開きかけの百合のあいだに
教室の真ん中で男子たちと騒がしく話す女子がいた。
校則ぎりぎりまでだらしなく派手な着飾りをしている。
「おまえらどうせもらえるアテなんかねーだろ? 明日は義理チョコばらまいてやるから、ちゃんと三十倍で返せよー?」
短いスカートで机に腰かけ、からかったりからかわれたりしてたがいの本心を探りあっていた。
その様子を教室の隅にいた女子は堅い表情で見つめる。
ブレザーの制服をはじめ、全体にきっちりとして飾り気がない。
すぐ前の席にいた小柄で童顔の女子はなだめるように苦笑する。
「槙ちゃん、威嚇しすぎ……まあ『チョコの持ちこみ禁止』で、かえって放課後に誘うきっかけになるのはどうなんだろね~?」
槙は少し表情をゆるめて苦笑を返す。
「家や学校へ迷惑をかけなければ、なんでもいいと思うけど……わたしは今年も予定とかないけど、久留見ちゃんはまた友チョコ交換する?」
「久留見はむしろ本命チョコを交換したいな~」
「それは、ちょっと……」
槙は照れてとまどいながら久留見の笑顔をやんわり押しやる。
「それなら渡しかただけでも、口うつしとか……じょうだんだってば」
槙がじっとりした目で引いてしまい、久留見が目をそらすと、教室中央の派手女子と目が合った。
「おい久留見ー。去年はなんで、アタシにはチョコくれなかったんだよー?」
「うーん? それなら今年は桐江ちゃんとも交換する~」
桐江は手足が細くて背は高いほうで、近づいてくるなり久留見へからみつく。
「よーし。めっちゃ愛してるから本命チョコなー?」
桐江がくちびるを突き出して久留見の頬へ迫ると、槙がグイと引きはなした。
「そういうふざけかたはやめて」
低い声でにらみつけたので、久留見はあわててなだめる。
「まあまあ。久留見もまんざらでもなかったし」
「それでも、人前で……」
槙のどんよりした声を桐江はバタバタとあおぎ返す。
「いやおい、これくらいでそんな……クソまじめかー? やってみない?」
からかわれた槙はますます顔を険しくして、久留見は両手を踊らせてうろたえた。
「おだやかにね~? ふたりは小学校からの仲でしょ~?」
「そうそう。昔はよくつるんでいたのに……てか槙って近ごろ、久留見としか話してなくね? それともそういう仲? それなら邪魔はしないけど……」
視線までそらされ、沈黙されてしまう。
代わりに久留見がのんびりした苦笑を向けた。
「久留見は邪魔とか思わないよ~? 久留見はふたりとも好きだし~」
「んー? そーお? ……でも、まあ……」
桐江はすねたような様子で退散した。
槙は静かにうつむき、久留見は見てないふりをする。
「桐江ちゃんみたいなノリは苦手?」
「別に……転校したばかりのころに話しかけてくれたことは感謝してる。あのころは今よりもずっと話すの苦手だったから」
「そうなの? じゃあ実は好き?」
「だからそういうじょうだんは、あまりよくないと思う」
槙はまた少し、ふてくされそうになった顔を隠す。
「ん~? でもじょうだんでなく、女子同士でもつきあっていいよね?」
「それはまあ、本気なら……でも『学生時代だけの遊び』みたいに、そのうち『卒業』する人も多いでしょ? それなら最初から、半端に興味なんか持たないほうが……」
「ん~? でも男女カップルだって、学生時代はセックスだけで終わる関係も多いらしいよ?」
「え」
「というかほとんどの男子は、かなり大人になるまで一方通行に肉体だけ目当てらしいし。ほかのことも気づかってくれる人なら当たりというだけで……でもそれでも、交際したらだめなわけでもないよね?」
「でも男女の交際だと、一生に関わることにもなりやすいから……子供とか……」
「ん~? でも縄で縛るプレイとかも、少しまちがえたら救急車を呼ぶ大事故になるらしいよ?」
「え」
「だからちゃんと呼吸とか血流を確保できるように、指導する専門の職人さんまでいるんだって」
「それはなんの関係が……?」
「だから緊縛プレイも一生に関わるけど、それが好きなことまであきらめなくてもいいよね? まして恋愛の相手なのに同性というだけであきらめちゃったら、それこそ一生後悔の大惨事になりそうだし……試す前から怖がりすぎもまずくない?」
「そう……かな……?」
槙は困惑しながら、あきれたように表情をゆるめる。
「だから今年は縛った状態でチョコを食べさせ合うとか……」
「しません」
「目隠しでチョコを食べさせるくらいなら……」
「却下……ほら、前」
教師が入ってきて、授業のチャイムも鳴る。
昼休みになり、久留見が弁当箱を手にふりかえると、槙は顔をしかめて赤くなっていた。
「久留見ちゃんのせいで変なこと考えて、授業が頭に入らなかった」
「ふえ? それ久留見のせい? それなら少し練習して慣れておく? はい目をつむって、あーん……」
だし巻き卵をつきだしても、さらに赤くなって眉をしかめてしまう。
「そんなこと、教室で……」
「人目のない場所でやるほうがワイセツでは? はい、あーん……うわっ!?」
横から桐江が食いついて、味つけにうなずきながら槙の肩へ手をおく。
