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暇つぶし  作者: 来知
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第三章 登校

 八月の終わりとともに、夏休みも終わる。九月一日。始業式の日だ。

 六月までの堕落しきった生活から、完全に抜け出せていたので朝起きるのは苦労しなかった。

 半年ぶりくらいに自分の制服を見た気がする。

 シャツの袖に腕を通し、ボタンを留める。ベルトを締めて、朝食の席に座る。

「おはよう」

 母さんの挨拶。こだまのようにおはようと返す。

 父さんは俺を見て少し目を見開いたが、特に何も言わなかった。

 朝のニュースは、九月に入っても残暑が厳しいということを淡々と説明してくれている。

「お昼はどうするの?」

 昼飯のことを考えていなかった俺に、母さんは聞いてくる。

「あー……、学校は始業式くらいだから、昼までには終わるけど……」

 それでも帰ってきてから食べるものがあるとは限らない。

「お金――。はい、持っていきなさい」

 母さんは俺の手に、五千円渡してくる。千円札五枚でだ。

「いやこんなに要らないよ?」

「部活の子たちと、何か食べてきたらいいのよ」

 そうはいっても、いくらなんでも多すぎる気がする。というか急に誘っても、弁当を持ってきていたりしたら、断られるにきまってる。

 とりあえずメッセージで今の状況を伝える。

『わかった、昼飯もっていかない』

『それじゃあ、お言葉に甘えて』

『了解です』

 と、すぐに返事が来た。

 みんな大丈夫そうで安堵する。

 朝食の食パンを食べ終え、歯を磨いたり登校の準備を進める。めちゃくちゃ緊張してさっきから腹が痛い。トイレに数回出入りするが、便意ではないので当然何も出ない。

 インターホンが鳴る。

「おはよう拓、迎えに来たぞ」

 部長が迎えに来てくれる。

 これは昨日俺が部長に頼んだことだ。

 一人だと引きこもりかねないから、最悪引きずって行ってくれと頼んであったのだ。

「おはよう、部長……」

 緊張で吐きそうな顔をしながら、玄関で挨拶をする。

「顔色悪いけど大丈夫か?」

「いやぁ……、思った以上に緊張しちゃって……」

 気が付けば手汗がすごいことになっていた。

「それでも俺はお前を学校に連れていくからな!ほら、カバンとってくる」

 甘やかさないでくれるところが、今はとてもありがたい。

 自室に置いていたカバンを取り、学校に行くため自転車にまたがる。

「それじゃあ行くか」

 部長が漕ぎ出すと、その後ろを付けるように走り始める。

 このあたりは道が狭いので、並走するにはあまりにも危ない。そもそも並走はするものではないが……。

 この道を通っている間は二人とも、特に会話はしなかった。そもそも並走しているわけではないので、会話自体するには不適切な状況だ。

 大きな道路へと出ると、後はまっすぐ進むだけで学校に着く。部長は自転車の速度を緩め、俺の横を走る。

「まだ緊張する?」

「正直……」

 俺は少し腹を抱えながら答える。

「きつかったら保健室なり、職員室なりすぐに行くんだぞ。俺たちを頼ってくれてもいい。同じチームメンバーであると同時に、同じクラスメイト、それに俺は良き友人だとお前のこと思っている。俺に仕様書を急かす時くらいのノリでいいからさ」

 今日の部長はやけに優しい。頼りがいもあるし、思わず泣いてしまいそうになる。自分の情けなさや、とても優しくされていること、良き友人として扱ってくれるところにだ。しかし、泣くのは恥ずかしいのでぐっとこらえる。鼻が赤くなったのではないかと思うくらいに、鼻の奥から刺激がくる。

「ありがとう……、部長……」

 きっと普段の声じゃない。震えて弱々しい声になっていたと思う。それでも俺は、感謝を伝えないと気が済まなかったのだ。

 少しこぼしてしまった涙は、ひどい残暑の暑さですぐに蒸発してしまった。

 心強い友人がそばにいてくれる。それだけでも、この間までとは全然違う。だからこそ、今日こそは――。


 駐輪場へ自転車を置くと、俺たちは教室へ向かう。

 登校中のことはあまり思い出したくない。かなり恥ずかしかったからだ。

「なんで俺たち三年だけ教室が北校舎なんだよな……」

 部長は文句を言う。校門や駐輪場は南側だというのに、三年の教室はずっと北校舎にある。

 夏場は日が当たりにくいので、涼しめの風を受けることができるが、冬は地獄のような寒さになるという噂だ。

「しかも俺たちの組は二階まで登らないといけない。学年が違うならともかく、同学年でこの仕打ちは不公平だ!」

 部長は淡々と教室の位置の不満を並べる。

 そんな部長の後ろをついて歩くと、少し視線を感じる気がする。正直言うと、この視線がかなり厳しい。

 人は他人がどう思っているかなんてわかるはずがない。だが、どう思っているかを考えることはできる。

 しかし、人によってそれがポジティブな考え方なのか、ネガティブな考え方なのかは大きく違ってくる。俺はどちらかといえばネガティブな方だ。

 例えば、外出した際に笑い声が聞こえると、自分の姿がおかしくて笑われているのかもしれないとか考え始めてしまうのだ。どんなに、友人同士の会話で笑いあっていたんだろうと思っても、多少なりとも自分が笑われていると感じてしまい、悲しい気持ちに包まれることがある。

 ただ廊下を歩く人に視線を向け、必要であれば廊下端によけるなどの行動をするために見ているのかもしれないが、俺の中では他のことの可能性も次々にあげていってしまう。

 不登校児が学校に来ている。見ない顔の学生が来ている。篠崎君についていかないとろくに教室に入れない人、特に何もできない人。そんなことを思われているのではないかと、思ってしまうと、だんだん息苦しさを感じる。

 やはりいきなり教室に入るのは厳しかったのだろうか?保健室登校などで慣れていくべきだっただろうか?

 ネガティブな思考は、【もしも】の話へと展開を変えていく。もしもこうであればこうなることはなかった。そんなことを考えてしまうのだ。

 しかし、そんなものは大した考えじゃない。【もしも】で話していく世界は大抵、自分の甘えた部分が入っており、自分にとっての成功が前提の考え方だからだ。

 もしも保健室登校していても、同じ感情に包まれただろう。

 どうしてあいつは保健室にしかこない?保健室登校の生徒がなぜこっちに来ている?とか後で思われてしまうのではないかと感じてしまうと、やはり【もしも】の話なんて大したものじゃないと気が付く。

「大丈夫。拓なら……。でも、本当にきつかったら場所を変えるよ」

 俺の呼吸が荒くなっていることに、俺自身が気が付く前に部長は気が付く。

 呼吸を落ち着かせようとすると、呼吸のリズムが狂い、むせそうになる。

「おいお前ちょっと大丈夫か?」

 部長ではない。男子生徒の一人が俺に声をかけてくる。

 声もうまく出せない俺は、一応頷いて返す。傍から見れば大丈夫なわけがない様子だが、俺はここまで来て引き返す真似はしたくないと思ってしまった。

「こいつちょっといろいろあって……。自分の席で休むから大丈夫だよ」

 部長が代わりにこたえてくれる。

 本当、どこまでもやってもらっていて申し訳ない気持ちになる。

 夏休み中の無礼を懺悔したいくらいに……。

「拓、教室着いたぞ。先生に頼んで、隣俺の席で、前に副部長の席がある」

 座席のことまで……。彼らは俺にとって少しでも居心地のいい場所を作ろうと頑張ってくれていると、ここまで来て初めて知る。

「おはよう、拓君と部長」

 俺たちより早く教室に来ていた副部長が挨拶をしてくれるが、言葉で返せそうにないので、軽く手を挙げて挨拶をする。

 窓際なので、部長の反対側の席の人は存在しないので、少し気は楽かもしれない。

 さっきに比べて呼吸は落ち着いてきた。

 たぶん、普段会う人たちに囲まれて、安心できたのだろう。

「なんか飲むか?」

 この暑さで荒い呼吸をしていたのだから、熱中症の可能性も少し考えたのだろう。俺は『必要ない。大丈夫』と、身振り手振りで表す。

 たぶん部長は、何か飲み物を買ってきてくれるつもりだったのだろう。財布を片手にそんなことをいうものだから、解釈としては大きく外れているものではないと思う。

 しかし俺はきちんと水筒を持ってきていたので、必要はない。

 カバンから取り出して、ふたを開ける。飲み口の部分から出る冷気で、十分冷えているのが分かる。水筒に口をつけると、体中に水分がいきわたるように全身が冷えた感覚にとらわれると、話せるくらいに余裕ができていた。

