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大演舞会 ~俺がファッションデザイナーで妹は女王様~  作者: 武藤一光
第3章

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可愛らしい訪問者

 失恋の傷は時間だけが癒してくれるとはよく言ったものである。

 時が経つにつれグレンの心を痛め付けていた精神的傷は癒え、代わりに彼は少し冷静な頭であれこれ考えられるようになっていた。

 そして冷静に色々と考えた結果、彼はますます自分が嫌いになっていた。

 なんのことはない。妹ばかりを持て囃す周囲の人間を見返してやろうと闘争心を燃やしてきた自分こそが、フレイアの民を見下し、しがらみから抜け出すことで優越感に浸ろうと考えていた自分こそが、誰よりも火の民であり、ソフィア女王の言う矛盾した人間そのものであった。

 その事実に気づいてからというものの、グレンはひたすら仕事に没頭するようになっていた。

 一人で黙々と机に向かい、がむしゃらに手を動かす。

 積極的に街に出向いてはクライアントと話をつける。

 塞ぎ込んでいるよりはそうしている方が、彼にとっては圧倒的に楽だった。


「ちょっとちょっとグレンちゃん、どうしちゃったの? 最近凄いやる気じゃない」

「そうですか?」

「そうよー。ちょっと前の同業者からの嫌がらせに参ってたころとは目が違うっていうか、なんかもう仕事に命賭けてますって感じじゃない?」

「まあ色々とありましてね」

「あら、もしかして失恋でもしたかしら」

「ま、まあ色々と……」

「オホホホ。ごめんなさいねー、アタシみたいにオバサンになるとあなたみたいな若い子をついつい弄りたくなっちゃうのよん。これ以上突っ込んだ話はしないでおくけど、その変化がいい方向に行くといいわね」

