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大演舞会 ~俺がファッションデザイナーで妹は女王様~  作者: 武藤一光
第3章

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VS大神木! フレイア流交渉術


 ごつごつとした奥の岩壁の所々に、光る結晶体が剥き出しになっている。

 それらは自然光の全く届かないこの暗闇の中でも自力で眩い光を放ち、ついたり消えたり、まるで生物の鼓動のように一定の間隔で点滅していた。


「はぁはぁ、ここが最深部……」

「おー、やっと来たねえ。んでもって綺麗だねえ。シバの夜桜も中々に見事だけど、これはまた別格というか。あたし、将来結婚式はここでするんだ」

「いやいや、この洞窟の生還率一割ですよ。招待した人のうち何人がここまで無事に来れるのか」

「やだなあ。冗談だよ、冗談」

「クリスティーナ女王が言うと冗談に聞こえないんですよ」


 グレンは早速原石を採取するため、奥の壁へと近づいた。

 さすがは世界一美しい宝石と称されるだけのことはある。なんら加工をせずとも、それらは実にうっとりとする妖艶な輝きを放っていた。

 グレンはその美しさに魅入られたのか、まるで魂を抜かれたかのようにふらふらと壁の方へと吸い寄せられていった。


「グレン君あぶないっ!」

「えっ!? う、うわっ!!」


 その一声がなければ、彼の体はとっくに串刺しとなっていた。

 地中から突如突き上げた鋭く尖った無数の根は、まるで大蛇のようにうねりながら先端を彼の方へ向け、行く手を阻んでいる。


「ありゃりゃ。どうやらグレン君、歓迎されてないみたいだね。大神木は人の心が読めるから、君のその原石をいただきたいという邪な感情が警戒されちゃったかな」

「そんな、冗談じゃないですよ。俺は絶対にあれを手に入れなきゃならないんだ」

「ふふっ。だったら頑張ってごらんよ。君が強い意志と覚悟を見せれば、ちょっとぐらい譲ってくれるかも知れないよ?」


 クリスティーナ女王は変わらずゆるりと、飄々と言った。

 となれば、彼がやることは一つである。


「説得はしてみます。ですがやむを得なければあの根っこ、燃やしてしまっても構いませんか」

「過激だねえ。まあそれがフレイア流の交渉の仕方なんだよね。いいよ、それだって大神木の一部だった物のはずだ。拳で語り合うノリも、あの神様は分かってくれるんじゃないかな」

「恩に着ます」


 グレンは右手に炎の塊を繰り出しつつ、前に出た。

 根は先端を彼の心臓に向けたままピタリと静止し、今にも襲いかかって来そうである。

 まずは平和的解決を目指すべく、彼は声を張り上げた。


「頼む大神木っ! ほんの少しでいいから原石を分けてくれ! いまの俺にはどうしてもそれが必要なんだ!」


 さらにもう一歩、グレンは前へ出た。

 その瞬間、根たちは彼を拒絶するかのごとく、容赦なく先端を伸ばした。

 グレンは即座に用意していた炎で対応し、それらをすべて焼き尽くした。


「なるほど。だが俺も譲れない。それが答えだというのなら、根競べをするまでだ!」


 向かい来る根の先端たちをひたすら燃やしながら、彼はひたすら前へと進んだ。

 根は焼いても焼いても地中から無尽蔵に生え続け、幾度も進路を妨害した。


「アーニャは俺に最高のドレスを作れと言ったんだ。少しでも妥協した出来じゃあいつに顔向けができないんだよ」


 四方八方から迫りくる根は、炎だけでは防ぎきれない部分も多く、すぐに全身は傷だらけになった。

 それでも構わず、グレンは進み続けた。


「なあ大神木、俺は今まで体中に流れるこのフレイアの血の、短気で喧嘩っ早いところが大嫌いだったんだ。けどさ、今は感謝してるよ。だってそうだろ。本当に譲れないものがあるときだけは、結局戦わなくちゃならないんだから……。来いよオラァ! 負けるかぁああああああ!!」


