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暇つぶし  作者: 来知
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第一章 改革

 午前3時ちょうど。この時間からオンラインゲームの人口は減っていく。

「ほとんどだれもいなくなって暇だな」

 いつものことだ。登校拒否者に朝起きるなんて概念はなく、早朝に寝て昼頃に起きる。しかし、どうしてもこの時間に眠りにつけそうもなく、ただぼーっとゲーム画面を見つめたり、面白い動画がないか動画サイト回ったり、SNSを開いては友人の少なさで速攻閉じては開いてみたりするばかりだ。

 はっきりいって時間の無駄遣いである。

 眠れもしない、面白い動画もない、何かしないとそれはそれで退屈でしんどいので、とりあえずゲーム画面に映るアバターのレベルを上げるためモンスターをひたすら狩るだけの作業を行う。

 なんでこんなことばっかりしてるのだろうと、マウスをただクリックするだけの作業をしながら思い出そうとする。

 なぜ、学校に行こうとしなくなったか。今行きたくないのは、行きづらいだけな気がしてならない。もう三か月は担任の顔さえも見ていない。というかもう五月も終わりそうだ。担任変わったんじゃないか?それに、今行ったところで自分のことを覚えている人間なんてそんなにいないだろうし、教室に自分の場所がないような気がして足が向かない。教室わからないし。

 だが、今考えているのはそこじゃない。そもそもなぜ行かなくなっていったのかが思い出せない。一度休めば二度休んでも変わらないだろう。ただその一度目には必ず理由があったはずだ。

 なんだったっけ……。


 気が付いたらマウス片手に眠っていた。

 朝というにはもう遅いくらいの時間で、昼前というのが正しいだろう。親は共働きですでに家を出た後だ。朝食を探すためキッチンへと足を運ぶ。

「賞味期限が昨日の焼きそばパンか……。父さん、また買って忘れてたな……」

 別に一日くらい過ぎてても、腹は壊さないだろう。

500W電子レンジで30秒、ほどよくほかほかに温まった焼きそばパンを頬張りながら、なんとなくテレビをつける。

 昼間の番組って、今思えばそれほど面白いものではない。まぁ今の時代、こんな時間にテレビを見ている人間なんてジジババくらいだろう。専業主婦なんて珍しい気がする。そこを考えると、それほど力を入れずともいい気がしてきた。

 朝食を終えると、自室に戻る。

 これまたオンラインゲームに入ったところで、大して人はいない。

 そりゃそうだ仕事や学校がある平日に、オンラインゲームやってる人間なんてそうそういない。

「ほんと退屈だな……」

 ここ連日、家にあるゲームはほとんどやってしまったし、漫画やラノベも読み終えてしまった。

 小遣いなんてものはほとんど枯渇してしまい、お菓子が少し買えるくらいしかないが、

こんな昼間に歩いてる中学生なんて職質されてもおかしくはない。

 さて、家から出る理由もなくなった。気分転換にでも掃除をする。

 あれやこれやと、気になるところを掃除していると、時間はあっという間に過ぎていった。気が付けば部屋の中が赤く染まっている。

 一仕事を終えた俺は、体を伸ばし一呼吸おいてパソコンに向かう。

 夕方になれば学生たちは帰ってくるので、この時間からゲーム内人口が増える。

 パソコンの起動には少し時間がかかる。もっといいパソコンを欲しいが登校拒否者が何を寝ぼけたこと言っているんだと叩かれそうだ。ゲームは一応動くし我慢我慢。二分ほどかかるが、急いでいるというわけでもないのでそれほど気にもしていない。

 起動直後、電源を入れていなかった間に来たメールなどが通知欄に現れる。どうせ大した内容でもないが、面白そうなものがないか見るのは、ゲーム起動中の暇つぶしにうってつけだ。

 通販の広告、迷惑メール……、相変わらずろくでもないものしかない。そう思いながらもスクロールをやめないあたり、気にはなるのだ。そして、ある一通のメールに目が留まる。


彩陽中学パソコン部

『今後の活動方針について』


 登校拒否前に所属していたパソコン部からだった。幽霊部員状態であった上に今や登校拒否、いまだに所属していることになっているとは、驚きを隠せない。

 見る気にもならないので、スルーした。

 結局いつものように、適当な生き方をして暮らして一日を過ごした。

 ただいつもと違ったのは金曜日だということ、すなわち遅い時間帯でも人口はそれなりにいるので、寝る時間頃まで暇をするということはないということだ。それだけでも少し救われた気持ちになる。退屈なのは、時々気が狂いそうになる。

 最後に時計を見たときは午前6時だった。


 目が覚めたのは正午頃。睡眠を邪魔する「インターホン」という悪魔に起こされたのだ。といっても荷受くらいやらないと、学校も行かない。働きもしない。留守番さえできないというかなりのクズになってしまう。学校行かない時点でクズだが。

