大演舞会優勝
四人の女王がそれぞれ思い思いの表情で、壇上に立っていた。
クリスティーナ女王は客席に向かって気さくに手を振り、ロゼッタはさっきのステージはなんであったのかというくらいに落ち着いた物腰で直立し、ソフィア女王は相変わらず憂鬱そうに下を向いている。
そしてアーニャは肩で息をしながらも、顔だけは強がっていた。
いよいよ、全世界が注目する瞬間である。
グレンはこの時点での客観的な感想を求められれば、彼女たちのパフォーマンスはどれも甲乙つけがたいほどに素晴らしかったと言わざるを得なかった。
しかしそれはあくまでも一人の人間の個人的感想である。
泣いても笑っても、この中からたった一人の優勝者が選ばれる。その事実は変わらない。
集計の結果が書かれた紙が司会者の手に渡された。
司会者は真剣な眼差しで、紙を読み上げた。
『皆さん。お待たせしました。これより第百回大演舞会、結果発表を行わせて頂きたいと思います。えー、大変ハイレベルな戦いとなりました。そして大変僅差での決着となりましたが、審査は厳正に、滞りなく行われましたことをまずお伝えしたいと思います』
ざわついていた場内が一気に静まり返る。
すべての観衆の視線が一点に注がれる緊迫した空気のなか、ついにその時はやって来た。
『それでは発表いたします!
エアエア王国代表、クリスティーナ・ブラスト女王、8536万4922輪!
アストン王国代表、ロゼッタ・ガイア女王、8544万1731輪!
ウォルタ王国代表、ソフィア・ミスティ女王、8608万3344輪!
フレイア王国代表、アーニャ・プロミネンス女王、8608万3357輪!
よって、大神木に選ばれし記念すべき第百回大演舞会優勝者は――フレイア王国代表、アーニャ・プロミネンス女王ッ!!』
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッーーー! アーニャーーーーーッ!!」
歓喜にうち震えるフレイア国民から物凄い叫び声が聞こえた頃には既に、グレンの視界は滲んでぼやけていた。
百万人分の拍手で包まれる大会場。
アーニャはぐしゃぐしゃに泣き崩れながら、トロフィーを受け取った。
そんな彼女の横に並ぶ女王たちのなかに、不満そうな表情を浮かべる者は一人もいない。
それこそが全ての女王が持てる力を出し切った、本当に紙一重での勝負であった証であった。
「おかえり、アーニャ」
戦いの舞台から控室に戻ったアーニャはまぶたが腫れ、筆舌しがたいほどに酷い顔になっていた。
ステージでの最後の一言も終始なにを言っているかグレンは聞き取れなかったが、そんなことは然程どうでもよかった。
彼はとにかく一刻も早く、アーニャの顔が見たかった。
「有言実行だな。まさか本当に優勝して帰って来るとは」
「ふん、言ったでしょ。楽勝だっての」
「あれ、その割にはえらいボロ泣きしてたような気がするんだけど」
「うるさい!」
頭のてっぺんからつま先まで、グレンは今一度妹の姿を見下ろした。
各部の炎が消え、汗でべとつき萎びた彼の力作のドレスは、敢えて言うならば幸せそうにくすんだ色をしている。
「俺もまぁ、二割くらいはお前の優勝に貢献したかな」
「自惚れんな。兄ぃのドレスが私の勝利に貢献したのなんてせいぜい一割がいいとこよ」
「まあそんなもんだよな。世紀の天才ファッションデザイナーはさすがにオーバーな言い回しだと思うぞ」
「いいえ、世紀の天才ファッションデザイナーよ。私の力の一割になれるならねっ」
ああ言えばこう言う。相変わらず減らず口を叩く。
その瞬間、彼の前に立っていたのは紛れもなく彼の知っているアーニャだった。
「まあ一割でも二割でも、俺はほんの一押しをしただけで、ほとんどお前が自力で優勝を勝ち取ったというのは間違いないよ。凄いぜアーニャ」
「なによ、急に持ち上げないでよ」