「ありがとう……。二人とも」

 今度は、教室に居場所を作ろうとしてくれている二人にお礼を言う。

 朝のホームルームまではこの三人で時間をつぶした。


 あっという間に時間は過ぎ、チャイムが鳴っても席に着くものは少ない。担任が来るまでは大丈夫だという認識だろう。

 そしてその担任がやってくると、いそいそと席に座り始める。

 担任は教壇に立ち、出席簿を取り出す。

「出席を取るぞ」

 そういうと、一人ずつ名前を順に読み上げていく。

 返事をするもの、しないもの様々だが、出席は着々ととられていく。

「定時ー」

 自分の名前を呼ばれると、返事をしないと普段いないからいないものとされそうで、声を出そうとする。

「あ、は――」

「いるなー、出島ー」

 少し変な返事をするが、担任はほかの生徒と変わらない扱いで出席を付ける。

 しかし、クラスメイトはそうはいかない。

 去年同じクラスだった奴を除き、四月から誰も座らない席にひょっこり現れた人間に興味を示すのは仕方がないことだろう。

 教室内が騒がしくなる。

「おい、静かにしろ」

 担任が注意してもなお、騒がしさは完全にやむことはなく、ひそひそと声が聞こえ続ける。

 やっぱりこれは避けようがないことだ。誰だって今まで来なかった奴が急に来たら興味も湧く。俺が同じ立場だったら彼らのように、興味を持っていただろう。

「静かにしろって、まだ騒ぐんだったらお前らだけ、宿題増やすぞ」

 担任は再度注意してくれる。さすがに静かになった。

 出席を終えると、九時から始業式が始まる。夏休みの始業式は熱中症対策のため体育館を使うことはない。

 都会の学校なら体育館に空調設備があるかもしれないが、田舎のボロ学校の体育館にそんなものはなく、全校生徒が集まるとものすごく暑くて仕方がない。俺が通学できていたころから、これが当たり前なので違和感はない。ただアニメとかと書かれていることが違うので、時代の流れなのか、この学校が変わっているのかわからない。

 体育館で行われないため、始業式は教室で放送を聞く。喋っている人の顔を見ることがないのだが、そもそもまともに話を聞いている人間なんてほとんどいないだろう。

 もっとも体育館で行われていても、先生方に怒られない程度に雑談したり、スマホを触ってSNSやゲームをしているのが大半だ。あとは、寝ているくらいのイメージ。

 特に先生方は体育館の端に立っているので、中央によればよるほど、そういう生徒が多いだろう。

 教室で執り行っても、そういう生徒は後を絶たない。

 ただ、クーラーが効いているのが体育館で行うのと違うところだ。この涼しさなら体調を崩すことはないだろう。

 校長の声が教室のスピーカーだけでなく、廊下のスピーカーからもなるのでとてもうるさく感じる。ただ、これを聞いていると学校に来た感覚が湧く。話の内容はつまらないので耳はかたむけていないが……。

 放送が終わると、担任から配布物やそれらの説明などがされる。

 大した内容でもないが、進路希望調査書が配られる。担任は前回と同じように書いて提出するようにと言うが、俺はその前回を知らない。

 部長たちに後で聞こうと思う。

 始業式もホームルームも終わると、今日はこれで終わりだ。久しぶりの学校だったがあっという間の時間だった。

「定時、ちょっと来い」

 担任に呼び出される。

 着いていくと空き教室にたどり着き、鍵がかかっているらしく、鍵束から一つの鍵を差し込んで解錠する。

「そこ座って」

 適当な席を指さして、指示される。

「よく来たな。来てみてどうだ?」

「少し……、息苦しいというか……、注目されてしまうと……」

 上手く言い表せなくて、言葉が詰まる。

「だろうな。でもそれを超えないと、お前は今後も人前に出るのがしんどくなる。時間をかければかけるほどだ」

 それは自分でもわかっている事だ。完全に登校拒否になる前の頃を、少し思い出す。

 遅刻しても給食が出るため、昼前には登校していた。クラスメイトのやつらは昼飯を食いに来たと茶化す。合っているから困ったものだ。

 ここで辛いことは無い。笑って誤魔化せばいい。ただ教室に入る時、人の目が集中しやすい。その目から何を思われているのか、考えると悪い考えばかり浮かび、次第に見られるのが怖くなった。

 ひとりやふたりならともかく、複数人から見られたら何を話しているのか分からなくても、自分のことを話しているのではないかと、今朝にも陥った考えになってしまう。

 そうなるとあとは連鎖的に、見られるのが辛いから今日は休もう。昨日休んだことをなんて思われているか分からないから、やっぱ休もう。昨日も一昨日も休んだから――。

 そうやって俺は完全に学校へ行くのを辞めてしまった。

 この間まで思い出せなかったことを思い出すと、しょうもない事で登校拒否をしていたんだなと思い始める。

 そもそもが、いじめやトラブルなんてものではなく、ただの怠け癖が発端だった。

 情けなくなる。

「明日は来れそうか?」

「分からないです……」

 今日来て分かったのは、パソコン部の連中で克服できた訳では無いことだった。克服が出来ていれば、ここでいい答えが返せただろう。

「もう三年の残りも半年ほどだが、少しずつ慣れていけばいい」

 担任はそう言ってくれる。

「というか、今日初めてお前の担任として会ったな」

 確かに俺は進級してから、担任の顔を見ていなかった。だがその顔はよく知っていた。

「まぁ、パソコン部の顧問だし知らないことは無いだろ」

 そう、パソコン部の顧問だ。通りで部長たちが俺を誘うまで、上手く働きすぎなわけだ。

「どうだ?ゲームの方は」

 顧問なのでゲームのことも当然知っている。

「遅れが少しあるものの、概ね順調かなと」

「まだ完成してないのか?、俺の暇つぶしにしようと思ってたんだが、文化祭まで無理そうだな」

 遊ぶ気満々の解答をされる。

「あっ、進路希望調査書、書き方分からないだろ。教えるから出してみろ」

 急に思い出したように、俺が進路希望調査書の書き方を知らないことを思い出される。

 俺はカバンの中からファイルを取りだし、今日受け取った配布物の中から要求されたプリントを取り出す。

「書き方って言っても、行きたい学校が決まっているなら学校名を書いて、決まってなければ学びたいことを書く。それも無ければまぁ……、面談だな。中卒で働くなら、就職希望欄に丸をつけろよ。もっともそんな奴だとは思ってないし、先生としては進学して欲しい」

 説明を受けなくても、プリントに書かれている内容を見れば分かることではあった。ただ、進学先の学校を決められていないやつが、学校名を書かないといけないと思い込んでしまうらしく、それの注意という感じだ。

