9. せんとうくんれん
「今日からカコには、みっちり戦闘訓練をしてもらうぜ」
昨日と変わらないオレンジ色のバリアの下、アパートの入り口でナトコがそう言った。ナトコは手ぶらで、私は身分証で財布なタブレットだけを持ってる。ライフルも盾も、私の部屋の隅に置きっぱだ。
「それは望むとこだけど、武器は? 持ってこなくていいの?」
「いい! それはあてがあっからよ。途中でメシ買ってくぞ」
「おっけー」
昨日と変わらずカラフルな人たちが行き交うアーケードで、まずはご飯を調達。ナトコを説得してあの虚無味の虚無バーじゃなくて菓子パンを買わせたのは、間違いなく私の今日イチの活躍。
明るいお店の群れの中でも一際目立つネオンでギラギラした建物の前で、ナトコは立ち止まった。
光る看板に、混じり合った電子音のBGM、繰り返し聞こえる決まり文句。
「ゲーセンじゃん! ナトコ、ここ、ゲーセンじゃん!!」
「いーんだよゲーセンで! ここにあるのが一番安ィの!」
ナトコはそう言って、スルスルゲーム筐体の間を進んでいく。アーケードにいた人の数から考えるともっと人がいてもいいと思うけど、このゲーセンは歩くのに苦労しないくらいしか人がいない。
もしかしてあんまし流行ってない……? でもプリ結構あんじゃんここ、UFOキャッチャーもいい感じだし。ダンスのやつが無いくらい?
「さて、俺らがこれから使うのが、このサイバーリアリティーってやつだ」
ナトコが片手で叩いたのは、卵形の筐体だ。中にあるのは高そうな椅子が一つとコードが筐体に繋がったヘルメット。
「こいつでマザー……かどうかはわかんねえけどAIの作った世界に入って、体動かしたのと同じみてえに練習できる。カコなら夢ん中とか、そんな感じが近えと思うぜ。ちょっとタブレット……サンキュー、支援AIに座標送ったから、そいつに設定やらせな」
「やってって言えばやってくれる感じ?」
「そうそう、そんな感じ」
聞いた感じだと、どうもサイバリってのはフルダイブVRってやつなわけだった。未来感。
筐体の蓋を締めて大きなヘルメットみたいな道具をつけてスイッチを入れると、立ちくらみみたいに目の前が暗くなる。あとはナトコの言った通りに、支援AIのドリー任せでなんとかなるよね?
「おはようドリー」
[お呼びでしょうか、華子]
「この機械操作して、ナトコと同じとこに出して」
[承りました]
光が足元から広がっていく。前も左右も、見えないはずの後ろ側へも全部。まぶしくって目を開けてらんない。
瞑ってた目を開けると、廃墟風でアニメ調の、だだっ広い場所にいた。先に来てたっぽいナトコが手を振ってる。
「ここなら弾数とか気にしねえでやれるぞ、あと筋肉痛とかもな。で、カコにはこいつだ」
渡されたライフルはずっしりと重い。ライフルのお尻を肩に当てて、脇を締めて、左手は添えるだけ。立ち方は斜めで左手の盾を前に出して隠れるように。盾の横からライフルの銃口を前に出す感じで。
「あそこにマトがあんだろ?」
ナトコの指差すところには、マトリョシカみたいになった丸が書かれた紙が貼ってある。
「ちゃんと狙う必要はねえ、とにかくトリガー引いて、あれ目掛けて撃ちまくれ」
「あの辺ね?」
カチッ シュシュシュッ
細切れのレーザービームみたいのが出て、前に飛んでく。マトには全然当たってない。
「もっと全部、撃てなくなるまでだぜカコ」
「うん」
カチッ シュシュシュッ
カチッ シュシュシュッ
カチッ シュシュシュッ
カチッ シュシュシュッ
カチッ シュシュシュッ
カチッ シュシュシュッ
カチッ シュシュシュッ
・ ・
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・ ・
・ ・
・ ・
とにかく撃つ。ビームが前に飛ぶ。たくさん撃つ。ビームがとんでく。人差し指が腱鞘炎になりそうなくらい撃つ。ビームが飛んでく!