「急に持ち上げられる気持ち悪さはさっき俺も味わったからな。おめでとう、アーニャ」
「うん、その……兄ぃもありがとねっ」
実の妹でなければ恋をしてしまうような眩しい笑顔に締めくくられて、二人の大演舞会は幕を閉じた。
* * * *
あの大舞台から一週間の月日が過ぎ去っていた。
その間のフレイアはまさにお祭り騒ぎで、学校や会社はどこも休みとなり、街は連日パレードで賑わい、誰もかれもが朝から晩まで炎の女王の勝利を祝いつくしていた。
一方で羽目を外し過ぎた若者が相当数補導されたらしいが、それもまたお国柄らしいご愛敬として片付けられるくらいには、国中が祝福ムードであった。
そんな熱狂もようやく収まりかけてきたこの日、しばらくぶりにアーニャがグレンの家を訪ねて来ていた。
栄えある頂点の座を手にしても、まっしぐらにベッドにダイブし、一言目にケーキを要求するあたりは以前とまるで変わっていない。
「こらバカ兄貴。世界女王が直々に会いに来てやってんだから、いい加減机にかじりついてないでこっち向きなさいよね」
「しょうがないだろ。こちとら誰かさんのせいで仕事が増えすぎて容量オーバー引き起こしてんだから」
「光栄なことじゃない。それとも私の力で名声を得たことになにか不満でもあるのかしら」
「いいや。まあ前は確かにそんな拘りをしていたこともあったけど、これからはアーニャの兄であることを現金に利用させてもらうスタイルで行くことにするよ」
「あら、どういう風の吹きまわし?」
「まあなんだ、ロゼちゃんの計算高さを少し見習いたいと思ってな」
「なんでそこでロゼの名前が出るのよ。あれは計算高いんじゃなくて腹黒いっていうのよ」
「そう悪く言うなよ。相変わらず学校じゃ仲良くしてるんだろ?」
「よくないわね。あいつ、優勝してから態度が露骨に下手に出てきてなんていうか怖いのよ」
「確かにそれは怖いな……」
アーニャのあの舞台を見て、グレンにも思うところがあった。
彼女が女王の宿命を受け入れて生きていくのなら、彼もまた女王の兄であることを受け入れて生きていこうと、心の底から思えるようになっていた。
もう一つ、これはアーニャには内緒であるが、実はグレンの机の引き出しの中には一通の手紙が仕舞ってある。
差出人はかのソフィア女王であり、中身はこう書かれてあった。
『ごめんなさい。わたしはあなたの暑苦しさが嫌いと言った。情熱に任せた生き方なんて、傷つくだけで、愚かだと思ってた。けれどあなたの妹さんの演舞を見て、少し考えが変わった。妹さんと、あなたの想いの込められた服の混じりあった強い炎。その煌めきに当てられて、その愚かな情熱の炎が、また少しだけ好きになれた。ありがとう。あなたたちのお陰で私はまだもう少しだけ希望を持って歌っていける』
当日彼がモニターの画面ごしに見ていた限りでは、ソフィア女王が感動を受けていたような様子は見られなかった。
しかし、文面を見る限りでは彼ら爆炎コンビの炎は確実に彼女の心に届いていたようである。
グレンからしてみればアーニャ個人ではなく、”あなたたち”という表現で感謝の気持ちが書かれていたのが堪らなく嬉しいところであった。
「なにをにやついているのよ。そんなに可愛い妹の私が来たのが嬉しいわけ?」
「いや、そこまでのシスコンになった覚えはないな。そういやお前、演舞会も終わってレッスンはもういいんだろ? なのにこの一週間やたら忙しかったみたいだが、なんでだ?」
「ふん、世界女王の私にはやることが山ほどあるのよ。これから四年間、フレイアがリーダーシップを取っていくにあたって、世界のルールを新しいものに変えていかなくちゃならないんだからそりゃ忙しくもなるでしょうよ」
それを聞き、グレンは途端に嫌な予感がした。
彼は知っていた。こういうときにアーニャが張り切り過ぎるとロクなことがないことを。
