1.びっくり転生、目指せ国外追放!
「そ、そのオタクっぽい早口長台詞……まさか、あーくんなの……?」
「その極度の楽観的おバカ思考……まさかねーちゃん……?」
片や、エードラム王国のマンチェスター侯爵家の子女であるレイラ・マンチェスター。
片や、そのマンチェスター家に代々使える従者の子であるアーサー。
二人は、レイラ4歳の誕生日である今日、突然前世の記憶を取り戻したのであった。
◇◇◇
「いやぁ、あの時はほんとパニくったわぁ~。転生? とか、言葉すら知らなかったもん」
あれから6年の月日が経っていた。
レイラの4歳の誕生日に、突然二人の脳にあふれ出た前世の記憶。
ペラペラと「転生」についての考察を話し出したアーサーと、「交通事故であーくんと死んだはずなのにあれ? まっなんかお金持ち美少女になってるし、まいっかー」と言い放ったレイラ。二人は瞬時にお互いのことを認識したのだった。
のほほんとあの時のことを思い出すレイラに、アーサーは周りをきょろきょろと見渡しながら声を潜める。
「おいねーちゃん、誰かに聞かれたらどうすんだよ。仮にも侯爵家令嬢がそんな言葉遣いして」
「なによぉ、あーくんだって従者でありながら私にそんな言葉遣いしたら怒られるんだからね!」
「そりゃそうだけど!」
雲一つない晴天の下、マンチェスター家の令嬢たるレイラは、従者であるアーサーを従えてその広い敷地を誇る自宅の庭園鑑賞に足を運んでいた。庭師によって綺麗に手入れをされたそれは、いくら見慣れているとは言っても息を呑むほどに美しい。
そんな美しい庭に釣り合うように、10歳となったレイラもまた、美しく成長していた。
真紅の長いストレートヘアに、深い緑色の瞳はハッと目を引く。少し冷たい印象を与える顔立ちだが、数年後美人になることは確定した見かけだ。
レイラはうっとりと近くの黄色い薔薇を眺める。
「はぁ……綺麗。早く『国外追放』されて、のんびり田舎でガーデニングでもしてのほほんと暮らしたいわぁ」
「だから! 誰かに聞かれたらどうするんだって!」
「んもう、あーくんは心配性だなぁ。お父様もお母様も私に興味ないし、庭師のテッドさんも今は休暇中。メイドのリサも下がらせたし、だぁれも居ないわよ。もし聞かれてたら、記憶ないフリするから。ワターシ、ナニモイテマセーン!って」
「いやむしろ医師呼ばれて余計面倒なことになるからそれ。……ったくほんと能天気な性格は、前世のままだな……」
アーサーはため息をつきながら諦めた様子でそう吐いた。
レイラは、薔薇をつつきながらそんなアーサーを見上げる。
「だってここ、ナントカ物語っていうゲームの世界そのまんまで、私はそのゲームの中でヒロインをいじめて成敗される悪役なんでしょう? どうせ未来が決まってるなら、そのあとのことを考えたほうがいいじゃない!」
「その未来を変えようとか思わないのかよ。転生モノでよくある話なんだけど、悪役令嬢を脱するために努力してシナリオ変えるっていうテンプレすればいいのに」
「えー敷かれたレール通ったほうが楽じゃん!」
レイラはあっけらかんと笑って言った。
そう、前世で双子の姉弟だった二人は、二十歳を過ぎたある日、交通事故で一緒に命を落とした。
能天気でちょっとおバカな姉。
乙女ゲームすら対象内の重度のゲームオタクな弟。
そんな二人が同時に転生してしまったのは、弟がプレイしたことのある乙女ゲーム『ボクとキミの魔法王宮物語』の世界だったのだ。
──ボクとキミの魔法王宮物語。
スマホゲームでもリメイクされるほど、大人気となった乙女ゲーム。
魔法が存在する異世界に、ヒロインが突然現代の日本から転移してしまう。しかし、強力な魔力を宿したヒロインは、その世界の貴族に養子としてもらわれ、魔力の使い方を学ぶ学校『スヴィエート学園』へと入学するのだ。
そこで出会う様々な、一癖あるイケメンたちを攻略していくストーリー。
お邪魔キャラである令嬢にいじめられ、何度も邪魔をされながらキャラクターとの愛を育んでいく──。
