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2.天使の様な妹

 手を洗い、二人の許へやって来たティアラだが、その手には何故か赤い花が植えられた陶器の植木鉢を持っていた。


「これ、お姉様のお部屋に飾って頂こうかと思って!」


 そう言ってティアラが差し出した植木鉢には、現在庭で咲いている赤いベコニアの花が植え替えられていた。

 花の好きなティアラは、よくこうして庭から花を摘んだり、植木鉢に移し替えたりして、屋敷中を花だらけにしたがる。


「まぁ。また鉢植えのお花を増やして……。この間、お母様から屋敷内をお花だらけにしないようにとお叱りを受けたばかりでしょ?」

「ふふ! だからお姉様も共犯! はい。これお部屋に飾ってね!」


 そう言ってティアラが受け皿の付いた植木鉢を、テーブルの真ん中に置く。

 綺麗な模様が施された陶器の植木鉢は、さながら花瓶のようだ。

 こういう美しい物を素直に愛でる感覚が、ティアラは凄く強い。

 そういう部分も彼女の純粋な雰囲気を高めているとクレアは思う。


「ベコニアの花言葉は『片想い』『親切』『幸福な日々』だったかな……。ティアラは、一体どういう気持ちでクレアにこの花を選んだんだい?」

「まぁ! イアルは花言葉に随分と詳しいのね! もちろん『親切』という意味でよ。私のお姉様のイメージは『優しい』なの!」


 そう言ってティアラは、屈託のない笑みをクレアに向けた。

 だがイアルが花言葉に詳しくなっているのは、ティアラが花を好きだからだという事には、一切気付いていない。

 そんなティアラは、イアルの気持ちに気付かないまま今日に至るのだ。


 そしてイアルも無自覚で、自身が花に詳しくなっている事に気付いていない。

 オーデント家の中庭の花の種類は、そこまで多くはないので、調べようと思えば簡単に調べ尽くせる。

 好きな人がよく手に取る好きな物について興味を持つ……。

 その事でイアルが誰を想っているのかが、クレアにはすぐに分かってしまう。

 そういう意味では、先程の候補にあった『片思い』も以前の自分を表すには、相応しい花言葉であるように思えて、思わずクレアは苦笑してしまった。


「でもそれなら赤では無くて、白いベコニアの方が良かったんじゃないかな? 色別の花言葉だと赤は『公平』、白が『親切』だったと思うけれど……」

「それなら尚更、赤いベコニアよ! だってお姉様は私がお母様からお叱りを受けている時によく公平な意見で庇ってくださるもの!」

「ティアラ……まず私に庇われる前にお母様からお叱りを受けない様にしないとダメよ?」

「はーい」


 今は身内同士なのでクレアも砕けた口調だが、ティアラの場合はそうではない。

 公の場に出た際でもそれは変わらないのだ……。

 何度も「『私』ではなく『わたくし』で!」と母や教育係から注意されているのだが……この言い方は、どんな状況下でも同じだ。


 そんなティアラはその恵まれた容姿から、かなり周りから甘やかされて育った。

 それは両親のみならず、周りにいる大人達……つまり侍女や教育係等と言った使用人達からもという意味でだ。

 もちろんその点では、クレアも一緒なのだが……クレアの場合、長女という立場を自覚していた為、妹の様にその甘えを素直に受け入れる事が出来なかった。


 しかし、クレアの髪色が激変した事で、両親はクレアの事を腫れ物でも扱うかの様に更に過剰に優しく接するようになってしまう……。

 それに気付いた妹は「私も! 私も!」と妹特有の甘え上手を発揮し、いつしかクレア以上に両親から甘やかされてしまったのだ。


 気が付いた時には、もうティアラは悪い意味で自分自身に対して素直な性格になっており、その反動で周りへの配慮があまり出来ない所謂(いわゆる)『空気の読めない令嬢』と化してしまったのだ……。

 そんなティアラの状態に焦った両親は、何とかして教育のし直しが出来ないか、かなり親身になって考えた。


 そして姉のクレアにあえて妹の向上心を掻き立てる為に当て馬的な存在となって、評判の良い教育係の指導を一緒に受けて欲しいと頼んできた。

 幼少期からティアラは、姉とお揃いという状況にやや執着する傾向があったからだ。クレアがやっていれば、ティアラもやりたがる。

 そのティアラの性格を考え、両親はこの方法を実行しようとした。


 そんな申し訳無さそうに頼んできた両親の頼みをクレアも二つ返事で快諾した。

 こうして家族一丸となり、何とかしてティアラの淑女としての向上心を見出そうと色々取り組んだのだが……押し付けられる事を嫌う自由奔放なティアラには、両親のその想いは届かなかった……。

 逆に本来は当て馬的な役割で教育を受けていたクレアの方が、ますます淑女としての資質を高めて行ってしまう。


 そして一年程前から両親は、ティアラの教育に関しては諦めを見せ始めた。

 その結果、お茶会やパーティー等にティアラが参加する際は、必ずクレア達も同行する事が当たり前となってしまう。


 明るく社交的な性格のティアラは、人が集まる場所に参加するのが大好きだ。

 しかし空気が読めないティアラは、度々その会場内で不興を買うような振る舞いを無意識に行ってしまう。

 特に問題視されたのが、ティアラの容姿に惹かれ集まって来た令息達との交流の仕方だ。


 ティアラが夜会等に参加すると、その美貌に惹かれるように若い令息達が、いつの間にか集まってくる。人と話すのが好きなティアラは、そんな令息達の下心など全く気付かず、親しい間柄の友人の様に接してしまうのだ……。