「さっきはごめんてば。明日の放課後、槙の行きたい店でいいから、たまには集まろうよ」
視線はプチトマトもねらっていたので誠意に欠けていた。
「ウザければ男子どもは呼ばなくてもいいし。まあ、ちょうどあいつらも三人だけど……」
「興味ない」
槙はもくもくと自家製おにぎりへ咬みつく。
「おいい……いくらチャラいのが苦手でも、カラオケとかゲーセンくらいはつきあってくれてもいいだろー?」
槙は食べ途中の弁当箱を閉じて立ってしまう。
「興味がないだけ」
そのまま教室を出てしまい、久留見は苦笑いを見せた。
「たぶん、次の授業の美術室かな?」
手ぶりでは追いかけるようにうながす。
桐江が気まずそうに美術室へ入ると、槙は描きかけの課題作品を引っぱり出すだけで、窓の外をぼんやり見ていた。
「おーいー、もう無理には誘わないけどさ……」
桐江が困り顔で近くに座ると、槙も困ったようにうつむく。
「ごめん……桐江ちゃんの格好とか、男子との話しかたは、似合ってないから見たくない」
「おいい、はっきり言いやがるなあ? まあ、アタシもこういう格好はそんなに慣れてないし、男子とも……不安の裏返しとゆーか……そんな感じの?」
「桐江ちゃんが?」
「いやそりゃ、小学生のころは男子に混じってドッジボールとかもやっていたけどさ。あいつら中学からバカみたいに背がのびやがって、急にアタシまで女子あつかいされて、なんだか話しにくくて……」
「気にしなくていいのに。わたしは転校してから周りとうまくつきあえなくなって、でも桐江ちゃんがほかの子を気にしないで仲良くしてくれたから……ほかの子とも話せるきっかけにできた」
「いや、それなんだけど、アタシも女子と男子の両方から浮きはじめていたから……槙がいてくれて助かってたんだよ」
桐江が目をそらして赤くなり、槙もじわじわと赤くなってうなずいた。
桐江は安心して大きなため息をつき、槙へ飛びつく。
「よかった~! 槙に嫌われてないなら、もうなんでもいいや~。アタシも愛してるからチューしよっかー!」
くちびるをつきだされ、槙は肩をつかんで押しやる。
「や、め……て!」
「なんだよ~? たまには久留見じゃなくてアタシとイチャつこうぜ~?」
「い、や!」
「嫌いじゃないくせに~。それともなに? よほど本気で惚れてる?」
槙が固まってしまい、その真っ赤な顔を見て桐江も固まる。
「え……おい?」
槙の涙ぐんだ瞳にあせって、桐江もうつむいて赤くなる。
「放して……」
逃げようとする槙の体を抱きとめたまま、桐江も困惑していた。
「待てって……?」
「忘れて。今までと同じようにつきあうから」
「いや、それも疑わしいけど……別にアタシは……いやその、女子同士とかは考えたこともなかったけど……」
押さえあう格好になっていた。
桐江は生々しく熱い体温や髪の香りにとまどい、槙は顔をしかめたまま、くちびるはせつなくゆるみそうになる。
「それなら、やめて」
「ごめん。キスはじょうだんのつもりだったけど……今の槙、かわいい……ドキドキすしている……かも?」
ふたりとも無言のまま、息ばかり乱れてくる。
ようやく槙から、かすれそうな小声をしぼりだした。
「そんなの、今だけの気まぐれ……わたしだって、桐江ちゃんが男子に近づくのがいやなだけで、その先までは……」
「それなら、試すくらいは……どちらかでもダメそうなら、またいつもどおりで……あれ?」
槙の思いつめた瞳は思ったよりも近くにせまっていた。
桐江は『自分のほうが逃げられなくなっている?』と感じて背筋でおびえる。
それでもくちびるは無意識に角度を模索して、目はとどめをせがむようにうるんでいた。
いつの間にか、槙の目つきのほうが落ち着いている。
「本当に、いいの?」
桐江は脚をにじって声をかすらせる。
「やさしく……」
チャイムが響いて、ふたりの動きが止まる。
いつの間にか、廊下から話し声が近づいていた。
どちらともなくそそくさと離れて、おそるおそる目を合わせる。
槙からボソリとつぶやいた。
「……助かったね?」
桐江はふてくされた顔で、首筋の汗をぬぐう。
「最後のは、じょうだんのつもりとかないし……明日また、確認してみればいいだろ? 今の気持ちが、おたがいに続いているかどうか」
槙も身だしなみを整えて、小さくうなずく。
「それならまず、おたがいに目隠しでチョコを食べさせるくらいでも……」
「お、おい槙?」
「え」
「いやその、目隠しは必要……なのか?」
桐江はこわばりながらも、まんざらでもなさそうだった。槙も。
「…………ごめん」
「おいその『ごめん』は『ちがいますごめん』か『そうですごめん』なの……か!?」
「ええと、その…………!?」
ふたりとも真っ赤な顔を早くどうにかしないと、みんなにさらしてしまいそうだった。
そのためすでに美術室の入口からこっそりのぞいていた久留見がもそもそと入ってくる。
「どっちも意外とウブで手間かかるな~? さっさとくっつこうね~? 久留見も混ざるのはそのあとでいいから……ね?」
むしろふたりの赤面と混乱は頂点に達する。
(おわり)