 中学では大体進学するのが普通なので、就職希望欄は飾り程度でしかないが働き始められるので、一応存在した。

「受験勉強、してるか?」

「してないです……」

 していたとしても、2年の後半から3年にかけての内容は、ほとんど知らない。そのため1年少しの復習程度しか出来ないだろう。

「だろうなぁ……、各教科担当から一応プリント作って補填してやるって声が来てるから、後日それ渡すな」

 どの先生も優しい。怠けで不登校になったやつに、プリントを態々用意してくれているという……。

「俺としては情報系がしっかりした学校行って、お前達が進学後も何かを作ってくれりゃ面白そうだなって思うんだがな。どうだ?」

 進学先を提案される。自分にとって、得意科目は情報系なのでそれはいいかもしれない。だが学校と言えば、五教科の国語・数学・理科・社会・英語で判断されるイメージが強くて仕方がない。

 受験ではこれらが大きく影響するのだが、俺は五教科の点数は昔から芳しくない。せいぜい数学が少しと、洋ゲーで仕入れた僅かばかりの英語の知識程度が評価点をあげることの出来る箇所だと思っている。

「とりあえず考えておくように。もし、進路決められなかったらいつでも俺に声をかけてくれたらいい。大体パソコン室横の情報職員室にいるから」

 俺は黙って頷いて返事を返す。

 今日はこれで終わりだと言うが、どうやら担任が言うには、不良生徒、すなわちヤンキーだ。それ以外の生徒の不登校者には定期的に面談をしないといけないらしい。

 明日俺が登校した場合、また面談をするからと宣言された。

 その後空き教室を後にするが、担任と向かう先は同じなので、後ろをつけていく感じになる。

 場所はパソコン部の部室。パソコン室だ。

 扉を開けると、とても冷えた空気が流れる。どこの教室よりも冷房が聞いていて少し寒いくらいに感じられる。

「あ、拓君来た来た」

「おー、拓―!待ってたぞー、腹減ったー」

 八木君は何も言わずに会釈をする。

 いまや、俺にとっての日常はここで待っていてくれた。


 帰り道、海に行った時のように四人で自転車を漕ぎ進めながら、食事のできる地域まで向かう。

 学校のある地域は住宅ばかりで、飲食店なんて地元の爺さん婆さんが入るような店しかない。だから、離れた場所まで行くしかないのだ。

「あっちぃ……」

 いくら飯を食べるためとはいえ、この炎天下の中自転車を漕ぐのはかなり体力が奪われる。

 こまめに水分補給をしながら進むこと十分ほどだろう、ファミレスに到着する。

 中に入るとやはり屋内は快適で、さっきまで流していた汗の分だけ涼しく感じる。カバンの中からタオルを取りだし、汗を拭かないと冷えすぎてしまう。

 店員さんに席を案内されると、俺と副部長、部長と八木君のペアで四人席に座ることになる。

 メニューを手に取り、隣同士シェアしながら注文するものを決める。

「ドリンクバーどうする?」

「つける」

 部長の質問に俺は即答する。

「というか、俺の奢りなのになんで部長が仕切ってるんだ?」

「いやだって部長だし。そうか奢りだもんな……。遠慮なく、食べるとするか……」

「いや、ステーキとか頼んだら殴るし、そこまでのお金ないから自腹だからな?」

 遠慮なしなのが怖すぎる。

「えー……。じゃぁパスタかピザあたりにするか……」

 ステーキは千円くらいするのに、何を考えていやがる。しかも単体でその金額だ、パンとかライスとか、スープとか付けたらもっとかかる。

 今朝受け取った金額は五千円。

 四人全員がステーキとドリンクバーだけなら、問題はない金額だが、セットが付いたりなんてすると絶対に足りない。

 一人だけそんな贅沢を許すつもりもないので、ドリンクバーの分を抜いて、七百円前後を条件にする。

「七百円前後じゃ、大盛パスタかピザに何かサイドを付けるしかないな……」

「一応一部のハンバーグなら、予算範囲内だけど……」

「暑さで選ぶ気にならないといえば、ならないですね……」

 さっきまで汗だくで自転車をこいでいたものだから、肉料理を食べたくなるほどまで食欲はわかないようだ。

「やっぱ食べやすいパスタとかだなぁ。俺ペペロンチーノ」

「私、ミートスパゲッティ」

「では、僕はたらこのパスタにします」

 皆パスタを選んでいく。

「じゃあカルボナーラにするか……」

 俺もそれにつられて、パスタメニューを頼んでしまう。

 昼よりは少し早い時間なのでまだ人は少ない。というか、平日の昼間でそれほど混むことはないだろう。

 ボタンを押すとすぐに店員さんは来てくれた。

 注文を終えると、ドリンクバーへと皆は向かう。局所的混雑だ。

「やっぱコーラだな」

 この暑さに効くのは炭酸飲料だ。その中でもコーラは格別においしい。

「いやいやサイダーだろ」

 俺が入れ終えると、部長はドリンクバーの機会にコップを突っ込みサイダーを入れる。

「そんなの人の好みじゃない」

 しょうもない論争が発展しかけたところに、副部長の正論が飛んでくる。

 そして副部長はオレンジジュースを、八木君はメロンソーダを入れて席に戻る。

「さて、二学期に入ったことだが、進捗は芳しくない」

「部長のせいですけどね」

 夏休みで仕様書はほとんど固まったが、もともとの予定は夏休み前に固まっている予定だった。

 その遅れでいくつかの作業も遅れてしまい、二学期にずれ込んでいる。

「スケジュール表を改めて作り直したけど、各担当としての見解が欲しいんだけど……」

 部長はカバンの中から一枚のA4サイズの紙を取り出す。

 新しく作り直した、九月からのスケジュール表だ。

「イラストのほうは全然大丈夫だけど、やっぱり拓君の負担が大きいままだね……」

「僕のサウンドも、もう少し減らしてもらわないと、この量のままじゃ一つこけたら総崩れですよ」

 各々の意見を出していく。

「確かに俺の作業が地獄だ……」

「だよな……、学校来るようになったから作業時間も変わるし……。うーん、やっぱりいくつかのイベントとか演出とか、ミニゲームとかの要素を減らすしかないか」

 そもそもシナリオが遅れているので、作りようがない部分が多い。部長がさっさと書き上げてくれない限り、今後も削っていくしかなくなってくる。

「シナリオの進捗は?」

「三分の二」

「夏休み終盤でも同じこと言ってたよな?」

「進んではいる。実際の量を見間違えていただけだ。今思えば、あの時は5分の3くらいだった」

 などと述べておられる。

 部員たちからは冷たい視線が飛ぶ。

「そんな目で見るなぁ!そうですよ、全部俺のせいで遅れてんですよ。へーんだ!」

 こいつ、開き直りやがった!反省してねぇ!

「お客様、もう少し静かにお願いします」

 店員さんに注意される。

「すみません」

 興奮した部長は謝る。

 10月には遊べる状態にする予定だったため、あと1か月の期間だ。

 システム的なところはほとんど作れているため、新しく追加する箇所は少ないのが唯一の救いだが、シナリオにあったイベントの挙動に関しては、どうあがいても一から作らないといけない。

 最も時間がかかる作業が、止まってしまいがちなのが、このプロジェクトの欠点だ。

「来週までにシナリオ書きあがらなかったら、部長つるし上げるわ」

 軽く脅す。来週までに書き終えてくれれば、10月には間に合わなくても、10月初週くらいには終わらせられるだろう。そうすればデバッグの作業を行う時間はある程度とれる。

