10 邂逅
「おお! すっごーい!」
月光に照らされ、姿を表したのは二足歩行で走るのは小学生程度の背丈をした猫であった。四足歩行よりも明らかに速度は出ないのだろうけど、そんなことはどうでもいいんだ。
二足歩行で全力疾走していることだけが重要なのだ。なにせ、そんなことをする猫なんていない。陸上競技でもしているかのように腕を振り、足を動かす姿は猫とは遠くかけはなれている。だけど、それがいいのだ。
未知が目の前から走ってくる。今まで見ることのなかった未知が自分からやってくる。それだけで興奮度は天井知らずに高まっていく。
「ねえねえ。クロのお陰なの?」
「にゃ」
そっぽ向かれてしまった。
機嫌が悪そうである。猫に対抗でもしているのだろうか?
「クロ~」
「にゃーん」
近くに迫っているのに、特に気にすることなくのんびりとしている。
そのことに不満があるようなのは猫又(仮)の二足歩行猫である。「ふにゃーん」と大きく鳴きながら突貫してくる。
しかし、その猫が僕たちを襲うことはなかった。
街灯に光る鋭い爪で狙っているのが見えはしたけれど、どうにも距離が足りていないように思える。現実的に、僕の眼前で着地しているので跳躍距離が足りていないのだ。
「にゃ」
こんなの放っておいて帰ろうと言うようにポンポンと叩いて身動ぎしている。放してあげれば、ピョンと飛び降りて威嚇をしている。体格があまりにも違いすぎるから勝負にすらならない気はするけれど、当猫のやりたいようにやらせるべきなのだろう。
しゃがみこんで背中をナデナデ。猫又に笑顔を向ける。僕に出来ることなんてなにもないのだからこれくらいはいいだろう。
「こっちおいで〜」
言葉が通じるのかは不明であるが、とりあえず手を出してみる。
しかし、猫又(仮)はじりじりと後ろに下がっている。警戒されているようである。クロが威嚇しているのだから無理もない話か。それに、野生の猫って餌を貰っているような子でない限りは警戒心が強くてなかなか近寄ってこないし。餌を転がすならばまた違うのだろうけど……何も持ってきてないからなぁ。
こんなことならクロのご飯を持ってきておくべきだったなー
「にゃにゃ!」
背中を撫でていた手が叩かれる。爪は立ててないけど、言いたいことは何となくわかってしまう。自分のご飯を勝手にあげようとするなと言いたいのだろう。変なところで聡いから僕の考えていることが分かったのかもなぁ。
「うーん」
未知である可能性は高いけれど、着ぐるみの可能性だってあるから触れてみたい気持ちが強い。
撫でてみれば感触で何か分かるはずだしね!
「おいで〜おいで〜」
優しく声をかけているのに、尻尾をだらんとさせてヒゲをピクピクとしながらゆっくりと後ずさる。
クロの威嚇が一番の原因だろうと推測出来るので、抱き上げて威嚇しないように胸元に押し付ける。「ふー」と明らかに怒りを表に出しているが、僕に危害を
加えようとはしない。賢い子だもん。当然だよね。
「これなら……」
猫又(仮)から逸らした視線を戻せば、そこには何も居なかった。
猫のはずなのに、脱兎の如く走り去る猫又(仮)先程の二足歩行ではなく四足での全力である。凄い速度で走り去っていく。
「あれ〜?」
まさかの事態に首を傾げる。クロがたんたんと叩いてくるので駆け足で追いかけた。
森のくまさんみたいだなーと思ってしまう。逃げているのは猫で、追いかけてるのは僕。落し物なんてないけどスタコラサッササノサである。
「とまるのじゃ!!」
そんな最中、唐突に声が頭上から降ってくる。
猫又を見失うリスクはあれど、興味は一気にその声へと向かっていき、視線をそちらへと送る。
一軒家の屋根に立ち、月光に照らされている姿と声には聞き覚えがある。心臓が早鐘のように鳴り、簡単には鎮まってくれない。
興奮が止まらない。
なぜなら、猫又(仮)とは違う。僕の知らない不思議の世界が、そこにあるからだ。