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チャンピオン、クリスティーナ女王の実力

 己が手の内を他国に見せないためにも、女王は大演舞会直前にこのような個人的なライブイベントは開催しないのが通例である。アーニャもロゼッタも、そしてウォルタ王国の女王にしても然りであろう。

 しかし、このクリスティーナ女王だけは絶対の自信があるのか、単に細かいことを気にしない性格なのか、とにかく例外であるらしい。

 当然のごとく他国のスパイたちも偵察のためにこの場所に来ているはずであるが、グレンには妹のための情報を得ようなどという気は更々なかった。

 日が傾きかけた午後四時過ぎ。

 開演一時間前にもかかわらず、アリーナ場内はすでに活気で満ちており、物販コーナーには長蛇の列が出来ていた。

 グレンの指定座席は二階席の最前列、つまりステージ全体がよく見下ろせる実に良いポジションである。

 彼の隣の席はしばらくの間空席であったが、開演十分前になってようやく帽子を深く被った女性が現れた。


 ガシャン。


「うおおおおおおおおおっ!!」


 暗転とともに、観客たちの雄叫びが鳴り響く。

 一拍置いてスポットライトと大きなどよめきに包まれながら、その日の主役は登場した。

 この日の彼女のステージ衣装は白を基調としたジャケットとミニスカート。ひとえに四大女王の中でも最もアイドル然とした彼女に、よくマッチした衣装である。


『みんな~、今日も愛してるよー! 嵐を呼ぶ女王、クリスのショーがはっじまるよー!』

「うおおおおおおおおおおおっ!!」


 挨拶代わりの爽やかな投げキッスに、場内が沸き上がった。

 クリスティーナ女王の声は高らかで元気のよい、それでいてよく響く声である。

 グレンが彼女のステージを生で見るのはこれが初めてであったが、その底抜けの明るさに乗せられる観客たちの気持ちには、初っ端から共感することが出来た。


『じゃあ一曲目いってみよーか! フライ・ハイ!』


 フライ・ハイ。

 コールされたその曲はフレイア国内ですらもその名は知れ渡る、彼女の代名詞というべきポピュラーな曲目である。 

 出だしから会場のテンションは最高潮まで引き上げられ、イントロと同時に観衆は一丸となって合いの手を入れ始めた。


「クーリース! ヘイ! クーリース!」

「クーリース! ヘイ! クーリース!」

「クーリース! ヘイ! クーリース!」


 熱狂は瞬く間にアリーナ全体を伝搬し、気付けばグレンも両手を上げ絶叫に参加していた。

 息が詰まるような圧倒的な熱量。そして一体感。

 グレンはただ身を任せているだけでも、体の奥底に眠る火の民の血がぐつぐつと煮えたぎるような感覚に見舞われた。


『体も心も重くなり 息苦しくて 潰れそう♪

 そんな時は飛べばいい 吹く風 わたしの道しるべ♪』


 歌い出しとともにクリスティーナ女王の両足がふわりと宙に浮き、彼女のグラマラスな肉体が空高く飛び上がる。

 仕掛けでもなんでもない、エアエアの民特有の風を操作する能力である。彼女は歌いながらも鳥のようにアリーナ全体を滑空し、観客席の前を幾度も横切ってみせた。

 それに応えるようにして、観衆もまた彼女に声援を送る。歓声は大きなウェーブとなり、会場全体に嵐が巻き起こったようであった。

 その盛り上がりぶりたるや、既にグレンの想像を越えていた。

 当初は反応が薄かった彼の隣の女性も、いつのまにか小刻みに首を縦に振っている。


『わたわた わたしは綿胞子♪ 

 吹き飛べ ぶっ飛べ どこまでも♪

 走り出そうよ虹の道 まっすぐ、ずっと、果てしなく♪』


 クリスティーナ女王は曲の転調に合わせて一旦ステージに降り、しばらく歌唱を続けていた。

 ハプニングが起きたのはそんなときである。

 感極まった一人の一般男性が、脈絡もなくステージに飛び込んだ。

 当然それは中断もあり得る異常事態であることには違いない。しかしこの風の女王はまったく動じないどころか、それを一種のサプライズ演出として利用してしまった。

 彼女は笑顔のまま腕を上げ、まず発生させた突風で男の体を浮かせた。すると曲の盛り上がりに合わせて男の体は衛星のように彼女の周りをクルクルと旋回し始め、そのまま一つの人間小道具と化してしまった。

 たちまち客席から笑いが起こる。女王も、そして飛ばされた当の本人でさえも清々しいほどに笑っていた。

 お気楽なこの国ならではというべきか、フレイアではまずあり得ない光景である。仮にステージに立っているのがアーニャであったなら、怒りに任せて乱入した男を黒焦げにした挙句、機嫌を損ねてライブを中止にしていたに違いない。

 この大らかさと余裕は前回優勝者の貫禄なのか、それとも生まれながらの性格なのか。

 グレンにはそれを知る由もないが、彼は少なくとも彼女がアーニャにはない魅力を持っていることだけは、はっきりと感じていた。


『わたわた わたしは綿胞子♪ 

 吹き飛べ ぶっ飛べ どこまでも♪

 走り出そう虹の道 まっすぐ、ずっと、果てしなく♪』


 いつの間にかステージ上は我も我もと、次々と乱入した観客で満たされていた。女王は歌いながらそれらすべてを飛翔させ、空中で意のままに躍らせた。

 会場を飛翔していたのは人々の体だけではなく、その場にいた者すべての心にも、間違いなく楽し気な翼が生えていた。

 それから終演までの二時間余り、クリスティーナ女王はノンストップで駆け抜けた。

 場は一度も盛り下がることなく、常に最高潮の熱気を維持し続けていた。


『みんなー、今日はありがとー! おかげでとっても素敵な一日になったよー! でも今度の大演舞会でのあたしはもっと凄いよー! ぜったい連覇して見せるから、みんな応援してよねー!』

「うおおおおおおおおおお!!」


 そのエアエア国民たちの声援は凄まじく、グレンはただひたすらに圧倒された。

 誰もが彼女の連覇を信じて疑わない力強い声援を浴びながら、クリスティーナ女王は舞台を下りていく。

 グレンは思わずにはいられなかった。本人の自信や国内で流れている論調ほど、アーニャの優勝は簡単なものではないだろう、と。


 かくして、嵐を呼ぶ女王の嵐のようなライブは幕を閉じた。

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