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大演舞会 ~俺がファッションデザイナーで妹は女王様~  作者: 武藤一光
第4章

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20/26

大演舞会 開幕


 グレンが見つめるモニターには、綺麗に四色で四分割された観客席の様子が映し出されている。

 百万人を収容するスタジアムは一階席から五階席までどこを見渡しても空席は見当たらず、各国二十五万人ずつ、皆自国の女王の登場を待ち侘びながら待機していた。されどもそんな彼らにしても、所詮この大会を見守り応援する人間のうちのほんの一握りに過ぎない。

 世界中のほぼすべての人間が、今日この日このステージの上に注目の視線を送っていた。

 オーケストラによる短いファンファーレが鳴り止むと、場内は静まった。

 礼服を着た司会者がステージに上り、四方へ向けて四度礼をしたのち、第一声を発する。


『皆様お待たせ致しました。これより、ただ今から第百回大演舞会、オープニングセレモニーをはじめます。まずは運営委員長よりご挨拶をいただきます。委員長、よろしくお願いします』


 “委員長”と名指しをされたにも関わらず、四人が同時に壇上に立った。

 四大国家の中立組織である運営委員会の最高責任者は各国の女王の父である四人が務め、その中での序列はない。

 その一人として一際目を引く、背筋をピンと伸ばした長身赤髪の男こそがバーン・プロミネンス、すなわちグレンとアーニャの父である。

 マイクを取ってスピーチを始めたのはそんな彼ではなく、ライト・ブラスト、丸々と太ったクリスティーナ女王の父親だった。


『皆さんこんにちは。エアエアのクリスティーナの父、ライトです。えー、本来運営委員長というものはこの場の四人全員のことでありまして、大会の公平性の観点からも順序というものはございませんが、さすがに四人同時に喋るわけにもいかないわけでありまして、えー、前回優勝者の肉親ということで、代表して挨拶をさせていただきます……。えー、ご来賓の皆様、またこの会場の外からご覧になって下さっている多くの皆様、まずはこの大会を無事に開催できましたことを、えー……』


 そのスピーチは明らかに歯切れが悪かった。

 まるでわざと時間をかけて喋っているような口ぶりである。


『私たちが立っているこのスタジアムの背にはご存じの通り、えー、幹周約二千四百メートル、全長約四千五百メートルを誇る大神木が座しておられます。古よりこの世界の中心に君臨し、すべての生命の源であるとされるこの偉大なる木は遥か昔、ある夜に原始の女王たちの夢枕に立ち、“女王たちよ、ただちに争いを止め四年に一度この場で歌や踊りの会を開け”とお告げをしたとされ、えー、それがこの大会の起源でありまして……えー……』


 長い挨拶はまだまだ続く。

 途中、スピーチの内容に合わせるようにしてモニターのワイプ画面に大神木が映された。かの大木ライトアップされたスタジアム全体を見下すように、途方もない存在感を放っている。

 グレンはその全貌を目の当たりにし、あらためて先日の死闘の様子を振り返っていた。


『……であるからして、今日この日が歴史上の一ページとして、祝福すべき素晴らしい一日となることを心より願っております。えー、以上を持ちまして挨拶の言葉と代えさせていただきます』


 拍手に包まれながらマイクを置いたクリスティーナ父であったが、尋常でない量の汗は拭いきれていない。

 果たして風の女王は会場に現れるのか。些か心配ではあるものの、今のグレンに他国陣営の状況まで気にしている心の余裕はなかった。


『続きまして、四大女王ご入場』


 司会者の発言と同時に会場が暗転し、四本の花道にスポットライトが当たった。

 花道はそれぞれ東西南北四方から中央のステージへと伸びており、入場口にはそれぞれの国家の国旗が立てられている。

 最初に大きな歓声が沸いたのは、アストン王国サイドの観客席だった。

 彼らの中央を割るようにして現れたロゼッタ女王は二十五万人分の声を背にしても動じる様子は全く見せず、口を横一文字に結んだまま、気品のある佇まいをしていた。

 やがてオーケストラによるアストン国歌の演奏が始まると、アストン国民たちは一斉に口をつぐみ、ロゼッタはゆっくりと歌いながらステージ中央へと歩き始めた。


『豊かなる大地に緑は萌ゆる♪

 踏めば固まる地面のごとく、いかなる苦難があろうとも、石の結束で乗り切らん♪

 努力は嘘をつきはせぬ 我らはアストン土の民♪

 質実剛健その心なり♪』


 軸も歩幅も全くぶれない、至極洗練された歩き。

 彼女の歌っているところをグレンは初めて見たが、情感をまったく込めずに淡々と正確な音程で歌い上げるその様からは、外見や姿勢を含め、まるで人形のような可愛らしさと同時に不気味さを感じずにはいられなかった。

