いてくれる。
後でカミュに会ったら謝ろう。
「そういえば、リムはお昼どうしてるの?」
「今日は部屋で済ませました」
「部屋…」
「めぐみ様のお部屋の支度室とは逆側です
何かあればいつでも声をかけてくださいね」
言われて思い出してみれば、確かに今朝もそこから出てきていた。
「もしかして住み込みメイド?」
「メイド…?
侍女のことですね
そうです、私の仕事はめぐみ様に不自由なく生活していただくことですから」
リムは胸を張るがそれは大変なのでは?
っていうか、そんな大それた存在じゃないし、身支度も自分でできるし、食事も…いや食事は作ってもらいたいな。
目の前に用意されたご飯はホテルの食事を連想させるものだった。
いくつものフルーツのジュース。
いくつもの焼き立てパン。
彩のいいサラダ。
スープに卵料理に肉料理。
どれも美味しそうで、口内に涎が大量生産された。
ありがたくいただきますをして、食べながら話を続ける。
「大変じゃない?
いつ休むの?」
「お休みなんていりませんよ
私聖女様付きになるのが夢だったんです
だからめぐみ様に仕えられる事が本当に幸せなんですよ」
ふふとうっとりするリムは幸せそうだが、本当にいいのだろうか。
そんな社畜生活。
元社畜が言うのもなんだが、やめといた方がいいのでは?
極力、迷惑かけないようにしよう。
そう思いながら食事を堪能した。
しっかりとデザートまで頂いて、過去の聖女の衣服を見せてもらうために図書室へと移動する。
てっきり衣装部屋へと連れて行かれると思っていたのだが、膨大な量で倉庫にしまっているそうだ。なので、デザインをまとめてある本を見た方がいい、とのこと。
ついでに王宮の作りを説明してもらう。
王宮は町一個分もの広さがあり、その中は3つのエリアに分かれていた。
まず王の執務室、謁見の間がある政治の中枢とも言える宮廷。多くの者がここに勤めていることもあり、その広さは相当なものだ。
建物を分けて研究所や今向かっている図書室がある。
そしてそこから庭園を挟んで見える街並みは王宮に勤める者たちの住処。
その向こうに巨大な門を挟んで国民が住んでいる。
逆に王宮の裏側には王族たちの住処と聖女の住処が中庭を挟む形である。
私が寝泊まりしている部屋もその一室だ。
まだ私の知らない部屋も多いだろうが、一つの建物として独立した形になっており、出入り口には門番が立っている。
セキュリティーは万全だ。
「すごい綺麗な中庭だね」
廊下の窓から見える景色に圧倒され、呟いた。
とても庭なんてレベルではないそこは王妃の趣味だという。
現王妃は草花が大好きで、自分でも暇を見つけては手入れをしているらしい。
「帰りは中庭を通ってみますか?」
「うん、お願い」
リムの提案に顔が綻ぶ。
何年もの間社畜として働き、死んでいた心が今生き返っていく。そんな気分だ。
自然と足取りも軽くなる。
図書室への道のりはなかなかの距離だった。1キロ近く歩いたのではないだろうか。
それでも苦ではなかったのは、窓から見える景色の素晴らしさと、心の軽さゆえ。
図書室は一つの建物として存在しており、その空間は驚くほど広い。
国中の図書が収められているというのだから当然と言えば当然だ。
本に囲まれ薄暗く、少しひんやりとした空気が流れている。
本の維持のためか、窓も少ない。
外界と切り離された空間で見せられたデザイン画の数々は素晴らしいものだった。
民族衣装からTシャツ短パンに至るまでが載っていて、ご丁寧に下着もある。
一冊で一人の聖女分があるというそれらは厚みもバラバラだ。
厚いものになると辞書並みだから、相当おしゃれにうるさい人だったのかもしれない。
「あ、これ、和服だ」
着物の衣装を見つけて思わず嬉しくなる。だが、普段着として着るには向かないなぁ、とパラパラめくっていく。
「めぐみ様の生まれはニホンですか?」
「よく知ってるね」
「ふふ…聖女様の侍女になるためには、歴代の聖女様についても学ぶ必要がありますから」
得意げに胸を張るリムは、本当に聖女様に仕えることを目標にしてきたのだとわかる。
そんな聖女が私でちょっと申し訳ない気持ちになった。
「でしたらこちらはどうです?」
差し出された本は現代の衣服と大差ないもので、飛びつく。
「いいね!
これ、これ、こういうのがいい」
「でしたら、これを元に作りましょう」
「…なんか、わざわざ作ってもらうのは悪いな
この当時の服が残ってるならそれでもいいよ?」
「聖女様のご衣装を捨てることはありませんが、サイズの問題もありますし、ずっと倉庫にしまわれているので匂いなどの問題も…」
困った笑顔を向けたリムは、それに、と力強く続けた。
「聖女様の服を作らせていただくのは大変名誉なことです!」
それは聖女のいない世界で生きてきた私にはよくわからない感覚だ。
でもサイズ違いや古びた布地をどうにかするより、一から作る方が楽なのかも、と思い「うん、じゃぁ、お願いします」と素直に従った。
この世界の人はリムと同じく聖女への信仰心が強いのだろうか。
慣れない感覚を抱きながら、中庭を散策する。
見たことのない花々が多いが、元々花には詳しくないため、元の世界と差は残念ながらわからない。
ただその美しさに心が癒されていく。
広い中庭には休憩スペースも用意されていた。
細工の施された柱に屋根が付いたスペースの下には、立派なテーブルと椅子が置かれている。
「休憩されますか?
