届け! 六千度の炎の情熱
最凶の爆炎コンビ。
なにも知らない幼いころは、二人はいつも一緒で最強だった。
グレンにとって自分の後を付いてくる妹は、可愛くて仕方のない存在だった。
アーニャがうつむいて泣いたときは、彼が頭を撫でてやると泣き止んだ。
そうすることが自分の役割であると、グレンは思い込んでいた。
それがいつしか彼は、頭を撫でなくなった。
妹はこの国一大切な存在で、自分は決してそうでない。その事実が彼を変えた。
いつしか彼は兄の役目を放棄し、その存在が鬱陶しいとさえ感じるようになっていた。
今更頭を撫でたいなどと言っても、アーニャは嫌がるかも知れない。
それでも、グレンは信じていた。
言葉で気持ちを伝えることなら出来るはずである。
駆け足を踏みながら、彼は自分でも気持ちの悪いくらいに妹のことで胸が一杯になっていた。
彼が実家であるエクスプロード城に足を運んだのは約二年ぶりのことである。
燃えるような真紅の赤レンガで築かれたその城は、民衆に権威を見せ付けるがために無駄に馬鹿でかく聳え立ち、屋根の上の炎は永久に消えることがない。
門の前で、グレンは衛兵に呼び止められた。
「やや、グレン様! アーニャ女王より通すなと言いつけられております!」
「通してくれ。アーニャに謝りにきた。あいつがああなったのは俺の責任なんだ。そっちだって大演舞会間際だってのに、いつまでもあいつにいじけられてても困るだろ?」
「まあそれはそうですが。命令ですので」
「命令か、まあそうだよな。なら俺も女王家の血筋を引く者として、この国のやり方に乗っ取って道を拓かせて貰うまでだ」
「なっ! グレン様、お気は確かでッ!?」
グレンの掌からマグマのごとく炎が噴き上げる。
この国において譲れぬ意志を押し通すための、たった一つのやり方。
言うまでもなく、それは古くから決まっている。
「ああそうだ、所詮俺はどう足掻いても火の民だ。こういう時はそう、リアルファイトだろ?」
門兵たちが歯を喰いしばり、懐から銃を取り出した。
グレンは遅いと言わんばかりにその一瞬の隙をつき、瞬時にすべての銃口を焼き尽くした。
一般的なフレイア国民の炎の温度が千度前後であるのに対し、この国の女王に次ぎ二番目に強いとされるグレンの炎は、六千度超の高温を誇る。
「これで言い訳はつくだろう。本気の俺を止められるのは女王クラスの四人だけだ。道を阻むものはすべて排除する!」
止めに入った兵士や執事たちをひたすらになぎ倒しながら、グレンはアーニャの部屋の前まで辿り着いた。
ひとつ深呼吸をし、ノックとともに彼は最初の一声を発した。
「アーニャ、俺だ。居るんだろ?」
返事はない。しかし彼には妹がそこに居ることは分かっていた。
「ロゼちゃんからお前のことを聞いたんだ。ケーキも買ってきたし、話がある。だから開けてくれないか」
グレンと喧嘩したあの日以来、アーニャは部屋に引きこもり、学校にもレッスンにも行かず、誰とも口を利いていないのだという。
仮に二週間まともに物を食べていなくとも生命力の強い女王がそれで死んだりすることはない。とはいえ、さすがに衰弱は必至である。
兄として心配でないはずがなかった。
しかしいくら待てども、アーニャからの返事はなかった。
「そうかよ。なら俺にも考えがあるぜ」
グレンは躊躇なく、手から林檎サイズの火球を繰り出した。
「なあ、お前は今まで俺ん家の扉何回壊したか分からないよな……。だからさ、これはその、お返しだぁっ!」
邪魔な扉は跡形もなく消滅した。
二人の間を遮る物理的な壁はもうない。
「扉を吹っ飛ばしても反応なしか」
「……帰って」
彼がしばらくぶりに聞いた妹の声は弱々しく、掠れていた。
アーニャはベッドの上で布団を被ったまま、蹲っている。
「お前にどうしても伝えたいことがあってな」
「帰って、って言ってるでしょ」
「アーニャ。俺は今まで、お前が周りに乗せられて調子に乗ってるものだとばかり思ってた。けどそれは間違いで、本当は俺の方がお前から目を逸らしてただけなんだよな」
「……」
「お前はさ、本当は怖いんだよな。大演舞会のステージが」
「うるさい。兄ぃには関係ない」