 いまでも手の空いている副部長には、デバッグ作業を行ってもらっているところだ。

 話の区切りがついたあたりで、ちょうど料理が届き始める。

「は~腹へった。やっと食える」

 フォークを取り出し、パスタを巻き付けて口に入れる。

 みんな同じように、パスタを巻いては口に入れる作業をする。

 さっきまでにぎやかに話していたのが嘘のように、黙々と食べ進めていく。まるで、誰が一番最初に食べ終えるかを競っているかのようにだ。

「ごちそうさん!」

 一番最初に食べ終えたのは部長だった。そんな気はしていたが、やはり早い。

 俺は2番目に食べ終え、八木君が最後に食べ終える。

「さて、拓の家行って作業するか」

 腹ごしらえを終えると、今度は俺の家だ。

「俺、会計してくるから」

 そういって席を立ち、レジへと向かう。

 料金を見ると3000円だった。とてもキリがいいし、思ったよりも安く済んだ。もう少し食べてもよかったかもな……。

 会計を終えると、後ろで皆が待っていてくれた。

「それじゃ行くか」

 部長はそう言って、俺のカバンを渡してくる。

 また炎天下の中、自転車をこがないといけないと思うと憂鬱だが、早く作業をしないといけない。その気持ちを糧に僕らは家に向かって漕ぎ進める。


 翌日、この日も部長が迎えに来てくれる。

 少し遠慮した俺だが、学校に行くまでの通り道だからと言ってくれる。

「いやー、昨日帰ってから覚醒したようにシナリオ書き進められてさー、あと少しで出来上がると思うんだよね」

 通学中も、俺たちは自分たちの作るゲームの話で持ち切りだ。

「嘘だったら副部長に埋められるが、大丈夫か?」

「俺信用なさすぎじゃない?」

「日頃の行いのせいだろ」

 そんな他愛もない会話だが、中学生の会話内容には少し合わない気もする。

 昨日に比べて、視線は減った気がする。少し気が楽だ。

 今日から授業再開なので、各授業担当の先生たちは驚きの表情を見せる。

 話を聞こうとする先生には、部長が積極的に対応してくれた。俺たち部活でゲームを作っているんですって感じで、登校拒否中はずっとゲーム制作をしていたことになる。

 4限目が終わり、昼休みに入る。

 通学時に部長と寄り道したコンビニで買ったパンを、カバンの中から取り出す。

「あああああああぁぁぁぁぁ!」

 部長が絶叫しだして、全員の視線を集める。

「やかましいな……。どうした……」

「みろ!俺の買ったコロッケパンが、教科書とかにプレスされた!まただよ!」

 部長の手にはぺらっぺらに、潰れてしまったコロッケパンが握られていた。

「食べられないことはなさそうじゃないか」

 地面に落としたわけでもないので、食べられないということはない。見た目が悪く食べにくいだけの話だ。

「いやそうなんだけど……、つぶれたコロッケから中身がボロボロ落ちてきたりして、食べづらいんだよなこれ……」

「というかまたって、前にもあったのか?」

「あー……、うん、お前がいない頃にあった」

 なぜその時から何も学んでいないんだ……。少しは学習したらどうなんだろう……。

「道場は弁当だから、パンがつぶれる悲しみを知らないだろう?」

 副部長に部長が謎のマウントを取り始める。というか久しぶりに副部長の名前を聞いた気がする。役職があると、名前より役職名で読んでしまうから名前を忘れがちだ。

「そんなこと言ったら、弁当が傾いてぐちゃぐちゃになるのを部長は知らないでしょう?」

 確かに弁当だからといって、昼食事故がないなんてことはない。ごちゃ混ぜになっていたり、汁物が漏れていて他の具材の味を変えてしまったりと、弁当とて事故は多い。

「ぐぬ……」

 マウントを取ろうとしたが、返り討ちにあってしまったのがかなりダサい。

 そんな人間にはつぶれたコロッケパンはある意味お似合いだったのかもしれない……。


 放課後、今日1日頑張って授業を受けたと自分を心の中でほめながら、部室へと向かう。

 今日からの作業はこっちで行う。

 パソコンを起動すると、ログイン画面が出てくる。一年・二年・三年・教員と別れる項目の中から、三年を選択する。すると、つぎは各クラスの一覧が出てくるので、自分のクラスを選択する。そしてそのなかから、自分の出席番号を選択し、パスワードを入れればログインできるのだが……。

「出席番号もパスワードも知らねぇ!」

 昨日来たばかりで自分の出席番号を把握していないし、パスワードは進級時に変更されるので、昨年度のパスワードは使えない。

「隣の情報職員室に顧問兼担任いるから、聞いてこようか?」

 そういえば、情報職員室には現担任がいる。パスワードも情報科担当の先生なら知っているに違いない。

「いや自分で聞いてくるよ」

 パソコン室と、情報職員室は中で繋がっているので、わざわざ廊下に出る必要はない。

「あのー、先生」

「んあ?どうした?」

 やや寝ぼけ気味に返事される。

「俺の出席番号と、パソコンのパスワード教えてほしいんですけど」

「あー、そうか言ってなかったな。ちょっと待ってろ、とりあえず出席番号は20番だ」

 そういうと担任は、机の引き出しから色々出して、その中から一つのファイルを開いてぺらぺらとめくっていく。

「あった、これお前のパスワードな。あと生徒手帳。昨日渡すの忘れてたわ。ちゃんと持っとけよ」

 パスワードの書かれた一枚の紙が渡される。セキュリティとしてはよくないが、所詮学校内でのものだから、そこまで厳重にする必要もないだろう。

 ついでで受け取った生徒手帳だが、写真は貼られていなかった。撮っていないのだから妥当だろう。

「写真、撮れるならっ自分で撮って貼っとけよ。といっても使うことなければいらないがな」

 身分証明書として使うことがなければ、写真はいらなさそうだ。使う予定はないので、このままでいいだろう。

「ありがとうございます」

 そうお礼を言うと、パソコン室のほうへと戻る。

「教えてもらえたか?」

 部長が尋ねてくる。

「うん」

 教えてもらえないなんてことはないとはわかっていても、なんとなくそういうことを聞いてしまうのが人だ。

「じゃあ、作業始めますか」

 そういうと、皆黙り込んで黙々と作業を始める。

 冷房やパソコンの稼働音、キーボードやマウスなどの音くらいしか聞こえてこない。少し耳をすませば、運動部の声がかすかに聞こえてくるくらいだ。

 グラウンドから離れているというのに……。

 とりあえず俺は、新たに上がってきたシナリオをゲームに反映させる。マップ内にイベントの情報を用意し、イベントが発生する条件などを細かく指定していく。

 発生条件を作るには二つのやり方がある。一つはフラグ管理で、もっとも単純だ。フラグのON/OFFの状態を調べて、イベントを発生させるか否かを決める。

 もう一つは変数の値からどうするかを決めるあり方だ。例えば、【手持ちの金が300以上であれば】という条件とした場合、プレイヤーの所持金を見て300以上であればイベントに入り、299以下ならばイベントを実行しないもしくは、別のイベントを発生させるというやり方だ。

 後者は複雑になりやすいので扱うのは苦手だが、ゲームを面白くするには必須の代物なので困る。

 発生条件を設定すると、キャラクターの挙動やセリフ、CGの呼出、エフェクトの発動などイベントに合わせた演出を加えたりする。

 最悪戦闘に発展したりもするが、戦闘イベントの呼出をするだけでいいので、かなり簡単だ。

 もし一から作ろうとしたら、もっと大変だろう。興味はあるが、とてもやろうと思えるものではない。

 しかしツールだと限界があるのも事実で、ツール側で値の上限が来るとそれ以上の値は使えなかったりする。一から作ればそういうこともなくなるのだろうが、やはり難しいものだ。

