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赤毛の伯爵令嬢  作者: もも野はち助
【本編】

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3/21

3.最後のお願い

 三人でお茶を楽しんでから二日後。

 クレアとティアラは、父セロシスから大事な話があると二人同時にリビングへと呼び出される。


 部屋に入ると、神妙な面立ちの両親が二人を待っていた。

 そんな二人の異変に気づかないティアラは、さっさと向かいのソファーへと腰を下ろす。

 しかしクレアは両親のただならぬ様子から、すぐになにかを察した。


「お父様、何かあったのですか?」

「いいから座りなさい」


 そう言った父の声は、かなり重苦しい。


「お父様もお母様も何だか暗いお顔ね。どうされたの?」


 ここでやっとティアラも二人の異変に気づいたようだ。


「ティアラ、実はお前のもとにかなり大きな話が持ち上がりかけている……」


 その父の言葉に娘二人は、ビクリと体を強張らせる。


「待って、お父様! 私、最近はパーティーへの参加は控えていたから問題ある行動なんて起こしていないはずよ!」


 呼び出される際は公の場での振る舞いについてお説教が多いティアラは、また自分が気づかぬうちに何か失態をしてしまったのかと思い、慌てて弁明する。


「そうではない。実は昨日、アストロメリア公爵であらせられるジェラルド閣下より、お前と面会してみたいというご要望を受けたのだ」


 アストロメリア公爵とは現国王の六歳下の弟、すなわち王弟殿下である。

 確か二人も姫が続いた国王と王妃の間にやっと王子が生まれたことで、四年前にそれを機に臣籍に下り、表向きは兄の国王よりアルストロメリア公爵の爵位を賜ったことにはなっている。


 だが、実際は不正の多いこの領地の取り締まり強化を国王から望まれ、彼が公爵に収まったことは一部では有名な話だ。しかも不正に関しては、恩情なしのかなり厳しい処罰を下すので『黒髪の冷徹公爵』とも呼ばれている。

