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優等生の皮

作者: 庭白梨々

自分を押し殺して他人に都合のいい人間でいるなんてバカらしい。

人にいい顔しか出来なくて苦しんでる人と、そのせいで青春時代を棒に振った私に向けて書きました。

 


 私は何をしているんだろう。

 毎日毎日馬鹿の一つ覚えのように優等生の皮を被って善良な人間でいることに命をかけている。


 幼い頃はそれが普通で、当たり前で、常識で、正義だった。


 だけど年齢を重ねるごとに苦しさは増して、本当の自分はとっくに数え切れない仮面に埋もれて行方が知れない。


 親元を離れてから、日に日に良い子でいる意味がわからなくなって、苦しくてたまらなくて、このまま生涯を終えたくないという悲しい焦りばかりが強くなっていった。


 そんな焦燥感から解放されたくて、ありとあらゆる事をやった。

 掃除、洗濯、料理に片付け。

 アロマテラピーも音楽療法も散歩も瞑想もストレッチも今の私には無意味に等しい。

 一時しのぎの気休めだ。


 だって、私が求めているのは癒しではないから。


 私の心の中にどっかりと腰を下ろした妖怪のような焦燥感が、私をひたすらに焦らせ、緊張させ、不安にさせる。

 言葉では言い表せないくらいの苛立ちと憂鬱感で、幼い子供のように手足をばたつかせながら床を転がり泣き喚こうかと何度も頭を過ぎるが、最後に残った理性がそれを許すことは無かった。


 人より理性的かつ貞淑で常識的だと褒められてきた私の性格は、こういう場面で酷い役立たずへと変貌する。


 理性も常識も世間体も吹き飛ばして、この胸の内で暴れ狂う感情を爆発させることが出来たならどんなに良いだろう。


 苛立ちに任せて家具を薙ぎ倒し、食器を割り、綺麗だと褒められた黒髪を無残に切り刻むことができたら、少しはスッキリするのだろうか。

 思い切り服を破いてアクセサリーを引きちぎり、声の限り叫び続けたら幸福な気持ちになれるだろうか。


 優等生の私は今までそんなことをやってこなかった。

 だから、悪いことの快感を知らない。


 悪いことは恐ろしい事だと常々言い聞かせられ、鵜呑みにして生きてきたから。


 私は優等生の皮を破り捨てたいのだ。


 理性的で常識的で貞淑で優しく穏やかな私なんてクソ喰らえ。


 私は手始めにハサミを手に取り、一度も染めたことの無い艶やかな黒髪を一束、ジャキリと切り落とした。


 切り落としたこれは私が今まで積み上げてきた優等生の私。


 もう一束、もう一束、と乱雑に掴み取った髪を次々切り落としていく。


 気がつくと私は鏡の前で泣いていた。

 鏡の中の私は、ざんばらに切られた黒髪をぐしゃぐしゃに掻き乱して、顔を醜く歪めて涙を流している。


 後悔、それはよく知っている。

 今までの人生で何度も何度も経験した「やっておけば良かった」という感情だ。


 今回の後悔は、初めての経験だ。

 やってしまった、やらかしてしまった。


 こんなことして明日からどうすればいい?

 どうやって外に出て、どう生きていけばいい?


 困惑する私の目に止まったのは預金通帳だった。

 貯金を趣味にしなさい、と母に言われた通り続けてきたおかげで同じ歳の中では群を抜いて預金がある。


 この際思い切り使ってしまおう。


 ヘアサロンを予約してフードを被って外に出て、髪をベリーショートまで切ってもらって、思い切り派手なカラーを入れてもらおう。


 それから帰りにドラッグストアでピアッサーとピアスを購入して耳にありったけの穴を開けよう。


 リストカットよりは健全な筈だ。

 こういう時まで優等生が抜けきらないのが腹立たしいけれど、私にとってピアスも染髪も不良の象徴であり、親に刷り込まれた固定観念に真っ向から反抗するのと同義なのだ。


 よし、やろう。

 もうこの無残な髪は元に戻らないのだから。


 私は床に投げたままの携帯を拾い上げ、ヘアサロンに予約の電話を入れた。


 運良く今すぐに行けばカットもカラーも可能らしい。


 部屋に散らばった髪の毛を片付けて、パーカーに着替え、携帯と財布と預金通帳をショルダーバッグに詰め込む。


 フードを目深に被って伊達メガネをかけて、これで完璧。


 化粧をしている時間はない。

 早く優等生の私を脱ぎ捨てよう。


 今日からの私は親の言いなりでも友達の言いなりでもない。


 私の心にだけ従う、私の味方だ。


 もう我慢しない。

 他人に反対されていた好きな服も、派手なメイクも、好きな音楽も、おかしいと笑われた趣味も。


 玄関のドアを開けたら、私の新しい人生が幕を開ける。

読んでくださってありがとうございました!

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