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うたよみの貴公子姫  作者: 希介
第二章
16/28

白いひと 伍

 深彌草(ふかみくさ)家の広大な前庭(ぜんてい)は、今まさに初冬を迎えんとしていた。

 常葉木(とこわぎ)の多い西の(たい)の庭は、いよいよ緑を深くし、辺りに冷たい水の匂いを(ただ)わせながら雪を待っている。その中でも、山茶花(さざんか)()だ二分咲きの(つぼみ)が、ぽつりぽつりとまるで火を灯したように目を引く。あれは、もう少し咲けば朱色に控え目な白い()が入って、とても美しい。そうしたら一枝、姫様のお部屋にお持ちしよう。きっとお喜びになって、「お前によく似ておる」などと言って幼気(いたいけ)女童(めのわらわ)を無駄にときめかせたりするのだろう。

 そんな自らの想像に微苦笑をうかべながら、一人の女官が渡殿(わたどの)をゆっくりと歩いていく。垂れ目で、柔らかな雰囲気の上級女官である。この頃は(あるじ)が出仕で(やしき)をあけることが多いため、雑務を終えれば手持ち無沙汰(ぶさた)になってしまう。姫様が普通の深窓(しんそう)の姫君であってくだされば、こんなことはないのに。そうであったら、一緒に双六(すごろく)(きょう)じたり、物語を読んだり、素敵な殿方の噂話に花を咲かせたり。

玉露(たまつゆ)さま」

 それから装束(しょうぞく)の色目についてあれやこれやと批評し合ったり、ときには道ならぬ恋なんか打ち明けられてしまったり、あと楽器が下手くそなのを恥ずかしく思っていらっしゃるのを励ましたり。

「たーまーつーゆーさま」

「……何」

 遠い目をしたまま、傍らに立つ二人の女童に応答する。顎のあたりで切り(そろ)えた黒髪を艶々と光らせた彼女たちは、黒貂(くろてん)襟巻(えりま)きを捧げ持っていた。先立(せんだ)って玉露の主、紅緒が名も知らぬ誰かから贈られた品だ。

「今朝は姫様、この襟巻きを忘れて行かれました」

「まあ、もうこんなに寒いというのに。仕様(しよう)がない姫様ですこと。でも、それがどうしたの?」

 何故今この襟巻きをわざわざ自分のもとに持ってきたのか。玉露が少し首を傾げると、二人は目を見交わしながらもじもじしていたが、やがて片方が上目遣(うわめづか)いに口を開いた。

「私たち、この襟巻きを姫様に贈った方がどなたなのか、気になって仕方がないのです」

「玉露さまは、ご存知なのですか?」

 頬を上気(じょうき)させて、勢い込んで尋ねる少女たちに、玉露は小さくため息を吐いた。そんなことにうつつを抜かして、勤めはちゃんと終わっているのか、と口に出しかけて止めた。彼女たちもきっと玉露と同じで手持ち無沙汰なのだろう。

「裏地に付いている怪除(ケよ)けの護符(ごふ)を見てご(らん)なさい」

 小さな手が急いで襟巻きを裏返してみる。彼女たちの(てのひら)ほどの大きさの絹に、朱墨(しゅぼく)で怪除けの紋様が描かれている。恐らくはこれを贈った者が手ずから描いたものだと思われる。が、やはり女童たちには誰が描いたのか分からない。それでも穴が開くほどそれを見つめる二人に、玉露は小さく笑って、護符の一隅(いちぐう)を指差した。左下の角に、小さく何かの印が入れられている。それは、高い(あし)付きの四角い皿の上に、丸いものがひとつ()っている(もん)であった。それを見留(みと)めて、女童は危うく襟巻きを取り落としそうになった。もう一人も両手で口を抑えている。