 そんな厳しそうな公爵にこの空気の読めない未熟な妹を面会させた場合、早々に不敬罪に問われる振る舞いをしてしまうことは火を見るよりも明らかだ。


 その状況を瞬時に想像してしまったクレアは、父のその言葉に愕然とした。

 しかしティアラは別のことで青くなっているようだ。


「ジェラルド閣下って、美形で銀髪の方が多い王家の血筋の中では異例の黒髪で外見も凄く暗そうだと言われているあの王弟殿下……?」

「ティアラ! そのような言い方は閣下に対して不敬になるわよ!」


 ティアラの言葉に母クリシアが目くじらを立てて叱責する。

 だが確かにジェラルドに関しては、ティアラが口にした噂が有名だ。

 それが理由なのか四年前までは王位継承権を持っていたにも拘わらず、望んで彼の婚約者にという令嬢は殆どいなかった。

 同時にジェラルド自身もそれを拒んでいたと聞く。


 その要因と思われているのが、噂で聞いたジェラルドの見た目である。

 銀髪で美形が多いディプラデニア王家では、ジェラルドの容姿は異例だった。

 黒髪だけでも奇異の目を向けられるその髪質は、ごわごわの剛毛。

 おまけに幼少期から顔中にソバカスがあり、それを隠すように前髪で顔を覆っていたらしい。

 恐らく周囲からは、容姿のことで散々陰口を叩かれていたのだろう。


 最後に公の場で目撃されたのは彼が十二歳くらいのようだが、その際は華奢な体つきで猫背の暗い雰囲気をまとった少年だったと、親戚の叔父が昔ポロリとこぼしていた。

 ティアラの中では、ジェラルドの姿はその印象で根づいてしまっているのだろう。


 王弟でありながら今まで彼への婚約打診がなかったのは、若い国王夫妻が婚約時代から仲睦まじく、挙式後は早々に世継ぎが生まれることを周囲が予想していたからだ。

 その為、世間ではジェラルドの存在をそこまで重視していなかった。

 それが現在二十二歳になっても彼が未婚を貫き通せた理由だろう。


「お父様……閣下は何故ティアラとの面会をご希望されているのですか?」


 クレアが恐る恐る問うと、父は盛大に息を吐いた。


「どうやらティアラの容姿の評判をどこかで耳にされ、ご興味いただいたようだ。年齢的にも閣下は、跡継ぎ問題で周りから結婚をせっつかされている状況だと思う。だが、閣下はかなりの人間不信で今まで婚約を結ぶことを頑なに避けられていた。そんな閣下が『オーデント家の見事な金髪の令嬢には少し興味がある』と口にされたようだ。それを周囲の家臣たちが目ざとく陛下にお伝えしてしまい、今回陛下の計らいのもと、このような話が上がったらしい」

「国王陛下が……」


 そう口にしたクレアは、この面会は絶対に逃れられない状況だと確信した。

 しかし黒髪の冷徹公爵にこの自由奔放な妹を会わせることは不安しかない。

 そしてそのティアラも公爵との面会には拒絶的な態度を見せていた。


「嫌よ! それって下手をしたら私はその公爵閣下の婚約者に選ばれるかもしれないってことでしょ!? 絶対に嫌!! 私、夫にするなら絶対にロマンス小説に出てくるような王子様みたいな素敵な容姿の男性が理想なの! そもそも私はそんな暗いご性格の閣下とお話なんて絶対に合わないわ!」


 見た目が重視のティアラらしいなんとも子供っぽい理由での拒絶である。

 だが、ティアラのその言い分は別として、両親もそんな厳しそうな公爵とティアラの面会は避けたいらしい。

 その気持ちは、クレアも同意する気持ちしかない。

 淑女として未熟すぎる妹を少し前まで王位継承権を持っていた身分の高い人物に会わせるなど、オーデント家の恥を晒すようなものだ。


「ティアラ、落ち着きなさい! まだジェラルド閣下がお前に好意を持っているかは分からないのだから」

「でも! 『オーデント家の見事な金髪の令嬢』って絶対に私のことでしょ!?」

「そうなのだが……もしかしたら別の目的で我が家にご興味をお持ちになったのかもしれない」

「別の目的ですか?」


 すると父は話題の中心であるはずのティアラではなく、今回全く関係のないクレアに視線を向けた。


「アストロメリア公爵家の治める領地の特産は葡萄だ。その為、ワインやブランデーなどの生産に力を注いでいることはお前たちも知っているだろう?」

「ええ。でもなぜそれが我が家にご興味を持たれる理由になるのですか?」

「うちの領地の特産はハーブだ。最近、社交界では香水やフローラルウォーターが、ご婦人方の間で話題になっているだろう。恐らく閣下は、ワインからブランデーを抽出する製法をいかし、ハーブから精油を抽出して、香料関係の製品にも手を広げたいとお考えなのかもしれない」

「確かに! 医療用では市場はございますが、女性用の商品としてハーブの香りが着目がされていない現在ならば、閣下がその市場に目をつけられた可能性は高いですね!」


 父のその読みにクレアが思わず感嘆の声を上げた。

 しかしティアラは、違う。


「だからってその繋がりのために私は閣下と政略結婚をさせられるかもしれないってことでしょ!? そんなの絶対に嫌っ!!」

「安心しなさい。私とてお前のような未熟な娘を王弟でもあらせられるジェラルド閣下にお会いさせるなんて、そんな恐ろしいことはしたくはない。そこでだ!」


 そう言って、父は再びクレアの方にじっと目を向けた。


「閣下にはまずクレア……お前にティアラの代理で面会をしてもらいたい」


 その父の言葉にクレアは一瞬だけ絶句する。


「お、お待ちください! 閣下が面会を希望されているのは、同じオーデント家の令嬢でも赤毛の私ではなく、美しい金髪のティアラですよ!? それなのに私が現れたら不敬に値します!」

