秋の話 4
それからは連日清掃強化にいそしんだ。
黒板掃除はもちろんのこと、机に書かれた油性マジックの落書き、入れられたゴミの始末、ついでに靴箱の確認と、ありとあらゆる嫌がらせを想定し先回りした。
「よし、完了」
三咲は何食わぬ顔で教室に戻り、麻中に挨拶を返す。
よしよし、今日も嫌がらせは無事処理できたようだ。
その時、始業寸前に入ってきた冬木たちのグループと目が合った。ちらと黒板を見、眉を寄せる。まずい、消していることを気づかれたか。
慌てて目をそらす。何か言いたげな冬木ではあったが、担任が入って来たのですぐに席に追いやられることとなった。ほっと安堵する三咲であったが、話はそれでは終わらない。
五限目の体育の後、にわかに教室がざわついていた。
麻中が体操服のまま授業を受けており、教科担当から注意をされたからだ。
「麻中、もう体育は終わっただろ。制服に着替えて来い」
「それが、昼休みに水浸しにしちゃって~ごめんなさい~!」
「……ならいいが、次はないからな」
「はーい」
可愛らしく小首をかしげて返事をする。だが三咲は違和感を覚えていた。麻中とは昼休み、一緒に図書室にいたが、水に濡れる事態など起きなかったはずだ。
授業を終え、教室内に人が少なくなる中、急いで麻中のところへ行き問いかける。
「よもちゃん、あの」
「んー?」
「制服、どうしたの……?」
「……」
ふ、と麻中の目が陰った気がした。体操服袋から引き出された制服を見せてもらうと、そこには無残に入った切れ込みがある。
「更衣室に戻ったら、こんな感じ。とりあえず帰って直してみるけど、どうかなー」
「こんな、ひどい……」
防ぎきれなかった。三咲も以前一度だけされたことがあったが、かなり心に来るのを知っている。三咲の時は、叔母から烈火のごとく怒られ、担任を巻き込む大騒動を起こしたため、二度はなかったが。
するとその様子に気づいたのか、冬木たちがわざと大きな声をあげて話し始めた。
「そういえばぁ、更衣室最後に来たの、尾崎さんだったよねえ」
「あ、あたしも見た! ね~何してたんだろ~」
その声に臆することなく、ぎろと麻中が睨みつける。
「なにが言いたいの」
「別に? いいじゃん、またあんたが庇ってあげればいいでしょ」
「ほんと、うける」
「ブス同士、仲良くしてれば?」
手をたたいて笑い始めた冬木たちを一瞥し、三咲と麻中は教室を後にした。
やはり、思っていた通りだった。
終業式の日、麻中が三咲をかばったことで、白羽の矢が彼女に向いてしまったのだ。どうしよう、という申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
今まで自分に優しくしてくれる人なんていなかったから、巻き込まれることはなかった。まさか麻中がその対象になるなんて。
「あいつら、超むかつく!」
「ご、ごめん、私のせいで……」
「なんでみさきちのせいになんの!」
「多分、よもちゃんが、私をかばってくれたから、それで……」
麻中は視線をあげ、少し考えていたようだったが、たたと三咲の前に回り込むと、両肩を掴んで叫んだ。
「違うよ! こんなのは、やったやつが悪いの」
「でも……」
「それに、あたしが庇ったわけじゃない。みさきちがちゃんと、自分はやってないって言ったんだから」
そうだ。あの時は桐人の言葉が頭をめぐって、嫌なことは嫌と言えと、叫んだ。
あの勇気はどこに行ってしまったのか。
「あたしはこんなの大丈夫。みさきちも負けちゃだめだからね」
「う、うん……!」
そうだ、負けている暇はない。対象が移りかけているのが分かった以上、早朝の掃除はより確かなものにしておかなくては。これ以上麻中に嫌な思いをしてほしくない。
「三咲ちゃんおはよう。……随分荷物あるね」
「おはよう。そうかな、そうでもないよ」
早朝、珍しく家を出てすぐのところで亘理と出会った。
予備の制服、体操服、教科書等々を持った三咲を見、少し驚いたようだった。だがこのくらい準備しておけば、麻中に何かあっても助けることが出来る。
「そういえば、氷坂の意識が戻ったみたいだ」
「え、ほんと」
「うん。表に出るにはもう少しかかるけど、とりあえずは大丈夫そう」
「良かった……」
そんなことを話しているうちに時間が経ってしまった。まずい、今日はどれだけ嫌がらせされているか分からないのに。
「そういえば、来月三咲ちゃんの神高で文化祭があるよね。あれの」
「ごめん亘理、私先に行くね」
「一般公開日、って、……あ」
取り残された亘理は、怒られた大型犬のようだった。