 二度目のインターホンが鳴る。ここを逃すと基本的に配達員さんは帰ってしまうので、声だけ出して、家にいますよアピールをする。

「はいはい今ハンコ押しますよー」

 と、いいながらドアを開ける。

 そこには白いワンピースを着た女性の配達員(?)がいた。

「えっと荷物は――」

「はい?」

 うん、おかしい。配達員じゃないわ。てか誰だろう。家間違えてんじゃね?だとしたら結構恥ずかしい子な気がする。いやでも俺もなんか勘違いしてて恥ずかしい気がするし……

「えっとパソコン部所属の定時(さだとき) (たく)君のお宅でお間違いないでしょうか?」

「間違えてはないですし、俺が定時 拓です……」

 軽く会釈をしながら答える。

「えっと?彩陽の人?」

「はい。彩陽中学パソコン部副部長、道場(みちば) (はな)です」

 聞いたことない名前だ。

「えっと、そのパソコン部副部長さんが何用でしょうか?俺、登校拒否者で部活も幽霊部員で 行ったことほとんどないんですけど……、あ!もしかして除名宣告ですか?」

「え?昨日メール送ったはずなんだけど、届いてなかった?」

 昨日のメール……。スルーしたやつだな間違いない。そうと分かればメールの中身の確認!慌てて部屋に戻り、起動しぱなっしのパソコンから昨日のメールを確認する。


 五月三十日、午前10時に今後の活動方針を説明しに一度ご自宅へ伺います。


 と書かれていた。いや、急すぎる……。

 とりあえず、玄関に放置してきた副部長元へ戻る。

「いやぁすみません。今見てきたんですけど、えっと、俺さっきも言いましたけど登校拒否してて活動もくそもないんで、わざわざ来てもらっても無駄かと思うんですけど……」

 教室にさえ入れなくなった人間が、部室に行くなんてできるわけがない。というか、学校にすら行けなくなってから担任の顔さえ見ていない日が続いているんだ。

「いえ、活動は自宅でできるので、学校に来れなくても大丈夫ですよ」

 そういいながら彼女は微笑む。

「えっと、ちなみに活動方針って?」

「文化祭に向けて、ゲーム制作です!」

 うん無理だ。ゲームで遊んでも、ゲーム作るとか雲の上の存在に触れようなんてことしないわ。

「辞退します。除名でも結構なんで」

「待って!ゲーム制作なんて自分たちにできそうにないことだからって諦めないで!ツール使えば簡単だから!」

 と叫ぶ彼女だが、小声で「たぶん」と発したのを、俺は聞き逃さなかった。

「別に俺みたいなのが入らなくてもいいだろう……。パソコン部はメンツはともかく、そういうの好きそうなやついっぱいいるんだし」

「えっと、パソコン部のメンバーから推薦されてて……」

 あ、これ登校拒否してる俺を売りやがったなあいつら。どいつかほとんどわかってないけど。

「それに、情報の点数は高かったって聞いたし、お願いできないかな」

 この上ない面倒ごとだ。やりたくない。断ればいつもの日常だ。昼起きて、早朝寝る。だらだらとゲームをして時間をつぶし、親に悪いと思いながらも堕落した生活を繰り返す。

 断る。ただその一言を言えばいい。でも、あんな退屈だらけの生活をいつまで繰り返したらいいのだろう。そろそろ変わるべきなのだろうか……。別に受ける義理はないが、このままじゃ学校に行かなくなった時と同じように、悪くなる一方で終わっていってしまう。そんな気がする。

「わかったよ」

 どうせやることもない。これはただの「暇つぶし」なんだ。


 その日は結局大して何もしなかった。文化祭までにゲームを作るために制作メンバーを後日連れてくるとのことと、資料を渡されただけに過ぎない。

 ゲームを作ろうと動き出したのは、部長らしい。それなら部長が説明に来いよ……。

 資料の中に、制作に使うツールのダウンロードサイトとアカウントIDが書かれていた。パスワードも書かれていたが、当然そのままのパスワードではなく、学校名とだけ書かれていた。

 それと、SNSグループの情報も書かれていた。連絡はSNSで行うらしい。メールより早いし確実だしな。

 部屋に戻った俺は、とりあえず書かれている作業をこなす。

 パソコンにツールをインストールするのが最低限の作業だが、それを終えたら使い慣れておくことと書かれていた。

 そして、親切丁寧なことに初心者向けの、ツールの使い方が書かれたサイトまで資料に書かれていた。そこまで調べられるなら自分たちだけでやればいいのにと思うが、受けた以上やることはやろう。

 ツールはとても簡単に触ることができた。サイトを見ればできることがいろいろ書かれているので、こちらも大変助かる。

 そうして、色々試しているうちに気が付けば夜中になっていた。インターホンにたたき起こされたので、さすがに眠たい。

 ふとSNSを覗くといくつかメッセージが入っていた。

 部長から「よろしく」と一言と、ファイルが一つ。ファイル名は企画書となっていた。

 副部長からも同様の内容と、一枚のイラストが届いた。企画書と照らし合わせると、作品のヒロインらしい。

 副部長は絵が描けるんだ。というか上手い……。美術部員じゃないのか?と疑念を抱くが、考えても自分では答えは得られないので保留。

 あとは音声担当と顧問がSNSのグループにいた。

「え?これだけ?」

 どうやら制作メンバーは俺含め四人+顧問だけらしい。さすがパソコン部……、部活欄が埋まるだけで、帰宅部と変わらない。

 ゲームのジャンルはRPGとのこと。ツールもそれに合ったものだったので納得するが、作るの大変そうな気がしてならない。

 といっても、俺は学校に行かないし授業も受けていないから、時間はある。だから、ちょっと頑張ってみようと――。


 ふと目が覚める。朝だ。時刻午前八時。日曜日なんて日によったらこの時間に寝ているのに、起きてしまった。昨日早く眠ってしまったからだろうが……。

 SNSのメッセージを確認する。俺が眠ってしまったうちに、来週日曜日に揃う約束がされていた。

 俺の家に……。別に断る理由もないから、いいけど……。

 さて、企画書の通りにゲームを組もうとする。が、企画書がまったくわからん!何が言いたいんだこれ!?ゲーム名出して、このゲームの感じって書かれてもやったことない作品ばかりで、まったくイメージできない……。仕方ない、ネットで調べるか……。

 今の時代はなんてすばらしいんだろう。ネットで調べたら大抵のことはわかる。プレイ動画を見れば大体はわかった。

 問題は実装だ。口で言うのは容易いが、実際にしようとすると何が何だかわからない。いきなり変数とか言われてもいまいち想像できない。

「やっぱ入門サイトの内容終えてからやろう……」

 急がば回れ。足し算を知らないのに、掛け算ができるわけがないのだ。一から順当にこなしていくしかない。

 どうやら変数とは、状況によって数値を変えられるということらしい。うんわからない。

 作った箱の中に、数値を入れるとか書かれているサイトもある。情報を整理すると、例えばHPという名前の箱を用意してその中に100とか数値を入れて計算するとき使うらしい。