「関係なくないさ。今まで気付かなくてすまなかった。クリスティーナ女王も、ソフィア女王も、ロゼちゃんもみんな強敵だ。なのに国中の誰もがお前の優勝を信じて疑ってない。そんなの怖くて当たり前だ」
アーニャは無言のまま、動かない。
グレンは続けた。
「悪かった。俺は自分のことばっかりで、お前の気持ちを考えてやれなかった。お前はお前なりに、いろいろ辛くても俺のこと応援してくれてたんだよな。それなのにこないだは酷いことを言ってしまった。本当に悪かったと思ってる」
アーニャはぴくりとも動かない。
グレンはさらに言葉を掛け続けた。
「聞いてくれアーニャ。俺はもう外国に行くとか言ったりしないぞ? 今更兄貴面と思うかもしれないが、これからもずっとお前がちょっと歩いて行けるぐらいの距離にいて、話し相手ぐらいにはなってやる。それでお前の重圧をどれだけ軽く出来るかは分からないが、いつかお前が誰かに恋して苦しみを分かち合えるような、そんな相手に出会える日まで、俺はお前の傍にいてやる。だから」
「キモい……」
それはたった一言の、なんでもない罵声である。
しかし今のグレンにとってそれはこの上ない、気持ちのいい言葉だった。
「ふふっ、そうだキモいだろ。俺自身、今の自分のシスコンぶりが気持ち悪いよ。なんかもう今の俺はソフィア女王なんてどうでもよくって、お前のことだけで頭が一杯だぜ」
「……暑苦しいのよ。そんなだからソフィアに振られるのよ」
「分かってるよ。けどそれが俺だ。お前だって知ってるだろ」
グレンは信じていた。
彼のよく知る炎の女王は、水の女王とは心の作りが違う。
情熱は必ず届き、消えかかった炎は再び燃え上がるはずである。
「なあアーニャ。俺はもう一度お前のイラつくくらいの勝気な笑顔が見たいんだ。だからさ、顔を上げてくれよ」
「もう、遅いのよ……」
「遅い? 人生において遅いなんてことはなに一つ……」
「遅いの! 私はもう終わりなのよ!!」
それは激痛を絞り出すかのような、涙まじりの叫び声だった。
「兄ぃと喧嘩した日、私は気分が乗らなくてレッスンを無断で休んだ……。一日だけ休むつもりだったの。けど一日休んだら私は大演舞会に燃える順風満帆なアーニャ女王じゃなくなってしまって、そしたらなにもかもが怖くなったのよ。学校に行くのもレッスンに行くのも人と話すのも全部が怖くなって、もう私はダメなのよ……。今のままじゃきっと大演舞会でうまく踊れない。ロゼにもソフィアにもクリスにも勝てっこない。私は大口を叩いて盛大にみんなの期待を裏切るのよ! だったらいっそ……」
「大丈夫だ! 絶対大丈夫だ! アーニャは絶対優勝できるっ!」
グレンは腹に目一杯力を込めて、熱く訴えかけた。
「優勝できるって、なんの根拠があるのよ。二週間前はソフィアの歌を推してたくせに調子のいいこと言わないでよ」
「根拠ならある。俺がお前の能力を最大限に引き出すドレスを作ってやるって言ってるんだよ」
「……兄ぃが?」
「ああ。イメージならすでに大方できている。俺のデザインした服を着てロゼちゃんを完膚なきまでに叩きのめすんだろ?」
その瞬間。アーニャの声が一気に変わった。
「ったくロゼのやつ、余計なことを言ってくれたわね」
「俺に作らせてくれ。お前ひとりの力で勝てなくても、俺たちが力を合わせれば敵うものなんてないはずだ。そうだろ? なんたって俺たちは――」
「――最凶の爆炎コンビなんだからっ!」
アーニャが布団を豪快に跳ね除け、立ち上がる。
髪はボサボサで頬もやつれ、見れたものではない顔である。
しかしその目には、確かに強い希望の光が宿っていた。
「ひどい顔だな。名女優が台無しだ」
「うるさい。というか話よりまず先にそのケーキをとっとと出しなさいよ。さっきから匂いがプンプンたまらないのよ」
「ったく、お前は犬か」
「仕方ないじゃない、空腹で五感が研ぎ澄まされてるの! 早く!」
「分かったよ。ケーキは逃げたりしないからゆっくりな」
それこそ空腹の犬のようにケーキにがっつく妹を目にしながら、グレンは頭を撫でたい衝動に駆られたが止めておいた。
ふと、アーニャは口を止め、目を輝かせながらこう言った。
「ふん。せいぜい最高のドレスを作りなさいよね!」




