表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/57

冬の話 12


 裁きの場は、ただ静寂だけが取り残されていた。

 そのあまりに凄惨な映像に、言葉を無くしてしまったのだろう。


「――扇森鼎」


 中央の御簾から、重々しい声が響く。


「君は天狐候補に自ら結界を解くように強要した。それはどうしてかね」

「……それ、は」

「結果として彼は襲われ、おそらく悪鬼と化しただろう。……ここからは私の推論だが、彼はそのまま、自身の家族が待つ家に戻ったのではないかな」


 前後不覚となった恭一は、そのまま妻と子どもに手をかけようとした。そこを桐人が止めようとしたのでは、と御先稲荷は続ける。


「亡き天狐候補が最後に残した言葉。無下には出来ないよ。……詳しく話を聞かせてもらおうか」

「……ッ」

「扇森鼎を捕らえよ。此度の件は、今一度審議を行うものとする」


 武装した狐たちが鼎の体を捉え、武器を以って地へ伏せさせる。磔にされた姿のまま、鼎はただ悔し気に顔を歪めた。

 ようやく涙を収めた三咲もまた、鼎――蓮の方を見た。


 これできっと、桐人の罪は晴れる。父が残してくれた最後の言葉で救われた。

 だが三咲の心は、晴れるどころか悲しみで満たされている。


「蓮くん……どうして……」

「なんであんたが泣くのさ。分かったでしょ、全部嘘だったの」


 そう言うとにやりと鼎は笑った。それどころか、桐人を睨みつけて叫ぶ。


「たしかに、結界を外させた罪は認めるよ。でもだめだ。兄さまの罪はこれだけじゃないよね?」


 自らの罪を暴かれたと思えない冷静さで、鼎はなおも言葉が突き刺す。


「裁きは終わっていない。だって、扇森の――御霊が失われているんだから」


 その言葉に、室内が再びややと騒めいた。

 御簾の向こうから、静かに声が返る。


「それは本当かな、扇森の御霊が失われているというのは」

「そうだよ。見栄っぱりな父様は言わないだろうけど。……御霊は家々が引き継いできた宝。それを桐人兄さまが奪ったんだ」


 みたま、と聞きなれない言葉に、三咲は桐人を見上げた。

 彼もまた感情を見せないまま、ただ黙って三咲の肩を守るように抱き寄せる。


「それは本当かい、桐人」

「……」


 何も答えない桐人に、鼎がしたり顔を滲ませた。


「ぼくはおそらく絶縁されるだろうね。でも御霊を損なった体面上、兄さまも扇森には戻れない。……残念だね、これで扇森の血はおしまいだ」


 三咲はこの時ようやく、御先稲荷はなによりも血統を尊ぶと聞いた事を思い出した。


「桐人は、もう扇森の家には戻れないの?」

「……元から戻る気ないわ」

「で、でも、戻らなかったら桐人の家は? 白狐は血統を大事にするって、氷坂が……」

「別にどうもせん。扇森は後継ぎがおらんくなるし、たとえ僕が戻ったとして、嫁に来るやつもおらん。自然と無うなるわ」


 家を持たない狐は、仕えるべき神も社も持たず、ただ野狐として生涯を終える。同じく後継ぎを失った家も、新たな血を得ることが出来ずに潰える。

 役目を果たさぬ御先に、幸せな未来はない。

 桐人はそれを受け入れているのかもしれないが、その場合桐人の帰る家はどうなるのだろうか? 


