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恋の力


「はあああああああっ!? ソフィアに惚れたぁっ!?」


 アーニャは目を皿のようにして甲高い声を上げた。

 明らかにいつもよりも弾んだ声で、グレンは答えた。


「ああ、この胸の高鳴りはまさしく恋だな。間違いない」

「バッカじゃないの! あんたなんかとあのソフィアが釣り合うわけないじゃない」

「そんなのやってみないと分からないだろ。それから年上なんだから呼び捨てにするなよ」

「ふん、そもそもあんなののどこがいいのよ。あんな暗くてジメジメした女、私は女王の中で一番嫌いよ!」


 いきなりの罵倒、全否定。顔を真っ赤にしたアーニャはグレンの買ってきたお土産のドーナツにも手を付ける気配すらない。


「そういえばお前は一度ソフィア女王に会ったことあるんだってな。まあ俺自身、彼女のなにがそこまでいいのか正直分からないんだが、なぜだか話してるとどんどん惹かれてくんだよな」

「完全に盲目になっているわね。馬鹿につける薬はないというやつかしら」

「ああ、今でも目を閉じればあの女王の美しい姿が浮かんでくるぜ」

「はあっ……」


 アーニャは呆れているのか苛立っているのか分からない、大きな溜め息を吐いた。


「あのさぁ兄ぃ、一応言っておくけど昔から私たちフレイアの民とウォルタの民は相性最悪って言われてるのよ。炎は水をかけると消えてしまうように、私たちの情熱はあいつらには届かないの。悪いことは言わないから……」 

「生憎俺はフレイアの民でありながらアンチフレイアの民でもあるからな。その法則は当てはまらないと思うぜ」

「あっそ。そもそも妹の大事な時期に、他の女王に現を抜かす兄ぃのことなんて知らないわよ」 

「なんでさっきからキレてんだよ。まあそりゃもちろんアーニャには演舞会で頑張って欲しいとは思うが、十分過ぎるくらいには注意した方がいいぞ。なんせ俺のソフィア女王の奇跡の歌声は半端じゃないからな」

「はああああ!? 俺のってなによ! 出会ってちょっと話したくらいでもう俺の女宣言!?」


 ここで初めてアーニャがドーナツに手を付けた。

 しかし食べ方がまるでやけ食いである。

 案の定喉に詰まらせて苦しそうだったのでグレンが背中を擦ってやろうとすると、アーニャは豪快に手をはね除けた。


「とにかく、私ははっきりと反対したわよ! まあ、それでもあの陰鬱女王のことが好きって言うなら、あとでどんなに痛い目にあっても知らないんだからね」

「ご忠告どうも。優しい妹を持ってお兄ちゃんは嬉しいよ」

「はいはい、どうせ上辺だけなんだから」


 不貞腐れたようにアーニャはベッドに横になり、静かになった。

 しめたと言わんばかりにグレンは中断していた仕事に取り掛かる。

 恋のおかげでやる気に満ち溢れているせいか、その右腕は驚異的なパフォーマンスを発揮していた。まるでここ最近のスランプを挽回するかのように、彼は素晴らしいスケッチを次々と量産していた。


 しばらくして、アーニャがぽつりと呟いた。


「ねえ兄ぃ……」

「なんだよ」

「またうちに戻ってくる気はまったくないの」

「うちってあの城にか? ないよ。そもそもあそこにいたって俺に居場所がないことは分かりきってるんだ。居ても居なくても変わらない、要らない子扱いはもう御免だよ」

「そんなことない! パパもママも本当は兄ぃに戻ってきて欲しいと思ってる。それにわ……」

「わ……?」

「ふんっ! 今日はやたらと仕事の方が調子よさそうじゃない」


 アーニャは突然起き上がるなり、グレンの机の上を覗き込んだ。

 乱雑に置かれたスケッチの山から、アーニャが手に取った一枚。よりにもよってそれは、彼が昨夜ソフィア女王の歌を聴いていたときにふと思い浮かんだドレスのラフ画であった。


「女物のドレス? んー、私のにしてはコンセプトが合わなすぎるわね。まさか……」

「ああ、ソフィア女王の歌を聴いているうちにイメージが湧いてきてな。忘れないうちにちょっと書いてみただけだ」

「私が頼んだときは取り付く島もないくらいにあっさり断ったのに……」

「しょうがないだろ。こういうのは衝動なんだから」


 アーニャの肩が震えだした。

 グレンは焦った。その瞬間、彼の頭に過ったのはいつぞやの燃やされた家の光景である。


「この裏切り者っ!! なんかもう、超絶に不愉快だわっ!! 私、帰ってレッスンに励むことにする!」

「お、おう。そうした方がいい。お兄ちゃんは可愛い妹の輝かしい勝利を期待しているぞ」

「うるさい! 見え透いたお世辞はいらないわよ! それと死ね!」


 バタンッ!

 アーニャはドタドタと玄関まで走っていき、凄い音を立てて飛び出していった。


「あぶねえ、爆発はしなかったか……。さてと」


 グレンは再び机に向かう。脳内にかけるBGMは勿論あの、ソフィア女王の歌声である。

 もっと彼女の歌を聴きたい。話がしたい。

 そしてもっと、彼女のことを知り仲良くなりたい。

 彼の胸の中で、確かな炎が燃え上がっていた。


「次の土曜日に休みを取っても問題ないように仕事を頑張る。今やるべきことはそれだけだな」


 彼にとってそれはそう言い聞かせればいくらでも手が動く、魔法の言葉だった。

 過去例にないほどに高まった気合いは見事にグレンを復調させ、そして一週間が過ぎた。


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