表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

6.濡れ鼠と、天才魔法使い


「サ、サクラがヒロインだったの!?」


 ガーン! という表情でそう言ったレイラに、


「……分かってなさそうだとは思ってたけどやっぱ分かってなかったか……ねーちゃんを信用した俺が馬鹿だったわ」


 と、アーサーは辛辣に言い放った。




◇◇◇




「だって……王子が『あの有名な~』とかいうから、どこかの令嬢かと思ったんだもん。しかも、会うのは入学式後だってあーくんが言ってたし……」

「それは俺も吃驚したけどよ、スチュワート家に養子に入るって俺、言ったよな? 名前がサクラだとは知らなかったけど、考えたら分かるよな? ん? それでも俺が悪い?」

「す、すべてわたしがわるいデス……」


 笑顔のアーサーに、レイラは作り笑いでそう答えた。

 入学式が終わり、寮の説明も終わった今。

 レイラとアーサーは食堂で落ちあい、さっきの反省会をヒソヒソとしている最中なのだ。

 今日は一日自由に学内を見て回る時間がとられており、授業は明日からとなっている。

 もちろん、女子寮と男子寮は別のため、こうして外で落ち合うしかないのだ。


 レイラは紅茶を一口飲んだ後、うーんと唸った。


「それにしても、サクラがヒロインだったとは……ネチネチ姑しにくくなっちゃったわね」

「ねーちゃんが先走って友達になろうなんて言うからだろ……」

「それはそうだけれども!」


 そう言ったあと、レイラはハッと顔を上げた。


「そうだ! 私いいこと思いついた!」

「悪い予感しかしないけど何?」

「あーくんひどすぎない? かなりいいことよ! ここって、女子向けのゲームの世界じゃない? だったら、少女漫画のあるあるシチュエーションも適応されるはずじゃない!?」

「少女漫画の、あるあるシチュエーション?」


 アーサーは目を丸くした。

 レイラはガタンとイスから立ち上がって、片手を胸に当て、片手を空へと伸ばす。


「仲良くなった女同士……主人公はいつも優しく声をかけてくれる親友が大好きだった……他のクラスメイト達は私をいじめるけど、あの子だけは、親友だけは私と仲良くしてくれる……! そう、思っていたのに!」


 ばん! とレイラは机をたたいた。そして、アーサーに鬼気迫った顔を近づける。


「いじめの首謀者は……その親友だったのよ! そんな、信じてたのに……どうして!? 涙する主人公に、親友は今まで見せたことのない顔でこう言い放つの。ふん、あんたなんかと心から仲良くすると思ってたの? 〇〇くんは、わたしのものよ……!」


 決まった、とばかりにドヤ顔でそう言い放ったレイラの顔を、アーサーは冷静に押し戻した。


「〇〇くんて誰だよ。……まあ、他の人間が主人公をいじめるっていうのはここと一緒だな」

「え? サクラを?」

「見たろ? サクラに足かけて転ばしてたじゃねーか。ありゃリッツ家の令嬢だな」

「ま、まじか……私、サクラはドジっこ系なのかと……」


 足ひっかけられてたなんて、とレイラは驚きながら席に座りなおす。


「そりゃ、突然やってきた素性の知れない人間が、歴史あるスチュワート家の養子になったんだ。反感を持つ者も多くないだろ。しかも見た目は可愛いし」

「おやおや~?」


 レイラは、にやりとして口元に手を当て、アーサーを見た。


「もしかしてあーくん、サクラにホの字ですかにゃ~?」

「ホの字とか古臭いしにゃ~とか言われても可愛くねぇからやめて」

「うぷぷ照れちゃって~! お姉さまに話してごらんよぉ」

「ねーちゃん? このままだとあの王子と政略結婚して、王妃生活まっしぐらだけどいいの? ねーちゃんがいいなら俺はもう協力しないけど?」

「イヤですうぅ! あーくんサマ協力してくださいぃ!」

「分かればよろし……、ちょっと待て、誰か来た」


 アーサーは、人差し指を口元にあてて後ろを振り返った。

 一瞬間が開き、食堂の中に入ってきたのは。


「サクラ」

「あっ……レイラ様……」


 現れたのは、先ほど話題に上がったサクラだった。

 何故か、その姿はずぶ濡れで。


「ど、どうなさったの?」


 レイラは、思わず慌てて駆け寄った。

 全身濡れ鼠になっているサクラは、悲しそうな顔で俯いた。


「な、なんでもありません」

「なんでもないことないでしょう! ほら、こちらに立って?」


 レイラは、自分の近くにサクラを立たせると、片手をそっとかざした。


(……おいおいおいまさか、ねーちゃん……)