 試しに、ボタンを押した回数を数えるようにする処理を書く。十回押せば、値が十になった。

 たったそれだけのことなのに、ものすごい学習した気に陥る。

 そうやって、少しずつ理解すると、思いついたことを試してみたくなるのが人間だ。理科の実験をするときのような高揚感がある。

 うまくいけば、思った通りに動かせる自分が天才に思えるし、うまくいかなければなぜうまくいかなかったかひたすら考える。

 気が付けば俺は楽しんでいた。

 寝る前も、どうやったら実現できるのか?もっと簡単な方法はないのか?など考え始めると、なかなか寝付けない。

 起きたら作業開始。息抜きもしながら、作業を進める。

 気が付けば約束の日曜日になっていた。


「どうしよ着替えなきゃいけないけど、何を着たらまだ自然なんだ……。部屋着以外着るのなんて久しぶりすぎるぞ……」

 先週から生活リズムはおおむねまともなまま、今日を迎えられたため、部屋着かつ散らかった部屋のままで人が来ることにはならなさそうだと思ったが、着る服で詰むとは……。

 そういえば母さん達に、説明してなかったことを思い出す。

 部活のメンバーが来るとかいっても混乱しそうだし、友達が来るって言っても混乱するよなぁ……。けどそれ以外にないし……。

「ねぇ母さん。今日――」

「お昼に部活の人たちが来るんでしょ?全員分のお昼ご飯用意しとくわ」

 なぜ知ってる……。

「この間、副部長さんが家の前にいて、かわいい子が家の前にいるもんだから遂にいやらしいものに手を出したのかとお母さん焦っていたら、挨拶してくれて、今度うちに来る話を聞いたのよ」

 なるほどそうだったのか。というか息子への信用……。いや、登校拒否しておいて信用もくそもないけどさ……。

「で、付き合うの?」

「付き合わないよ!」

 というか、付き合えないが正しいか。誰がこんな不登校者と付き合おうと思う。

「あれ?父さんは?」

 日曜日は基本、仕事の疲れをとるために引きこもるタイプの父さんがいない。俺にとって異常事態だ。

「用事があるって言って、どっか行っちゃった」

「珍しいこともあるもんだ」

 とりあえず、来客があるのは伝わったというか知ってたから言わなくてもよかったのか。無駄に労力使った気分に陥る。

 時間まで部屋を片付け、人を迎えられるよう座布団やラクッションを置き、テーブルを置いた。完璧だ。ここまでやるあたり、結構楽しみにしてる自分がいる気がして少し恥ずかしくもなる。

 そして、彼らは来た。インターホンが鳴り、声が聞こえてくる。

『おはようございます。パソコン部のものなんですけど、拓君いますか?』

 俺が家にいないことってないんだけどね……。

 俺は玄関ドアを開け、彼らを家の中に招き入れる。副部長以外、顔に見覚えがない。

「では早速メンバー紹介から、俺が部長の篠崎和成(しのざきかずなり)。改めましてよろしく」

 ほんとにパソコン部の人間か?しかも部長か怪しいくらいに、爽やかな挨拶だった。

「こっちがもう会ったよな副部長の道場花で、この眼鏡とヘッドホンが本体みたいなのがサウンド担当、八木悟(やぎさとる)

 そういえば、俺の担当名って何になるんだろう?プログラマーでもないし……。

「そんでゲーム実装が、定時拓。このメンバーで文化祭までにゲーム作るぞー!」

 テンション高いなぁ……。

「んで拓って呼ばせてもらうんだけど――」

 呼び捨てかぁ。別にいいんだけど。定時帰宅とか呼ばれるよりかは断然ましだし。

「触ってみてどんな感じまで作れた?」

 そう尋ねられた。口で説明するよりは、実際に見て触ってもらうほうが早いので、俺はパソコンへと向かう。

 ツールを開き、ゲームを実行する。マップ上の銅像を所定の位置まで動かすと、敵とエンカウントし、戦闘へと入る。このようなギミックくらいまでなら作れるようになっていた。戦闘回数も記録されていて、戦闘回数に応じ、ちょっとした報酬が与えられるような仕組みも作ったりした。

「すごいじゃん!俺、このツールでできるのってマップ作成くらいだったよ……」

 普通に褒められた。自分の中じゃ「この程度か」くらいに思われると思ったが、彼の反応から見ると心の底からすごいと思っている様子だ。

 なぜなら、目を輝かせて画面を見ながら、俺に話しかけているのだから……。

 そして、仕様書に対する質問、補足説明などが行われて行く。また、部長が開発のスケジュールを仮で作ったので、そのスケジュールを目標に作成を行っていく。

「文化祭は十一月なのに、十月にはおおむね完成していないとだめなのか……」

「中間試験があるからデバッグ作業に避ける期間を考えたら、このくらいが妥当だと思ってるんだけど」

 デバッグ作業……。要は、ゲームに問題がないかテストプレイを行うこと。バグでゲームが進めないなんてあってはならない。

 ちなみに十月時点でのものをベータ版と呼び、文化祭の展示物として扱えるか顧問に確認を取らないといけないらしい。ゲーム展示自体は問題ないらしいが、ゲームの内容に問題があれば修正、最悪展示できないらしい。それもそうか。ゲーム作りました!といってエロゲを展示されるわけにもいかない。

 とりあえず俺の作業は、色々な機能の実装を試してみることとなった。部長がゲームの流れを作らない限り、俺は作業ができない。

 副部長も部長が書いてほしい絵を教えないと書けないし、サウンドの八木君だって必要な曲が分からないとなにもできない。つまり、部長がサボると何も進まなくて、気が付けば十月なんてこともありうるということ……。恐ろしい話だ……。

 この日はこのくらいの話で終わり、あとは簡単なツールの使い方を全員に教えていた。せめて全員がデバッグくらいできるようになるためだとか。

 そこで副部長に言われた。

「やっぱり君を誘ってよかった。のみこみが早いね」

 それはおそらく、普段からパソコンばかり触っていたからだろう。いろんなソフトウェアがあるが、おおむね基本的な操作は変わらないことが多いし、きちんと調べればわかることは多い。

 情報の授業だって先生が説明する前に、なんとなくで分かってしまうことはある。でも、褒められるのはいい気分でしかない。

 人に褒められたのなんて、いつ以来だろうか。登校拒否して、元担任には怒られまくっていた。確かにいじめがあったわけでもないし、フラれたとかがあったわけでもない。ゲームばっかして怠けているから悪いんだと、怒鳴りつけられたな……。それが聞きたくなくて、行きたくなくなった記憶もある。

 日が暮れるころに、解散となった。

 気が向いたら部室に来てくれてもいいと、帰り際に言われた。学校へ行けない俺に……。


 翌日、パソコン部部員たちと連絡を取りやすい時間に活動するためにも、生活リズムを朝起きて夜寝るようにした。もっともここ数日そのような生活をしていたから、苦はなかった。

