手紙
『
すごくあなたに伝えたいことがあったのに。ところが、しばらく会えなかったね。
やっと気が付いたの。天罰は、あたしの中にあるのかなって。
だから遠くに行こうと思います。もう戻れないかもしれないけれど、私だけの旅へ。
そこは。黄昏に満ちた、世界だと思う。
ありがとう。ノクターンを、二回も弾いてくれたね。
残念だけど三回目の約束は旅に出るから。叱られそうだけど、なかった事にしてね。
それが天罰。神様の、リクエスト。
私は最初の夜を目指します。尽きることのない、真っ暗な夜を。
そしてあなたという想い出を胸に暗やみへと旅立ちます。例え、全てが手遅れでも。
』
僕の姉は何年も前に、電車にはねられて亡くなった。
事故か自殺か、僕には分からなかった。
姉は僕に会いに来る途中で事故に遭っていた。
僕はその事で姉の婚約者、水原大介と口論になり、そのまま疎遠になった。
数年後、僕は街でぐうぜん再会した水原から手紙を渡された。
聞けば、姉さんが僕に宛てた手紙だという。
長いこと隠していて済まない、と水原は詫びた。
手紙を読んで僕は全て理解した。
姉はやはり、自殺などではなかった。
「ゲーム?」
僕は喫茶店で水原と向かい合って座っている。
テーブルには姉さんの手紙が置いてある。
「ええ。ある法則にしたがって文章の中に隠れた言葉を拾いだしてつなげる――。そんなゲームです。昔、姉とよく」
僕がそう言うと、水原はすぐに気づいたようだった。
「まさか、これが?」
僕は顎を引く。
「そんな……」
無理もない、自分の婚約者が弟にパズルを見せに行く途中で事故に遭ったなど想像できるはずもない。
「……何て、書いてあるんだ?」
僕はテーブル上の紙片を彼の方に向けごく簡単に説明する。
「『。』の次の文字を順番に拾ったあと、『、』の次の文字を、同じように順番に拾うんです」
指定の文字が漢字の場合は平仮名に直して最初の文字だけを拾うんです、と僕は付け加えた。
「トテモタノシカッタ。シアワセニナリマス」
言い終わった水原の目から、涙が溢れた。
遠い昔、水原と結婚して幸せになるはずだった姉さん。
「はるか……」
子供のような声で、遠い場所に居る婚約者を呼んだ。しゃくり上げる。
「パズルだなんて」
もう一度、手紙を見た。
「そんなことだったなんて……」
ぼろぼろと泣き始める。
「そんなこと、いつでもできたじゃないか」
あとは声にならず、ただ、押し殺した嗚咽だけが漏れた。
僕も姉を思って、泣いた。