4.学園入学、再会
「やっと……やっとこの日が来たわ……! おーっほっほ、おーっほっほっほ!」
レイラは、目の前に聳え立つスヴィエート学園を見上げて、高らかに笑った。
豪奢な扇子で口元を隠しながら。
「……何その笑い。何その扇子」
「ほーっほっほ……いや、悪役令嬢っぽい笑いでしょ? おーっほほムフヌッ……ゴホ、ゲホ……っ、つ、つまった……!」
「(無視)」
「ゴホっ……無視するなー!」
スタスタと門をくぐっていったアーサーを追いかけるレイラ。
待ちに待ったスヴィエート学園入学の日。
13歳に成長した二人だったが、やっていることはほとんど変わらなかった。特に姉。
「……誰か今、失礼なこと言わなかった?」
「ねーちゃんいい加減にして。誰かに聞かれたら悪役令嬢どころか頭悪令嬢だって言われるだろ」
「ひどっ!!」
◇◇◇
「まぁ、ご覧になって。マンチェスター家の御令嬢、レイラ様よ」
「へぇ、噂に違わぬ美しさだな」
「さすが侯爵家の御令嬢、歩く姿も凛々しいわね」
「是非ともお近づきにならなくては」
レイラとアーサーが歩く道すがら、その様子を見る同じく新入生たちはひそひそと言葉を交わしていた。
ここは入学式が行われる大講堂へ続く廊下。
新入生たちの多くは、有名な貴族を見ようと席に着かずにここで待っているようだ。特に、今年は王子であるジェームズが入学することも大きい。
そして、レイラとアーサーが来た瞬間に沸いた声。
燃えるような真紅の髪。それはその昔、火の竜を討伐した功績として神より祝福を受けたとされるマンチェスター家である証である。(ゲームの設定では書かれていなかったから、これはアーサーも知らなかった)
そして凛とした佇まいと、同じ新入生ではあるが一目で従者と分かる者を従えている。
注目の的になるのは当然であった。
(ゲームじゃ分からなかったけど、やっぱ普通に美人だし……性格は悪かったがレイラもすごい評価だったんだな)
アーサーは周りの声を聞きながらそう思う。
レイラ・マンチェスターはヒロインの邪魔をする傲慢でワガママで性格の悪い侯爵令嬢、というゲーム内の認識しかなかったが、厳しく躾を受けマナーや礼節も叩きこまれており、歩く姿だけでも良いところの出だと分かるくらいだ。
(……まぁ、あの家庭じゃ性格悪くなんのも無理ねーよなぁ……)
自分が従者として過ごして初めて分かることだったが、アーサーは少しゲーム内のレイラにも同情した。性格が歪んでしまっても仕方がない家庭環境を、間近で見てしまったから。まぁ、やることはすべて悪質だったし自業自得な面も多かったが。
そんなことを思いながら、ちらりと一歩前を歩くレイラを見た。
……心なしか、震えているように見えた。
(……ねーちゃんでも、これだけ注目されたら緊張とかすんだな)
そう思いながら、優しい声色で口を開くアーサー。
「……レイラお嬢様、大丈夫ですよ。自分がついて……」
「ど、どうしようアーサー……」
レイラは、立ち止まってくるりとアーサーを見た。
そして、重ねた両手を差し出し、少し隙間を開けそっとアーサーだけに中を見せる。
「ッ……!?!?」
……そこには、例のカエルが居た。
思わず一歩のけぞるアーサー。
(~~おい! なんで連れてきてんだよ!? ねーちゃん正気か!? つか、緊張してんじゃなかったのかよ!)
(緊張はしてるわよ!? じゃなくて! いつのまにか腕に乗ってて! 本当よ、勝手についてきちゃったのよ! きっと三年も生きてるしすごいのよゲコリンは!)
(なに感動してんだ!)