 朝起きて、パソコンに向かって作業を始める。外では小学生だろうか?騒ぎながら学校へと向かっている様子だ。

 気が付かない間に、父さんも母さんも仕事に出ていた。

 窓を開けると、心地よい風が部屋に入る。

 まだ眠気は残っているが、甘えて布団なんかに戻ったらあと四時間くらい眠ってしまいそうだ。だから眠い目をこすりながら、パソコンとにらめっこ。頭を使って目を覚まそうとする。

「でも作業って言っても、企画書にはこんな感じのゲームってことをひたすら書き連ねただけで、細かいところ全然書いてなくて、これこのまま進めて大丈夫なのだろうか?」

 企画書を見て、自分のイメージで組んでいたが疑問を感じ始めると手が進まなくなってきてしまった。

 そもそもRPGなのに、キャラクターの特徴・能力、武器やアイテムの情報がまったくといっていいほどない。

 オーソドックスなものだけ追加していくが、そんなものたかが知れている。

 回復アイテムとか剣とかとりあえず入れてはみるものの、どう考えてもこれでいいはずがない。

 仕方ない、聞くか。けどあいつら今授業中だよな……。通話なんてする気はないが、俺がメッセージを送っていいのだろうか。授業に出ず、家で引きこもっている俺が――。

 そう考え始めると、送る気になれなくなった。

 仕方ない、できる作業からやっていこう。聞くのは放課後……。放課後って、何時からだっけ?四時くらい?さすがに授業も終わってるだろう。四時に送ろう。忘れてしまいそうだからタイマーをセットしておく。

 さてどうしたものか、やれることがなくなってきてしまった。やるには情報が必要、情報が手に入るのは四時以降、その間どうするか。

 久しぶりに感じる、退屈さだ。

 どうやって暇をつぶしていたっけか?一週間別のことをやっていただけで、今までどう過ごしてきたがわからなくなるなんて……。そう思ったが、よくよく考えれば、どうやって学校に行ってたか思い出せないのだから別に不思議なことでもないことに気が付いた。

 たしかゲームをしていたはずだが、今平日の昼前。オンラインゲームに人がいるわけもなく、どこかゲームをするのに腰が重かった。

 というか、昼休み中に連絡を送ればいいのではないだろうか?でも昼休みって何時何分からだ?結局放課後に送るのが安定なのだろうか……。

「あ、そういえば」

 ふともいだしたことがある。生徒手帳だ。もっとも去年の生徒手帳。生徒手帳になら時間割とかとともに各時刻書かれているかもしれない。

 そう思って机の引き出しから生徒手帳を探し出す。

 この間掃除したとき、整理整頓もしていたから、見つけるのはたやすかった。

 ぺらぺらと生徒手帳をめくり、書かれていそうなページを探す。文字が小さいから、書かれていても見落としてしまいそうだ。

 アリを見るように目を凝らしながら探していると、時間割表のページへとたどり着いた。そこには各時間の開始時刻、終了時刻が記載されており、一日の流れが分かるようになっていた。

 どうやら十二時半に昼休みに入るらしい。その時間に合わせて質問を投げればいい。

 でもなんて書こう?「企画書の内容が足りない」なんて率直に書いたら、どう考えても態度が悪い。なんか威圧感ある。

 そもそも聞くべきところをまとめないと、思った答えが返ってこないかもしれない。足りないところ、理解できていないところ。企画書を何度も見直してまとめていく。

 アイテムや武器、どんな技があってどんな効果か、キャラクター達は?箇条書きでもとりあえず並べていく。

 一通りまとめられたら文章にするのだが、さてどんな感じに書くべきか。部長相手なのでやはり敬語を使うべきか……。でもいまいちうまくかけない。

 メッセージを書いては消し、書いては消して納得いくものを書こうとする。そんなことしているうちに昼休み前になっていた。

 なんとか納得いくものが出来上がっても、今度は送信ボタンが押せない。不安が募りだし、あれこれ考えてしまい、この内容ではダメなんじゃないかと思ってしまう。

 送信ができたのは午後一時になってからだった。




 昼休み。面倒な授業が終わり、束の間の休息。やっと腹の虫を鎮めることができる。そう思いながら、今朝コンビニで買った税込み150円から30円引きされたコロッケパンをカバンから取り出す。取り出すのだが――。

「ノートや教科書に潰されてとんでもない姿に……」

 食べられないわけでもない。ただつぶれているだけだ。ハンバーガーは潰して食べるのが正しいらしいし、コロッケパンも潰して食べれば何か新しい発見があるかもしれない。そう思うことにして、袋を開け、こぼさないよう注意しながら食べ進める。

「部長、主人公のキャラデザ持ってきたよ」

 一人、むなしく板切れのようなコロッケパンを頬張る俺に、一人の女子が話しかけてくる。

「お、さすがセンセ早い」

「先生じゃないです」

 先生というと、なぜかいつもすぐ否定される。そんなものなのか……。

「じゃあ、フラワーロードさ――」

 別の名前を言いかけると、彼女はとっさに俺の胸ぐらをつかんで締め始める。

「学校でその名前出さないでって!」

 締まりがどんどんきつくなってきて、そろそろ色々出てしまいそうになる。

「ごべん、ギブギブ」

 俺は何とか謝罪の意思を示し、開放してもらう。たぶんあと二秒放し遅れていたら、つぶれたコロッケパンが、消化途中のコロッケパンとして戻ってきていただろう。

「んで道場、主人公これでいいんだけど他のキャラクターってどうなってる?」

「他のキャラって、部長がどんなキャラなのかを書いてくれないと描けないんですけど」

 手を胸の前で組みながら、彼女は答える。

「あー、そういえばそういう話だったな〜。忘れてた」

「まさかとは思うけど、企画書ちゃんと書き直してから渡したんでしょうね?」

 その問いから逃れるように、俺は首ごと目線をそらし、

「あーもうすぐ梅雨だなぁ」

 などと、誤魔化そうとする。

 たぶん道場からは、こいつやってないなと思われてるし、視線がまさにそんな感じで痛い。

「いやさぁ、ちゃんとしっかりしたもの渡したいから、ちょっと修正とかが長引いているというか、それにほら、まだツール使い始めて日も浅いから練習するのに忙しいだろうしと思ってて」

