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大演舞会 ~俺がファッションデザイナーで妹は女王様~  作者: 武藤一光
第4章

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兄の知らない妹

 グレンは一言目になんと声を掛けたらいいか迷った。

 控室に戻ったアーニャは身体を震わせ、悔しさを滲ませていた。

 間を置いて彼の口から捻り出されたのは「大変だったな」の一言だけだった。アーニャがなにも言い返さなかったので、グレンはそれ以上、なにも言えなかった。

 出演順はくじ引きの結果、クリスティーナ女王、ロゼッタ、ソフィア女王、アーニャの順に決定していた。

 最後の出番ということで、比較的時間の猶予があるのが救いなのか、グレンは実のところ分からなかった。


「ちょっとみんな、無視することないじゃーん! セレモニーを勝手にアレしたのは悪かったけどさぁ、お話くらいしようよ。そういうのよくないと思うなー」


 クリスティーナ女王の退屈そうな声が控え室全体に響く。

 面倒そうに答えたのはロゼッタだった。


「よく言いますね。あの余興は運営委員会と事前に話を合わせたものだったとは言え、あれだけのことをしておいて。少し黙っていてください」

「むぅ……」


 モニターには現在、ちょうど委員長席に座るバーンの顔が映し出されていた。まさか自分の娘だけが後れを取る結果になるとは夢にも思わなかったのか、動揺を隠しきれていないようである。

 グレンからしてみれば娘の力を過信し過ぎているからこういうことになるのだと言いたいところであるが、いまさらそのことを責めても仕方がないこともまた分かっていた。

 

「クリスティーナ陛下」

「なにさ」

「他の女王たちは皆直前に迫った大一番に向けて集中力を高めておられます。ご配慮いただけると宜しいかと」


 不満そうな主を宥めるように忠告したのは、先ほど血眼になって彼女を探していた男性の付き人のうちの一人だった。

 クリスティーナ女王はぷくっと頬を膨らませ、


「その言い方じゃあたしだけ関係ないからお気楽でいるみたいじゃん。あたしだって本番直前で、しかも先発なんだよ?」

「もちろん、それは存じておりますが……」

「いまさらピリピリしてもしょうがないのにね。ステージの上ではやれることをやって、全力で楽しむだけでしょ」


 しかしそう言い切る彼女ほどの余裕を、他の女王たちが持ち合わせていないのは明白である。

 アーニャに限らずロゼッタも、そしていつもはマイペースなソフィア女王でさえもいつになく険しい表情になっていた。


「そろそろ時間です、クリスティーナ女王」

「おーけー、そんじゃあ行ってくるよ諸君! バハハーイ♪」


 ただ一人笑みを浮かべたまま、クリスティーナ女王は嵐のように部屋を出て行った。

 残された控室に漂っていたのは、通夜のような静まり返った空気である。


「アーニャ。ちょっと散歩しないか」

「……なんでよ?」

「いやー、なんつーか重苦しい空気に緊張しちゃって。気分転換がしたいんだよ」

「ったく、だからなんで兄ぃが緊張してるのよ

「いいからいいから」」


 グレンはアーニャの手を引き、無理矢理外へ連れ出した。

 廊下は薄暗く、じめじめとした空気が流れていたが、控室と比べれば幾分マシであるかもしれなかった。


「ちょっとどこまで連れていく気よ。こんな大事な時に」

「バナナ、半分こして食うか?」

「いらないっての!」

「ならせめて一杯ぐらい付き合え。あの自販機で奢るからさ」

「そんなの飲まなくても、部屋に戻ればスタッフが用意したドリンクがあるじゃない」

「まあいいから。たまには安物のジュースもいいぞ」


 緊張を解すためには体を動かしたり、食べたり飲んだりするといいらしい。というのを以前、グレンはなにかの本で読んだことがある。

 もっともそれは妹を落ち着かせるというよりは、彼自身が平常心を保つために必要な行為であった。


「それで、なによ」

「なにって?」

「なにか話があるからこんなとこに呼び出したんでしょ?」

「さすが俺の妹だ。俺の行動の意図はお見通しってわけか」


 グレンは溜息を一つ吐き、続きを口にした。


「あのさ。俺が最初にお前からドレスを作って欲しいって頼まれたとき、頑なに作りたがらなかった理由、分かるか?」

「分かるかって、妹離れしたかったんじゃないの?」

「それもあるけど、本当は怖かったんだよ。ふがいないドレスを作ってお前の足を引っ張ったりしたら国中から総叩きになっちまうだろ。本当はそれが怖くて、首を縦に振れなかった」

「なるほど、だから異国の女王のソフィアのときはプレッシャーが違ったってわけね」

「まあそういうことだ」

「そこからよく作ってくれたわよ。心配しないでも兄ぃのドレスは完璧よ、私が保証するわ」

「だからさアーニャ、お前の感じるものとは比べ物にならないかも知れないが、俺にも少しはお前の怖さというやつが分かる。普段通りの力が出せなくて当たり前だと思う。だから……」

「はぁ、バッカじゃないの」


 グレンの言葉を遮るようにして、アーニャはいきなり彼の額にデコピンをかました。

 バチンという気持ちのいい音とともに、それは面白いくらいに綺麗に入った。


「痛ってぇなぁ。なにすんだよ!」

「オープニングセレモニーで私の出だしがあんなだったから気を使ってくれてるんでしょ、さっきから」

「そりゃ使うよ! 当たり前だろ」


 グレンはおでこを手で押さえながら、涙目で答えた。


「兄ぃはさ。私が今日のために歌やダンスの練習してるとこ、見たことないでしょ」

「ああ、まあそれは……」


 アーニャはこれまでグレンにレッスンの様子を見せようとしてこなかったし、グレンもまた彼女の練習風景を見たいとも思わなかった。

 しかし彼はアーニャがこれまで相当の時間をかけて準備に取り組んできたことだけは知っていた。


「悪いけど、あれくらいでへこたれて本番で自爆できるほど、私がこの数年間で積み上げてきたものは軽くないから」


 それはほんの少し前までステージ上で小さくなっていた人間のものとは思えない、信じて見たくなるだけの自信を宿した、力強い言葉だった。


「アーニャ……」


 今一度、グレンは妹の顔を見る。

 同時に観客席の方角から、とてつもない大歓声が響き渡った。


「戻るか。クリスティーナ女王の演舞が始まったみたいだ」

「うん」


 グレンは今度こそ正真正銘腹を括った。

 つい先程彼の前に立っていたのは、紛れもなく彼の知らない強さを持ったアーニャ・プロミネンスであった。

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