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冬の話 13


「……なんなんだ」


 三咲の背後で、鼎の小さい声が落ちた。腕に大きな錠を掛けられた鼎は、周囲を他の狐に取り囲まれながら、立ち尽くしている。


「兄様は、扇森のもので、誰よりも強い、狐で……」


 その綺麗な瞳から、涙が伝い零れた。色々なショックが重なったのか、鼎の思考がおぼろげになっているようだ。三咲は鼎の傍に近づき、おずおずと頭を下げる。


「……苦しんでいたのに、ずっと、気づけなくてごめんね」

「……」

「お父さんのことは、ごめんなさい、……許せない」


 でも。


「叔母さんといて、大変な時に助けてくれたことは、本当に嬉しかった」


 ご飯を一人で食べないよう、傍にいてくれたこと。

 こっそりコンビニに買いに行って、差し入れてくれたこと。


「前髪を切ってくれたことも、神友祭で助けてくれたことも、本当に」


 蓮の言葉は厳しかった。

 けれど三咲が困っている時、いつも助けてくれた。


 三咲にとって、鼎と蓮の違いは分からない。

 父を間接的に殺すきっかけを作った鼎も、三咲を陰ながら庇ってくれていた蓮も、どちらも同じ存在なのだ。

 許せないという気持ちと、ありがとうという気持ちを、どちらかだけ消してしまうことはどうしても出来なかった。

 三咲の言葉を聞いていた鼎だったが、そっと睫毛を伏せると掠れた声で呟いた。



「……うぬぼれないで。僕はあんたのこと、嫌いだから」

「……うん、そうだね」


 そう言うと三咲は鼎を見つめ、すこしだけ口角をあげた。やがて背後にいた狐たちから行くぞ、と促される。





 朱塗りの鳥居が立ち並ぶ参道を歩きながら、鼎は過去を思い出す。


 三咲の叔母に狐を憑かせたのは、鼎の采配だった。

 だが元々姉である若葉に憎しみを抱いていたのだろう。叔母に施した憑依は、鼎が思った以上に悪い方向に作用した。彼女の心根は大きく歪み、三咲に逸脱した責め苦を与えるようになってしまったのだ。


(……助けたわけじゃない)


 最初は敬愛する兄を奪われた苛立ちもあり、一緒になって楽しんでいた。

 しかしいつまでも折れない三咲の姿を見ていると、今度は自らの母の行動に不快感を覚えるようになった。少し抑止しようとしたが、憑いた狐が完全に同化してしまい、既に鼎の令を聞く状態ではなくなっていた。

 止める手はずを失った鼎に出来ることは、安い食事を差し入れたり、身なりを整えてあげることくらい。

 そんなどうしようもないことでも、三咲は馬鹿みたいに喜んでいた。


(――蓮くん、ありがとう)


 不器用に笑う、三咲の顔が甦る。




 兄さまなら、もっとうまく出来たのだろうか。

 三咲がこれ以上、傷つかないよう、涙を流さないよう、上手く立ち振る舞うことが。


「……ぼくは」


 三咲の髪を切っている時、ただ真剣だった。

 三咲に化粧を施す時、ただ純粋に楽しかった。

 もっと、人として生きていたら。

 いなくなった兄の影を追わず、狐としての生を忘れて、人として、蓮として生きていたら――もう少し何かが違ったのだろうか。


 早く歩け、と兵装を纏った狐が鼎を叱責する。じゃらり、と重たい楔を引きずりながら、鼎は再び審判の時を待つべく、静かに足を進めた。



 

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