 何度かプログラミングのサイトを覗いたが全くわからない。授業でもプログラミングをやるが、今使っているツール同様に簡略されたものだ。

 軽く見てしまってから、学校の授業でやっているのはプログラミングではないんじゃないだろうかと、最近思っている。

 ただネットを見てもよくわからないのは、そのあたりの知識に対して疎いからであって、きちんと知識を付けていけば理解できる気もする。

 進路はそういうのを学べる学校にしようかと、考えながら手を動かす。

「拓君。ここなんだけど、負けた時のイベントが始まっても動かないんだけど」

 一人デバッグ作業に入っていた副部長が、バグ情報を伝えてくれる。

 試しに自分の環境で行うも、確かに報告通り、負けイベントが始まっても途中で止まったままになる。

 キャラクターも動かせないので、ここで詰んでしまう。

「ありがとう。直しておくよ」

 今やっている作業に区切りが付いたら、修正作業をしようとメモだけを残し、また画面に集中する。

「だあああ」

 部長が叫び始める。そして床に倒れこんだ。ここは土足厳禁なので、倒れてもそこまで汚いとは思わないが、きれいというわけはない。

「何してんの」

「思いつかなさ過ぎて頭がパンクしそうなんだよ!」

 とのこと。

 こちらとしてはさっさと作っていってくれないと、作業時間がだんだんと減っていくことになる。

「何で困ってるの」

 デバッグ作業の手を止め、副部長が部長につく。

「いやさ……、ラスボスのいる城の中でのイベントで困っててさ……。淡々と進んでいくんじゃ面白くないだろ?だから何かイベントをと思ってるんだけど、ボス級の敵はもう倒してしまっているから、あんまり迫力あるイベント作れないよなって……。ボス増やすわけにもいかないし」

 ボスを増やせない理由は、今出来上がっているシナリオ上、ボス級の敵はラスボス以外いない状態だからだ。

「だったら、雑魚敵の集団に囲まれるイベントでも用意したらいいんじゃないの?」

 副部長が提案する。雑魚敵であれば、何度出てきても問題ない。

「というと?」

「雑魚敵なら、シナリオ上出てこないってことはないんでしょ?例えば城にいる雑魚たちが、次々と攻撃してきて、数の多さで消耗してしまうみたいなイベントにしたら、ボスと戦うのと同じくらい手ごたえがあると思うけど」

 ボスを増やさないで、イベントを作るとしたらもっとも思いつきやすい内容だろう。

「なるほど……。城に入るも、不穏な空気。異様なほどの静けさを感じていると、急に敵の大群に襲われる。悪くないかもしれない」

「話してみたらあっさり進んだりするんだし、もう少し相談してって」

「悪かったよ」

 部長のほうの問題も解決したようだ。

 俺のほうは、さっき報告を受けたバグの修正だ。

 原因は単純に無限ループに入っていただけだった。条件次第で処理が同じところを、実行し続けることがある。条件の設定が悪かったのは経験としてすぐに分かった。

 無限ループが発生するとしたらこういうところでないと、そうそう起きることはないからだ。

「はぁ……」

 大きくため息をつきながら、修正し、修正箇所が正しく行われているか確認する。

 今度は負けても、イベントがきちんと始まり、キャラクターを問題なく動かせたので、これで解決だ。

 またシナリオの内容から、続きの話をゲーム上に作っていく。

「はぁ、本当に面倒だな……」

 セリフの設定がめんどくさい。シナリオから文字を抜き出し、表示できる文字数分だけ設定したり、だれが話しているのかわかりやすく、顔のイラストや、名前を表示させたりするのだが、すべて入力して設定しないといけない。

 かなりの手間だ。

 同じ人物が続けて話していても、設定は引き継がれないので名前を入力して、顔のイラストを指定し、文章を登録する。

 せめて、キャラクターの名前から顔のイラストを自動的に設定してくれたら楽なのだが、残念ながら手動だ。

「そういえば、このゲーム八木君からサウンドもらってるのに、まだ音が鳴ってないよね……」

 重大なことに副部長は気が付く。

「あっ!」

 俺はサウンドを付けていないことを思い出し、慌てて、素材の中にサウンド情報の入ったファイルがあるのを確認する。

 これまた部長が生み出したトラブルで、八木君への音楽発注が遅れに遅れ、俺の手元に届くころには、イベントは組み終えてある。

 そのために、サウンドを実装するということを忘れているのだ。

「おいおいおいまじかよ」

「すまん、サウンドが届くころには実装を終えてたりして、忘れてた」

 部長は驚いた顔でこっちを見る。

「まぁ俺がシナリオ遅いから、八木への音楽発注が遅れて実装忘れてたんだから、俺のせいでもあるのか……」

 まさしくその通りではある。この人がさっさと書き上げて、こっちの作業に余裕を持たせておいてくれれば、実装を忘れるなんてことはなかっただろう。

「実装作業どのくらいかかる?」

「再生の命令とかしたらいいだけだから、そこまで時間はかからないはずだけど、最初から全部つけていかないといけないから、イベントの数によってだいぶかかってくるかもしれない」

 俺は自分の考えられる範囲で、実装にかかる時間を計算する。

「たぶん、丸一日はかかるかもしれない。一つ当たりの作業時間はそんなにかからないというのは間違いないはずだけど、結構シナリオが長いから実装する箇所が多いんだ」

 なるべく伝わるように説明する。

「わかった。一日だな。それなら誤差の範囲だろう」

 スケジュール表とにらめっこしながら、問題ないか確認する。スケジュール表といっても大して細かく書いているわけではないので、どこまで信用できるかわからないが、とりあえず問題なさそうだ。

「って、もう五時か……」

 そうこうしているうちに、時刻は五時になっていた。

「そろそろ自分の作業を、キリのいいところで終わらせて解散だな……」

 今日はトラブルが起きたタイミングでの解散となる。

 開発データをUSBメモリに移し、パソコンをシャットダウンする。

「明日は、サウンド回りを中心に進める予定かな」

 部長は俺に聞いてくる。

「それ以外ないだろう。シナリオ側進めていっても、部長が書きあげていないところにぶち当たったら、手が止まるし」

 明日何をするかは明白になった。

「それじゃ、帰るか。忘れ物するなよ~」

 そう言って、全員パソコン室を後にする。

 家に帰っても、創作意欲はやまなかったので、明日やる予定のサウンド回りの作業に手を付け始める。

 部長はスケジュールに問題はないといっていたが、それは昨日変更したスケジュール上の話で、当初のスケジュールから考えると、大きく遅れている。

 もし10月のデバッグ期間に重大なバグや、多数のバグが出てきたりしたら、対応している余裕はないだろう。

 自分ではそう思っているので、今のうちに少しでも作業を進めようと、こうやって家に帰ってからも作業を続ける。

 そもそも俺のミスだから、多少プライベートの時間を削るくらいしないといけないし、ここ数か月、家ではゲーム制作の作業ばかりしていたのだから、作業をしないという選択肢事態あまり出てこない。

 ただ、集中力というものはそこまで長続きしてくれる万能なものではないので、一度切れてしまうと、うまく進められなくなってしまう。

「まだ途中だけど、仕方ない。また明日に続きをしよう」

 そう考えて、データをUSBメモリに移してからパソコンをシャットダウンし、プライベートな時間を過ごす。


 翌朝、部長と登校中にスケジュールのことを相談しあった。今のままでは、重大な問題が起きた時に間に合わない可能性があるということを中心に、どうやって時間を確保するかという話をしていた。

