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浮かれる街、アグニ

 その日、取引先との商談を終えたグレンは繁華街をなんとなしにぶらついていた。

 特に目的がなくても適当にブティックを巡ったり、街行く人のファッションを眺めているだけでも彼にとっては流行の勉強に一役買う上に、モチベーションの維持にも繋がる。

 このアグニの街はフレイア王国でも一番の活気を誇る街であった。

 グレンはふと、とある電気店の前で足を止めた。

 先日アーニャが滅茶苦茶にした家の修繕費は流石に本人に出させたものの、壊れた家電のうちの幾つかはまだ買いそびれていた。

 どうせ一人暮らしというのもあり、彼としては最低限の機能でなるべく安く、そして故障しにくいものが欲しいところではある。


「おっと兄ちゃん、悪いこと言わないから買うんならうちの店、ホムラ電気店にしな。うちはそっちの店よりすべての商品が一割安いよ」


 グレンがショーウィンドウに飾られた商品の値段を見ていると、背後からエプロンを着た中年男性が声を掛けてきた。

 どうやらすぐ隣の店も同じ電気店らしく、その店主であるらしい。

 一見どちらも似たような店であるが、安いというのならそれに越したことはない。と、グレンが言葉に乗せられその店の方に足を向けた瞬間、目の前の店の自動ドアが開き、今度はエプロンを着た中年女性が現れた。


「ゴラァホムラァ! 売れへんからってまたうちの客を取ろうとして! 今日っちゅう今日は許さへんで!」


 開口一番、凄い剣幕で怒鳴りつけた女店主に対し、男店主も負けじと即座に怒鳴り返す。


「なぁにぃ! そもそもお前んとこの店がうちの店のすぐ隣に、しかも大通り側のクソ目立つ位置に建てたのが悪いんだろうが! 先にうちの店の客を取ったのはそっちじゃないか!」

「そんなんは言い掛かりや! お客さん、こいつにあっちの店の方が安いとか言われたんやろうけど嘘やで。うちの方がホムラの店より品揃えいいし、安いからな」

「適当なこと言ってんじゃねえぞ! 兄ちゃん、こんなババアほっといてうちでいい買い物しようや」

「ババアとはなんや! お客さん、こいつの口車に乗せられたらあかんで。勉強しといたるさかい是非うちで買い物を」

「ええっと……。す、すみませんまた今度にしますっ!」


 グレンはとりあえず逃げることにした。

 同時に、家電は追々ネットで買うことを心に決めた。

 彼が商店街をさらに歩み進めると、今度はなにやら大きな人だかりに出くわした。中心にいるのは血の気の多そうな二人の若い男たちである。

 そしてどう見てもこの雰囲気は、喧嘩以外の何物でもなかった。


「先にぶつかって来たのはお前だろうが、なんなんだその態度は!」

「だから何度も謝ってるだろ! そもそもよそ見して歩いていたアンタだって悪いだろ! 急いでるんだ、いい加減にしてくれないか」

「はああ!? もう頭来た! リアルファイトで勝負だッ!」

「上等だこの野郎! 俺とアンタ、どっちの炎の方が強いか分からせてやるよッ!」


 両者の拳から灼熱の炎が立ち上り、野次馬たちの群れからは歓声が沸き起こっている。

 幸い消火器を携帯した警官隊がすぐにやって来て事態を鎮めたが、つまらなさそうに舌打ちする者はいれど、恐怖に戸惑う者や治安を嘆く者は誰一人としていなかった。

 唯一その様子を冷めた目で見ていたのは、おそらくその場でグレンくらいのものである。

 争いの絶えない国、フレイア。

 火、水、風、土――。この世界に存在する四つの国家はそれぞれ、この四大元素の影響を強く受けている。

 このフレイア王国はそのうちの火の要素を担い、国民は皆生まれながらにして炎を操る能力を持つ。そして基本的に競争心が強く野心的で、情熱溢れる反面、火のようにカッとなりやすい気性も併せ持つ。よって、至る所で争いが絶えない。

 以上は初等学校の教科書にも載っている、基本的な内容である。

 グレンは幼少の頃からそんなこの国の大人たちの、醜くも激しい権力争いの図を見て育ってきた。彼の実家に入り浸る権力者たちは少しでも自分の立場を有利にしまいと、幼いアーニャにゴマをすっては取り入ろうとし、一方で彼には見向きもしなかった。

 だからなのだろうか、彼ははっきり言ってこの国の国民性も、自身の中に確かに流れる火の民の血も、よく思っていない。

 ところがそれらの特性を最も色濃く受け継いでしまったのが、今年からフレイアの女王となった彼の妹であった。


「きゃー、見て! アーニャさまよ!」

「うはマジだ。いやあ、いつ見てもアーニャ様は麗しいですなあ」


 街頭のスクリーンビジョンにでかでかと映し出されたのは、憎たらしいまでに勝気な笑顔で決めポーズを取るアーニャの姿である。


『“最強”は“最凶”だ。天才だけに許された傲慢、傍若無人のじゃじゃ馬は実力ですべてを黙らせる――。爆炎の舞が世界を震撼させる。その女王の名はアーニャ・プロミネンス。第百回大演舞会、勝つのは“彼女”だ』


