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ヨイマチマンション  作者: ナナツメノカド
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一章【井坂秀一の場合】

 ここはどこだろう。

 辺りは真っ白で、どこが光源なのか分からないが、四隅にある影で、ようやくここが真四角の部屋だと分かる。振り返れば、何故か僕の部屋のドアがあって、真正面を向けば見知らぬドアがあった。僕は、真っ白な部屋のちょうど中央に立っているようだった。

「えっと……」

 うろたえ、思わず一歩下がる。キョロキョロと見回しても、白い壁とドアふたつしかない。

 ——どうして僕はここにいるんだ。

 とりあえず見覚えのある、おそらく自室のドアであろうものに近づいていく。すると、後ろから声がした。

「もう帰るのか?」

 低い男性の声に振り返り、……ぎょっとした。身長2mはありそうな体躯に、黒ずくめの服装。目深にかぶったフードが顔を暗く覆い隠している上に、その下は真っ黒な円の中に牙が生えたような奇妙なお面をしている。――そんな存在が、半歩下がればぶつかりそうな距離に立っている。

「ひっ……」

 思わず上擦った声をあげると、フードの男は慌てたように後ろに下がった。そして、敵意はない、と言うように両手を軽くあげる。

「あ、すまない。怖がらせるつもりはなかった……」

 フードの男は、おどおどと後退る。そして、ロングコートのポケットを裏返し、パンパンと体のあちこちを叩くと、最後にコートの裾を持ち上げ、背後を見せた。

「武器も何も持ってない。安心してくれ」

 なんとも毒気の抜かれる、無抵抗かつ無防備な対応に思わず緊張を解かれる。

「は、はい……」

 と、ドアにかけた手を下ろすと、フードの男はほっとしたように胸に手を当てた。

「よかった、折角巡り会えたのに台無しになるところだった」

「はぁ……」

 何が何やら分からない、という顔をしていると、フードの男はすらりと男性らしい骨張った手をこちらに差し出す。

「急ぐ旅でないのなら、良ければ、立ち寄って行かないか」

 ——急ぐ旅。

 そう言われて思い出す。

 そうだ、僕は。


「僕は死んだんだ」


 断末魔の一瞬を思い出す。

 雨の日だった。学校で大切なテストがあるのに、家庭の事情で遅刻しそうになって急いでいた。それで、赤信号を待っていられなくて、渋滞している車の影から飛び出した。目に焼きついている、運転手の引きつった表情。耳に残っている、ブレーキと共にタイヤが滑る、キキィー! という高い嫌な音。鈍い音がして、大型車に轢かれた僕は宙を舞うこともなく、タイヤが滑り終わるまでアスファルトを引きずられた。それでも案外、人間って死なないもので。けれどそこまで行くと、全身が痛い、というよりも、全身が熱かった。やがて熱さが急速に寒さに代わると赤い視界が溶け出して、気づけば、僕はここに。

 だから、急ぐ旅“だった”、というのが正しいのか。

 なんだか急に虚しくなって、目を伏せてしまう。

「そうだ、君は死んだ。——というか、人間は死ななきゃここには入れない。ここは、三途の川の少し手前。生を終え、無念を残した者たちが偶然留まる潮溜りのような場所」

 男性の声は朗々と、静かに耳に溶けていく。

「さあ、手を取って。案内しよう。大丈夫、君はいつでも戻れる。ただ少し、お迎えが来る少しの間だけ、ここで休憩していかないか」

 彼の声には、不思議と安心感を抱いた。すう、と胸を満たすような、すとん、と腑に落ちるような。さあ、こっちだ、とフードの男は見覚えのないドアへと僕を導く。そして、キィ、と音を立てて、木製のドアが開かれた。







 ——唖然とした。

 てっきりそこには、天国を思わせる雲海とか、地獄を思わせるしゃれこうべの砂利道があるものだと思っていたから。ドアを開けた先は、なんて事のない、事務所のような場所だった。小さな部屋の中央にひとつだけ、年季の入ったデスクと椅子が置いてあって、このご時世にアナログ作業が多いのか、机に棚に、ファイルが五万と積まれている。僕が、ぽかん、としていると、フードの男はガラガラと音を鳴らしながら部屋の端から、背もたれもない簡易的な椅子を持ってくる。そしてデスクの真正面に置くと、さあ、座って、と手を差し出した。混乱しながら、おずおずとそこに座る。

 ——死の世界のイメージで言ったら、まだ最初の真っ白い部屋の方が近かったような。

 まさかこんな、町外れにある小さなお役所みたいなところに連れてこられると思わなかった。それともこれは夢だろうか。ベタに頬をつねってみる。痛い。……いや、死んでいるのだから夢も何もないか。

 またしても辺りをキョロキョロ見回していると、フードの男はグラスに麦茶を注いで僕の前に置き、そして自分は僕の正面にあたる椅子に腰掛ける。そして、

「えーっと、どこやったっけ。あぁー……」

 と、頼りないことを呟きながら、ここじゃない、ここでもない、とファイルの束や引き出しを開け閉めしている。その顔全体を覆うお面で前は見えているのだろうか、と余計な心配をしながら僕はどうにも落ち着かない心地で彼の探し物が見つかるのを待っていた。