「やっぱりデバッグ作業は時間がかかるし、その修正分の時間を考えるともっと早くから着手したいところだよな……」

「今副部長がやってくれてるけど、RPGじゃ時間かかるし、見落としもあるはず……。だとすれば、修正箇所は知らないだけでたくさんあるのかもしれないんだよな」

 怖いのは知らないバグの存在だ。

 知らないから存在しないと思っていたら、実は存在していたなんてことはよくある。

 そもそも俺が処理を一通り組んだ後は、俺自身で一度動作確認を行うのだが、そこで見落としていたことが昨日に指摘されている。

 人数も増やしてデバッグ作業を進めていくと、もっとバグがでてくるかもしれない。とすれば、現状のペースでは間に合わないリスクが高すぎるのだ。

 それに、顧問に提出する必要も考えると、形にするのはもっと早くなくてはいけない。

「秘策としては、俺が授業時間をつぶしてまでシナリオに頭を使うことだけど……、考えても頭に浮かばないときは浮かばないから困るんだよな……」

 確かに現状のスケジュールは、部長がボトルネックになっているので、シナリオが進みさえすれば余裕は出るはずだ。

「思い浮かばないときに頭抱え続けててもさ、すごく無駄な時間を過ごした気分になるんだよなぁ。あれどうにかならないのか……」

 シナリオのことに関してはよくわからないので、俺にはどうしようもない。ただ、昨日副部長がやったように、アイデアを出すために意見を出してやることはできる。

「相談してくれたら俺だって何かしら意見だせるかもしれないんだから、ちゃんと相談してくれよ?」

「わかってる、昨日身に染みたよ。シナリオもあと少しだ。来週終わる予定だったけど、今秋終わらせるの目標にして頑張るよ……」

 なかなか難しそうだが、部長はそう宣言してくる。

「そうと決まれば授業サボって書くかぁ。今日は気分がいいというか、書く気力になんかあふれてるんだよね」

 当人がそういうので、少し期待する。

 しかし、一限目はしっかりやっていたようだが、二、三限目は睡眠時間に変えてしまっていた。

 四限目は体育だったので、さすがに作業はできず、昼食後の二時間はあまりうまく進まなかったようだ。

 気が付けば放課後。

「部長。本当に大丈夫?」

「いやほんとごめん……。文字を書くと眠くなってしまう病気でさ……」

 なんて言い訳される。

「少しでも期待した俺が馬鹿だったですよ……」

 俺は失望する。そもそも信用するに値しないのに、信用してしまったのが間抜けだったと感じるくらいに。

「部活時間中に進めるから!」

 そう宣言するが、結局その日の部活中もうまく進まず、活動は終了。

 そんなことが今週末まで続いた。


 気が付けば金曜日になっていた。

 明日から二日休み。学校に慣れつつあり、視線に息苦しさを感じることも減った。

 宿題をやってきていたことに各担当の先生方に褒められ、成績の点数はうまくつけてくれるとかなんとか。

 しかし、部長の作業は昨日の時点でも終わっていないかった。

「進路希望調査書、まだ出してないやつは今日が期限だからな。出せよ~」

 ホームルームで担任はそういう。俺はまだ出していなかった。

 ただ、書けるものはできた。行きたい学校は決まっていないが、情報系の学校にすすむことを決める。

 かなり頑張って勉強しないといけないと思うが、情報系の内容に限って言えば、俺は大丈夫だと思っている。

「で、二人は進路どうしたの?」

「私はパソコンで絵を描けたらいいから、そういう学校ないかなって」

「俺はまたゲームを作りたいから、そういう部活のある学校辺りを」

 昼休み、互いの進路に関する会話をする。

 思ったよりも漠然とした希望進路だった。

「拓は?」

「プログラミングが学べるくらいの情報系の学校って書いて提出したよ」

 学ぶなら、プログラミングだ。表計算ソフトとかを扱う程度の商業学校に行っても仕方がない。

 そういうスキルは役に立つが、それだけで仕事にはならないと思う。たぶん……。

「プログラミング学ぶ気でいるのか……」

「今回の制作で興味が出たからな。もともと授業でやるプログラミングは面白いって感じてたし、ちょうどいいかなって」

 もっとも自分の学びたい内容が学べるとは限らないのだが、それでも使い方を知っていれば独学でも多少なりとも、何とかなるかもしれないと俺は考えている。

 放課後になると、いつも通りパソコン室へと三人で向かう。

 八木君は先に来ていた。

「よお八木。早いな」

「六限目担任の授業で、授業終わるころにホームルームを行ったので……」

 いつも静かだが、いつか言っていたように、話しかけられればきちんと答えてくれる。

「拓君、今日の作業は?」

「シナリオがまだ上がってないから、デバッグやって修正って感じかな」

「部長また追いつかれたのね……」

 作業が部長に追いついてしまって、やることがなくなってしまったので、今日の作業はデバッグをしてバグや気に入らないところがあれば、修正するくらいしかないのだ。

 ただ、部長の作業ももうすぐ終わるらしい。本人が言うのだから間違いなく怪しい。信用してあげたいが、前科が多すぎるので、信用に足りないのだ。

 しかし、もし本当に終わったとすれば、スケジュールとしては余裕がでる。

 とりあえず、一から通しで今できている箇所までプレイを進めていく。村人との会話で発生するイベントや、強制戦闘イベントなど、問題が起きそうな箇所を重点的に調べていく。

 自分たちにとって普通の操作を行っていくが、想定していない操作をした際、バグが発生する箇所が多々存在した。

 例えば、会話イベント中に移動ができてしまい、途中で違うイベントが呼び出されてしまったり、イベント中に開けてはいけないはずのメニューを開くことができたりと、問題点は多かった。

 これらすべての修正作業をしていかないといけないため、修正箇所をリストにまとめて、優先度を決める。

 この優先度はゲーム中に発生した問題が、致命的な問題を引き起こすものを高く設定し、演出面での違和感などは低く設定して、作業の順序を決める。

 致命的なミスは最悪進行不可能になってしまったりするので、直っていなければ文化祭に展示したりすることはできないだろう。

 演出などの違和感程度ならば、展示しても大きな問題とはなりえないので、最悪間に合わなくても大丈夫という認識から優先度を設定してある。

 一つずつ修正しては実行テストをし、問題がないか確認を取る。問題がなければ次の修正箇所へ進み、修正作業を行う。

 結局今日一日では修正作業に入る前に、部活が終わってしまった。

 部長のほうも作業は結局終わらず、月曜日に必ず提出することを本人は約束して、解散となった。

 家に帰ってからも作業をするが、さすがに集中力が切れてくる。毎日やり続けていれば集中し続けるのは日に日に難しくなる。

 明日は土曜日なので学校は休みだ。だから早く寝て明日多めに作業しようと考え、俺は布団の中に入った。

 開発もラストスパートに差し掛かり始めている。

 少しでもいいものにするために、少しでも多く時間を費やしたいと思いながらそっと瞼を閉じる。


 翌朝、時刻は午前六時。早起きして作業するとは言っても、ここまで早く起きられるとは思っていなかった。

 グダグダ言っていても仕方ないので、昨日まとめたバグリストを確認しながら、バグを直していく。

 ただ、中には原因がよくわからないバグも多く、想像以上に時間がかかってしまった。

 時間は容赦なく流れていき、気が付けば昼時。修正できた箇所は全体の十分の一といったところだろうか、大して終わっていなかった。

 しかし、バグを一つ修正すれば一気に複数の修正が可能となることもある。

 今まで修正したことのないバグだと、修正の仕方を一から模索する必要があるので時間がかかるのだが、それは一度直したバグであれば、修正方法を知っているから時間をそれほどかけずに直すことができるということでもある。

 経験とはこのことだ。

 だから今できている分の作業量を見れば大して進んでいないように見えるが、実際は経験を積んでいるので時間当たりの作業速度は向上している。

 それに、優先度の高いバグは致命的であるがゆえに、修正内容も複雑化しやすい傾向にあるため、時間がかかる。逆に、優先度の低いバグはさほど修正内容が複雑というわけでもないので、時間はそれほどかからないものが多い。

 おそらく明日には、十分の七程度は終わっているだろう。

 そう予測してみる。

 一応メッセージなどで部長に対して、演出面の確認は取ってはいるものの、実際にプレイして修正が来ることを考えれば、直せるものは早いうちに直さないと、デバッグ作業が始まると修正作業の量が増える。