「た、玉露さま、姫様は気付いておられないのですか?」

 額に手を当てて、優秀な女官は(かぶり)を振った。彼女とて何度か知らせようと思ったが、誰からの贈り物か知った途端(とたん)に身に着けなくなってしまうのが目に見えていたので、黙っているのだ。そもそも、普通なら放っておいても気付く。普通なら。

「あの……御存知(ごぞんじ)ないとなると、御目通(おめどお)りがあったときなんかに不都合が生じませんか? 御礼も申し上げないのは不敬(ふけい)にあたりませんか? 姫様は叱られたりしませんか?」

 おろおろと泣き出しそうな女童の髪を撫でながら、玉露は再び遠い目をした。

「安心なさい。無位(むい)の下っ端でいらっしゃる姫様は、例えお願いしても拝謁(はいえつ)のお許しは出ないでしょうから」




 もうもうと舞い上がる土埃(つちぼこり)がはれゆく中、金鶏(きんけい)の縫い取りがある黒い上衣(うわごろも)の背が現れる。背守りのように、角高坏(かくたかつき)に日輪を(いただ)いた紋が入ったそれを軽く払って、身を起こした皇帝(おうてい)は、しっとりとした黒曜石(こくようせき)の瞳で、冷静にその場を眺めていた。口に当てていた袖を放し、目を細めて左右に視線を()るも、何処に消えたのか地から飛び出した何ものかの姿は見えない。侍従(じじゅう)二人も辺りを見回しながら、戦々恐々(せんせんきょうきょう)(てい)で、それでも何とか主上(しゅしょう)の脇を固めている。

「そなたら、(なん)ぞ飛び出して参っても私の前には出なくてよいからの。あれは只人(ただびと)の手には負えぬものよ」

 淡々と(さと)すように言う主上(しゅしょう)の声は、低く落ち着いている。

「いや、しかしそれでは……」

(いたずら)に死んだりされては、明日から誰が私の駒捕(こまど)りの相手をするのだ。ほれ、うたよみが来てくれたから、そなたはもう太刀を納めよ」

 喉の奥で(うな)った侍従が渋々(さや)を鳴らすのと、宇賀地(うがち)が主上の側に駆けつけるのとは同時であった。尻もちをついていたもう一人の侍従が慌てて、移動し(やす)いように長く(すそ)を引く上衣(うわごろも)を脱がしにかかるのを、されるがままに主上は宇賀地に尋ねた。

「うたよみ、私はどうすれば良い」

 やや(たの)しそうな声音で問われて、宇賀地は言葉に詰まった。それと同時に主上は案外(きも)が据わっているようで、安堵(あんど)する。

(おそ)れながら、今、地から飛び出したのは蠱物(まじもの)(たぐい)かと思われます。が、何処(どこ)(ひそ)んだのかわからない以上、まだ下手に動けませぬ。()をみて謌寮(うたのつかさ)にお連れ申し上げますので、今(しばら)くこちらでご辛抱(しんぼう)を」

 不敬を覚悟で低頭(ていとう)を省いて早口で答え、「主上を囲んで陣を組め!」と謌生(うたのしょう)に指示を飛ばした。それで我に返った紅緒たちはすぐに駆け出し、皇帝と侍従二人を背に、二重(ふたえ)の半円形に陣を組む。前列に紅緒と氷雨と玄梅が、後列に残りの二人が立ち、宇賀地が皇帝の背を守る。

 辺りは何事もなかったかのように静まり返っているが、先刻、地面が割れた瞬間に紅緒の目は、恐ろしく機敏(きびん)に飛び退(すさ)った何かの動きを、(かろ)うじて追っていた。鉄鞭(かなむち)を取り出しながら、彼女は声を張る。