 ステージに辿り着いたちょうどのタイミングで歌い終えたところからしても、計算され尽くされた演出の意図が感じられる。やはり今回の大会に向けて相当な準備をしてきたことは間違いないようである。


「来たか……アーニャのやつ、ヘマをするなよ」


 グレンは不安げに呟いた。

 ロゼッタの入場が終わり、続いて現れたのはアーニャである。

 フレイアの応援団は揃いも揃って声量で張り合っているせいか、声の大きさは先程の倍ほどもある。そんな暑苦しい大声援を浴びながら、アーニャは実にぎこちない足運びで花道を歩き始めた。


『戦うことは生きること♪

 情熱本能赴くままに 欲しい未来はその手で勝ち取れ♪

 滾る血こそが我が火の神 その御心にただ従うべし♪

 フレイア フレイア おお フレイア♪

 栄光をその手に掴め♪』


 懸命に歌う彼女の声にはどうにも硬さが否めなかった。

 その上素人のグレンでも分かる明らかな音程外しが一箇所あった。

 雰囲気に呑まれているのは明白である。それでも顔を上げ、必死に胸を張ろうとしている妹の様子にグレンは拍手を送りたかった。


「まあ、あわよくば今のうちに雰囲気に慣れてもらって、本番であいつらしいパフォーマンスを見せてくれるといいんだがな……」


 アーニャとは対照的に、その絶対的な歌唱力を披露しながら現れたのがソフィア女王である。

 大人しいウォルタ国民からは大歓声こそないものの、一面真っ青に染まったペンライトのゆったりとした動きが彼女のキャラクター性と合致し、独特のムードを作りだしていた。


『親愛なるウォルタの民よ♪

 今こそ女王の名のもとに 大いなる水の加護を与えん♪

 慈愛の雨はすべてを流す 祈り捧げよ 懺悔せよ♪

 さすれば汝は救われん 汝の魂 海へと還らん♪』


 その歌声はやはり、別格としか言いようがなかった。

 シンプルなメロディーだからこそ如実に表れる力量の前に、グレンは悔しいながらもあらためて感服させられていた。

 女王入場の流れがプログラム通りに進行したのは、この時までである。

 本来この後に演奏されるはずのエアエア国家の伴奏がいつまで経っても始まらないという異常事態に、観客席の間からどよめきが起こり始めていた。


『えー、ただいま入りました情報によりますと、大変申し上げにくいのですが……エアエア王国のクリスティーナ・ブラスト女王はいまだこの会場に姿を見せておらず、運営委員会の協議の結果、クリスティーナ女王は失格と……』

『あたしならここにいるよー♪』

『えっ……?』


 悪気も毒気もまったく感じられない、一言で本人のものだと分かる明るい声。

 さすがにこれにはここまで冷静に進行をしていた司会者でさえも感嘆符を口にした。

 観衆たちは一様に辺りを見回し、その声の出どころを探っている。

 しかし誰一人として、彼女の姿を目にするものはいなかった。


『どこに……? クリスティーナ女王、一体どこにいらっしゃるのですか!?』

『ここだよここ! これでもあたしは前回チャンピオンだからね、特等席で見させて貰ってたよ。いやーパパの話は無駄に長かったねぇ』

『ええっと、とにかくいらっしゃるのなら入場してこいと運営委員長は仰っていますが』

『おっけー、それじゃあ盛り上げていこうかっ! 伴奏、始めちゃって』


 場内のどよめきが収まらぬ中、エアエア国歌特有の軽妙なフルートによる伴奏が始まった。

 そして客席から飛び出したある一言によって、どよめきは特大の歓声へと転じた。


「見ろ! 上だッ!!」

「……うおっ、なんだあれ!」


 はるか天空、大神木の頂上の方角から螺旋を描くように一本の白い雲が伸びている。

 ライブカメラがその先端を拡大すると、緑色のジャケット衣装を着たクリスティーナ女王はスモーク発生装置を背負っており、そこから噴射された煙がまるでジェット戦闘機による航空ショーのように派手な演出を生み出していた。


『風吹け 風は自由を唄う 恐れるものなど何もない♪

 着の身着のまま 何物にも縛られず 我らは風の子♪

 ……あれ。このあとの歌詞忘れちゃった、まあいっか』


 突然歌唱を取りやめた彼女の身勝手さに、寛容さに定評のあるエアエア陣営からでさえも、困惑の声が上がっている。しかし彼女は気にも留めずに地表付近まで下げた高度を再び上げ、三人の女王を見下ろした。

 国家の命運を背負った儀礼的式典をここまで崩壊させておきながら、クリスティーナ女王はなお笑い、そして言った。


『あのさ、みんなに一つ提案があるんだけど、これからステージの上でガチでやり合うっていうのに、お手手繋いで一曲歌って当たり障りない挨拶してって、そんなセレモニーじゃつまんなくない? だからさ、あたしがもっと盛り上げちゃっていいかな?』


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