「もちろん、閣下から強いご要望があればティアラも面会させる。だが現状では閣下が、我が家にご興味を持たれた状況が今一つはっきりしない……。そこでクレア、お前に閣下の本当の目的を聞き出してもらいたい。もちろん、私も一緒に同席する。だが閣下の目的が、先程の女性向けの商品への参入をお考えだった場合、私ではなく若い娘であるお前の意見が、必要になってくる」

「ですが……」


 父の考えは分かるが、どう考えても今回の公爵の目的はティアラのような気がしてならない。

 その状況で赤毛の自分が現れたら、逆に不敬になるとクレアは考えてしまう。

 すると、不安そうな様子の娘に父セロシスは安堵させるように優しい笑みを向ける。


「それにお前ならば、どこに出しても恥ずかしくない立派な娘だ。安心して閣下の対応を任せられる。もし不敬に値すると言われた際は、家長である私が責任を取る。だからお前は気にしなくていい。それよりもティアラを閣下に面会させるほうが不敬になる可能性が高い。まずは閣下の目的を確認することが重要だ。ティアラに関しては、体調不良で寝込んでいることにすれば、しばらくはやり過ごせるだろう」

「で、ですが!」


 父のあまりにも無茶な提案に焦ったクレアが反論しようろした。

 しかし、それは父に大賛同している妹ティアラによって阻まれる。


「お父様、名案だわ! それならば私は閣下と会わなくても済むかもしれないってことでしょ? お姉様、お願い! 私の代わりに閣下にお会いして! それでできれば閣下が私に抱く興味を削いで欲しいの!」

「ティアラ! そんな難しいことを簡単に言わないで!?」

「クレア、私からも頼む! 勉強熱心で世情にも詳しいお前なら、きっと閣下との会話も弾むはずだ! 頼む! 妹を救うと思って!」


 先程から酷い言われような状況に全く気づかないのか。

 それとも余程、公爵に会いたくないという気持ちが強すぎるのか。

 能天気なティアラは、父の考えに大賛成のようだ。

 そして妹を守る体でオーデント家の名誉を守ることに必死な父。

 そんな父に呆れつつ、先程から傍観している母にも意見を求めるようにクレアは目を向ける。


「お母様……」

「クレア。あなたには特にティアラのことに関して嫌な役回りばかりを押しつけてしまって、本当に申し訳ないとは思っているわ……。でもね、あなたならきっと上手く対処出来ると思うの。外見に特化しすぎているだけのティアラとは違い、内面に秀でているあなたは私にとって自慢の娘よ。見た目だけで中身が空っぽで、無礼な振る舞いを無意識でしてしまうティアラよりも適切で、しっかりした振る舞いができるあなたなら、安心して閣下のご対応を任せられるわ」


 その母の言葉にやっとティアラが抗議の声を上げた。


「お母様! いくら何でもその言い方は私に対して酷すぎます!」

「だまらっしゃい! そもそもあなたが淑女教育に不真面目で自由奔放に育ちすぎたことが原因でしょ! ああ……でもその件に関しては、甘やかしすぎた親である私たちにも大いに責任があるのだけれど」