 彼が壁まで辿り着いたとき、根は襲って来なくなっていた。

 グレンはすかさずハンマーを打ち付ける。ポロリと、原石の欠片が剥がれ落ちた。


「っしゃあああ! 大神木の涙、取ったぞぉおおおお!!」

「おめでとー! あの大神木を文字通り根負けさせるとは大したものだよ。それにしてもやっぱり兄妹なのかな。最後のほうの君、凄くアーニャちゃんっぽかったよ」

「あんまり言われないんですけどね。まあ似てるとはソフィア女王にも言われましたよ」


 グレンは彼女の方を振り返り、ふと我に立ち返った。

 眼前に広がっていた光景は、なんとも見るも無残な焦土である。


「ええっと、無我夢中だったとはいえ、この辺一帯だいぶ派手に焼け野原にしちゃいましたけど、大丈夫でしょうかね?」

「大丈夫大丈夫。大神木は根っこをこの程度燃やされたくらいで枯れたりしないから平気だよ。せいぜい蚊に刺されたぐらいかな。それに、見てて」

「女王? 一体なにを?」


 クリスティーナ女王は目を閉じ腹部に手を当てると、大きく深呼吸をした。


「ラァーーーーーーー♪」


 爽やかな歌声と共に、一陣の風が吹く。

 それと同じくして焼けただれた根たちがみるみる蘇り、元通りに再生していった。


「す……げぇ……」

「女王なら多分みんなこれくらい出来るよ。あ、君の妹ちゃんの力は破壊に特化してそうだから知らないけどね。それよりもグレン君」

「はい。なんでしょう」


 クリスティーナ女王は愉快そうな笑みを浮かべて言った。


「あたしって一人っ子だからさ、ああいう熱い兄妹愛を見せ付けられると妬けちゃうんだよね」

「はあ……」

「あー、あたしもお兄ちゃん欲しかったな~」

「知りませんよ。というか、どちらかというと女王は妹より姉って感じじゃないですか」

「そう? まあそんなことより、とにかく君はムラッ気お姉さんのあたしを本気にさせた。大演舞会本番では覚悟しておいてって、アーニャちゃんに伝えておいてくれないかな」

「宣戦布告ってわけですか。伝えておきます」

「悪いけどあたしは負けないよ。そしてステージでは世界中の人間の、君の心すらも奪い取ってみせよう」


 彼女はそう言うと踵を返し、そのまま狭い隙間を縫うようにして飛び去っていった。


「なんていうか、まさに嵐のような人だったな……」


 グレンは大演舞会でアーニャの前に立ちはだかる、このディフェンディングチャンピオンの侮れなさをあらためて肝に銘じた。



「さて、やるか……」


 深夜であるにもかかわらず、グレンは家に帰るなりすぐさま机に向かっていた。

 型紙も、特注の生地も、大神木の涙も、全てが彼の手元にある。

 ピースが揃った今、あとはミシンの針を走らせるだけ。

 全神経を集中させ、慎重に布を織りながら、彼はあらためて妹に感謝していた。

 大演舞会のステージを着飾る、ドレスの製作。ファッションデザイナーにとって何にも勝る名誉ある仕事である。少なくとも妹がいなければ、彼は間違いなくこの場に立ちたいとすら思わなかった。

 そして同時に彼は想像していた。

 このドレスを着た妹が百万人の観衆の前で得意の舞を披露し、燦然と燃え上がるその様を。

 無論、他の三人の女王が本番でどのようなパフォーマンスを見せてくるかは分からない。

 もしかしたら全力を出し切っても、アーニャの優勝はないかも知れない。

 だが少なくとも彼は、これだけは胸を張って言うことが出来た。

 今のありったけの情熱と技術を詰め込んだこのドレスによって輝きを増したアーニャの姿を見て、心無い叩きをする国民などいやしないだろうということを。

 その日、最後の微調整はいつまでも続いた。彼なりに納得の行くものが完成したのは日が変わって正午過ぎだった。

 そのときグレンに力をくれたのは、冷蔵庫にしまってあったいつぞやの栄養ドリンクだった。


「いよいよあと一週間ね。本番が待ち遠しくて仕方ないわ」

「大丈夫か? 緊張し過ぎはよくないぞ」

「バカ言うんじゃないわよ、緊張なんてしていないわ。ロゼもソフィアもクリスも、みんなまとめて灰にしてやるんだから」


 こうは言っているがアーニャの顔は思いきり強張っている上に、笑顔も不自然である。

 疲れ目で見てもグレンにはそれが強がりであることが、手に取るように分かった。


「それより兄ぃのドレスの方が心配よ。ちゃんと本番に間に合うんでしょうね?」

「大丈夫だ。たった今仕上げたばかりだ。だがぶっつけ本番でサプライズを演出するためと、万一お前がヘタをこいたときに言い訳出来るよう、敢えて渡さないでおいてやる」

「ふざけないでよ、そんな気遣い要らないっての! もしサイズが合わなかったり、本番で布が破れてポロリなんてことがあったらどう責任取ってくれるのよ」

「お前にポロリするほどの……いやなんでもない」

「こらっ、言いかけて止めるのやめなさいよ!」

「ほれ」

「……え?」


 グレンは不意打ちでドレスの箱をアーニャに手渡した。

 蓋を開け、アーニャはまじまじと中身を見つめている。

 作り手が最善を尽くしたことと、本人が気に入るかどうかが別であることを、デザイナーというものはよく知っている。

 グレンはこのときまで、まさか妹相手にソフィア女王に告白したときと同等の緊張をすることになるなど思いもしなかった。

 やがて口元を緩め、アーニャは言った。


「ふふっ、いい出来じゃない」

「そ、そうか?」

「兄ぃにしてはね。褒めてあげるわ。ククククッ! 見ていなさい、このドレスを着たあたしが大演舞会で優勝を収めるその瞬間をね!」


 その瞬間、アーニャの表情から緊張の色がふっと消え、グレンはしばらくぶりに彼女の憎たらしいまでの満面の笑みを見た。


 そしていよいよ、世界中の誰もが注目する一日がやって来た。

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