「はい。お気遣いありがとうございます」

「うふふ、それにしてもあなたちょっと腕上がったんじゃんない? 次の保育士の制服のデザインの仕事も期待してるわよ」


 名立たるブランド品で身を固めた、このふくよかな中年女性はグレンにとって重要なクライアントの一人である。

 彼女は普段、ここまで上機嫌な人物ではない。いつもは難癖めいた注文ばかりする口から出た称賛の言葉が、芽生えつつあった彼の自信を確かなものにしていた。


「必ずやご期待に応えましょう」


 脇目も振らずに仕事に逃避した副産物なのかも知れない。

 グレンはここ最近、めきめきと実力を付けていた。

 彼は今ならばもっと、他のどのデザイナーにも作れないような凄い服も作れそうな気がしていたが、無駄に欲をかいても仕方がないこともまた分かっていた。

 打ち合わせを終えたグレンが事務所から出ると、アグニの街は相変わらずの賑わいを見せていた。

 最近変わった点があるとすれば、横断幕やらポスターがそこらじゅうに貼られるようになり、より一層街並みが大演舞会一色に染まりつつあることである。

 行き交う人々の話題もアーニャのことで持ち切りで、彼がなるべくそれらを聞き流すよう努めるのにも一苦労であった。

 アーニャ。ロゼッタ。クリスティーナ女王。そしてソフィア女王。

 四人の女王が華々しいステージでしのぎを削る晴れ舞台、大演舞会。

 グレンにとってその舞台は、ソフィア女王に振られ、ドレスの製作を断られたあの瞬間からもはや全力で目を背けたい存在となっていた。

 一刻も早く、この居心地の悪い空間を脱したい。

 そう思うときほど、信号というものは行く手を阻むものである。

 交差点で足踏みをしながらグレンがなんとなくスクリーンビジョンのある方角を見上げると、相変わらずあのアーニャがしたり顔で踊るPVが映し出されていた。


「そういや最近、あいつの顔を見てないな……」


 あの大喧嘩以来、アーニャはめっきりグレンの家に来なくなっていた。

 おかげで仕事に集中出来るようになったのはいいのだが、彼は先日の件について一言、謝っておきたかった。

 とは言え、彼の方から連絡する気にもなれず、なかなか言い出すきっかけが掴めないまま、時間ばかりが過ぎてしまっている。


「ま、あいつの性格なら落ち込んでることもないだろうし、それこそ大演舞会直前で大変なんだろう」


 妹と次に話すのなんて何時でもいい。まるでそんな風な口ぶりである。

 行きつけの定食屋で夕食を取り、彼が自宅に着いた頃にはもうすっかり日が暮れてしまっていた。

 ふと、門の前にぽつんと小さな人影がある。

 青と白のセーラー服は紛れもなく、フレイア王立女学院のものである。

 背丈からしてグレンは反射的にアーニャかと思ったが、顔を見ると思わぬ人物であった。


「お久しぶりです。グレンさん」

「ロゼちゃん……」


 グリーンのベレー帽から肩口まで掛かる三つ編みをはみ出させ、ロゼッタはにっこりと笑ってみせた。


「どうしたのさ、こんな遅くに」

「少し、グレンさんと話がしたいと思いまして」

「えっと、ロゼちゃんひとり?」

「はい」


 グレンは目をパチクリさせた。

 ロゼッタが単独で彼の家を訪ねてきたのは初めてのことである。

 一体何の要件であるのか彼には見当も付かなかったが、ひとまず家に上げることにした。


「こんなところで立ち話もなんだから上がりなよ。お茶とお菓子くらいは出すからさ」

「あら、躊躇なく他国の女王を部屋に連れ込むとはグレンさんもなかなかやりますね。ここは女として警戒しないといけないでしょうか」

「えーっと……」


 グレンはあらためてロゼッタの笑顔を見た。相変わらず礼儀正しさと愛想の良さの裏に、得体の知れない計算高さを滲ませた笑顔である。


「好きなだけ警戒してもらって構わないけど、仮に俺が部屋に連れ込んだロゼちゃんを襲おうと思っても能力の強さ的にひっくり返っても無理だよね。むしろその気になったらやられるのはこっちの方だと思うけど」

