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秋の話 12


 頭よりも先に体が動く。

 亘理の頭を守るように、三咲は自身の体で彼を庇うように抱え込んだ。


 背骨を打ち砕くような衝撃が走り、目の前が白と黒に明滅する。


「――ッ」


 声が出ない。

 三咲の行動に男たちも驚いたのか、角材がからんと転がり落ちた。


「ば、馬鹿お前」

「だって、まさか出てくるなんて」

「ま、まあいい、とりあえず男の方を――」


 ふと、角材を持っていた男の姿が消えた。


「あれ、お、おい?」


 突然消えた仲間に驚き、入り口に近寄り外を確認しようとする。が、顔を出した瞬間、男のみぞおちに深く拳が突き刺さった。

 うめき声を聞きながら、ようやく三咲は意識を取り戻し始める。自身の体の下には倒れた亘理、倉庫の奥には怯えた様子でこちらを見る冬木たち。

 ――はたと気づくと、男の巨体が三咲の前にうつ伏せていた。


「……?」


 状況がつかめず、ゆっくりと三咲は視線をあげる。倒れる男たちの向こう側に、一人の男がいた。

 その顔を認識した瞬間、三咲は息が止まりそうになる。


「大丈夫? 三咲ちゃん」

「…… 亘理?」


 そこには、白いシャツに紺色のカーディガン、チノパンという出で立ちの亘理が、拳を握りしめて立っていた。






「え、亘理? なんで? え?」

「どっちかというとそれはおれの台詞なんだけど……」


 指先で頬をかきながら苦笑する亘理は、間違いなく本物の亘理だ。がばと体の下にいる亘理を見る、確かに亘理だ。亘理が二人いる。どういうことだ。

 混乱する三咲の下で、もう一人の亘理が意識を取り戻した。よろりと体を起こし、三咲の姿に気づくとくく、と笑う。


「あほ、気づくん遅いわ」

「……え、」

「庇わんでええ、僕や」


 刹那、白い霧が噴き出すように三咲の周りに散った。呆気にとられていると、それらが吸い寄せられるかのように収束し人型を成す。その霧を破るかのように、黒革の靴先が一歩を踏み出した。


「……桐人?」


 途端に白いそれらが左右にかき消え、中から白い狐面の男が姿を見せた。黒くさらりとした髪と、印象的な赤い組紐が彼の後に続く。

 白いシャツと体に沿った黒いベスト。袖をまくり上げると筋肉の付いた腕がのぞき、腰に佩いた刀がチキと揺れた。ゆっくりとあたりの様子を伺う。

 その姿があまりに神々しく、一瞬見惚れていた三咲だったが、は、と意識を取り戻し、頭の整理を始める。


「亘理が桐人で、この亘理は亘理で……?」

「いつまで呆けとう」

「いや、ちょっと頭が追い付かなくて……」


 混乱する三咲をよそに、桐人はそのまますん、と鼻を鳴らす。亘理の方を振り返ると顎で指示した。


「あんた、黒いの出し」

「えっと、氷坂のこと、だよね?」

「はよ」


 桐人の迫力に負け、亘理は右手の親指の腹で、左目の下にある傷跡をなぞる。じわと朱色の光が走り、亘理の目が一瞬だけ金色に光った。すぐに亘理の瞳の色に戻ったが、明らかに中にいるものが違う。

 以前対峙したときにも感じた、これが神威というものだろうか。


「……なんですか、まったく」

「野狐や。手伝ぃ」

「なるほど。まあ彼女のためなら」

「あんたを先につぶそか」


 何やら険悪な空気を感じ、三咲はとりあえずその場から起き上がる。背中の痛みもだいぶ引いてきたが、膝や腕、あちこちが痛くて動きがぎこちなくなる。それでもなんとか立ち上がった三咲を見て、桐人は事も無げに告げた。


「悪いけど、変化解けたから、あんたの体借りるわ」

「へ?」

「あれは、ヒトにはどうもできん」


 あれ、と呼ばれた先に居たのは冬木たちだ。どういうこと、と聞こうとするが何故か声が出ない。だが三咲の口元は、勝手に優雅な笑みを結んでいた。――何が起きた。


「俺はどれを?」

「そっち三匹、あとは僕がやる」

「はいはい」


 三咲は外に足元に転がっていた角材を拾い上げると、片手で軽く握った。何度か上下させ重量を確かめる。そう、感覚はある。だが不思議なことに、まったく自分の意志で動かせなくなっている。これは一体。

 ひゅ、と角材が風を切る音。その音を合図に、三咲は残された男たちに向かって走る。

 白いスカートがふわりとなびき、瞬間移動のような速度で彼らに近寄ると、背後に回り首筋を横から強打した。


(ひいいいい)


 固い肉と骨の感触が、三咲の意識に伝わる。手の平に強い痺れがあるが、強い力で再び腕を動かされる。次は反対側にいた男の向こうずね。骨に響く痛みに、思わず中にいる三咲が声をあげてしまいそうだった。


(これが、憑依……?)


 三咲の意思も感覚も残っているが、その実、指先一本自由に動かすことが出来ない。自分では考えられないような反射神経で、次々と男たちを力でねじ伏せていく。

 時折視界に入る亘理も同様で、冬木や秋武たちを縛り上げていた。女性相手だから、若干紳士的だと思いたいが、さっき手刀を落としたのを三咲は見逃さなかった。


 気づけば最後の一人を地面に投げ飛ばしており、地面が揺れるほどの衝撃が続く。驚いて視線を戻すと、足元に三咲の倍はあろうかという男が気絶していた。

 三咲はワンピースの裾についた埃を手で払うと、ふうと息をつく。


 はたから見たら、ミスコンに出ていた人間が、その恰好のまま校内乱闘しているように見えただろう。女性らしいワンピースと、死屍累々に倒れる男たちの姿がなんとも似合わない。


「戦乙女みたいですね」

「うるっさいわ」

「とりあえず、これが首謀みたいです」


 どさ、と乱暴に投げられたのは、長縄跳びで縛られた冬木だった。流石に殴られた跡などはないが、怯えと悔しさがない交ぜになった様子で三咲を睨みつけている。

 相変わらず主導を乗っ取られたまま、三咲は彼女の前にしゃがみ込み、顎を掴む。


「おい、出え」

「……」

「そのまま食おか」


 その瞬間、三咲の目の前に白い煙が立ち上った。何かが剥がれ落ちたかのように、冬木の体が傾き、ずしゃと床に崩れ落ちる。だが三咲の手はそのままだ。

 やがて白い煙が人の形に押し固められたかと思うと、三咲に顎を掴まれたまま、苦し気に眉を寄せる男が現れた。


「……くっ」

「お前、ほんとに野狐か?」

「違う! 私は……」


 だが彼の返事を待つことなく、桐人は力を籠める。三咲にもその感覚が伝わり、本気で殺そうとしているのが分かった。

 止めないと、と思うが自分の意志ではどうすることも出来ない。


「あんまりすると殺してしまいますよ?」


 役目を終えた氷坂が首を傾げながら問いかける。その問いに桐人はチ、と舌打ちしてわずかに力を緩めた。

 少しだけ弱まった力に好機を見出したのか、野狐と呼ばれた男はここぞとばかりに叫ぶ。


「……扇森桐人、ようやく姿を現したな」

「おまえ、誰や」

「扇森御先の遣い。主が呼んでいる。――奪った御霊を返せと」



 

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