グレン、キレる
「ごめんなさい」
「えっ」
「あなたの気持ちには答えられない。ドレスを作ってもらうのもお願いできない」
グレンの目の前が真っ白になっていく。
一体どこで間違えたのか、彼は全力で思い返そうとした。
「あの、今後の参考までに理由を聞かせてほしいんだけど」
「価値観が違う。あなたとわたしでは感覚が合わない」
「そ、そうかなあ。俺は結構気が合ってると思うんだけど」
「あなたとわたしは別の世界に住む人間。わたしは世界を諦めている。あなたはそうじゃない」
「そ、そんなこと……」
「それにわたし、あなたの熱いところが苦手だった。最初から」
グレンはアーニャのアドバイス通りに告白をしたつもりだった。「一目見たときから運命を感じた。好きだから付き合って欲しい」と、情感たっぷりに伝えたはずだった。
「わたしは水。あなたは火。決して相容れない」
「ソフィア、女王……?」
「もう、会わないほうがいいと思う」
帰りの電車に揺られながら、グレンはスケッチをビリビリに破り捨てた。
悔しさと恥ずかしさが後から幾度もこみ上げてきては、彼の目頭を熱くした。
その後彼は駅からどうやって自宅まで帰ったのか覚えていないし、帰ってから一晩どう過ごしたのかも記憶にない。
朝になってもろくに食べ物が喉を通らず、惨めさだけが彼の胸を満たしていた。
当然仕事に取り掛かる気になどなれるはずもなく、今もぼーっと椅子に座ったまま、彼はこうして時間を無駄に過ごしている。
「いい加減しゃきっとしなさいよみっともない! いつまでだんまり決め込んでるんだっての!」
グレンの傍で、しきりにアーニャがなにかを囀っている。
腑抜けた顔をした彼は妹の話を聞いているのかすらも定かではなかった。
「辛いのは分かるけど、あいつ一人に振られたぐらいで兄ぃの価値が下がるわけじゃないんだから、胸を張りなさいよ! 勇気を出してよく告ったわよグレン兄ぃは!」
おそらく本気で恋愛したこともない妹の、いかにも分かったような発言。
グレンはこの時、カチンときた。
「まあ、可愛い妹を差し置いて、他国の女王のドレスを作るなんて言うからよ。自業自得よね」
「……るさい」
「あ? なに聞こえない。言いたいことがあるならもっとはっきり言いなさいよ」
「……うるさいんだよ」
「え、なに?」
「うるさいってんだよっ、このクソ妹がぁあああ!!!」
「ちょっ、なによその言い草は」
傍から見ればそれは完全なるやつ当たりであった。
しかしこうでもしないとこの時のグレンは心のバランスが保てなかった。
「お前のせいで振られたんだよっ! なにがアーニャのマル秘ノートだ、ふざけやがって! ソフィア女王はな、暑苦しいノリが大嫌いなんだよ! それをあんな言い方して、そもそも上手くいくはずがなかったんだ!」
「はぁ!? 勝手に頼っておいて私を悪者にしたいわけ? ありがとう、また次もよろしく頼むって言ったのはどこの誰よ!? 私はねえ、兄ぃが上手くいくよう必死に考えてあのノートを……」
「ふん、それもどうだかな。口ではそう言っていても内心じゃ笑っているんだろう? 俺にわざと希望を持たせてその気にさせて、実は最後で恥をかかせるつもりだったんだろ。その方が面白いもんな! あーあ、お前なんか信じた俺が馬鹿だったよ」
「なによそれ。ちょっと本気で言ってるの……?」
グレンはあくまでほんの少し、目の前の妹に当たってそれで済ませるつもりだった。
しかし罵詈雑言を浴びせていくうちに徐々に胸の内に日頃の鬱憤がこみ上げていき、いつしか彼は歯止めが利かなくなっていた。
「そもそも、この際だから言わせてもらうがな。ホントにもうお前に振り回されるのはうんざりなんだよ。毎日うちに来ては面倒ごとを持ち込んで仕事を妨害してさ。お前みたいになんもしないでもちやほやされる女王様にとっちゃ俺の存在なんて滑稽でバカにしたくなるんだろうが、いつもいつもマジで迷惑してんだよ!」
「別にバカにしてなんか……」
「今すぐ消えろっ! お前の顔なんざ見たくもない! とっとと出て行けっ!!」
「……あっそ! だったら出てってやるわよっ! バカ兄貴っ!!」
本当は彼自身、分かっていた。
振られたのはアーニャのせいなんかではない。このように頭に血がのぼってしまう自身の性分がどうしようもなく火の民なだけで、そういうところをソフィア女王は見抜いていたのだと。
妹の背中を見送ったグレンは、そのまましばらく項垂れていた。