右方(うほう)謌寮(うたのつかさ)の向こうへ飛ぶのが見えました。肉色の何かに見えたが、恐らく蠱物(まじもの)かと」

 声音にわずかに口惜(くや)しさが(にじ)んでいる。()り逃しだ。昨日、呪いが込められた()の肉塊を、黒羽司琅(くろばねしろう)とともに(とら)えて始末したが、見落としがあったらしい。あれは貴人(あてびと)を対象に無差別に仕掛けられていたものであったが、偶然にもここに至上の地位にある皇帝(おうてい)という絶好の獲物が現れたものだから、呪いが成就し、肉塊は蠱物(まじもの)と成って地上に生まれ(いで)たのだ。何の形を()していたかは分からないが、かなり大きくなっていたように見えた。

 司琅(しろう)は後で呼び出しだな、と宇賀地がきりきりと奥歯を噛んだ。蠱物(まじもの)は危険ではあるが、始末するのに然程(さほど)厄介なものではない。問題は、ここには皇帝がいるということである。何とかして、早急(さっきゅう)に屋内に退避させたい。宇賀地は謌生に聞こえるよう、低く言う。

「俺はまず主上を寮内までお連れすることに専念する。その間はお前たちでどうにかしろ。安心しろ蠱物(まじもの)くらいは謌生でも大丈夫だ」

 それを聞いて、今後虫の知らせがあったら絶対に家に()もることを心に誓いながら、玄梅は青白い顔で(ふところ)から扇子を取り出した。隣の氷雨は底冷えする無表情で、両袖に手を仕舞(しま)う。蠱物(まじもの)がいつ姿を現すか分からない緊迫感に()れながらも、宇賀地も含めて各々(おのおの)謌を口ずさみ始め、身随神(みずいじん)を身構えさせた。

 (しば)しの静寂のあと、不意に氷雨の身随神が視線を動かした。間髪入れずに、その視線の方向へ氷雨が駆ける。並走する黒い山猫が、煌々(きらきら)雪煙(ゆきけむり)と小さな氷の粒を引いて高く跳躍(ちょうやく)した瞬間、突如(とつじょ)飛来した蠱物(まじもの)と激しく衝突する。勢いを殺された蠱物を、(うな)り声と大きく開いた顎が襲う。が、ぶちぶちという音のあとに、歯噛(はが)みする黒い獣がしなやかに着地し、次いで一片の肉と砕けた氷がばらばらと地に落ちる。蠱物がその身の一部を犠牲にして山猫の牙を逃れたのだ。鴉近が目を凝らして戦慄(せんりつ)する。山猫が食いちぎったあの肉片、あれは、人の耳ではないのか。

『我が想いの(ほそ)(ほそ)りて されども切れぬ白糸憎し(うつく)し ()(たま)をかそ削る かそ削る』

 走りながらに最後の一節(ひとふし)を謌いあげた氷雨が、袖から素早く両手を振り出した。その指が繊細に動いたかと思うと、地面低くを飛んで皇帝のいる方向へ向かっていた蠱物は、まるで網にかかったかのようにな動きをして止まった。氷雨が使う見えない糸にかかったのだ。彼は高い強度を持った絹蜘蛛(きぬぐも)の糸を、両手十指で複雑に操る。

 静かに皇帝を立たせながら、宇賀地は蠱物を横目で確認した。

 人の頭だ。

 目鼻口の(そろ)った男の頭である。黄色く(にご)った白目に、焦点の合わない穴のような黒目。大きく開いた口には舌が見えるが、歯はないように見える。加えて(いびつ)な頭部に、じっとりと湿って束になっている黒い毛がまばらに生えている。右耳は無惨(むざん)千切(ちぎ)れているが、血が出ている様子はない。表情はなく、声もない。氷雨の山猫の攻撃によって、顔面の右半分が氷に覆われていたが、それもすぐに()がれ落ちた。思っていたよりも、禍々(まがまが)しく仕上(しあ)がっているそれに、宇賀地は少々不安を覚えた。

 蠱物(まじもの)は顔面にぎりぎりと格子状(こうしじょう)に溝を刻みながら、それでもこちらに向かって進もうとするので、氷雨が糸を手繰り、必死に腕に力を込めている。ぷつりぷつりと糸が蠱物の皮膚を()いてなお止まらぬ(さま)に、この呪物を埋めた者の執念を感じる。