 いやな予感しかしていないアーサーを背に、レイラは小さく呟く。


「風の聖霊、火の聖霊、共に我に力を」


 そう唱えた後、淡い光と共にぶわりと温かい風がサクラ中心に巻き起こった。


「!」


 サクラが驚いて目を見開いた瞬間、ずぶ濡れだった全身があっという間に乾いていることに気づく。


「うん、これで大丈夫よ」

「レ、レイラ様! 魔法を使えるのですか!?」


 目を見張ってそう言ったサクラに、レイラは笑顔で頷く。


「ええ、簡単な魔法のみだけれど」

「そんな……貴族は、魔法使い以外は覚えなくていいと言われたのに……」

「まぁ、基本はそうでしょうね。ですからわたくしが魔法を覚えたのは、完全に個人的趣味と言ったところかしら?」


 ふふ、と笑ったレイラに、サクラも表情を緩めた。


「あの、先ほどに続いてありがとうございました、何とお礼を言っていいか……」

「別に気にしなくていいわよ。それより、どうしてまたあんなに濡れてらしたの?」

「それは……」


「水をかけられたんだよね? 子爵令嬢たちに」


「!」


 突然聞こえた別の声に、三人は驚いて目を見開いた。

 食堂の入り口のドアに、いつの間にか凭れ掛かっている人物が居る。

 ダークブルーの長い髪を後ろで一まとめにしている、糸目の男子。ネクタイの色から見るに、どうやら一つ上の上級生のようだ。

 組んでいた腕をはずし、こちらに向かって歩いてくる。


「ボク、ちょうど近くの窓から見えてたんだよねぇ。可哀想な濡れウサギちゃんが心配で来てみたんだけど……」


 ちらり、とレイラに視線を向ける彼は、その細い目を少し開いた。


「まさか、マンチェスター侯爵家の御令嬢が魔法を使うところをお目にかかれるなんてねぇ」


 ぞくり、と何故か嫌な感じが背筋を走り、レイラは言葉を返せなかった。

 その視線を遮るように、サクラが前に出る。


「魔法を使ってくださったのは私のためです! あの、校内で使ってはいけないなどのルールがあるのですか?」

「あぁ、違う違う。御令嬢が魔法を使うなんて、珍しいからさぁ」


 そう二人が話している間に、レイラはアーサーを見た。

 アーサーはそっと耳打ちする。


「……攻略対象の一人、ノア・フィリップス。希代の天才魔法使いになると言われてる。要するに、魔法使いのフィリップス一族の息子だ」

「なるほど……なんかキャラ濃いと思ったらやっぱりゲームキャラだったのね」

「……ちなみに、水をかけられたヒロインを魔法でかわかすってのはノアルートのイベントだ。今さっきねーちゃんが横取りしたけど」

「まじか」

「なんで無意識にヒロインがすること奪ったり、キャラがすること奪ったりすんの? わざとじゃねーんだよね?」

「わっざとなワケなかろうて! 運命の女神様に言って」


「ねぇ、何話してるの? ボクは一応上級生なんだけどなぁ」


 ノアがこちらに視線を向けて、冷たく言い放った。

 レイラはにっこりを笑顔を向ける。

 フィリップス家は位は伯爵だが、魔法使いの一族として一目置かれている存在。王族とも親しい仲だという。ここは穏便に済ませようと心の中で決意するレイラ。


「大変失礼いたしました、ご無礼をお許しくださいな」

「ワォ、うーそだよ。マンチェスターの御令嬢サマに謝らせるなんて、ボク怒られちゃうじゃない」


 少しおどけた様子でくるりとその場で回ったノア。


「ボクはノア・フィリップス。一つ上だから分からないことがあったら何でも聞いてね」


「……」


 レイラは少し考えた後、ノアと同じようにくるりと一回転した。

 ……若干よろめいたが。


「わたくしはレイラ・マンチェスターですわ。よろしくお願いいたします」


「……は?」


 間の抜けた声を出すノアをよそに、様子を見ていたサクラも、同じように一回転した。


「サクラ・スチュワートです!」


「……」

「……」

「……」


「……一応言っておくけど一回転しながら挨拶するルールとかないよ?」


 ノアの言葉に、驚愕の表情を浮かべるレイラとサクラ。


(なんで驚愕の表情!!!!!!!)


 心の中で盛大に叫んだアーサーの言葉は、誰にも届かなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