二度目の春の話 2
そうこうしているうちに、三咲の少ない荷物も運び終わったのか、亘理が軽く手を挙げた。
「三咲ちゃん、そろそろおれは帰るね」
「あ、亘理、ありがとね」
いえいえ、と笑い返す亘理に三咲は申し訳なさそうに頭を下げる。
「その、色々、ごめんなさい」
「え、な、なに?」
「氷坂に無理言って京都まで運んでもらったり、その、亘理との約束をなんか勘違いしてたり、色々……」
ああ、と思い至った亘理は、小さく首を振った。
「僕こそごめん。約束をすっぽかしたこと、早く謝らないといけないと分かっていたのに、なかなか言い出せなくて……」
で、あの時の続きなんだけど、と前置きする。
「――おれ、三咲ちゃんが好きだから」
「……へ?」
「氷坂に聞いたら、あくまでもまだ嫁候補なんだよね。おれは、諦めるつもりないから」
「……えええ、え?」
別に約束を守れなかったことを悔いて、三咲を追い求めていただけでない。
周りから醜いと言われてさげすまれていた自分を、彼女だけが気にせず接してくれた。そのことが、幼いおれはすごく嬉しかったから。
君がおれの呪縛を解いてくれたんだよ、とは言ってあげない。
正直、今の自分であればかなり望みアリだと自惚れて再会したはずなのだが、それより前に三咲が桐人に出会ってしまったのは大誤算だ。
だがこちらも伊達に十三年思い続けてきたわけじゃない。
「人間の婿が良くなったら、いつでも言ってね。あ、まあ、半分は狐だけど……」
「えっちょっ、え?」
爽やかに去っていく亘理。
その姿を見送りながら、三咲の隣に立っていた桐人がぼそりと呟いた。
「……旦那の前で嫁を誘惑するとは、あいつ阿呆か」
「……!」
三咲は再びぼんと顔を赤くする。自分で立候補したとは言え、いまだにこの関係性に慣れない。どうしたものかと視線を落とすと、包帯を巻かれた桐人の手が目に飛び込んで来た。
「桐人、その手……」
「ああ。一応こうした方が戻り早かろし」
見るだけでも痛々しいそれを、三咲はそっと手に取る。手袋の無い桐人の手は初めて見るが、節が大きく、指が長い。男性の手、という感じがした。
「……なんや」
「あ、いや! 肉球ないかなって」
「あるか、あほ」
ぺいっと手が離れていき、三咲は苦笑する。その素っ気ない態度にどこか安堵しつつ、三咲は溜め込んでいた思いを吐き出すように言葉に乗せた。
「……桐人、いろいろと、ごめんね」
「なにが」
「お父さんと、お母さんのこと。あと、私も」
「……」
「蓮くんのことも……ごめん」
蓮――鼎はあれから正式に罪を認め、しかるべき裁きを受けるようになったそうだ。
扇森の家からも切られ、罪を償った後、どこかの社に拾われるか、野狐となるかはまだ分からないらしい。
「あれも、アレなりに、戦っていたんやろな」
「もし、もしも出来るなら、また……おばさんたちのもとに戻れたらいいな。その、今度は狐じゃなくて、人間として……」
桐人は何も答えず、境内の奥で花びらを散らしている桜をただ眺めていた。
白い雪のようなそれは、豪奢な白拍子のように春の風情を舞い散らす。あまりの美しい光景を、狐面越しに見ていた桐人は、いつかの夜を思い出していた。
あの日、雪の降る日に桐人の全ては終わった。
恭一も、若葉も、一度は三咲も失った。
自身も無くなればと思っていたはずが、こうして、生きながらえてしまった。
「……桐人?」
三咲に呼ばれ、桐人はそちらに視線を向ける。
彼女は知らない。
桐人は当の昔に、帰るべき家を失った。あの事件の日に、痛感したはずだった。
それなのに今頃になって。
今度は自らの意志と生涯をかけて、桐人の帰る場所を作ろうとしてくれた。
大切な人の、大切な女の子が、生きて隣にいる。
あの日、全てを失って捨てられた、過去の僕よ。
聞こえてるか。
君のしたことは、けして間違いではなかったのだ。
「……救われたのは、僕の方や」
「ん?」
「なんもない」
「そう?」
あ、あと、と三咲は桐人に頭を下げる。
「約束、忘れてて、ごめんなさい……」
「はあ……それも思い出してんな」
嫁になると言った時、三咲は「約束をした」とも言っていた。それを聞いた桐人は焦りや諦めと共に、泣きたくなるような嬉しさがあった。
「私、桐人と約束してたんだね」




