↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/10

私、聖女になります

平々凡々。

それが私、小林めぐみだった。


サラリーマンの父とパート勤めの母から、普通の容姿で産まれた。ほどほどの愛情を受けて育ち、二つ年下の妹との関係は良くも悪くもない。

普通の高校に通い、成績もオール3。普通の大学を卒業後、就職と同時に一人暮らしを始めた。


その就職先は、普通、ではなかった。




「今日こそ家に帰るんだ

 今日こそ布団で寝たい…」


今年に入って何度言ったかわからない。終電までに仕事が終わらず、会社に泊まることは日常茶飯事だ。


これは私が特別仕事が遅いわけではない。

社員の半数が、月に半分も同様に泊まり込んでいるのだから。


そう、俗に言うブラック会社である。


労働基準局は何をしているのか。憤りを感じていた時期もあった。

だが、彼らは正義の使者ではない。

そのことに気付いたのは、唯一の希望だと思っていた労働基準局の介入があった後である。


多すぎる残業時間をどうにかしろ。


との指導を受けた社長は「残業は夜8時まで。これを破ったものはボーナスカット」と命令を出した。


だからといって今までと仕事量は変わらない。結果サービス残業が増えただけである。


つまり、仕事量は変わらず、給料だけが下がったのだ!!!


まさか労働基準局が、悪の手先だったなんて。社員に残されたのは絶望のみである。




「はぁああ…」


深い深いため息を吐き出して、久しぶりにパソコンの電源を落とす。


パソコンもオーバーワークでそろそろストを起こすよね。


そんな馬鹿な考えをして瞼を閉じれば、すぐに睡魔につけ込まれそうになった。


いかんいかん、と頭を振り、立ち上がると、「お先に失礼します」と心の中でだけ挨拶し、家路を急ぐ。

少しでも睡眠時間を長く取るために。




早足に暗い夜道を歩く。頭の中で先にシャワーを浴びるか、ベッドに直行するかの論議がなされている。

限りある時間を無駄には出来ない。


そんな深刻な問題の中、突然煌々と光る存在が目に入った。


「こんなところにコンビニが出来たんだ

 全然気が付かなかった」


自然と足が止まった。寝不足の目には眩すぎたのか、目の裏にチカチカと星が瞬く。


そこからの記憶はない。




次に目を開いたのは、病院のベッドの上だった。

真っ白な天井を呆然と眺めていれば、巡回中の看護師が気づいて医師を呼んできてくれた。




「過労ですね

 若いからといって無茶は禁物ですよ

 倒れた時に頭を打った可能性がありますので、いくつか検査をして、異常がなければ退院となります」


人の良さそうな医師に告げられても驚くことはない。


過労という自覚は十分あった。ただ倒れるほどだったのか、と他人事のように思っただけ。

そんなことより入院費はいくらぐらいするんだろう、と不安で頭がいっぱいになった。


結果として、数日の入院と検査でなかなかの出費となった。


睡眠時間も無ければ、貯金も無い私になんたる仕打ち。

しかし体は軽く元気になっていて、睡眠大事!と実感した。




退院後、軽くなった足ですぐに会社へと向かった辺り、私は社畜なのだろう。


一応、目覚めてすぐに連絡は入れたものの、入院中に納期が過ぎてしまった案件がある。


いったいどうなったのか、気がかりだった。

だが、それを気にする必要はどこにもなかった。




私は目をパチクリさせながら、今目の前で社長が言った言葉を反芻させる。

それでもうまく処理できず、は?と口に出してしまった。


「だから、クビ、クビだよ

 もう来なくていいから

 忙しいから部外者はとっとと出てって」


社長はめんどくさいとばかりに、シッシッと追い払うように手を振った。


「お前の無断欠勤でどれだけの損害出たと思ってんだよ

 よりによって納期日に無断欠勤とか、社会人にあるまじき行動だろ

 しかも入院だか何だか知らないけど、何日も休むやつ置いておくほど甘くねぇんだよ」


確かに丸一日の昏睡状態が続いたけど、その日に納期の仕事もあったけど、意識なかったんだから仕方ないでしょ!?


顔を引き攣らせながら、弁明するが取り付く島がない。

挙げ句の果てに、社長は近くにいた社員に追い出せと命令する。


本気だ。


そう悟った私はせめて、と声を上げた。


「お、お給料は!!