 苦しい言い訳を並べていく。正直言うと企画書書くのめんどくさい。「俺の脳みそが企画書だ!!」といってやりたい。たぶん吊るされる。

「へー、ちょうどいま拓君から、企画書の件についてって書かれた長文メッセージが来てるんだけど、読み聞かせてあげた方がいいですか?」

「ごめんなさい、大丈夫ですちゃんと確認して書き上げます」

 副部長怖すぎる……。

「えっと、次の時間は数学で、その次が理科か〜、サボって企画書書くか―」

 やる宣言をして、場を収めるしかない。

「じゃあ放課後楽しみにしてますね。もし、少しも出来上がっていなかったら、部長の溺愛しているヒロイン、アイナのCG描かないので」

「ぬおおおお!?それだけはそれだけは!!勘弁!!」

 アイナのCG見られないとか、作る価値がなくなってしまう。これは、なんとしてでも作り上げなければならない。

 というか、あっさり人質とられてしまった。

 世の中、強者ばかりが勝つんだな……。覚えた……。




 なんとか質問を投げ終えた俺は、返信を待っている間。自分も昼食をとることにした。といっても、なにも用意されていないので自分で用意しないといけない。

 手ごろなカップラーメンとかでいい気もするが、引きこもり生活しているとカップラーメンばかりで栄養が偏り、吐きそうになる時があるのはすでに経験済み。とりあえず家の中にある食材を把握する。

 冷凍庫から冷凍コロッケを見つける。揚げるだけなので簡単。

 冷蔵庫にはカット済みの野菜が入っていたし、炊飯器には米がある。あとは味噌汁でもあれば、コロッケ定食の完成だ。

 いくら俺でも味噌汁くらいは作れる。ただ、舌が馬鹿だから味噌の味を濃くしてしまいがちで、母さんからは味噌汁を飲んでるんじゃなくて、味噌を食べてるとまで言われてしまったことがある。

 まあ、今回は俺しか食べないからあまり気にしないし、もし他に食べる人が現れたら、間違いなく家から逃げ出していくだろう。

 それほど、濃い味付けになっている。自分でも時々思う。

 なんとなくテレビをつけ、特に面白くもない芸人の必死な芸を見て真顔になるしかないまま、コロッケへと箸を伸ばす。

 今日のコロッケは素晴らしい出来栄えだった。色、食感、温度まで適切だった。冷凍コロッケだけど、普段料理をするわけではないので、コロッケの出来栄えは半ば運になっている。油の温度が低いと衣がサクッとしないし、高いと中が温まらず外だけ焼けた感じになる。へたくそだと失敗しやすいのだ。

 食事を終え、食器を片付け終えたころには時刻は午後二時になっていた。

 その間に返信はあった。でも、言ってすぐに欲しい情報が手に入るわけじゃない。放課後までに考えておくとのこと。

 あれ?授業は?サボるの?

 いやいや、もしかしたら休憩時間中に作り上げられるのかもしれない。すでに着手していて完成間近なら、休憩中に出来上がるだろう。

 だとすれば、何の問題もないじゃないか。

 しかし、放課後までの間何をして時間を潰すかが、自分にとって大きな問題だ。

 一時間半程度でできることなんてそんなに多くない。ゲームなんてやり始めたら、一時間半程度で止まらない気がしてしまう。本を読むのだって同じだ。

 何をするかを考えながら、テレビをぼーっと眺める。つまらない芸人の出ている昼番組から、刑事ドラマのおそらく再放送へと番組は切り替わっていた。

 それをぼーっと眺めているつもりだったが、気が付けば犯人が誰なのか考え始め、話の展開が気になっていた。

 そうやっているうちに、時間は過ぎていき、ドラマが終わるころには一時間経っていた。

 残り三十分ほど残す形になったが、これこそどうしようもないほどやれることがおもいつかない。

 アニメ一本見れる時間とは言っても、見たいアニメなんて思いつかないし、見始めたら次へ次へと見ようとしてしまう自分がいて、三十分に収まらない気がする。

 とりあえず、テレビを見るのはやめよう。また眺めてるうちに見入ってしまっては元も子もない。俺はテレビのリモコンを手に取り、電源を切る。

 自室に戻ると、ほかのものに手は出さないよう、パソコンの前に座る。

 ミニゲーム程度なら暇をつぶすにはちょうどいいかもしれない。さっきまでとは違い、ミニゲームで飽きるほどの時間を余しているわけでもない。

 AI相手の麻雀程度なら大丈夫だろう。

 これで、少しは時間をつぶせるのだが――。

「くそ!また鳴いて役牌だけであがりやがった!このAIはらたつぅ!」

 鳴いて役牌、これは人間同士なら暴動がおきてもいいくらいだと自分は思っているくらい、舐めたあがり方だ。さっきから、この調子で負け続けている。

 結局、あがることだけを重視されてしまったAI相手に、ろくに勝てずに麻雀は完敗しまくった。

 もう、やらないと心に誓い。アンインストールを始めたころに、SNSにメッセージが一通入った。メッセージとともに、ファイルも送られてきていた。

 ファイル名は、企画書。

 約束通りに、企画書は放課後に届いた。中身を確認する。未完ではあるものの、当分作業に困らない程度には情報が入っていた。

 やっと暇をつぶすことができるので、とても助かる。

 まずは、単純作業のアイテムや武器などの追加だ。もっとも、効果や細かなステータスは設定できないままになるのだが、それでも名前を入れたりするのは単純作業とはいえ、暇をつぶせるからとても助かる。

 一覧にまとめられているので、上から順に名前を入力していく。

 入力しているだけなので、退屈するようにも思えるが、なんか思ったより忙しいというか、変換がうまく出なかったりするので、一文字ずつ入力するなんてこともある。

 なんで、こんなすぐ変換の出にくい「呪呪炎刀」とか頭の悪そうな名前のものばかり並べているんだ。

 おかげで作業が増える増える。助かるのだが。

 この日は、一通り名前を入れ、刀や斧といった属性を持たせて作業を終えた。

 でもこのペースじゃ明日には一通り終えてしまう。一応、気乗りはしないけど催促のメッセージを入れておこう。

 そのメッセージを送った後。俺は眠りについた。


 