「ふふっ、正しいご判断です。ではグレンさん、こんなところで立ち話もなんなので私を部屋に上げてください。でないとこの場で痛い目に合わせますよ。なんちゃって」


 アーニャとタメを張るだけの風格を漂わせながら、ロゼッタは涼しげな顔をして言い切った。

 グレンの部屋はというと、相変わらず散らかったままである。

 申し訳程度の紅茶とお菓子を出すと、グレンはロゼッタの対面に腰を下ろした。

 途端、グレンの胸が早鐘を打ちだす。無論、それはソフィア女王のときのような恋愛感情から来るものではない。

 あの右手が石化した時のことは、彼の中で軽くトラウマになっていた。


「それで、話って?」

「話は二つありますが、宜しいでしょうか」

「うん。順に聞こうか」

「ではまず一つ目ですがグレンさん、私はグレンさんに謝らなければいけません」

「俺に、ロゼちゃんが? ええっと、なにかそういうことあったっけ?」

「グレンさん……」

「はい」

「アーニャちゃんがいるときには言えませんでしたが私、実は一目見たときからグレンさんに運命を感じておりました」

「え、マジで……?」

「好きです、というか大好きです。付き合ってください!」

「……ええっと……ええ!?」


 あまりの衝撃に、グレンは心臓が飛び出しそうになった。

 ロゼッタに惚れられた理由について、彼に心当たりなどまるでない。

 しかしグレンのおめでたい頭は、失恋を乗り越えた先に真の春がやってきたと、本気で都合よくそう考えそうになった。

 だがそれは、あまりに短い春だった。


「……ロゼちゃん。確認するけどもしかしてその台詞って」

「はい、二週間前にグレンさんがソフィアさんに告白したときの台詞です」

「だよね。うん、よーく覚えてるよ」

「実はあれ、アーニャちゃんではなく私が考えた台詞なんです」


 若干の口惜しさを感じながらも、グレンは胸を撫でおろした。


「あーびっくりした。紛らわしい言い方しないで貰えるかな。一瞬マジで告られたかと思って心臓が止まったんだが」

「ふふっ、ごめんなさい。言ってみたくてつい」


 アーニャにも悪戯っぽいところはある。しかし彼女のそれはやり口が巧妙な分余計に性質が悪いと、グレンは肝を冷やしながら思った。


「まあいいや。つまり情報を整理するとあの台詞を考えたのはロゼちゃんで、ってことはアーニャはロゼちゃんに相談して、あのノートを作ったってわけだ」

「はい。まあ大雑把に言うとそういうことです」

「マジか……はぁ」

「どうなさいました。溜め息なんて吐いたりして」

「いや、ロゼちゃんにも俺の黒歴史が広まっていたと思うといたたまれなくてね。一応アーニャには他言をするなとは言っておいたはずなんだが」


 するとロゼッタは、突然真剣な顔つきをして言った。


「アーニャちゃんの名誉のために言いますが、アーニャちゃんは『グレンさんがソフィアさんに告白をする』などとは一言も言っていませんでしたよ」

「え、そうなのか? じゃあなんで」

「私がその件について知ったのは後からわが国の諜報機関を通して情報が入ったからです。アーニャちゃんから相談を受けたときは相手がソフィアさんであるなどとは知らなかったものですから、単に私が言われたら嬉しい台詞を口走ってしまいました」

「……なるほど。アストンの諜報機関、怖ぇな」

「ということなのでグレンさん。私の台詞を使って告白して振られたのならそれは私の責任なのです。だから謝らなくてはなりません。ごめんなさい」


 ロゼッタは指を床に付け、そのまま深く頭を下げた。

 グレンは大慌てで口を開き、


「いいっていいって。もう気にしてないし、そもそも告白の台詞がどうであれ結果は変わらなかったよ。ていうか女王陛下様が頭下げちゃダメだって」

「許して下さるのですか?」

「許す許す、はい顔上げて。しっかしあのアーニャがロゼちゃんにそんな相談を持ちかけていたとは意外だったな」

「アーニャちゃん本人の色恋の問題でしたら、絶対に相談なんてしてこなかったでしょうね、仮にもライバルですし。ですがグレンさんのことであるならそうはいかない。それだけお兄さん想いということですよ」

「そうか? まあ俺からすればあいつが適当に考えた台詞よかはロゼちゃんが考えてくれた台詞って言われたほうが信頼できるけどさ」


 アーニャが断じて兄想いなはずがないことは、言うまでもなくグレンが一番よく知っている。

 しかしそう思いつつも、なぜかこないだ妹に浴びせてしまった暴言を思い出し、彼は胸が痛くなっていた。


「そう言えばアーニャは元気? 学校でロゼちゃんに意地悪とかしてない?」

「アーニャちゃん、ここ最近学校には来ていませんよ」

「え、そうなのか?」

「その件についてグレンさんはなにか聞いていますか?」

「いいや俺はなんにも。あ、もしかしたら大演舞会直前だから学校休んで練習に集中してるんじゃないか? あいつ、前から授業がだるいようなこと言ってたし」

「なるほど。やはり、機関の情報は正しかったようですね」

「機関の情報? 一体なんの話だよ……」


 ふいに険しくなったロゼッタの表情を目にし、グレンは妙な胸騒ぎを覚えた。

 神妙な面持ちで溜め息を吐き、ロゼッタは口にした。


「グレンさん。大演舞会で私とアーニャちゃんは互いに競い合う関係であることはご存知ですよね?」

「それはまあ、聞くまでもない話だよね」

「正直な話、今大会での敵はクリスティーナさんとソフィアさんだと思っています。彼女たちは正真正銘の強敵です。アーニャちゃんに関しては、潜在能力は認めますが、はっきり言って粗がある。計算上、私ならばほぼ勝てる相手だと踏んでいます」

「そう、なのか……?」

「はい。ですがそれでも勝率を少しでも上げるために、アーニャちゃんがここで潰れてくれるのならそれはそれで好都合だと思っています。あくまでもアストンの女王の立場としてものを言うならですが」

「アーニャが潰れる? なにを言って……」


 その言葉の不穏な響きに、グレンは大きく眉を歪めた。


「ふふ、私もフレイアの学校に通っているうちに染まってしまったのかも知れませんね。情熱的で、競争意識の強いこの国の気風とやらに。女王としての建前を抜きにした私の本心はアーニャちゃんに不戦勝ではなく、きちんと勝負をして勝ちたいのです。ライバルとして。だから今から諜報機関から入った情報をグレンさんに伝えます。それが私の二つ目の話です」


 堅物で融通が利かない反面、計算高く勤勉で長い時間をかけて物事を達成するといわれるアストンの民。

 その長たるロゼッタの眼差しは、他の女王たちとは比較にならないほどに強く、覚悟に満ちた光を放っていた。

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