 扇動的なナレーションに合わせて、アーニャの顔のどアップが三連続で映り込む。

 グレンからしてみればあまりに決め込んだ表情に笑ってしまいたくなるような演出だったが、人々は足を止め、一様にそのPVに熱い視線を送っていた。

 四大元素のうち、残る三つを司る国家はそれぞれウォルタ王国、エアエア王国、アストン王国であり、いずれも女王制度を採用している。

 そしてそれらの国同士でいざこざが起こった場合は、戦争の代わりに国家の代表者たる女王がステージ上に立ち、ライブパフォーマンスの出来具合によって雌雄を決することが国際法により定められていた。

 「大演舞会」とはすなわち、それらライブイベントの言わば究極形である。

 四年に一度のみ開催されるその大会を最も盛り上げたとされる女王は以後四年間、あらゆる国際的シーンにおいての主導権を約束されるため、同大会に勝つことは彼女たちにとって他のなににも勝る至上命題と言っても過言ではない。

 大画面に映し出されたアーニャは自身の代名詞である爆炎の舞に相応しい情熱的な踊りを披露していた。

 住民たちはそんな彼女の舞を見ながら、揃ってモニターに釘付けになっていた。


「やっぱりすげえなアーニャ様は」

「アーニャ様は歴代随一のご才能を持っていらっしゃると聞く。アーニャ様がいる限りフレイアは安泰だな」

「ヒャッハー! アーニャ様万歳! アーニャ様万歳!」

「アーニャ! アーニャ! アーニャ!」


 周囲がアーニャコール一色で染まるなか、グレンは一人溜め息を吐いていた。

 代々フレイアの女王は勝気で好戦的と相場が決まっており、アーニャにも以前から確かにそういう気はあったが、彼が記憶する限り、昔はそこまででもなかった。

 それがあそこまで増長してしまった要因の一端はおそらく過剰に持ち上げる周囲にあると、彼は考えていた。

 どうにも居心地の悪さを感じたのか、グレンはそそくさと街を後にし、自宅に帰ることにした。


「……あれ、誰だあの人」


 改築したばかりの家の門の前に、眼鏡をかけたスーツ姿の大人の女性が立っていた。

 彼女はグレンの姿を見るなり、申し訳なさそうに口を開いた。


「失礼、グレン・プロミネンスさんですね」

「あっはい、そうですが。どちら様ですか?」

「私、フレイア王立女学院でアーニャ女王陛下の担任教師をやらせていただいている、アカリと申します」

「はぁ……。その節は妹がお世話になっています」

「あの、陛下のことでご相談があるのですが」

「ええっと、なんでしょうか」


 眉をハの字にした表情から見るに、あまりいい話ではないようである。

 グレンはある程度身構えながらも話の続きを聞くことにした。


「実は陛下が勝手にうちの給食のメニューを変えてしまって困っているのです」

「ええっ給食を?」

「その、今日突然給食の野菜が不味いと言ってクラス全員分のケーキを発注してしまって。クラスの他の子たちはそれで一度は喜んだんですが、調子に乗った陛下がこれから毎日給食をケーキにすると言って。あの、そういうことをされると困るんです」

「それは……大変ですね。お察しします」

「それでその、そちらの方から陛下に辞めさせるように言っていただきたいんです」


 グレンはやはりそういう話かと、苦笑いを浮かべざるを得なかった。

 彼からしてみればそれを叱るのが教師の仕事ではないかと反論したいところではあるが、立場上アーニャに強く出られないというのも分からなくもない話である。


「先生も遠慮なさらずにあいつにビシバシと言ってくれていいんですよ?」

「すみません、教師として恥ずかしいことだと自覚していますが、そうも言えない面がありまして。それで、陛下と仲のいいロゼッタさんに相談したら、あなたの言うことなら陛下は聞くかも知れないと言われまして……その、お願いしますっ!」

「まあ、あれに甘々なうちの親父に相談するよりかはいいと思いますがね。ですが、俺が言ったって聞くかどうかは分かりませんよ」

「結構です。陛下をどうにか出来る可能性があるのはあなたしかいないんです!」

「分かりました。どうせ今日も来ると思うので、なんとか辞めさせるよう言ってみましょう」


 彼女はそう言うと深々と頭を下げ、去っていった。

 グレンが聞いた話によると、アーニャは女学院で派閥を作り裏で校内を牛耳っているらしく、その支持率を維持するためにしばしばこのようなやんちゃを働いているらしい。

 当然その裏では被害を被っている人間が必ずいる。そしてそれを注意できる人間がいない為に、こうして時折彼のもとにシワ寄せがやってきていた。


「はぁ……」


 グレンは大きく溜め息を吐いた。

 妹に振り回されたくないがために一人暮らしを始めてみても、結局この国にいる限り、それが不可能であることを思い知らされるばかりである。

 いっそ外国に移住でもして柵を断ち切れれば楽かもしれない、グレンは最近そんなことをよく思うようになっていた。

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