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始まりはこれから

カミュに国王に挨拶を、と言われ、促されるまま謁見した王は想像より若く、30前後に見えた。

王というよりは騎士といった風貌で、人当たりの良さはないが実直で真面目な印象を受けた。


後で聞いた話では、この国では子が成人すると同時に王位を譲ることになっているらしい。

だから国王のご両親はご健在で、国父母として隠居生活を送っているとか。

何かと忙しい国王、王妃に変わり、孫の面倒を見るのもその2人だという。


死ぬまで王様、とか大変だろうし、親が死んでいきなり王になるのも心の負担になるだろうし、いい仕組みだな。


カミュの説明を聞きながらぼんやりと思う。


「さて、聖女様

 これからどうなさいますか?」


「え…?」


「この世界での過ごし方、です

 先程も申し上げましたが、国の式典には極力出ていただきたいとは思っておりますが、それも聖女様次第です

 式典に出ていただけるのであれば、多少のマナーは学んでいただくことになりますが」


「……」


突然の選択に言葉が詰まる。それを察したかのようにカミュは微笑んだ。


「すぐに答えを出す必要はございませんよ

 それに一度答えを出したからと言って、覆すことができないわけではありません

 どのような式典かお聞きになり、その都度決めていただいても結構ですから、そう緊張せずにゆったりとお過ごしください」


なんて優しい言葉。胸がじわじわと綻んでいくのが分かった。


何もせずにこれだけの高待遇を得るなんて、申し訳なさすぎる。


こちらの世界に馴染めるか。マナーを一から覚えられるのか。

不安は尽きないが、私は決意した。


「出来る限りこの国のために協力します

 これからよろしくお願いします」


ペコリとお辞儀をして笑う。

腹を括って気が抜けたのか、私の腹から、ぐぅぅぅうと音が鳴った。


「…ぷっ」


わ、笑われた!


顔から火を吹く勢いで恥ずかしさが込み上げる。

穴があったら入りたいとはこのことだ。


カミュは「失礼」と笑いを抑えようとするが全ては抑えられないようで、口元が緩んでいる。


ぶっちゃけ失礼なのは私のお腹なので、文句を言いようがない。


「食事をご用意しておりますので、よろしければ召し上がりますか?」


「お気遣いありがとうございます

 ありがたくいただきます」




そうして用意された食事はホテルディナーさながらのフルコース。

行ったことないけど。


「あの、カミュさんは食べないのですか?」


美味しそうな食事は私の目の前にしか用意されていない。


「気になさらず召し上がってください」


「でも、一人で食べるのは…」


しゅんとする私を見かねたのか、カミュは給仕に耳打ちすると私に向かって微笑んだ。


「聖女様はお一人でのお食事はお嫌いですか?」


「嫌い、というか気まずい、というか…

 でも、そうですね

 一緒に食べてくれる人がいるのは幸せなことだと思います」


会社外で最後に誰かとご飯を食べたのはいつだったか、もう思い出すこともできないくらい昔だ。


実家で暮らしていたときは誰かとご飯を食べるなんて当たり前だったのに。


思い出に浸っているとカミュの前にも食事が用意された。


「では、今後も私でよければご一緒させていただきます」


「お、お願いします!」


こうしてイケメンとご飯までもが約束された私は、浮かれて楽しく喋りながらご飯を頬張った。




食事後に「今後の準備が整うまでは、ごゆるりとお過ごしください」と言うカミュと別れ、部屋に戻った私はベッドの上に直行した。


「苦しい…食べすぎた」


当然の結果だ。明らかに食べ過ぎである。

まともな食事もお酒も久しぶりだったから仕方ないと自分に言い聞かせ、明日からは気をつけようと心に決めた。


コルセットをリムにとってもらうと一気に楽になって、気の抜けた声が出た。


「あの、リムさん

 このコルセットって巻かなきゃダメなんですか?」


「聖女様はコルセットが苦手でいらっしゃいますか?」


「あんまり窮屈なのは慣れなくて…

 できればリムさんみたいな普通のワンピースの方がいいんですが」


リムだけでなく、身の回りの世話をしてくれる侍女たちは揃いの格好をしている。

白いブラウスに紺のワンピース。その上にエプロン。

メイド服みたいな格好だ。


「流石に私どもと同じものをお召しになるのは…」


リムはとんでもないとばかりに目を見開き、首を横に振る。


「ですが、楽で動きやすいものでしたら何点かご用意できると思います

 明日の朝、お持ちいたしますね

 

 ただこちらのローブは聖女様の証として、部屋から出る際には必ず身に付けてください」


リムはそう言うや否やテキパキと他の侍女たちに指示を出す。


仕事のできる女って感じだな。

妹と同じくらいの見た目なのに。


少し懐かしさが込み上げて、家族は元気だろうか、とリムを眺めながら思う。

ぼんやり見つめていただけなのに、「何か御用でしょうか?」と飛んでこられて、思わず慌ててしまった。


「え、あ…ごめんなさい

 ただ、しっかりしてるなと思って」


「まぁ…ありがとうございます

 聖女様に褒めていただけるなんて…」


リムの頬がうっすら赤く染まる。その姿が可愛らしいくて目を細めていれば、赤い頬はそのままに、キリッとした視線を向けられた。


「けれど聖女様たるもの簡単に謝るのはいかがなものかと思います」


「あ、ごめ…んーえっと」


言われたそばから謝ろうとしてしまい、口籠ってしまう。


こう言う時なんて言えばいいのか全くわからなくて、ただただ困るばかりだ。


そんな私にリムは優しく助け舟を出してくれた。

 

「出過ぎた真似をいたしました

 申し訳ございません

 聖女様のなさりたいようになさってください

 今のは私の勝手なイメージです

 どうか、ご容赦ください」


「そんなにかしこまらないでください、リムさん

 そう言ってもらって助かります

 あの…本当に私がしたいようにしていいんですか?」


「もちろんです」


にっこり微笑む顔は大輪の花が咲いたように美しい。

この国の人たちは基本美男美女ばかりだ。


「じゃぁ、堅苦しいのは無しにしよう

 私のこともめぐみって呼んで

 私もリムって呼ぶから」


リムの表情が目まぐるしく変わっていく。驚きと怒りと喜び。それらが混じり合ってよくわからない変な顔になった。


「流石にそれはムリですっ!!

 で、でも…聖女…めぐみ様がそうおっしゃるなら

 その、最低限の礼儀は弁えた上で、堅苦しくならないようにします」


そこまで変なことを言った覚えはないのだけれど、それだけこの国で聖女の存在は大きいのだろう。その責任に少しだけ肩が重く感じた。


「うん、リムのできる範囲でいいよ

 こうして部屋にいる間だけでもいいから、私に聖女のなんたるかを教えてね」


こうして私は友を得た。

少なくとも私はリムと仲良くなりたいと思ったのだ。

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