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夏の話 7


 あまりに一瞬のことに驚いたが、その直後ガタリと扉の音がした。

 ガサガサと続く音の後に現れたのは八十歳くらいだろうか、竹ぼうきを持った高齢の男性だった。

 この契約を始めた日に、一度会った人のようだ。


 男性はこちらに気づくと、ぺこりと頭を下げた。にこにこと人のよさそうな佇まいだ。


「おや、先日の」

「あ、すみません、勝手に入ってしまって……」

「神社だからいいんだよ。神様にご挨拶してあげてね」


 そういうと男性はよたよたと頼りない足つきで、参道に残る小石を掃き始めた。

 取り残された三咲はどうしたものかと逡巡し、とりあえず境内の奥へと礼をし、手を合わせた。


 手を合わせたまま考える。

 確か以前もこの男性が現れたとき、桐人はいなくなった。

 偶然か、でなければこの男性には姿を見られたくない理由があるのか。


 少し気になり始め、男性の様子をちらとうかがう。相変わらず、やや危なげな動きで掃除を続けているその背中に、三咲はこっそりと声をかけた。


「あの……」

「ん? どうしました」

「おじいさ、……えーと、」

「おじいさんで構わないよ」

「あ、はい、すみません、おじいさんはこちらにお住まいなんですか?」

「そうだね。この奥にある家に住んでいて、ここのお世話をしてるんだよ」


 見ると神社の少し奥に、わずかだが屋根が見えた。神社のお世話というと宮司の姿を思い描くが、このおじいさんは普通の半纏を着ているし、見る限り神職という感じではない。

 ここのお世話をする人だから桐人は会いたくないのだろうか、と考えていた三咲だったが、ふと恐ろしいことに気がついた。


 このおじいさん、ここに住んでいるということは。


「ここに、ってことは、おじいさんはこの石段を毎日のぼって……?」

「毎日ではないけどね。買い物に行く時は大変だね」


 ですよねーと心の底から同意する。

 十代の自分ですら一往復すれば息が切れるのだ。このおじいさんが上り下りすれば、おまけに買い物袋まで下げていたら、そのつらさは倍以上だろう。


 三咲は両親がいなくなってから叔母に引き取られるまで、ずっと祖母と二人で暮らしてきた。そのせいか、おじいちゃんおばあちゃんと呼ばれる世代に非常に弱かった。

 喉まで出かかる言葉を言ってもいいのかどうか、ひとしきり悩み、悩み――


「あの……」

「ん?」

「私、でよかったら……買い物行ってきましょうか……」


 あー! 言ってしまったー!