 今のうちに一つでも減らしておいた方が賢明だろう。

 昼食を食べ終えると、バグの原因の解明をしては修正を試し、それでもうまく動かなかったものがあった。

 何度か繰り返すうちに動くようにはなったが、想像以上の時間のロスだ。

 重大バグの数々は修正作業が思いのほか難航してしまい、バグの原因がわかるまでに時間がかかりすぎていた。

 命令文の一つ一つを辿ってみてもおかしなところはないのに、と思っていたら、全然違うところがバグの引き金になっていたりするので、原因の特定には広い視野が必要だと学ぶこととなる。

 日も暮れて、部屋が真っ暗だったことに気が付く。

 夕飯の時刻も近づいていたのでいったん手を休め、食事に向かう。

 食事から戻ってくると、作業を再開。といきたかったが、変に早起きしてしまった影響か、ものすごい眠気に襲われる。

 そして気が付けば、眠ってしまっていた。

 結局、丸一日中作業を続けられるわけもなく、次に目が覚めた時には、日付は変わり、日曜日になっていた。

 しかし日曜日も休むことなく、同じ作業を繰り返し行っていく。

 昨日に比べて、バグの原因が分かるようになってきた。経験の影響なのか、そもそもの問題点が簡単なことなのかはわからないがおかげで作業速度は上がる。

 しかし、人間休むことなくずっと何かをし続けられるわけもなく、作業は集中力や推察力の低下により、日曜日の夜に出来上がっていたのは予想よりも少ない十分の五程度だった。

 明日は学校なので、無理して徹夜するわけにもいかず、学校にデータを持っていくことができるようにと、USBメモリに移動させ、その日はおとなしく寝ることにする。


 翌朝、いつも通り部長が迎えに来てくれる。もはやこれが日常となっており、卒業まで続くだろうと思っているくらいだ。

 退屈な授業を受けつつ、バグリストを眺める。

 バグの内容によっては、原因がなんとなく察しが付くので、頭の中だけでも修正案をあげていこうと考えたのだ。

 実作業は放課後に、授業中は修正案を検討する。こうすれば時間短縮につながるに違いない。

 残り約半分。今日中には無理かもしれないが、水曜日には終わらせておきたいと考えている。

「ところで部長。約束守ってくれてる?」

 先週末、シナリオを月曜日までに完成させてくると部長と約束していた。

「もちろん完成している。でなきゃ顔出せない」

 となると、バグの修正作業よりも、シナリオの実装作業を行っていくほうが、重要になってくる。

 バグの内容にもよるが、重大バグの大半は土日の間に修正してあるので、残るバグのほとんどは最悪修正が間に合わなくても、大きな問題にはつながらないようなものばかりだ。

「放課後になったらちゃんとデータ渡すから、まぁ待ってろよ」

 今はまだ授業中で、電子媒体のシナリオを見せる手段もない。おとなしく放課後まで待つしかないのだ。

 昼休みに入ると、副部長も同じ質問をするが、部長は堂々と完成したことを自慢する。

 だが、実際の完成予定は夏休み中だったので、遅れていることに変わりはない。いくら約束を守ってきても、当初の予定から遅れているのでマイナス点であることには変わりないのだ。

「拓君のほうは順調?」

「思ったよりバグが多くて難航してるよ」

 進捗を聞かれるが、部長みたいに誤魔化す人間ではないので、素直に答える。

「もうデバッグの作業くらいしかやることないし、バグがあったらじゃんじゃん報告するね」

 副部長はそう言ってくれるが、複雑な気持ちだ。

 バグの報告が多いということは修正箇所が多い。つまり仕事量が多いことになる。それは嫌だ。しかし、バグを修正しないというのも最悪なことなので、返事に困ってしまう。

「まぁ、俺もシナリオ終わったし、デバッグの作業するからさ」

 部長も担当作業のほとんどを終えたので、デバッグ要員として作業を行うことになる。

 部長と副部長がデバッグの作業をしている中、部員がまだ制作作業しているのはどこかおかしく感じるが、職種上仕方がないことだと割り切る。

「俺もデバッグはシナリオのイベント周りからやればいいか?」

 部長がデバッグ作業を行う箇所を尋ねてくる。

「部長は、戦闘をメインにデバッグしてほしい。バランス調整とかも必要だし、ゲームオタクの見解を……」

 七月ごろに戦闘のバランス調整は散々俺がやってきたことだが、これは各個体ごとに戦闘を行った場合の調整。

 実際にマップができてイベントもある今、このバランスで問題ないか確認してほしいのだ。

 副部長はあまりゲームというゲームをやったことがないらしく、バランスといわれてもよくわからなさそうだったので、言い出しっぺの部長に任せるのが賢明だと判断した。

「俺はゲームオタクじゃねぇ」

 そんなツッコミが返ってくるが、俺は俺自身の作業で忙しいのでスルーする。

「とりあえず、難しすぎるか簡単すぎるかコメントしていきゃいいんだろ?」

「間違ってないけど、できればその原因書いてほしいからね?」

 原因がわからなければ、書きようがないので仕方がないが、分かったならば書いてもらわないと修正作業が大変なだけだ。

「任せとけって、RPGはいっぱいやってるからゲームバランスがおかしかったらすぐ指摘できるって」

 そう言いながら、ゲームに没頭する部長。自分の書いたシナリオはほとんど読むことがなく、戦闘を淡々と進めていく。

 戦闘好きかよと思ってしまうくらいに。

 結局は新規シナリオの実装作業を終えることなく、その日は解散。

 こんな調子の日々を、さらに一週間過ごすことになる。

 気が付けばもう、九月も中旬だ。


「なぁ拓、ここの演出さぁ……。もうちょっと爆発させたいんだよね」

 などと、ただでさえ先日シナリオの実装を終えて、一息ついた俺に部長は言ってくる。

 まだまだ修正箇所は多く残っていて、先週の間にバグリストはさらに増えてしまっていたため、修正作業の進捗は半分のままだった。

「それ修正箇所に記録しておいて。そんなところの修正より、もっとやるべき箇所があるから」

 しかし、急かしたかいがあったのか、それとも俺たちが頑張りすぎたのか、気が付けば当初の予定より早くデバッグ作業に入っていた。

 ただ、素人が最初に作った作品というのは、直すべき箇所が多い。

 特に六月ごろ行った作業が未熟すぎて、今になって直さないときが済まないようになってしまったので、こちらの修正に追われているのだ。

 スケジュール表と見比べれば順調そうだが、実際は火の車。

 他のメンバーは作業を終えているのにもかかわらず、俺の作業は終わりの見通しが立たない状況が続く。

 特にゲームのレベルデザインが最悪だ。

 素人が遊ぶには難しすぎる難易度でストレスしかないというのが、つい最近自分の作業を終え、デバッグ班となった八木君からの指摘。

 俺と部長はゲームをよくするから、多少の難易度がないと手ごたえがないと感じていた。だが、素人からすればそれがきついらしい。

 その修正も入ってしまって、ひたすらテストプレイをしては数値をいじったりして、キャラクターの強さ、敵の強さ、武器の強さ、アイテムの効果など修正する時間で段々時間が削られていく。