 一見、社交性が高いのだから良い事のように思える状況だが……ティアラの場合はそうではない。令息達と接する際の距離感が近すぎるのだ。


 その所為か、会話が盛り上がると、ついついスキンシップが出てしまう。

 相手の令息達に不用意にボディタッチをしてしまったり、腕を絡めてしまったり……無意識でそういう接し方をティアラはしてしまうのだ……。

 しかしティアラにとっては、あくまでも友人に対しての意味合いでのスキンシップなので、打算的な考えは一切ない。

 だが容姿に恵まれたティアラにその様な接し方をされた令息達は、大いに勘違いをしてしまう。中でも一番厄介な事は、婚約者のいる令息に対してもそういう接し方をしてしまう事だ……。

 その為、ティアラの所為で関係が拗れた婚約者の組は、かなり多い……。


 その件で何度かオーデント家には苦情が入った事がある。

 その度にティアラは両親から注意を受けているのだが……ティアラにとっては、親しい友人と楽しく過ごしているという感覚なので、叱られても納得が出来ず、また同じ様な事を繰り返してしまう。


 以前、その件で両親にこっぴどく叱られたティアラが、クレアにポツリと不満をこぼした事がある。


「どうしてただ会話を楽しんでいるだけなのに怒られなくてはならないの? 男性と友人として仲良くする事は、そんなにいけない事なのかしら……」


 その言葉を聞いたクレアは、妹は本気で悪気がなく、ただ無意識でそういうフレンドリー過ぎる接し方をしてしまうタイプなのだと思った。

 ただこの感覚は上流階級の人間としては、かなり致命的だ……。


 社交界ではこの人との距離感で、相手との関係を見極める事が多い。

 特に交渉関係の会話をしている時などは尚更だ。

 好印象を抱かせたい時は相手の心地良い距離感を保ち、逆に優位に立って話を進めたい時は、圧の掛かる距離感で会話をする。

 口調や声のトーン、話すスピード等も相手とのより良い関係醸成を図る為には、その状況に合わせて変えたりする事は、ある意味社交スキルとなる。


 だがティアラの場合、裏も表もなく単純に『親しみ』という意味合いで、そういう接し方になってしまっているだけなのだ。

 しかもティアラは、誰に対しても距離感が近い。

 そして人に対してのその接し方は、同性である令嬢達からすると、男性に言い寄るような尻軽な令嬢に映ってしまう事が多いのだ……。

 逆に男性からすると、自分に好意があるのではと誤解を招いてしまう。

 なまじあれだけ容姿が良いのだから、それは尚更だ。


 そんな無自覚で男性を惑わしてしまうような行動が多いティアラのお目付け役が、いつの間にかクレアの役割になってしまっているのが現状である。

 その為、クレアはティアラを慕う令息達の間で『壁際のコマドリ』等と陰で言われている……。ティアラが令息達と盛り上がり過ぎていると、壁際にいるクレアが窘めにティアラの元に飛んでくるからだ。

 コマドリは頭部が赤く、鳴き声がうるさい。

 それによく似ているという意味合いで、クレアを揶揄しているのだろう。


 そんな手の掛かる妹でもあるティアラだが、クレア自身はあまり疎ましく思った事はない。それは恐らく姉という立場でいた期間が長すぎたからだ。

 周りの友人令嬢達からは、手の掛かる妹を持っている事でかなり同情めいた事を言われてしまうのだが……クレア自身は姉なのだから、フォローする事は当たり前だという認識が強い。

 要するにクレア自身も両親や使用人達と同じようにティアラを甘やかしてしまっている人間の一人なのだ。


 その件に関しては反省しなければならないと思いつつも、ついあの純粋無垢な笑顔を向けられると、優しく手を差し伸べたくなってしまう……。

 そして相手にそういう気持ちを抱かせる特技をティアラは、無意識に発動してしまう。


 そんなティアラには、ここ最近多くの令息から婚約の申し入れが来ている。

 しかし両親は、なかなかティアラの婚約相手を決めかねていた。

 もし嫁がせるのであれば、ティアラの人間性を全て受け止められるくらいの器の大きな相手でないと、無理だと思っているのだ。

 そうなると、なるべく爵位の高い相手との婚約が良いと考えている。

 しっかり者で生活にも余裕のある男性にただただ愛でられるだけのお気楽なお飾り妻として、能天気に暮らす方がティアラには合っていると思っているのだ。


 だがクレアの方は、そうは思っていない。

 爵位の高い相手に嫁ぐとなれば、妻の方もそれなりの人間性の資質が求められてしまう……。両親はその辺りの考えが、少し甘すぎる。

 ならば嫁に出すよりも、ティアラの事をよく理解しているイアルと結婚させ、このままオーデント家に残す方が、ティアラの一番の幸せではないかと、クレアは考えているのだ。

 その為にもクレア自身は、早々にイアルとの婚約を解消した方がいい……。


 無意識の内にずっと先延ばしにしてしまっていた婚約解消の提案だが……。

 今、目の前で中庭の花について盛り上がっている二人を見ながら、今週中にでも早々に切り出した方が良いとクレアは改めて決意する。


 しかしその二日後、それが言い出せない状況の話が、ティアラの許に舞い込んで来るとは、クレアは夢にも思っていなかった。

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