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目覚め


 明石徹は死にました。僕はとても白く、また黒かった。

 僕は偉大で、この世の象徴だった。

 だからこそ、僕は霞んで見えなくなった。

 とても柔軟で何にでも溶けこめる僕を、強固で隙のないあなたたちは、暖か

 く優しく嘲笑った。

 嬉しいことに離れなければ、死ななきゃいけない。だからごめんねありが

 とう。

 もう二度と会えないけれど、またね。



 そう書かれた手紙を最後に、明石徹はいなくなった。



 

 ただいま。そう言うと居間からおふくろの声が聞こえる。居間を通らずそのまま自室に向かう。部屋に入ると小型の冷蔵庫から炭酸飲料を取り出し、一口で半分ほど飲み干す。ポケットからタバコを取り出し、火をつける。少し、窓を開けると煙はものすごいスピードで部屋から逃げるように出て行く。布団にほっぽり出されているパソコンをつける。パスワードを打ち込むとすぐに昨日寝る直前まで見ていたくだらないユーチューバーの動画サイトの画面が映る。画面の右下に目をやると、時刻は22時20分と表記されている。この日は、大学がなく、一日中バイトをしていた。家を9時30分に出て、バイト先に45分に着く10時ちょうどに仕事を始め。途中一時間の休憩を挟んで、12時間の業務をこなす。僕の仕事はお酒の配達で、1時間ごとに区切られる配達を、単調に片付けていくだけのしごと。

 基本的に大学のある日は、バイトはなく。大学のない日は、バイトというふうに、月で休みは1日あるかないかというものだった。周りから大学生なのに、遊びたくならないの?とよく聞かれるが、友達が少ない僕にとっては、休みの日に遊ぶ人がいなく、友達の少なさを露呈させる方が苦痛だった。

 タバコを吸い終わり、灰皿に押し付ける。ちゃんと消えてなかったみたいで、灰皿の中から残り香と煙が出ている。まあいいや。とりあえず今やるべきことをしよう。僕はパソコンを布団の外に出し、仰向けに横になる、目を閉じる。そして今日嫌だったことを思い出す。考える時間は10秒ほどでいい。そして【デリート】する。【デリート】が終わると僕はもう何を【デリート】したのか覚えていない。ただそこには、「何かを【デリート】」したという結果だけが残る。





 大学一年生の時、僕はこの【デリート】を身につけた。【デリート】とは簡単に言うと記憶が消せる僕だけの能力。昔のトラウマでこれができるようになったと昔の僕に知らされた。このことを知っているのは、地元の友達の金成勇気と高校時代の友達、平野光だけだということを僕は知っている。金成勇気は今でも次の日バイトが遅番の時や、気が向いたときに僕から連絡してみたりして、割と頻繁に遊んでいる。

 でも平野光のことは知らない。当然、高校の卒業アルバムで確認しようとしたが、そもそも平野光なんていう人物はいなかった。

 大学四年生になった僕は、就職活動を全くしていない。というよりもする気が起きないんだ。なんで僕が明石徹のために就職しなきゃいけないのか。そう、僕は明石徹だ、確かに明石徹だけど明石徹じゃない。

 去年の冬、僕は目覚めた、目覚めた時から、僕は喋れて、世の中を知っていた。おふくろを知っていて、親父を知っていた。両親の職業を知っていて、地元の友達の存在を知っていた。また【デリート】の存在も、そのやり方も知っていた。目覚めた時、机の上に置いてあった手紙が、「明石徹」のものだということもすぐにわかった。そしてその状況をすぐに飲み込んだ。

 何があったかはわからないけれど、何か「明石徹」をとても動かすものがあって、【デリート】したんだ。「明石徹」を【デリート】した。必要な情報だけ残し、「明石徹」を抹消した。というより、明石徹が、明石徹でいられるだけのもの、アイデンティティのようなものをキレイに消し去った。そして僕が誕生した。いや、誕生したとも違う、僕はそこに残された、肉体にただただ入り込んだだけの「なにか」でしかない。多分「明石徹」は二つの可能性を考えたんだろう。

 一つは「明石徹」が「明石徹」であるために、必要なものすべてを消し去ったら、僕自体がいなくなる、いわば死ぬ可能性。もしくは、結果としては今現在起こっているように、得体の知れない「なにか」が僕に成り替わる可能性を考えた。そのための手紙であり、あの手紙はとても助かった。少なからず「明石徹」だった気持ちは少しわかる、というようなことではなく。あの手紙でシンプルにその状況を理解することができたからだ。

大きく自分の証明を【デリート】した日のことはよく覚えている。





 目覚めると、頭はスッキリしていた。習慣のようにタバコをポッケから取り出し火をつけた。枕元に置いてあるスマホを手に取り、電源ボタンを押すと、2100と文字が文字が並んでいた。からだを起こすとスネあたりの高さの小さい机の上に置かれた一枚の手紙に気づく。何を【デリート】したのかに気づくまで1分もかからなかった。「明石徹」は彼自身を【デリート】したんだ。もう一度、からだを寝かせタバコを吸い込む、だんだん記憶がクリアになって、何を知っていて、何を知らないかがはっきりしてきた。タバコを吸い終わり、灰皿に押し当てる。その時、スマホが鳴った。その音を知っていた、誰かから電話が来ている。画面を見ると「金成勇気」だった。金成勇気が地元の友達ということは知っていた。怪しいやつや、悪い奴じゃないことはわかった。しかし、なぜ友達なのかも、何をしてきたかもわからなかった。しかし、なぜ友達なのかも、何をしてきたかもわからなかった。とりあえず通話ボタンをタッチし、スマホを耳に当てる。