 三咲は祖母がいなくなって、心から安らげる場所を失ってしまった。桐人もそれと同じになってしまうのだろうか。

 それはなんだか――いや、とても嫌だ。


 普段と変わらぬ調子で話す桐人を見て、三咲はしばらく俯いて何かを考えていた。

 そして何かを決心したのか、桐人と正面から向き合うと、力強く拳を握った。


「よ、嫁なら私がなるから!」

「……は?」

「だって、約束もしたし……」

「自分、何言うとう」

「嫁がくれば扇森の家は続くし、そしたら桐人が帰るところも出来るし」

「あほ、僕のことはええ。意味わかっとるか。狐の嫁ってことは、人や無くなるいうことやぞ」

「でも、このままだと桐人が」


 だめだ。話がかみ合わない。

 三咲は桐人の家を残したいと申し出ているが、桐人は一度扇森から出された身だ。万一戻れるとしても、同じだけの神威を取り戻さなければならない。

 どこか他の社が引き取り、それまで修行の場を与えてくれれば別だが、これだけの問題を引き起こした狐を引き取る家はまず無いだろう。


「……ええから」


 見上げてくる三咲の髪を、桐人が撫でた。

 その声が優しすぎて、三咲は逆に不安を覚える。まるでこのまま消えることを望んでいるような。


 いやだ。自分に出来ることは、もう無いのだろうか。

 その時、御簾越しに見ていた御先稲荷の一人が声をかけた。


「まあまあ、せっかくの告白をそこまで無下にしなくても」

「……?」


 声の主は、先ほどから鼎に追及をしていた、中央の人物だった。

 薄橙の狐火が御簾の向こうでちらちらと揺れている。三つある御簾の真ん中ということは、この中で一番上位の狐なのかもしれない。


「気に入った。桐人、君を私の社の寄席にしよう」


 その言葉に、場全体がざわりとさざめいた。

 え、と三咲が声をあげる間もなく、横から飛ぶような指摘が刺さる。


「正気ですか⁉ 貴方様の家に、このような前科者を」

「ましてや自らの家の御霊を失い、家を潰した当人を!」

「お考え直しください!」


 御先稲荷の家は、子が継いで御先になる。その流れから外れたものは、一生御先にはなれないのが常識だ。ましてや、上位の位である寄席に、野狐を入れるなんて例がない。

 言われた桐人も、突然の申し出に言葉を失っているようだった。


「勘違いしないでおくれ、僕はそこのお嬢さんに恩があるんだよ」

「……?」


 そこの、と言われた三咲は、自分の方を指さしながら首をかしげた。何のことだか分からない、ときょとんとしている様がおかしかったのか、御簾の向こうからくすくすと笑い声が漏れ聞こえる。

やがて固く閉じられていた御簾がすう、と持ち上げられた。


 周りには、陽炎のように揺らめく狐火。

 男性用の和装と、とても豪華な外套と袖が隙間から見える。やがて全て明らかになったその人物の姿に、三咲は絶句した。


「……藤田、さん⁉」

「三咲ちゃん、いらっしゃい」


 そこには連日通っていた神社の世話人が、穏やかな笑顔を浮かべて座っていた。

 おかしい。桐人よりもずっと上、高位の狐がいるはずでは。


「藤田さん、が……狐?」

「うん。これでも元・天狐の一人だよ。いつも買い物を手伝ってくれてありがとね」

「……天狐?」


 三咲の頭が、理解の限界を越えつつある。

 人間と思っていた藤田さんが実は狐で、おまけに天狐で。隣に立つ桐人も知らなかったらしく、動きが完全に停止していた。


「とはいえ、僕はずいぶん前に引退した身だから、ただの古くて小さい社だよ。それでもいいかな」


 その言葉に、桐人はようやく状況を理解したのか、藤田の前に正対するとす、と膝をついた。頭を下げ、深々と礼を述べる。


「……身に余るお言葉です」


 こちらこそという藤田の返事に、先ほどまで騒がしかった場が、しんと静まり返った。どうやら桐人の首は皮一枚繋がったらしい、と三咲は嬉しそうに微笑んだ。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければこちらの作品もお願いします!

陛下、心の声がだだ漏れです!【書籍化&コミカライズ】

極悪非道な「氷の皇帝」と政略結婚! きつい言葉とは裏腹に、心の声は超甘々!?
心の読めるお姫様と、見た目は怖いのに内心では溺愛してくる皇帝陛下のお話です。

― 新着の感想 ―
[一言] 頻繁に送るのは失礼かなとも思ったんですが衝撃的だったので……藤田さん!? 三咲ちゃんがやってきたことが思いがけずいいこととして返ってくるのが嬉しいですね。桐人さんが逃げて力尽きた先がそこだっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