「ちなみにその新しいルールって具体的にどんなんだ?」
「まず手始めに世界中の人たちにケーキのすばらしさを知ってもらうため、夕食にケーキを出すことを法律で義務付けることにするわ」
「おい!」
「冗談よ。というか、こんなの真に受けちゃうなんて、私をなんだと思っているのよ」
「真に受けるよ! いや、だってお前実際に学校で……」
ピンポーン。
予告もなしに舞い込んだ、呼び鈴の音。
一体誰かと思いグレンが覗き窓から確認すると、王立女学院の制服を着た育ちの良さそうな女生徒たちが徒党を組んで押し寄せてきていた。
その集団を率い、先頭に立っているのはよくみたベレー帽を被った、よく見た小柄な少女である。
「ごきげんよう、グレンさん」
「……ロゼちゃん、やたら今回は大所帯だな」
「ええ。見ての通り、我々アーニャちゃん親衛隊はアーニャちゃんを連れ戻しに参りました。グレンさん、アーニャちゃんに時間ですとお伝えください」
「いや見ての通りって……。意味が分からないんだけど」
「イヤっ! 帰って!」
奥から悲鳴によく似た、はっきりとした拒絶の声が飛んだ。
グレンの立場としてはどう立ち回るべきか複雑なところである。
「やれやれ。アーニャが言っていた下手に出てるって、こういうことか。確かにこれまでライバルとしていがみ合っていたロゼちゃんが急にこんな風につきまとい始めたら怖いな。というか一国の女王が他国の女王の親衛隊なんかやってていいのか」
「心配はいりませんよ。百合っていうんでしょうか。うちの国ではこれ、意外と受けがいいんですよ」
「アストンの国民は生真面目そうに見えて分からないな。だが本当のことを言ってくれ。ロゼちゃん、実は裏でなにか変なこと企んでるんじゃないのか?」
「ふふっ。アーニャちゃんは口では嫌がっていてもなんだかんだで下手に出ていさえすれば乗せやすいですからね。今は警戒しているようですが、それも時間の問題です。私がアーニャちゃんをコントロールして裏から世界を支配する、というのは最初から想定していたBプランなのですよ」
「やっぱり企んでるじゃないか」
「ですのでグレンさん。大事な妹のアーニャちゃんが気付かぬうちにどこかの腹黒女王の駒にされたくなければこれからずっと、私から目を離さないほうがいいですよ」
「なにを……」
「まあ今日のところは引き下がりましょうか。改めて挨拶もしましたし、お兄さんとイチャつきたいアーニャちゃんの気持ちを汲むといたしましょう」
敵か味方かわからない、不気味な笑みを残してロゼッタは集団と一緒に立ち去っていった。
まさかアーニャの優勝すらもシナリオに組み込まれていたとするならば、あの大会の真の勝者は彼女なのかもしれない。得体の知れない寒気がグレンの背筋に走った。
「ロゼたちは?」
「帰ったよ。しかしあんなことを言ったら余計警戒するだけだろ」
「それが狙いかもよ」
「どういうことだよ」
「……まあ、ロゼの考えていることは分らないわ。それより兄ぃ、私は今猛烈に後悔していることがあるのよ」
「なんだ?」
「あのオープニングセレモニーで私がクリスにやられっ放しで終わったことよ。私もロゼみたいに、どうせなら勝ったらパンツ晒せぐらい言っておけば良かったわ」
「そんな余裕なかったよな、あのとき」
「だからさ、今度クリスとリベンジマッチをしようと思うの。もちろん大神木に判定してもらうんじゃなくて、観客の投票式でのガチバトルをね。それで私が勝ったらステージの上でクリスのパンツを見せてもらうわ」
「……お前が負けたらまたパンツを?」
「負けないわ。そうならないために兄ぃ……またドレスを作ってよっ!」
アーニャは白い歯を見せ、にかっと笑ってみせた。
どうやらグレンはこの笑顔には抗えないようである。
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