「入っていいか?」

 僕は、初めて聞いた金成勇気の声に違和感を感じなかった。どうぞというとすぐに電話は切られ、それと同時に玄関のドアが開くのがわかった。金成勇気が家に入ってくる。金成勇気は知っているようだ、僕の家の構造や、両親が家に勝手に友達が入ってくることを嫌がらないことも。

 金成勇気は部屋に入ってくるや否や、戸惑っていた。その人はもう明石徹じゃないことに気付いているような態度を見せた。そして、全て知っているように話してきた。

「昨日お前に言われたんだ。明日の21時ちょうどに全てを【デリート】をするって、俺は必死に止めたけどやっぱりやっちまったんだな。今のお前を見てわかったよ。もうお前は明石徹じゃないんだな。」

 僕は頷いた。不思議と、では僕はなんなのかについて、そんなに気にならなかった。

「もしかしたら、死ぬかもしれないって言ってたから見に来たけど、やっぱり死んではなかったな。どこまで覚えてる?」

 僕は、その質問にすごく違和感を感じた。覚えているなんて感覚じゃない。ただ僕には、わかるものとわからないものがあるだけだ。僕は自分にわかることをすべて話した。

「僕は君が金成勇気だと知っている。そして、君が僕の友達であることも知っている。僕が君のことを勇気を呼ぶのは知っているが、なぜか、勇気と呼ぶのに抵抗がある。それに話し方だってわかるし、他にもたくさんのことを知っている。だから、今ここで全ての知っていることを話すなんてできないよ。」

 金成勇気はそうかといい、僕との関係を話し始めた。

「俺らは小学校三年の時からの付き合いだ。中学まで同じで、高校でバラバラになった。それでも週に一度は遊んでた。中学校の記憶はあるか?」

 そう言われ思い出すと。中学校の記憶はそこそこあった。というより「明石徹」は中学校の記憶をほぼほぼ【デリート】していないだろうと感じた。多分中学校の記憶で抜けているのは、記憶が他の人と同じようになくなっていくのと同じように、忘れてしまっているだけのもののように感じた。

「うん覚えているよ。君と遊んでいた記憶もちらほらわかるよ。でもその先の記憶がすっぽり無くなっているみたいなんだ。」

 金成勇気はタバコを吸い込んで、煙を出しながら言った。

「高校時代の記憶がないのか?」

 僕は頷いた。ないというと無くなったみたいだけど、そうじゃない、僕に高校時代なんて最初っからなかったんだ。

「いいか。これは俺がお前から聞いた事だけど。お前は高校時代のあることがきっかけで、その【デリート】が使えるようになった。「初めはもう全てなくなっちゃえ」って気持ちがきっかけらしい。そして、【デリート】の能力に気づいたのは、初めての【デリート】からどのくらい経った時か分からないらしい。」

「分からない?なんでこの能力の使い方が分からなかったの?」

 金成勇気はさらに短くなったタバコを吸いながら答える。

「なんでって言われてもお前から聞いた話だけど、【デリート】は何を【デリート】したかを忘れるらしい、その後には『【デリート】した結果』だけが残るらしい。だから、最初は、なんか周りと話がかみ合わないとか、周りの人が話すことを覚えてないな程度だった。つまり、その能力があるって気づくまでに1年ぐらいかかったんだ。そこでお前は、ありとあらゆる嫌なことを消してしまったらしい。いや、正確には消してしまったんじゃないかって言ってた。」

 なるほど、そう言われれば、そうだ今僕は「明石徹」が何を消し去ったか全くわからない。【デリート】の能力の記憶を消されてたら、多分こんな落ち着いた状態じゃいられなかったかもしれない。

「ん?待って。じゃあどのタイミングで、この能力は明らかになったの?」

 金成勇気は、タバコを灰皿に押し付け、ふーと息を吐き答えた。

「お前が高校二年の時に、忘れもしない辛い経験をした。それは俺もよく覚えているし、他にもそのことを知っている奴もいる。それでも、その話題はできるだけ避けてきた。お前が辛いだろうと思ってみんなできるだけ避けたんだ。」

 そのことは全く覚えていなかった何のことを言っているんかわからない。だってそもそも高校生活ってことすら、ピンとこないから。

「でも、ある時その話をしなければいけない時が来た。俺はお前にその話を切り出した。そしたら、お前はなんのこと?って聞いてきた。最初はふざけてるのか、頭がおかしくなったのかって思ったけど。そういう感じでもなかった。それに最近お前が記憶が無くなっているような気がする。って言ってたから俺は記憶障害だと思った。そのストレスが原因で、お前はおかしくなったって思ったよ。












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