 そう言って母は額に手を当てて、肩を落としてしまった。

 母と妹のやり取りに思わずクレアが苦笑する。


「分かりました。上手く立ち回れるかお約束はできませんが、できるだけお父様のご要望にお応えできるように頑張ります」

「すまない、クレア! 本当に助かる!」

「もちろん、ティアラの要望もなるべく達成できるように頑張るから」

「お姉様ぁ~!」


 抱きついてきた妹を苦笑しながら受け止める。

 両親に限らずクレアも妹のティアラには甘すぎるのだ。


 そんな経緯でクレアは、一週間後にオーデント家の領地の視察も兼ねて訪れる公爵の対応をすることになってしまった。

 だがこの件でまたしてもイアルとの婚約解消を言い出す機会を逃してしまい、焦りはじめる。



 翌日、この件を婚約者のイアルにも伝えておこうと、クレアは彼を屋敷に呼び出した。

 もちろん、話す内容はそれだけではない。


「そんな大役を任されてしまったのか。でも確かにティアラが対応するよりも君が対応したほうが、閣下はストレスを受けずに済むから名案だと思うけれどね」

「こちらとしては肩の荷が重すぎるのだけれど……。閣下も金髪の令嬢が現れると思ってらっしゃるのにこんな赤毛が現れたら、きっと驚かれてしまうわ」


 愚痴をこぼしながらクレアは自身の髪を手に取り、毛先をじっと見つめる。

 するとイアルも彼女の毛先を手に取り、柔らかい笑みを浮かべた。


「君の場合、見事なプラチナブロンドから赤毛になってしまったから残念がる人が多いけれど、この赤毛だって色鮮やかで綺麗だと僕は思うよ?」


 そのイアルの言葉と仕草に一瞬だけクレアの動きが止まる。

 もし三年前の彼に恋心を抱いていた自分であったら、頬を赤らめていた状況だ。

 だが今は、その恋心は彼女の中で完全に埋葬済みである。


「ありがとう。でもそう言ってくれるのは家族とあなただけよ?」

「そんな事はないだろう?」

「どうかしら? だって私自身がこの髪色の変化に一番ガッカリしたのだもの。今でもね、ティアラの髪を見ると羨ましいって思ってしまうの……」

「クレア……」


 やや心配するような表情を向けてきたイアルの手から、クレアがそっと自身の毛先を引き抜く。


「でもね。この赤毛のほうが私には合っていると思うの。もしティアラのように目立つ髪の色のままだったら、私の性格では合わないもの。私はあの子みたいに人懐っこくないし、人との交流もそこまで好む性格ではないから。あの子のように大勢の男性に囲まれたら、きっとアワアワしてしまうわ」


 そう言って、いたずらっぽい表情を向けるとイアルが苦笑する。


「あの髪の色は明るく人懐っこいティアラだから似合っているの。でもね、それだけ人を惹きつけるということは、きっと今回のような状況がこれから先もあると思うわ……」

「それは……確かにそうだね」


 明らかに動揺するように視線を落としたイアルは、この先ティアラが別の男性のものになってしまう未来を想像したのだろう。

 その不安を和らげるようにクレアは、そっとイアルの手を取る。


「クレア?」

「だからね。私、どうしてもあなたにある事を承諾してもらいたいの」

「ある事?」


 不思議そうに見つめ返してくるイアルの手を両手でしっかり掴み、真剣な眼差しを向ける。

 そしてずっと言い出せないままでいたある要望を口にした。


「私との婚約解消に承諾して欲しいの」


 その瞬間、イアルが大きく目を見開いた。


「クレア、その冗談は――――」

「冗談ではないわ。私は本気よ。本当は二年前からこの話をいつ言い出そうかと、ずっと悩んでいたの」

「待ってくれ! 僕はそんな気は!」

「あなたが三年前からティアラに想いを寄せていることには気づいていたわ」


 その言葉にイアルは押し黙る。


「あなたが私との婚約に不満の声を上げないのは、父があなたと私がこのオーデント家を継いでほしいという希望に応えようとしてくれているから。そしてもう一つの理由は、あなたと婚約を解消した場合、突然赤毛になったことで不憫な目を向けられている私では、次の相手を見つけることは難しいと気遣ってくれているから」


 イアルの瞳が気まずそうに揺れる。


「クレア。その、僕は……」

「本当はもっと早く切り出さなければいけなかったことなのに、私はあなたの優しさに甘えててしまっていたの。でもね、今回ティアラに起こった状況から、私は早めにこの件を決断した方が良いと感じたわ」