目線だけで会話を繰り出していると、ザワッと周りが騒がしくなった。
何事かと二人が目線会話を中断すると。
「……久しぶりだな、カエル令嬢」
「ジェ、ジェームズ王子……」
レイラは、ひくりと顔をひきつらせた。
3年前よりも背が伸び、ますます色男ぶりに拍車がかかっていることは認めるが、放たれた一言に口元がひきつる。
一歩後ろには、例のごとくローガンが無表情で立っていた。
こちらもかなり背が伸びており、ジェームズよりも高くまさに王子の背を守る騎士といった風格が出てきている。
レイラは、優雅にお辞儀をした。
「お久しぶりです、ジェームス王子。その節は、大変失礼をいたしました。ローガン様も息災のようで何よりですわ」
「本当にな。……しかも、その後一切連絡をしてこないとは、本当に恐れ入ったぞ。俺様にあれだけのことをしておいて、謝罪にもこないとはな」
「えっ……しばらく、顔を見たくはないとおっしゃられたので……手紙で謝罪はしたし、学園で会うでしょうしまぁいいかと」
「まあいいかだと! 俺様は何度もあのぬめぬめの感触を思い出し、何度もお前のことが夢に出てきたというのに!」
「わたくしが、夢に?」
きょとんと眼を丸くしたレイラに、ジェームズはハッとして咳ばらいをした。
「とにかく、もう二度とあのようなモノを俺様の前で触るのは止せ。俺様の婚約者として、もっと自覚をしろ」
「は、はいぃ~もちろんですわぁ……おほほ……」
にっこりと引きつり笑いながら、レイラは手の中に納まるカエル(名:ゲコリン)が飛び出さないようしっかりと気を引き締めた。ここでゲコリンが飛び出していったら、一巻の終わりであることはさすがのレイラにも分かる。
後ろにいるアーサーからも、見ていないのにものすごいプレッシャーがかけられていることが空気で分かるほど。
「まぁ……王子とレイラ嬢がお話になられてますわ」
「お似合いだな」
「きっと素晴らしい王と王妃になるに違いありませんわね」
遠巻きに見られそう言われていることに、苦笑いするアーサー。
(いや、そのお似合いのはずの王妃(仮)の手の中じゃ、田舎の子供さながらアレが飛びまくってんだけどな……)
その姿を想像して少し背筋を震わるアーサー。
お上品な感じを装って両手をお腹の前で重ねているレイラだが、いつまでもその体勢をとっていると怪しまれかねない。
「フッ……前にも言ったが、俺様は添い遂げる女は自分で決める。お前が王妃に相応しいかどうかは……」
「ええもちろんですとも! わたくしがどのような人間で、どのような姑ネチネチを繰り出すかをこの学園で確認していただき、もし駄目だった場合は即座についほ……じゃなくて、慎重なお考えをなさってくださいませ」
「……」
少し面食らったように眉を顰めたジェームズと、驚いた表情のローガン。
アーサーは、あちゃぁ……と言った様子で頭に手を当てている。
「……姑ネチネチというのはよくわからんが……そなたは、俺様が他の女を選んでもよいというのか?」
「それは、ジェームズ王子のお心でお決めになってくださいませ」
言い切ったレイラに、アーサーはサッと青ざめた。
(……おいおい、これまた「ふん、おもしれー女」が発動される選択肢クサイぞおい!?)
「……そこまで言い切るとは、よほど己に自信があるようだな。悪くはない、なぁローガン?」
「よほどでない限り、王が決められた婚約を覆すことはできないと存じます。そういう問題ではないかと」
「チッ……正論言うなよ、冷めるだろうが」
ジェームズは鼻で息を吐くと、レイラを見つめた。
「まぁ、俺様の新入生代表の挨拶、しかと聞いておけよ」
「はい、眠くならないよう短めでお願いいたしますね」
「は?」
「え? ……あ、い、いいえ! ジェームズ王子の美声で皆が卒倒してしまわないようにという意味でございますわよオホホ……」
「フン、それはあり得るな。気に留めておこう」
(いやねーだろ)
アーサーは内心ツッコミをさく裂させた後、そろそろこの場を離れようと糸口を探す。
レイラの手の中のモノを、一刻も早く処理しなければならない。
「レイラお嬢様、そろそろ会場のお席へ……」
そう言いかけたアーサーの言葉が。
「きゃぁっ!」
という悲鳴と共に、ジェームズとレイラの間にズデーン! と間抜けな音を立てて転んできた一人の新入生により中断された。
真っ黒でサラサラの髪。雪のように白い肌。
ぱっちりとした大きな目に涙をにじませながら顔を上げたその美少女を見て、アーサーはハッと息を呑んだ。
(ヒ、ヒロイン登場キターーー!!!)