 風呂上がり、スマホを開くと一通のメッセージが届いた。

 拓からだ。どうやら明日にも、今の作業が終わってしまうらしく、企画書のさらなる開示を求めてきた。

「まいったな」

 企画書自体は完璧にできている。はずだ。

 少なくとも俺の脳内には完璧な企画書が存在している。大丈夫。何も問題ない。

 問題点は、それを人に見せるためには、内容を書き連ねたり、イメージ図を書いたりしないといけない。が――。

「くそやるきでないんだよなぁ」

 脳みそにあるのにいざ書こうとすると、手が付けられなくなる。おそらく、何を書き始めたらいいのかわからないからだ。

 まったく厄介な話だ。

 そんなことを考えていても仕方ないので、とりあえず書いてみることにするが――。


「それで、寝不足なわけ?」

「だって、催促するくらいにやる気あるみたいで申し訳ないじゃん?こうみえて真面目なんですよ俺は」

 一晩中書くのを試みたが、結果はほぼ白紙。頭と時間を浪費しただけで終わってしまった。

「なー。お前は絵を書くときどうやってんだよ〜。頭になんか浮かんでるんだろ〜」

「そりゃ浮かんでるけども……。何から書くかをはっきりさせていないからダメなんじゃないの?」

 どういうことだろう?

「昨日催促されたときは、必要な情報を一覧としてまとめられていた。その中で、アイテムや武器の名前なら具体的に何を書けばいいかはっきりしている。だからすぐ並べられたんじゃないの?」

「つまり、書けないのは企画書に必要な情報の中でも、今何を書くかはっきりさせていないからと?」

「たぶんね?」

 確かに一理ある。

「で、何から書けばいいと思う?」

「それ私が考えるの!?」

「わっかんないんだよ〜」

 我ながらに情けないが、それが分かっていたら苦労はしない!

「タイトルと世界観くらいせめて書いたら?」

「あれ?言ってなかったっけ?」

 伝えていたはずなんだが……。

「そういうのを企画書にまとめて、共有しろって言ってるの!言った言ってないで後々もめるよ!」

 あー、こういうの書いていくのね。完全に理解した。

「それに、シナリオどうするの?」

「あぁそれなら完璧だ。なにも問題はない」

「じゃあ、見せてよ。私も絵の参考に読むから」

 そういわれて俺は目をそらす。

「どうせまた、頭の中にはあるとかいうんでしょ」

 正解といわんばかりに、俺がグッドサインを出すと、思いっきり弁慶を蹴られた。

「いっつぅぅぅ〜」

 教室で叫ぶわけにもいかないので、こらえるが、めちゃくちゃ痛い。凶器だ!こんなの凶器だぁ!

 とりあえず、書き方のコツ?みたいなのは伝授した。そういえば、サウンド担当の八木放置したままだなぁ。あとで声かけてみるか?

 いやぁ、でもあいつなぁ……。なんか普段から音楽聞いてるのかヘッドホン外さないから、話しかけてもちゃんと聞いてるのか怪しいんだよな。頷いたり、首振ったり意思表示はしてくれてるけど。理解してるのかわからん奴だ。

 喋らないし。というか喋ったところもまともに見たことない。

 それに他の教室に入るのでさえ、どこか息苦しいのに、学年下の教室行くの気が重いんだよなぁ。

 あと、何も話す要件がない。だってサウンドの発注かけられるほど進んでないもの。

 あ〜、でも言ってすぐできるわけもないしなぁ……。タイトルと世界観書いたら、それに合いそうな曲作ってもらうか。

 そうと決まれば、次の英語の授業は安らかに眠ろう。限界だ。先生お休み。




「もう昼前か」

 手を動かしつつ時計に目をやると、体感以上に時間が進んでいた。

 もうすぐ作業も一区切りつくころ合いだし、そこまで終えたら昼食にしようと思う。

 今日の食材ガチャはなんだろうかと、少し考えながら入力作業をこなしていく。

「昨日は、コロッケ定食だったから。それ以外かつ、カップ?以外のものが食べたいよな」

 おもわずぼやく。以前よりなぜか独り言が増えた。特に、作業中。

 別に声が出したいわけでも、聞かれたくないわけでもないので、声を出そうが出さまいがいいのだが、以前から考えると思いもよらない行動だ。

 ゲーム中とか舌打ちとか、思わず暴言を吐くことはあっても、こんなまったりとした、独り言なんてつぶやかない。

 たった数日の出来事なのに、以前の俺からじゃ想像できないことをしている気がする。

 こうやって少しずつまた変わっていくのだろう。いい加減変わらないといけない。

 よくよく考えれば、もう三年だ。卒業年度に入っている。

 本当は皆、受験勉強とかで忙しくなるころなんじゃないだろうか?

「高校……。どうしよう」

 中卒なんてしたところで、働ける気がしない。

 かといって、どう考えても進学できる状況じゃない。そもそも二人は許してくれるのだろうか?家に閉じこもって出てこなくなった、ごみ息子を高校に行かせるなんてとんでもない話だと思う。

 急に不安になってきた。先を見すぎるとそんなことばかりのような気がする。

 今作っているゲームだって、開発期間が四ヵ月程度しかない。素人集団で完成できるのか?

 今までやってきた経験があるならできる気がしたと思う。でも一切の経験がない。今積んでいるところだ。

 でも、やらないことにはいつまでたっても――。

「未経験のままか……」

 そう、口にこぼす。わかってはいる。やらなきゃ何も始まらないし、何も終えることはできない。

 だが、意味があるのだろうかとか、真面目に考え始めるとどうしても悪い方向にしか思考が働かない。

 心の奥底ではやりたくないんじゃないかと思えてくるほどにだ。

 俺個人でやろうとしていたことならたぶんとっくにやめている気がする。

 責任なんてものがないからだ。

 作ろうが作らなかろうが、個人であればだれも迷惑しない。関係ない話で済む。だが、これは部活だ。文化祭で展示する作品だ。俺が勝手にやらなくなってしまったら、すくなくとも残りの三人に迷惑をかける。