 ……やがて、あったあった、と数枚の書類などを手に彼は僕とようやく向き合う。そして明らかに手書きのしおりをコピーしたであろう、表紙タイトル「ヨイマチマンションへようこそ」を僕の方に向けてデスクに置いた。

「あぁー、まずは説明を。ここは、“ヨイマチマンション”。さっきも言ったけど、色んなところから色んな事情を抱えたモノたちが集まる、生と死の境目にある潮溜りのような場所です」

 表紙を開けば、味があると言えば味があるような。ヘタクソと言えばヘタクソなような、そんな絵が出迎える。

「し、しおだまり?」

「すべての死者や生者や、何かしらん化物とかが引っかかるわけじゃないんだよ。そして出たら二度と戻れるとも分からない。だから、居場所、とかそういう表現はできなくてね。俺は、そういう“望まず望まざるを関係なく取り残され、時期が来れば満たされ帰る”イメージから、潮溜り、って表現してる」

「何かしらん化物、って、あの……」

「ああ、そこら辺は大丈夫。あとで説明するけど問題ないから。怖い人はいませんよ」

 急に胡散臭い敬語になった男に怪訝な目を向けると、男は困ったように頬を掻いた。

「あぁー……。うぅんと、まずはお互い、自己紹介からした方がよさそうか」

 そう言って居住まいを正すと、男はコホン、とひとつ咳払いをして軽く頭を下げた。

「俺は“ヤツメ”。8つ、目があるような見た目をしてるから、ヤツメ。ここ、“ヨイマチマンション”の管理人だ」

 フードの男——ヤツメさんが横を向くと、確かに目玉に見えるシンプルな、白い丸の中に黒い点が打たれた図柄が4つ縦に並んでいた。そしてくるりともう片方の横顔も見せてくれる。そこにも変わらず、4つの目の図柄。4つと4つで合わせて8つ、八つ目——ヤツメ、という訳だ。あだ名かと思うようなシンプルすぎる名前に戸惑っていると、本名だよ、と質される。

「あ、ぼ、僕は——、井坂 誠と言います……。えっと、中学3年生です……、でした?」

 死んでからの自己紹介なんて考えたこともなかったから、何と言ったら良いか分からずどもってしまう。けれどヤツメさんは動じた様子もなく、そうか、ありがとう、と頷いた。そして、

「それじゃあ、話を戻すけど」

 と、手書きのしおりに顔を戻す。

 表紙を開いた場所には、手書きの地図のようなものに、お花や蝶々が飛んでいて、「たのしい!」「あんぜん!」と言った謳い文句が書き込まれている。

「まずはさらっと説明してしまうね。後で一緒に見て回りながらちゃんと説明しよう。今いるところは、ここね。俺の家兼、事務所。それで、窓から見えてる森がここ。それでこう、北に道なりに進むとマンションがあって、ここに色んな人たちが泊まったり住んだりしてる。で、その隣が、俺の子供たちの寮。烏の巣って呼ばれてる」

「子供たちの、寮……?」

「うん」

 しばし沈黙が流れる。

 子供たち、と言うのは分かる。ヤツメさんの見た目——と言っても顔は分からないが、声や落ち着き加減から言って、20代半ばは過ぎているだろう。子供が複数人いてもおかしくはない。けれど、——寮? 子供たちだけの? 寮って最低でも10人以上が寝泊まりするような前提の建物を指す気がするのだが……。

「んん、なんか引っかかってる? まあ、それも追々、施設を回るときに聞いてくれよ。話を続けるぞ」

「は、はい……」

「次に、寮の西側に河原があって川が流れてる。水深はそれほどだけど、たまに流されるヒトもいるから基本は立ち入り禁止。で、ここには注意書きしかないけど、南の方にずっと行くと大きな崖があってね。そこも危ないから立ち入り禁止。——で、崖の前にある木が、“祈りの大樹”って呼ばれてる、これから行くところ」

 すらすらっと説明され、何が何やら分からぬまま話が進んでいく。そして一通り説明し終わったのか、ヤツメさんは、ふう、と一息吐いて、次に白い短冊をこちらに差し出した。きめ細かい和紙でできたそれに、一本のペンを添える。

「ここに、君の願い事を書いてくれ。これができたら成仏してもいい、って思えるもの」

 そう、急に言われても。

 どうしたらいいか分からない。そもそもなんで自分は成仏していないのかすら分からないのに、願い事を書けと言われても。

「あぁー、見られたくなかったりするよな。後ろ向いてるから」

 そうじゃない。

 そういうことじゃない。

 願い事、願い事——、あのトラックの運転手さんに謝りたい? 親に最後の別れを告げたい? どれもピンとこない。行けなかったテストを受けたい……受けたとしてどうするんだ。無念を残した——無念ってどう言うことを言うんだろう。きっと、死んでからの話じゃないはずだ。俺は命の危険を犯してまでテストを受けて、それで——。


 ——……。


 さらさらとペンを動かし、裏に透けない素材だと言うことを確認して、願い事を伏せる。もう大丈夫です、と告げるとヤツメさんはくるりと椅子を回転させてまた真正面に戻ってきた。そして、キィィ、と油のささっていない金属音をあげながら椅子を立つ。慌てて自分も立ち上がると、表情は見えないが、なんだか微笑ましい目で笑われた気がした。

「じゃあ、その短冊を持って。“祈りの大樹”に行こう」

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