お茶のご用意もできますよ」
素敵な庭園を前にお茶をするなんて、まるで貴族だ。
リムの対応を見るとあながち間違いじゃないのかもしれない。
少なくとも信仰心の強い人たちにとって、聖女という存在は貴族か王族と同じようなものなのだろう。
日本で言えば天皇みたいなものか。
自分が皇族とか笑えるな。
夢物語のような提案を受け入れ、準備が整うまで小さな花壇をじっくりと眺める。
そこには私でも知った植物が植えられていた。
中でも綺麗に咲き誇っていたラベンダーに目を奪われる。
「綺麗だし、いい香り」
その場にしゃがむと、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「気に入ったのなら部屋にも飾りますか?」
どこから持ってきたのかハサミを持ち問いかけてくるリム。
「でも王妃様の庭園なんじゃ…」
「めぐみ様に気に入ってもらえたら、王妃様もお喜びになりますよ」
どうやら聖女の存在は王族より上らしい。彼女の中では、だが。
曖昧に頷くとリムは手際良く摘み取って束にする。それを譲り受けたその時だった。
「聖女様!!!」
叫ぶような女性の声がした。
声の主はドレスの裾を上手にいなして、髪を振り乱し駆け寄ってくる。その後方から追いかけてくるのは兵士だ。
「いけません、リュネール様」
静止の声をかけるものの力づくで止めるのは抵抗があるようだ。
リュネール様、と呼ばれた女性は武器を手にしてるわけでもなく、私としては何事かと呑気にその行く末を見守るばかりである。
「聖女様っ」
私の元にたどり着いたリュネールはその場にひざまづき頭を下げた。
彼女との間に立ち塞がっていたリムを、追いついてきた兵士とともに下がらせた。
「顔をあげてください」
私の言葉に従うように顔をあげた女性はホロリと涙を零した。
「聖女様、ご無礼をお許しください
けれどいてもたってもいられず…」
「あの…よくわかりませんが、私でよければお話くらいは聞きますよ」
「ああ!なんて慈悲深い!!
ありがとうございます、聖女様」
兵士もリムも困った顔で視線を交わすが、私の意思を尊重してくれた。
ちょうど準備されたお茶を一緒にいただく形で席につく。
改めて顔を合わせると泣きぼくろが印象的な美しい人だった。
栗色の毛は大きなウエーブを描いており簡素にまとめられ、生地は上質だがシンプルなドレスはワンピースに近い。それでも華やかさがあるのは本人の資質だろう。
「申し遅れました
わたくし、現王妃の妹であるリュネールと申します」
「あ、えっと…聖女のめぐみと申します」
自分で聖女を名乗るのは抵抗があったが、聖女になると言ったのは他ならぬ自分だ。
改めて、聖女としてやっていくことに不安が芽生える。
「聖女様、どうか我が息子をお助けください」
リュネールは深々と頭を下げた。
「我が息子、マルスは幼き頃から病弱で、季節の変わり目や気温の変化にも敏感です
その度に咳が止まらず苦しんでおります
今日も先日までの長雨の影響で床に臥せっております
どうか聖女様のお力でマルスをお救いください」
ハラハラと涙を零すリュネールに胸が痛む。
それは苦しむ病弱なマルスを心配しているからではない。
無論心配してないわけではないが、これほど聖女の力を信じ切っている彼女に申しわけがない想いが勝っていた。
何せ私には何の力もない。
医療の知識があればできることがあったかもしれない。
異世界を渡る際にチート級の力や魔法を得ていれば、助けることも容易かったかもしれない。
けれど、私はただここに来てしまっただけの一般人なのだ。
カミュには何もしなくていいと言われたが、聖女に何かを求める人間はきっと多いだろう。
眉間に皺を寄せる私に気付いたリュネールが慌てて謝り始めた。
「申し訳ございません
わたくし個人の私利私欲のため、聖女様にお願いなど…
息子の苦しむ姿に我を忘れてしまったのです
どうかご容赦苦ください
こうしてお話を聞いていただいただけで、胸の内が軽くなりました」
「ま、待ってください」
動揺しながらそそくさと立ち去ろうとするリュネールを止める。その顔には怯えが広がっていた。
信仰心とは崇め奉るだけのものではない、とその時気付いた。
この世界の人にとって、聖女は神にも匹敵する存在なのだ。
人は神を敬いいのりを捧げる一方で、罰を恐れる。
聖女になるのとは、とんでもないことなのだ、とようやく実感した。