 作り上げた企画書が反映されることはなく、描いたイラストは見られもせず、音楽は流れることもなく消えていく。

 三人が頑張って作り上げたものをまとめて、さらに素晴らしい作品へと変えるのが俺の役目だ。

 台無しになんてしてはならない。心が折れてはいけない。やる気をなくしてはならない。正気になってはならない。気を緩めてはならない。

 だって、そんなことをしてしまうと、すべて無駄なことになってしまうから。

 そう考えると、頑張ろうじゃない。頑張らないといけないと思えてくる。

 気持ちを昂らせ、必ず成功させると心に決め、昼食後、必死に作業をこなした。

 しかし、時間が余ってしまった。

 そんな時は、少しでも作り上げらるものの幅を広げるために、いろんなサイトを参考にしながら、テスト環境で処理を組んで実験をしてみた。

 そうすると、サイトを頼りにせずとも、できることが増えていった。自分で考えることができるようになってきたのだ。

 基礎を固め、応用例を学び、実際に自分で考えて使ってみたりする。

 その流れを淡々とひたすらこなしていった。

「やばい……、腰が痛い……」

 連日パソコンに向かって座りすぎなせいなのか、腰が悲鳴を上げだしている。

 体を起こすのもやっとの思いだ。

「少しストレッチをしよう……。このままじゃ。椅子に座ったら、椅子がケツから離れなくなりそうだ」

 こうやって、ここ数日とは違う、新しい朝を迎えることとなった。

 ただの引きこもり時代に、よく腰痛にならなかったなと思うが、それもそうだ、疲れたら寝っ転がっていたからだ。

 なんて堕落した生活をしていたんだ俺は……。今の感覚をあの頃の俺に与えてあげたいくらいだ。

 だけれど、過去に戻る術も、過去の俺に干渉する術もない。

 新しく追加された企画書の中身を確認し、今日は何をしていくかを決める。決め終えたら、その作業をこなし、早く終われば次の作業を行うか、処理の研究を行うかどうかを作業ペースから考え出す。

 もし、遅れた場合は遅れている原因を認識し、必ずメモに残す。遅れているときあれこれ考えているから、結局何がどうなっていて、今考えているのか?何がよくないのか?そういうを忘れてしまうことが多いからだ。

 企画書から必要なものが何か、それはいつ必要なのかは、必ず考えないといけないが、ここの情報整理がやりにくい。

 実際に作業に着手したとき、必要なものが増えたり、考えていた時と順序がぐちゃぐちゃに入れ替わったりすることがある。

 なるべく紙に書いてまとめるようにしているせいか、とうとうメモ用の紙が尽きてしまった。

 補充するしかない。幸い、小遣いは補填されていて紙くらい余裕で買える。というか、こんな引きこもりに小遣いなんて、贅沢なもの渡していいのか?そうはいていても貰うし、実際助かるからいいんだけど。たぶん俺が親だったら絶対あげてない。

 こんな時間に外出て買い物とか、ばれたら補導されそうだ。

 とりあえず、見られたくないし、帽子深くかぶってマスクしていこう。怪しい感じになるけど問題ないだろう。

 買うものは紙だ。何もたばことか酒とか買うわけじゃない。後ろめたいことはない。学校に行ってないのは後ろめたいけれど、それだけだ。

 ガスの元栓チェックよし。電気よし。各箇所鍵よし。いざ、外へ!

「あっつ……」

 気合だけは十分だった。コンビニに行って、ルーズリーフくらい買ってくるだけだし。

 だが、気が付いていなかった。もう、夏は始まっている。

 照りつける太陽にこんがり焼かれる感覚を味わいつつ、高湿度による蒸し焼き状態で餃子にでもなってしまいそうだ。

「せ、せめてうちわ持っていこう……」

 慌てて家の中に戻り、うちわを探す。一つくらいあるだろうと……。

 しかし、去年の夏にはもういらないと思うほどにもらっていたうちわがどこにも見当たらなくなっていた。

 冗談じゃない。風がささやかに吹いているならともかく、今日は無風高温多湿。地獄のような気象状況だ。

 さらに言えば、雲一つない晴天中の晴天。湿度が高いのが不思議なくらいにだ。

「もう、これでいいや」

 そう思いながら手にしたのは、下敷き。

 学校でのうちわとして勤めてきた実績がある彼なら、存分に役立ってくれるだろう。

「いや、あおぎにくいな……」

 うちわと違い、手に持つための部分がない。さらにつるつるしたままの面だ。汗でぬれては、滑ってずれる。恐ろしいくらいに邪魔になってきた。

 そもそも、下敷きをあおりながら移動している人間なんて目立って仕方ない。けれど、もうすぐコンビニだ。

 そのあたりのことは、諦めるしかないだろう。

 コンビニに着けば、買うものを買うまでは涼しい店内で束の間のオアシスを感じることができる。

 汗を垂らしながら、少しずつでも足を進めていると、目標地点の看板が見えてきた。

 あともう少し。そう思い始めると、足が軽くなる。

 呼吸は激しくなるが、その分足も速く動かせた。早く涼みたい一心で、進んでいく。

「っと」

 しかし、どんなに体がオアシスを望んでいても、道路交通法は守らないといけない。信号に止められ、焦らされる。

 あともう少しだというのに、なぜこんなところで足を止めないとならないのか、信号機に対して俺は睨みつける。

 無視をしてやりたいところではあるが、交通量の多い道だ。よくてクラクション。悪けりゃサイレンの音だ。

 さすがにそんな事態にすすんで入っていく間抜けはいない。

 とはいえ、暑さですでに限界が近いのも事実。俺は信号機に手をついて、もたれかかる。

 少し頭がくらくらする。

 そういえば今日、まだ何も飲んでいなかったや。おそらく、軽い脱水症状を起こしているかもしれない。

 そもそも陽を浴びながら歩いたのなんて、結構久しぶりな気がする。少し前までの太陽なんて、寝るときに現れて、起きたときに消える月みたいなものだったのだ。

 もしかして太陽に対する、免疫がなくなっている?