 会社からのクビの場合、最低一ヶ月は保証されますよね!?」


社長の動きが一瞬ピタリと止まった。そしてゆっくりこちらを見据えて、鼻で笑う。


「お前が出した損害分で相殺だ」


その言葉に鈍器で殴られたような衝撃が走り、頭がくらくらした。




気付けば私は一人会社の外で突っ立っていた。

古びた建物を見上げる。

社会に出て数年。家にいるよりここにいた方が長かったのは明白だ。


今まで頑張ってきたのはなんだったのか。


まるで叱られて追い出された子供のように不安でいっぱいになった。


「くそーーーーーーっ!!!!」


これまでのストレスをぶつけるように思い切り叫んだ。

周りにいた通行人の視線が突き刺さる。


だめだ、泣きそう…。

いや、泣いている場合じゃない。


これからの事を考えなくては、と元会社に背を向け一先ず帰路についた。




はずだったのだが…。


「え?え?」


気付けば多くの外国人に囲まれていた。

しかもテレビでしか見たことのない宝塚風の豪華な部屋で。


多くの人の視線が痛いほど突き刺さる。


「成功だ」


誰かが呟いたのを皮切りに、一斉に辺りが騒がしく盛り上がった。

一斉に降り注ぐ言葉はうまく聞き取れないが、皆喜んでいて、「成功」と言っているようだった。


戸惑っている私に、RPGの魔道士を思わせる黒いローブを身につけた男が近づく。

目の前でフードが外され、現れたのは美しい金の髪を持つ王子様のようなイケメンだった。


かっこいい…


思わず見惚れた私の手を、男が膝を突いて取る。


「ようこそおいでくださいました

 聖女様」


そう言って手の甲に男の唇が触れる。

柔らかな感触に一気に顔が蒸気した。


ここ数日の目まぐるしい変化で負荷のかかった脳は呆気なくショートして、私はまた倒れたのだった。






そんな夢を見た。


…わけではなさそうだ。


私が目を覚ますなり、周りにいた女性がたちが慌ただしく動き出す。

身を起こそうとしただけで、体を支えようとしてくる始末だ。


まぁ、突然倒れたのだから心配するのは無理はない。


そう普通は人が倒れたら、心配するのだ。

あの社長がおかしいだけで。


嫌な思い出を無理やり頭から追い出し、状況を確認しようと辺りを見渡した。


立派な洋館の一室。寝かされていたベッドは天蓋付きで、お姫様になった気分だ。


「聖女様

 お体は大丈夫でしょうか」


身を支えてくれた女性が銀色の脚付きグラスを差し出す。

中身は水のようで、私は有り難くそれを飲み干した。


「甘い…」


「蜂蜜入りの白湯にございます」


飲み干した後グラスをマジマジと見れば、豪華な装飾が付いていて、恐れ多いほどの待遇に顔が引き攣った。


「聖女様

 もう少し飲まれますか?」


「あの、その聖女様って…」


疑問を口にしかけたその時、部屋の扉が開いた。

幾人もの人を携え、医者と名乗る男が診察を始める。


とはいえ、やったことは顔色を伺い、脈を図り、目の下を引っ張っただけだが。

それだけ終えると、異世界を渡ってこられて、お疲れだったのでしょう、と言い部屋を出ていった。


過労、ということか。

先日受けた医者の対応との違いに、医療の発展の差を感じる。

同時に「異世界」という言葉に動揺した。


異世界に召喚される勇者や救世主。死して異世界への転生を果たす者。

それは私にとってゲームや物語の中の話だ。


まさか、それが現実に起こるなんて。


一応頬をつねってみる。ちゃんと強さに応じた痛みがあった。

その動きが不思議だったのか、水をくれた女性が困惑しながら声をかけてきた。


「あの…聖女様

 大丈夫でしょうか?」


「あ、はい

 大丈夫です」


「大丈夫なようでしたら、カミュール様よりお話がしたいと承っております

 いかがなさいますか?」


「カミュール様…?」


どうやら先程のローブのイケメンのことらしい。

このままここで寝ていても始まらない、と私は承諾した。




「まさか、こんな格好をさせられるとは…」


自分の格好を見て溜息を吐く。それはドレスというに相応しい者だった。

更に銀糸で紋様の入った白いローブを羽織らされている。

しっとりと肌に吸い付く滑らかな質感はシルクではないか。

無職の私には御分不相応な格好だ。


世話を焼いてくれた女性はリムといい、当面は侍女として仕えてくれるらしい。