 正直、言った後で言わなきゃよかったと心の中でじたばたした。


 普通に考えて、初対面に近い他人に「買い物に行ってきましょうか」と言われて、はいお願いしますとなる人がどこにいるのか。

 完全に不審者だ。

 そうか不審者が出るって私のことだったのか。


 あ、いや、その、迷惑でしたら……、と声が弱々しくなっていく三咲を見て、男性はしばらくきょとんとしていたが、やがてにこりと笑った。

 その顔に気づき、三咲も硬直する。


「本当かい?」

「……へ、あ、はい……ここの石段上るの大変ですし……」


 そんな彼女の言葉が聞こえているのかいないのか、とかく男性は嬉しそうに笑うと、ちょっと待ってねと自宅に戻ってしまった。

 あまりのあっけなさに呆然とする。男性の警戒心のなさにも驚くし、こんなことを言い出してしまった自分にもびっくりだ。


 もしかしたら、自分が必要とされる役目が欲しかったのかもしれない。

 日々ぼこぼこに打ちのめされ、自身の存在に意味などないと思っているからこそ、自分が役に立てる場が欲しかったのか。

 そう考えるとただの自己満足なのかも。偽善かなあ……と心の中で思う。



「――それでもええやない」



 姿の見えない桐人の声が、どこかから落ちてきた。







 そうして買い物メモを預かって店を回った結果、なかなか遅い時間になってしまった。

 いつの間にか増えたノルマも自然達成したし、桐人的には文句なかったのだろう。買い物を終えて石段を上る時、少し重さが軽かったような気がする。

 もしかしたら、桐人が手伝ってくれたのだろうか。

 怖いのか優しいのかよく分からない桐人に戸惑いながらも、三咲は帰路を急いだ。


 今日は叔父さんが帰る予定なので、それまでに夕飯を作らなければ。

 叔母はあまり料理が得意ではない。

 だがそれを旦那には知られたくはないため、叔父が帰るまでに三咲は料理を完成させなければならないのだ。

 すっかり日が落ち、空にはいくつか星も見える。昨日の蓮の話が冗談でなければ、このあたりには不審者が出るらしい。この見てくれの自分が襲われる可能性は少ないが――


「……」


 少ないが、無いわけではない。

 という言葉が脳裏によぎった。


 少しでもショートカットとしようと通り抜けた公園で、三咲は足を止めた。

 日頃から人の少ない場所ではあったが、今日に限って人の気配があった。しかも只ならぬ、短い呼気も聞こえる。薄暗がりの下に見えるのは、いくつかの遊具とその傍で短く息を吐く大きな人の影。

 どうみても子供ではない、成人男性の大きさ。

 これはやばいのではないだろうか。


 気づかれませんように、という三咲の願いもむなしく、その人影はこちらに視線を向けた。わずかな間をおいて、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


(やばい!)


 考えたらブサイクでも利用価値はある。

 臓器売買とか、奴隷とか。

 このくだり一回やったな。


 と考えたあたりで、逃げるように歩みを速めた。

 あと百メートル、五十と家までの距離を縮めていくが、後ろから追ってくる足音もどんどん近づいて来る。

 やばいやばいやばいと動悸が激しくなり、祈るような気持ちで公園の入り口に目を向けた。すると道路を歩く人の姿があり、助かった、とばかりに三咲は声をあげる。


「あ、あの、助け――」


 て、と言いかけて、一瞬言葉を飲み込んだ。

 ――なんであの人、六月に黒いロングコート着ているんだろう。


「……!」


 声を掛けられ振り返ったその人は、長めの白髪に、夏だというのに真っ黒いロングコートを着ていた。

 前身ごろはボタンを留めておらず、ちらりと肌色が見えた瞬間、三咲はすべてを理解した。あっ、こっちもかあー!


 まさに前門の変質者、後門の不審者。

 どちらに逃げてもアウトという絶望にさいなまれていると、後門の不審者が急に近づく速度を上げた。

やばい、と思ったのもつかの間、背後にいた不審者は三咲を追い越して、道路にいた変質者の腕を掴んだ。

 鮮やかな手際で白髪男を反転させ、身動きが出来ないよう地面へと縫い留める。


 その流れるような動きに三咲があっけにとられていると、強い言葉で指示が飛んできた。


「三咲ちゃん、警察に電話して」

「えっ、あっ、はい、ええと」


 わたわたと携帯を出し、緊急通報を押す。ほどなくして近くの駐在署員が駆け付け、白髪の変質者はどこかへ連れていかれてしまった。

 一方、三咲に通報の指示を出した不審者――もとい男性もまた、その場でいくつか事情を聴かれているようだった。しばらくして三咲の方へ戻って来たが、どうやらこちらはただの善良な一市民だったようだ。


「あの、ありがとうございました……」


 おずおずと頭を下げる。

 だが、相手の男性からは何も返事がない。あれ私不審者って口に出したかな……怒っておられる……? と思いながら、三咲はそうっと見上げた。


 身長は桐人より少しだけ高く、しなやかな筋肉が肩や腕についていた。

 茶色く柔らかい髪質と、同じ質感の濃い睫の下には明るい茶色の目。その下瞼の下にはこめかみに向かって走るような傷跡があった。古いものなのか、消えかかってはいるがかなりの大きさだ。


 と、三咲はここで何かを思い出す。

 いつだったか、同じような髪と目をした子がいたような。


 ううん、と眉を寄せる三咲に気づいたのか、青年は見上げてくる彼女の額すれすれまで、顔を近づけると、ふふと笑った。


「ただいま」


 この距離。

 以前も感じたこの近さ。額と額を寄せて、――と誓った。


 そこでようやく三咲の中の記憶が呼び戻される。

 確かに面影はある。あるのだが。


「お、おかえり……わたり?」



 ん、と嬉しそうに幼馴染の彼――貴船亘理は目を細めた。



 

やっと亘理が出た…

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