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冬の話 1


 十二月を迎え、吐く息が白く落ちる季節になった。ちらと雑貨屋さんを見るとクリスマスツリーが飾られている。


「進路相談?」

「……うん」


 ネイビーのコートにマフラーを分厚く巻いた亘理が聞き返す。さすが我が高校のミスコン一位、今日も顔立ちは整っていた。そして何故か一緒に帰る羽目になっていた。




 神友祭以降、冬木たちの嫌がらせはほぼ完全になくなった。

 文字通り憑き物が落ちたのと、受験が近づいてそれどころではなくなったのもあるだろう。こうして帰宅時に亘理と一緒に居ても、どうこう言われることもなくなった。


 三咲自身もあの事件以来色々吹っ切れたのか、亘理を避け続けるような真似はしないようにしていた。


「親と話して、書類にサインをもらわなくちゃいけなくて」

「そうなんだ。進学するの?」

「ええと、私は……」


 明滅するツリーの飾りを見ながら、三咲は言葉を続けるのを躊躇った。

 進学なんて出来ない。

 今でさえお金がかかっているし、なによりこれ以上負担を掛ければ、何を言われるかわからない。

 そんなことを亘理に打ち明けるわけにもいかず、三咲は何事もなかったかのように言葉を返した。


「亘理は進学するんでしょ」

「そうだね。勉強しないとなあ」


 はは、と笑う声が白い塊を残し、あ、と亘理は言葉を続けた。


「そうだ。三咲ちゃん、二十四って予定ある?」

「二十四? 終業式ならあるけど……」

「そ、そうじゃなくて! それ以降というか、夜、というか……」


 終業式が終わったらすぐ石段上りに行くとして、流石に夜には終わるだろう。神友祭の遅れを取り戻さなくては。


「ううん、別にないよ」

「良かったら、ちょっとだけ時間もらえない?」

「いいけど……」


 その言葉にぱあと笑顔を浮かべる亘理を見て、三咲は首を傾げていた。ちょっとなにも隣だから、約束など不要なのでは……と思っていたのは秘密である。


「……良かった。おれが予定一番のりで」


 マフラーの下で小さく呟いた言葉は、三咲には届かなかった。






「なん、その紙は」

「桐人!」


 頂上の石段に座り込んでいた三咲に、どこからか現れた桐人が声を掛けてきた。

 最近あまり顔を見せなくなっていたから久しぶりだ、というか神友祭の騒動以来かもしれない。


「進路相談の紙。これに保護者からのサインをもらってこなくちゃいけなくて……」

「ふうん」


 聞いたわりには、まったく興味がなさそうな桐人に苦笑する。さすがに日が暮れるのが早くなってきたし、寒さも段々と厳しくなってきた。石段上りを始めたばかりの暑さを思い出しては、ここまで長かったなあと三咲はしみじみと浸る。


 最近では、ノルマも楽にクリアできるようになってきた。

 体重も落ち、見た目も変わり、負荷が減ったせいかより一層動けるようになったせいかもしれない。


(とはいえ、進路相談はまともに出来るか自信がないけど……)


 あの叔母と正面対決しなければならない。それを考えるだけで身の毛がよだつ。

 それを知ってか知らずか、桐人は神社の灯篭に狐火の蝶を飛ばしていた。


「ちゃんと話せるんか」

「……が、がんばります」


 くく、と小馬鹿にしたような笑いが返って来た。

 む、と思ったが今ここで争いをしても仕方がない。それ以上に三咲は桐人に言うべき言葉があった。


「桐人、……ありがとう」

「……なにが」

「神友祭の時、助けてくれて」


 あの日、桐人が麻中の居場所を特定して救出していなければ、麻中も三咲もおそらくひどい状態になっていただろう。


「別に、あんたんためやない。他の狐の匂いがしたから見に行っただけや」

「うん、それでも。よもちゃんを助けてくれてありがとう。……あと、リード役も」

「……あんなん、おまけやろ」


 ふわり、と柔らかい青色の光が石灯篭に宿る。二つの石灯篭はあたたかな光を湛え、桐人の面を照らした。

 白くすべらかな地に、紅色の文様。黒髪には光の輪が落ち、彼の姿を非常に幻想的に映し出した。黒い手袋の指先には、狐火で出来た青く揺らめく蝶の姿。

 その神々しさに思わずぞくりとする。美しさに、心が奪われる。


 そうだ。彼もまた神使。それは神威だ。

 だからこそ、あの狐の言葉が信じられなかった。言うべきか、しばらく悩んでいた三咲であったが、意を決して桐人に問いかける。


「桐人」

「なに」

「――ヒトキリって、本当なの?」

 

 桐人は、人を殺した狐なのだと氷坂は言った。そのせいで自分の家からも追い出されたのだと。

 だがここ半年、毎日一緒に過ごしてきた三咲としては、どうしても桐人がそんなことをする狐には見えなかった。


(確かに、優しくはないけど)


 体力がない、のろまだと叱責され続けてきたけれど、三咲の体型や容姿を貶めたことはない。確かに狐相手にはやや激しいところがあるが、どうしても彼が人を殺すなど信じられなかった。


「黒いんに聞いたか」

「……違うよね。桐人はそんなこと、しない……」


 否定してほしかった。

 だが、素顔の見えない狐面はただそれを肯定した。


「――ほんとや。僕は、人を殺して、野狐になった」


 指先に留まっていた蝶が、ふ、と掻き消える。

 灯篭の傍に居た桐人が、一歩、二歩と三咲に近づく。どうしよう、と身動きの取れなくなった三咲を前に、ようやく足を止めた。濃い人影が三咲の視線の先に落ちる。




「……僕が、怖い?」


 ゆっくりと桐人を見上げた。白く、感情の分からない狐面。

 正直、怖い。

 だがここで引いたら、桐人はこれからずっと姿を見せなくなる気がした。


「怖く、ない」


 はっきりと口にし、彼の目を見つめ返す。

 とはいえ、ぶつかる視線はなく、ただ面を睨みつけるだけの三咲がおかしかったのか、桐人はすぐにくく、と笑う仕草をした。


「大した肝や、あんた」


 そう言い残し、桐人はそのまま本殿へ続く参道を歩いていく。すぐにそちらを振り返ったが、次の瞬間桐人は姿を消していた。

 三咲は吸い込まれそうな闇をしばらく見つめていたが、やがて家路につくためその場から立ち上がった。






「……おかえり」

「た、ただいま……」


 家に帰ると相変わらず不機嫌そうな蓮が三咲を出迎えてくれた。

 ちなみに神友祭のミスコン結果を伝えたところ、非常に不満だったらしく、最近では叔母の目を盗んでは、勉強と称して三咲にメイクを施してくれるようになった。

 今までに比べたらものすごい進化である。


「えっと、叔母さん、は……」

「母さんなら出かけてるよ。明日は帰るんじゃない?」

「そ、そうなんだ……」


 早々に決戦になると思っていたのが一日延びて安堵する。

 だが戦いが明日になっただけだ、と決戦に備え、三咲は早々に休むことにした。



 

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