 そんなくだらないことも考え始めるが、力を一度抜くと、そのまま崩れ倒れて起き上がれなくなってしまいそうなので踏ん張る。

 まだかまだかと、信号機が変わるのを待つ。

 青だった信号は、点滅し始め、やがて赤に変わる。これは歩行者用。自動車用はまだ変わっていない。

 青が黄色になって、赤になる。が、右折だけは通ってよし!の→表示が出ていた。

 あと少しだと思ったら、まだ先があったという何とも言えない絶望感。

 しかし、これさえ抜けることができれば次こそは、コンビニにたどり着くことができる。もう少しだ。

 今か今かと、信号機の色が変わるのを待つ。どうでもいいときはあっという間に変わるくせに、こういう時に限って全然変わらなく感じるのはきっと俺だけじゃない。

 もうすぐで丸焦げに焼けてしまいそう。そう感じた時、地獄からの解放を知らせる、青信号が目の前に現れる。

 慌ててコンビニへと駆け出す。

 自動ドアが開くの遅すぎると感じるくらい、自分は限界に近づいていた。

 自動ドアが開いた途端、店内の冷気が漏れ出してくる。オアシスだ。

 かいた汗でさらに体が冷える。風邪をひきかねないとも思うが、さっきまでの灼熱地獄なんかにいるほうが生命の危機だ。風邪ぐらいどうってこない。

「いしゃっせ〜」

 適当な挨拶が聞こえてくる。

 本来の目的を、忘れかけていた俺に紙を買いに来たのだと思い出させてくれる。

 ここは涼む場所じゃない。物を買う場所だ。ただで涼める場所ではないのだ。

 文具が置いている場所を探す。弁当とかお菓子とかの棚はわかりやすいのに、文具になるとどのあたりにあるのかいまいちわかりにくい不思議。とはいっても、店内を歩き回れば見つけることぐらいはできる。ただ、すぐ頭にイメージできないだけだ。

 ルーズリーフを手に取り、飲み物を一つ選ぶ。無難にお茶にしようか迷ったが、お茶なら家で飲めばいい。熱中症にならないためにもスポーツドリンクにしておく。

 会計を受けるとき、少し変な顔されたが特に問題はない。いやたぶんなんで平日の昼間に中学生が来たのか不思議に思ってる説は十分あるが……。

 今更気にしても仕方がないことだ。必要なものを買いに来ている。それだけの話。そう自分に言い聞かせ、学校に行っていないという恥ずべきことを誤魔化す。

 帰りは、ドリンクケースで冷やされた飲料があるため、首にあてて体を冷やしつつ、定期的に水分補給して帰り路を歩く。

 引きこもっていても、少しは体力付けないとな……。

 家の中に入ると、さっきまで歩けていたのが不思議なくらい、疲れが押し寄せる。そして、そのまま床に顔を付け倒れこむ。

 気が抜けたような感じなので、熱中症などのような倒れ方じゃない。はず。熱中症で倒れたことなんてないから、よくわからないが、ただ倒れて楽になりたかったから、その感情に身を任せたらこうなっているだけだ。

 気合を入れればちゃんと立ち上がれる気がする。

 早く部屋に戻って作業、再開しないとな……。


 気が付けば床で寝ていた。部屋にはたどり着いてはいた。ただ、そのまま眠ってしまっていたようだ。

 時刻は午後五時。夕方とは思えないくらいまだ明るい空模様だ。

「そんなに寝不足だっただろうか?」

 少し考えてみる。

 ここ数日は七時間は必ず睡眠をとっていた。睡眠は十分とれていると思う。

 ただ、これまでの生活に比べたら三時間は少なくなっていた。おそらく、体が順応できていないのだ。

「メッセージ来てる」

『今文章とかに直してるから、企画書の追加ちょっと待ってくれ!』

 と、部長から。

 珍しく別の人からもう一件来ていた。

『まだ描きかけの、サブヒロイン』

 という内容とともに、一枚の画像が貼られていた。

 副部長も頑張っているのが伝わってくる。俺も頑張らないとならない。皆頑張っているのに、俺だけ怠けるなんて心苦しい。

 そう思うと、体は自然とパソコンへと向かっていた。

 やれること、やることがなくなっても学ぶことを、ひたすらやっていこう。そう決めたと同時に、元気よく腹の虫がなく。

「さすがに少なかったかな……、でも夕飯まで我慢だ。我慢、我慢……」

 腹に力を入れ、必死に言い聞かすも、そんなのお構いなしに、腹の虫は鳴きまくった。

 結局、集中できずにほとんど進むことはなかった。

 明日仕切り直して、頑張ろう……。


「拓、最近はどうだ?」

 夕食、普段なら作りおいてもらったものを食べていたが、今日はさすがにできてすぐに食べに来ていた。そのせいもあって、久しぶりに家族揃っての夕食だ。少し息苦しい。二人が学校に行っていないことに対して、どんな怒り方をするのかわからない。不安だったからだ。

「どうって……」

 父さんの質問に、俺は何も答えられなかった。学校に行っていれば、友人の馬鹿話でもできただろう。

「朝起きて、夜にちゃんと寝てるようじゃないか。この間までとは違う生活をしている。なにかあったんじゃないか?」

 父さんは、俺の行動を把握しているように語る。実際その通りだから怖いものだ。

「パソコン部の人たちに、一緒にゲームを作らないかって誘われて、今作ってる……」

 隠す必要はないが、口に出すとなんか恥ずかしくなってきた。

「やりたいこと、なのか?」

 今日はやたら質問祭りだ。

「わからない。けどやっていて楽しいと思える」

「そうか」

 そのあと、父さんは特に何も言わなかった。

 母さんは、父さんの考えていることが分かったかのように微笑む。

 俺だけかもしれないが、微妙な空気を感じながら、夕食を終えた。

 部屋に戻っても、その違和感が消えることはなく、その日はおとなしく寝ることにした。


 翌朝、起きるとまだ午前五時だった。

 昨日変な時間に眠ってしまっていたので、さらに変な時間に起きてしまったのだ。

 メッセージもなにも届いていない。

「少し、散歩するか」

 急にそんなことを思った。

 服を着替えて外に出ると、思った以上に朝は冷えた。慌てて、上着を取りに戻る。

 わずかに霧がかかっていて、遠くの空は見えない。

 前までの俺ならこの時間に寝ていたし、今の俺はこの時間はまだ寝ている時間なので、普段見ない景色に、呆然と立ち尽くす。

 どこまで歩こうか?

 考えながら歩くが、答えは出ない。

 ただ、分かれ道があればどっちに行くかを気分で決めて歩んでいく。

 一度道を間違えたとしても、次の道で元の道へ向かえばいつかはつながる。

 そうやって、霧の朝。一人ただただ歩んでいく。



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