「そのお邪魔いじわる悪女な令嬢が、私、レイラ・マンチェスターなんだもんね?」
「最悪なことにな……」
アーサーがそう言うと、レイラはぶんぶんと首を振った。
「そんなことないよ! あーくんと一緒に生まれ変われるなんて、最高じゃない! 前世でもたった二人きりの家族だったのに、あんなにあっけなく一緒に死んじゃうなんて」
「ねーちゃん……」
「それに、重度のオタクで、しかも乙女ゲームなんて女子向けのゲームをプレイしてくれてたあーくんのおかげで、すんなり転生とかこの世界のこととか理解することが出来たしね! ありがとうあーくん!」
「……なんかディス入ってた気がするけど一応お礼として受けておく……」
「ふふ、それにしても、あーくんってあだ名がここでも違和感ない名前でよかったー! あーくんって人前で呼んじゃっても不自然じゃないものね!」
「名前的に不自然ではないけど立場的に不自然だからやめとけよな」
「わーかってるって!」
レイラは、グッと拳を握った。
「とりあえず、私はその学校在学中に国外追放を受けて、冷たい男尊女卑至上主義のお父様お母様とバイバイして、田舎であーくんとひーっそり暮らそう大作戦を目標に頑張るぞー!」
アーサーは諦めたかのように、深く息を吐いた。
「……つかねーちゃん、いじめとかできんの?」
「ハッ……ま、まあなんとかなるわよ! だって私、悪役に生まれたんだもんね! ひざかっくんとか、やりまくるわよ!」
「悪役令嬢、ひざかっくんしないだろ」
「そう……なの!?」
「なんで驚愕した顔だよ、しねーよ」
だったら何をすれば……変顔……? と呟くレイラを見て、アーサーは肩をすくめた。
マンチェスター家は由緒ある侯爵家ではあるが、実際は子女であるレイラをいいところに嫁がせる以外に彼女に興味を持たない冷たい家族だった。
長男でありレイラの兄であるケヴィンは歳も離れており、父親と共に仕事に出てほとんど家に居ない。母親も社交の長を務めているためあまり姿を見ない。
そんな家を飛び出したいと思うレイラの気持ちは、アーサーも痛いほど分かる。自分だって、前世の記憶があるからかもしれないが、従者の家庭に生まれた故に好きなことも出来ず一生マンチェスター家に仕えなければいけないことに、不満がないわけではない。
楽観的に目標を掲げるレイラを窘めながらも、レイラと共に飛び出していけたらという想いはないでもなかった。
「……ま、おばかで幸薄いねーちゃんに協力してやっか」
「なんか言った?」
「いや、変顔はねーよって言った」
「うそ……でしょ……!?」
「だからなんで驚愕の顔だよ」
「レイラお嬢様! どちらにいらっしゃいますかー!?」
メイドのリサが呼ぶ声が聞こえた。
「うふふー! どこかしらー!? つかまえてごらんなさーい!」
いたずら気にそう言ったレイラに、リサの焦る声が続く。
「お嬢様ったら! 茶化さないでくださいまし! それどころじゃないのです! 大変なのです、王宮から……王宮からお茶会へのお誘いが!」
その言葉に、アーサーは目を見開いた。
「まさか!」
「なに?」
「ボクキミの世界は学園入学時から始まる。その時既にレイラと王子ジェームズは婚約状態にあるんだ。あぁ、もちろんジェームズは攻略対象キャラ……むしろメインキャラだ。学園入学は3年後なのに、いつ婚約するのかと思ってたんだ。きっとその茶会で婚約が打診されるはずだ。いや、数家ある侯爵家で年ごろの娘がいるのはいまのところウチだけ……おそらく婚約はほぼほぼ決まりだろう。レイラはクソいじわる女だったけど見てくれは赤髪ストレートヘアの深緑のアイでめちゃくちゃ美人っていう設定だったからな。性格はクソだったが。ようやく物語が動き出したってわけだ、いいかねーちゃんきっと王子との婚約が進められる!国外追放ルート狙ってるなら、受けるんだぞ!」
「うおう! ……早口過ぎて何言ってるか全然分かんなかったけど、受けて立つぞー!」
こうして、少しズれた目標を掲げる姉と、それを支える弟の物語の歯車は動き出したのであった。
コンスタントにアップできるよう頑張ります。