 そう言ってクレアは、大きく息を吸った。


「もしこの先、今回のような身分の高い方からティアラが欲しいという話が来てしまうと、オーデント家ではかなり困ったことになってしまうの。ティアラは確かに美しいしチャーミングな子よ。でもね、それは最初だけ。いくら素晴らしい身分の方に嫁げたとしても、その後あの子は絶対に苦労する。私たち家族は、あの子がどういう性格か知ってはいるけれど、先方はその美しい容姿だけしか見ていないから、あの子に過剰な理想を抱いてしまうでしょ? それはあの子の不幸な未来だけでなく、うちの教育方針なども疑われてしまうの」

「クレア、流石にそれは考えすぎじゃ……」


 するとクレアがゆっくり首を左右に振った。


「この四年近く、私も両親も教育係もあの子にもう少し令嬢らしい振る舞いをと、再三注意してきたわ。でもね、一向にそれは改善できなかった……。そしてそれは改善してもいいものなのか、私にはわからないの。だってそれはあの子の魅力でもある部分でしょ? 無邪気で自由奔放で天真爛漫。確かに令嬢らしくはないけれど、それを直してしまったらあの子らしさが無くなってしまうわ」


 そこまで言い切ると、クレアはイアルに向かって優しい笑みを向けた。


「だからね、一番あの子にとって幸せな結婚は、外見ではなくてあの子の内面に惹かれた男性のもとに嫁ぐことだと思うの。もちろん、あの子の意志を尊重してだけど」

「クレア! 僕は――っ!」

「イアルは優しいから……。だから婚約解消後の私を気遣って今まで言い出せないでいるんじゃないかって、ずっと思っていたの。でもね、それは私にとって優しいどころか、凄く残酷なことになるのよ? だって自分の大切な人が妹への想いをひた隠しにして、私と結婚するってことでしょ? この婚約解消の話は、あなたの為だけじゃない……。私の為でもあるの」


 少々キツイ言い方をしたので、イアルが傷ついていないか心配になったが、それでも今口にした彼女の言葉は全て本心である。

 すると、イアルが今にも泣き出しそうな表情をする。


「お父様たちには、家を出てやりたいことを見つけたからといって婚約解消の話を切り出すつもり。だからね、もしイアルにティアラとの婚約の話がいったら、遠慮しないで受けて欲しいの」

「やりたいことって、一体……」

「私、ティアラと一緒にかなり恵まれた淑女教育をたくさん受けられたでしょ? だからね、今度は教える立場になりたいの」


 できるだけ明るい口調で伝えたクレアだが、イアルは疑うような表情を浮かべている。


「それは本当に君の意志でやりたいことなのかい?」

「ええ。もちろん! 正直、ティアラみたいな令嬢って、結構いらっしゃると思うの……。でも結局はその気持ちを理解されないで、頭ごなしで注意ばかりされて、自信を無くして前に進めない方は多いと思うわ。私はティアラという妹がいるから、そういう令嬢の気持ちが少しは分かるし、その人たちの力になりたい。実は二年前からそういう考えは生まれていたの」


 クレアは本心からの言葉で伝えているのだが、イアルは未だに信じられないという表情を浮かべている。


「返事は今すぐでなくてもいいわ。でも近々そういう話があなたのもとへ行くと思うから、その時は自分の気持ちに正直になって欲しいの」

「クレア……」

「これは婚約者である私からの最後のお願いよ? だから絶対に約束して」


 穏やかな笑みを浮かべながら強い口調で伝えると、イアルは切なそうな笑みを浮かべる。


「分かったよ……。ありがとう。クレア」


 その日の夜、クレアはイアルとの婚約解消を希望する件を父に告げた。

 二人に家を継がせたがっていたセロシスは、大いに肩を落とした。

 だが、今まであまり我儘を言ったことがない娘の思いを優先させたいと、折を見てデバイト家にこの話を切り出すことを約束してくれた。


 この日、クレアは長い間抱え込んでいた罪悪感から、やっと解放されたことに安堵した。

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