秋の話 5
「えーと、じゃあ、次クラスの制作だけど……」
来月の神友祭に向けての話し合いが行われている六限目。
高校最後の文化祭だというのに、三咲の関心はもっぱら麻中への嫌がらせに向いていた。
あれから数日、地味な嫌がらせは続いている。
昔取った杵柄ではないが、教科書やノートは持ち帰ること、出来れば靴も持ち帰る方が安全など色々麻中に指導していると、「みさきち、大変だったんだねえ」と今まで気づけなかったことを逆に謝られた。
「じゃあ、クラス制作はおにぎり屋で決定しました。次に生徒会企画のミスコンについてですが、クラスから必ず一人出すことに……」
「はーい、あたし出たいでーす!」
おお、と一瞬ざわめきが起き、挙手した冬木にクラス中の視線が注がれた。
確かに冬木の外見であれば、ミスコンでもかなり上位に入るだろう。しかし三咲からすれば、麻中の方がよほどミスコンに似合うと思ってしまう。
だが当の本人は全くその気が無いらしく、今日も昼から自主早退している。
「冬木、…と。あと一緒にリード役の男子が一人いるらしいんだけど――」
「あ、委員長、それはあたしが探しとくから大丈夫」
「あ、そう。じゃあ頼んだわ。仲いい奴の方が楽だろ。男は他校とか家族でも良いらしいし」
決まったら生徒会に言っといてなーと委員長がまとめ、話し合いはいよいよ細かい担当分けになっていく。
冬木がミスコンに出るとなれば、衣装やらを色々準備しないといけないだろう。その間、麻中への嫌がらせが少し落ち着かないだろうか、と三咲は淡い期待をした。
しかしその期待はおよそ最悪な形で裏切られることとなる。
「というわけで……」
「はあ、えらい勝手やなあ」
「そこを何とか……!」
「……まあ、ええわ」
拝殿に座り、憮然とした桐人に両手を合わせて拝み倒していた三咲は、ほっと息をついた。
明日から一カ月、神友祭の準備があるため、放課後の時間が全部潰れてしまう。それから石段上りをしていたら、本当の夜中になってしまうため、一カ月だけ修行の緩和を求めてのことだ。
「よかった……文化祭終わったら、ちょっと多めにやるから」
「好きにし。どうせ多少減らしても終わるもんやなし」
「そうですよね……」
ふう、と息を吐き、桐人が拝殿から優雅な仕草で降りる。じゃりと石のぶつかる靴音が聞こえた。
「祭りいうんは、来月?」
「あ、うん、来月の十六日に……」
「ふうん」
興味があるのかないのか、桐人は参道を静かに歩いていく。カチャ、カチャと鞘と鍔とが擦れる音だけが続いた。
そういえば、氷坂の意識が戻ったことを言っていないが良かっただろうか。……言うと逆に機嫌が悪くなりそうな気もする。どうしよう。
「最近、また狐の匂いがしよる」
思っていたことを言い当てられ、三咲は心臓が飛び出るかと思った。
「祭り言うて、はめ外すのもおる。気ぃつけ」
「あ、は、はい……」
氷坂のことを言ったのだろうか。それとも他の狐が来ているというのか。とりあえずこれ以上何かをいうと藪蛇になってしまいそうなので、三咲はそれ以上黙っておくことにした。
懇願の甲斐あって石段上りが短くなった一方、神友祭の準備は苛烈を極めていた。
「おい、看板まだかよ」
「木材が足りなくて今買いに行ってるー!」
「メニューこれで全部?」
「保健所の許可書類書けってー」
いつの間にか決まっていたおにぎり屋。
詳しく聞くとその名の通り、数種類のおにぎりと豚汁、お茶を出す軽食屋のようだ。確かにご飯ものを出すクラスは少ないので、いいところに目を付けた気はする。だが。
(おにぎりとか衛生的に一番やばそうな……)
普段一家の食事を担っていたことのある立場として、衛生管理に慎重な三咲はそればかり考えていた。とりあえずビニール手袋とアルコール除菌は必須である。握るのも結構手間がかかるが大丈夫なのだろうか。
一方で、お茶屋さん風な衣装を着たいという要望のもと、麻中は衣装づくりに手間取っていた。バイトがあるからあまり時間は取れないらしく、出来る間にとものすごい勢いで縫製している。
「よもちゃん、手伝うよ」
「あ、ありがと……じゃあこれ、型通りに切って……」
教室に持ち込んだミシンが途切れることなく動く。
三咲は裏方なので着ることはないが、麻中が作り上げた衣装はどれも非常に凝っていて可愛らしい。終わったらこっそりもらえないだろうか。家の中で一人で着る分には、誰にも迷惑をかけないだろう。
一方クラス中が阿鼻叫喚の地獄に包まれる中、冬木たちのグループだけ浮いていた。
彼女たちに何かを頼むと「ミスコンの準備が忙しくて」と笑い返されてしまうらしいのだ。皆が七時近くまで残って作業している日でも、気づいたら早々に居なくなっている。
三咲にとっては変な嫌がらせをされなくてありがたいのだが、クラスメイト達はあまりよく思っていないらしい。
そんな中、ついに事件は起きた。