弾切れになっても、お昼を挟んでも、とにかく撃つったら撃つ!
銃なんてテレビでしか見たことなかったけど、私が銃を撃つ、そしたら弾が飛んでく。それは完全に当たり前。私が銃を撃つのも、別に普通!
ゲーセンを出た頃には、すっかりライフルと友達になった気分になっていた。
次の日は立って、座って、伏せて、それから歩いて、とにかくマトへ向かって撃つ。やった、命中! まだまだやるよ!
3日目からはマトが動くようになった。
これが全然当たらない。
私が引き金を引いた時には的は正面からいなくなっていて、ギリギリで避けられてしまう。
銃口でマトを追っても全然当たらない!
もー、これならちゃんと狙わないで、撃ちながら振り回してる方が楽かもだし……当たった!
4日目は盾を使ってみる。
まずはダッシュで向かってくるナトコを盾で受け止めるところから。これは簡単。
次にぬいぐるみみたいなやつが迫ってくるやつ。受け止められるように左手につけた盾を前に出しながら、ライフルを撃つ! 命中!
次にナトコが振り回す棒を盾で受け止める練習。ナトコの棒を受け止められるようになったら、次は受け流せるように。腕が痺れるなあ。
5日目になってついに、あの始めの日に私を襲ったロボットに似たやつの攻撃を受け止めて、撃つ訓練。
私を殴ろうとしたロボットがこっちに来る。モップみたいな棒を振り回してて、めっちゃ怖い! あんなの当たったらマジヤバイし! っとそうだ、盾!
ガァンッ!!
「いったぁー!」
おまけに、痺れたぁ!! 正面で受け止めちゃダメだ、受け流さなきゃ!!
けど受け流しても、また別のところからロボットは突っ込んでくる。受け流して、受け止めて、受け流して。
何度もロボットの振り回す棒を盾で受け流してたら、勢い余ったロボットが私の斜め後ろにつんのめっていく。その先にあるのは、ライフル。いまだ!
撃つ!
撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ!!
ーーシュンッ
シュシュシュシュシュ メ
シュシュシュシュシュ ゴ
シュシュシュシュシュ ォ
・
・
・
シュシュシュシュシュシュシュシュ
シュシュシュシュシュシュシュ グ
シュシュシュシュシュシュシュ シ
シュシュシュシュシュシュシュ ャ
シュシュシュシュシュシュシュ ア
シュシュシュシュシュシュシュ ァ
シュシュシュシュシュシュシュ ァ
カカカカカカカカカカカカカッ!!!!!!
「カコ、カコ! もう良い! もう壊れた!!」
「んっ!?」
目の前には、スクラップなロボット。
鉄屑にしかならないくらいボロボロ……って、
「勝った……?」
「勝ってる! つか三回も打ち込めばそいつのタイプは壊れるぜ」
カコのライフル基本3点バーストだし、とナトコが呟く。3点バーストって何?言葉的に強いやつ?
「カコ撃ちすぎ」
「だって、めっちゃ怖かったし……!」
「けど大丈夫だったし勝てたろ?」
「そうだけどさあー!」
もうクタクタだよ私は!
「でもあんな撃ってたらすぐ弾切れすっから、もう一回やり直しな」
「マジかよウソでしょ」
この後弾を節約して勝てるようになるまでやり続けさせられた。これ、明日絶対筋肉痛のやつでしょ……。
次回投稿は6/12です。
作中用語:サイバリ
サイバーリアリティーの略、いわゆるフルダイブVR
何故VRでないかというと、この時代においてのVRは必ずしも「仮想現実」ではないため