 他の生徒たちは、もうすぐ体育祭だと盛り上がり、体育の時間は体育祭に向けた練習が多くなってきた。

 しかし、俺たちにとっての体育祭とは、地獄への入り口にしか思えない。

 なぜならば、体育祭が終われば中間考査。テスト勉強をしないといけない。俺たちは受験生でもあるので、いい加減勉強しないと進学がうまくいかないことになってしまう。

 プログラミングがしっかり学べるならば、どこでもいいとは思ったが、その学校にすら行けないとなるとどうしようもない。

 特に俺と部長は、授業をサボった分だけ勉強に費やす時間が必要となる。

 担任によると、十月に入れば模擬試験も増えるので、こっちの制作時間を捻出するのは大変だろうということだ。

 顧問としては楽しみだが、担任としては問題なく進学できるようにしっかり勉強してほしいといわれる。

 結局、修正作業は十月に入ってもほとんど減ることはなく、絶望の体育祭が始まってしまう。


「はぁ、俺たちだけパソコン室にいてちゃダメなのか」

 部長がぼやく。

 辺り一面砂のグラウンド。気温は低くなっても日差しが熱いこの時期。体育祭とかいう、体育会系の人間と文学系の人間の熱量の差がぶつかり合う。

「こういう行事になるとさ、運動部のやつらが自慢げに走ったりするけど、ただ鬱陶しいだけだよな……」

 さらにぼやく部長。

「だいたい、あいつら普段チームプレイとか言っときながらさ、文学部の人間がミスしたら罵詈雑言吐くんだから、性格悪いよほんと」

 連日の作業で心がやられ始めている部長は、かなりの偏見を語りだす。

 といっても、一部の運動部員は実際していることなので、間違いとも言えない。

 性格が悪い奴はとことん悪いのだ。

「俺たちの出る競技ってなんだっけか?」

「綱引きだけ」

 運動部員のほとんどは、リレーや二人三脚といった競技を選び、ほかの競技には人数合わせ程度にしか入っていない。

「正直俺さ、肩凝ってて綱引くどころの話じゃないんだよな……」

 肩を軽くもみながら部長は言う。

 部長の言うことは俺にもわかる、毎日パソコンに向かって作業している俺たちは、肩が凝ったり、腰を痛めたりしているのだ。

「運動会ではしゃいでいた小学生の頃が懐かしいな……」

 二人して、遠い空を眺める。

 小学校の頃なら運動会は楽しく感じていたのに、どうして中学に入ってからこんなに、楽しめなくなったのだろうか……。

「二人ともだらけてない」

 副部長が競技から戻ってくる。

「副部長は今の玉入れで終わりだろ。いいよなぁ」

 玉入れなんて、体力をほとんど使うことなく、綱引きのように手を痛めるなんてこともない。

「まぁ、楽な役割を手に入れたのは事実だけど、そんなに綱引き嫌なの?」

「いやさ……。綱引きの綱って、結構手痛めるしさ――」

「陽キャに罵詈雑言飛ばされることもあるしな……」

「めんどくせぇ……」

「だな……」

 考えていることが一致するので、部長と発言を分けて説明する。

「でもなってしまったんだから仕方ないでしょ」

「それもそうなんだけどさ……、俺たち今日から考えるとこの先もっと忙しくなるんだよ?」

 マスターアップ、完成までもう一か月もない。六月から開発を始めて、四か月ほどが経つ。その間にかなり作れたと思っているが、六月から八月まで時間がたくさんあった。

 しかし、九月に入ってから、作業時間が思いのほか取れず、効率は激減。なんとか間に合うだろうというスケジュールにはなっているが、少しでも遅れるとどうしようもなくなってきてしまう。

 それに、ここから怒涛のイベントの始まりだ。

 だいたい、自分たちが文化祭で何をやるかばかり見ていて、クラスの出し物があることを忘れていたというのも最悪の事態だ。

 クラスの出し物の内容次第ではさらに作業時間が削られてしまう。

 どこで作業時間を確保できるかが今後の肝だが、貴重な作業時間をクラスの出し物というあとから出てきたタスクに潰されたくないのだ。

『綱引きに出場する選手は、入場門にお集まりください』

 放送が聞こえる。最悪の始まりだ。

「行こうか部長……」

「だな……」

 暗いオーラを出しながら、俺たちは入場門を目指す。

 綱引きが始まっても、俺たちは全力を出すわけではなかった。うまく力が入らない。そもそも、綱引きの綱を握っているつもりでも、ずるずると相手側に引き込まれてしまう。

 そしてあっさり負けてしまい、クラスの席に戻ってくる。

 そこらで綱引きに負けたことを半ばキレているやつがいるのは、さっきまでの予想通りだった。

 やたら勝ち負けにこだわる彼らは、自分たちのチームがリードできていないと、何がダメだったかを話し合う。

「はぁ……、太陽の光が熱いし、パソコン室はまだ冷房効いてるから、あっちに行きてえな……」

 中学最後の体育祭だというのに、俺たちは盛り上がることなかった。

 うちのチームは、なんとか全六クラス中の三位という成績を収めて、体育祭を終える。

 微妙な結果だが、俺たちにとってはどうでもよかった。

 そんなことより、早く開発のほうをと、そっちに意識が回りすぎて体育祭なんてどうでもよくなってしまっていた。

 もっと前からこれくらい、これ以外に何も考えられないくらいの状態に陥っていれば、体育祭も楽しめる余裕があっただろう。

 だが人間の行動力というのは、余裕があるときにはのんびり行動するものだ。

 それは、夏休みの宿題でもよくわかる。

 まだ一か月あるし、まだ半月あるし、まだ一週間あるしと、余裕を感じている間は舐めた考えをする生き物なのだ。そして最終日に泣きながら、宿題を片付ける。

 このことから考えても、人間という生き物は危機的状況に陥らなければ、そうそう本気で何かをすることなんて基本ないのだ。

 そう自分たちに言い訳しながら、中学最後の体育祭を残念な記憶で埋めてしまう。


 そして体育祭が終わり、二週間後に中間考査が始まる。

 テスト向けの授業に変わり始め、自分たちにとってはこれはこれで手を抜くに抜けないもので作業の邪魔になる。

 体育祭の時にも思っていたことだが、あまりにも作業時間がとりにくい。

 テスト期間中は部活動や部室の利用も原則禁止となる。

 仕方がないことだし、今まで勉強をサボっていたから、テスト勉強をしっかりするなどするが、ゲーム制作のことが頭から離れない。

 ただ、テスト勉強をした甲斐はあった。

 どの教科も平均点前後を獲得することができたのだ。

 中間考査が終わると、文化祭に向けて本格的に動き始める。

 俺たちのクラスは、一部の生徒によるダンスパフォーマンスになり、手伝う必要がないという救いがきた。

 これにより、制作の作業に集中できる。

 十月に入って顧問に提出したゲームは、バグは残っていたが遊べないことはないくらいのものだったので、展示できるかどうかの返事は顧問がゲームの中身を精査してからとなる。

 一応、開発ツール上で扱うデータを渡しているので、問題のある箇所があるかどうかは、ゲームを真面目にプレイしなくてもわかるようになっていた。

 そんな顧問から、今日、展示の許可が下りただけでなく、配布することもOKがでた。

 配布に関しては、当初は行う予定ではなかったようだが、文化祭の時間から考えて、プレイに要する時間があまりにも長いため、最後まで遊んでほしいという願望をかなえるべく頼んでいたことだった。

 配布方法は部費で用意したCDディスクに焼いたものを配る。

 パソコンを持っている生徒がどれだけいるかわからないが、顧問がいうには、プログラミングの義務教育化の影響で、持っている生徒は増えたように感じるらしい。

 気が付けば残り二週間に差し迫っていた。

 修正作業は四分の一まで減り、残すは細かな演出のこだわりなどの作業だけとなっていた。

 これならば、最悪間に合わなくて問題ない。

 日に日によくなっていくのを実感しながら、制作を続けていく。時間はあっという間で、もっと時間があれば足せる要素も多い。

 少し後悔しながらも、今作ることのできる全力の作品を、完成させることが先決だ。


 部長から完成が言い渡されたのは、文化祭の三日前のことだった。

 完成を言い渡されると、今まで頑張ってきた疲れが押し寄せたのか、立っていられないくらいに力が抜ける。

 遂に完成した。そう言われても実感は湧かなかった。

 ディスクに焼く作業は翌日に行われ、文化祭まで一日残して俺たちの開発は、幕を閉じた。

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