いやいや、侍女とかいらないし、私は平々凡々な一般市民なのよ。

いや、無職である以上それ以下か。


なんて言い草が通用するわけもなく、服をひん剥かれ、体を洗われ、今に至っている。

思い出すだけで恥ずかしくなってしまった。


「お気に召しませんか?」


カミュールが怪訝な顔で首を傾げる。

二人の間にはアフタヌーンティーが用意されていた。


お菓子は大好きだし、いい香りの紅茶にも心が躍る。

だが、腹を締め付けるドレスはいただけない。

座るにしてもコルセットを付けているから、腰が曲がらなくて疲れる。


着てから1時間も経っていないのに。成人式の時の振袖みたいだ。


「いえ、そんなことは…」


言って、これまた銀でできたティーカップに口を付けた。


…紅茶は陶器で飲んだほうが美味しいな。


率直にそう思ったが、微笑んでみせる。


「安心してください

 毒味は済んでおりますので」


そう言ってカミュールはスコーンを一つ摘むと千切って口に運ぶ。


イケメンは何をしても絵になるな。


ついそんなバカな感想を持ってしまって、うっかり聞き逃しそうになったが、不穏な響きに首を傾げた。


「毒味…?」


「ええ、万が一のことがあってはいけませんので」


しれっと答えたカミュールは当然と言わんばかりの態度だ。


だから食器が全て銀なのか、と少し納得する。

銀は毒物に触れると変色すると聞いたことがある。


仮にも聖女様という扱いをする彼らにしてみれば、私は守らなければならない対象なのだろう。


『毒』という言葉に現実味を持てず、感慨もないまま銀色の中に注がれた甘色を眺める。


「どうかされましたか?

 聖女様」


不思議そうに微笑んだカミュールの顔はやっぱりイケメンで、耐性のない私はついつい絆されそうになる。


けれど、聞くべきことは聞かねばと、意を決して、問いかける。


「その聖女様、とは何のことでしょう?

 私は気づいたらここにいて…

 そもそもここはどこなんですか?」


「ごもっともな質問です

 話は長くなりますから、どうぞ適当に寛いでお聞きください」


そう言われて寛げるほど、私の神経は図太くない。


それでも紅茶で喉を潤しながら聞くくらいには落ち着いていた。


「ここは貴女様がいた世界とは異なる世界です

 次元そのものが違うのでしょう

 詳しくはわかっておりませんが、召喚の儀を行い、呼び出された者を聖女様と呼んでおります


 この世界では聖女様が、ご不在だと国が荒れると言われており、事実長年聖女様不在のため滅んだ国もございます」


カミュールの言った言葉が本当かどうか知る術は持たないが、思った以上に大事のようで不安がのしかかった。


どうしよう、魔王と戦えとか言われたら…。

無理ゲーじゃん!!


いきなり重い責任を押し付けられ、最早紅茶すら喉を通らない。


「ちなみに私が今回聖女の儀を行いました呪い師、カミュールと申します

 カミュとお呼びください」


重大な話だというのに爽やかな笑顔を向けられると、どうにも調子が狂う。

思わず頭を抱えた。


「その…カミュ、さん?

 具体的に聖女とは何をしなくてはいけないんでしょうか?」


断ることはできるのだろうか、と脳内では考えつつも、簡単に異世界を行き来できるとは思えなかった。


そしてカミュの答えは私の想定外のものだった。


「何も」


「え?」


「特別していただくことはありません」


「んん?」


「ただ聖女様として我が国に存在している

 それが大事なのです」


涼しい顔で言い切ったカミュの顔を瞬きも忘れて見つめた。


「まぁ、聖女様として国の式典等には出ていただきたいですが、聖女様が嫌だと仰るならそれもしなくて結構です

 

 もちろん聖女様の衣食住やお世話は保証いたします

 できる限りご要望にはお応えいたしますよ」


カミュはそう言って立ち上がると、私の横で出会った時と同じく膝まづいた。


「我が国の聖女様となっていただけますか?」




元の世界で会社をクビになった私は、聖女になることを二つ返事で快諾した。


最初はどうなることかと思ったが、待遇は破格。

こんな美味しい話は他にない。

騙されてるんじゃないかと疑うほどだ。


けれど騙されていたとしても、失うものなんて何もない。


当時の私は本気でそう思っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。