「相当な念とみえる」

 紅緒が炎を(まと)わせた鉄鞭(かなむち)を右手に()げ、嫌そうに呟いた。その背後から、日和の柔らかな声が、常より緊張を(はら)んで響いた。

(ささ)ぐる馬手(めて)()(やいば) 弓手(ゆんで)の赤き壱師花(いちしばな) ()が魂を取り削る それ 取り削る』

 次の瞬間には、赤い炎が渦をまいて蠱物を包み込み、骨まで焼くように激しく燃え上がった。叫びは上がらないが、喉から空気の漏れるような音と、肉が焼ける嫌な音がして、日和本人も眉を(しか)める。この(すき)に宇賀地は皇帝と侍従を連れて、速やかに移動し始める。

「うたよみ殿!!」

 鋭い声が聞こえた。紅緒か、と思う暇もなく視界に素早く影が差した。皇帝を背に(かば)って見上げると、鴉近の背中があった。茶褐色のたっぷりとした羽毛に覆われたそれは大きな翼の生えた、背中である。人の腕ほども長さのある美しい風切り羽がきらきらと日の光を(はじ)いている。遠くで紅緒が「鴉近様、ねたましい!」と叫んでいる。

「え? お前、飛ぶってそういうこと? そりゃあ、すごい。しかも速い」

「言ってる場合ですか?!」

 振り向きもせずに珍しく声を荒げる宿能生(すくのうせい)は、その腕に真っ黒な糸を大量に巻きつけていた。否、それは蠱物の頭部から伸びた毛髪であった。すでに炎の消えた蠱物からは、(いま)だ細く煙があがっており、黒く焦げた皮膚がずるりと滑り落ちる。その下からは全く変わらぬ顔が現れた。日和の喉が嘔吐(えず)きとも(うな)りともつかないものをこぼした。

 玄梅が扇を振って、風を生じさせるとそれが刃となり、鴉近の腕を絡めとる髪を断ち切った。同時に蠱物に駆け寄った紅緒が、「どっこいしょおお!」と声を上げながら轟音(ごうおん)をあげて鉄鞭振るう。縦に断ち割られた蠱物はしかし、裂けたところからすぐに貼り合わされるように戻っていき、あまつさえ毛髪が紅緒を襲う。それを危なげなく避けて、紅緒と他の謌生が宇賀地のもとまで駆けてくる。氷雨は行き掛けの駄賃(だちん)に、強く糸を引いて蠱物を(さい)の目状に刻む。

「骨が無い」

 氷雨は無表情にそれだけ言って、再び組み直された陣に加わる。蠱物は、散らばった自身を次々に集めながら、ずり、ずりと地を()ってこちら近づいてくる。なんの感情もないように見えたその顔はいつの間にか、憤怒(ふんぬ)憎悪ぞうおに染まっていた。ゆっくりとだが、もうすでに二十歩ほどのところまで来ている。

「う、宇賀地様、我々にはちょっと難しいかと……」

 後退りそうになる足を何とか留めて、日和が言った。玄梅は口もきけない。

「確かに、あれはちょっと普通の蠱物とは違うようだ。仕方ない、俺が謌を詠むから時間を稼げ」

 毛髪の攻撃がある以上、下手に皇帝を動かすこともできない。宇賀地はすぐさま謌を詠み始めたが、それを察したのか、蠱物は一飛(ひとと)びに跳ねて急に距離を詰めてきた。

「まずいまずいまずい!」

 早口に言って玄梅が扇を構える。今すぐに使えるのは、紅緒の鉄鞭と氷雨の糸、玄梅の扇だけである。日和と鴉近が今詠み始めた謌は間に合わない。玄梅が扇を横薙(よこな)ぎに振って蠱物を三つに輪切りにし、間髪(かんぱつ)入れずに氷雨が糸を飛ばして縦に三つに斬る。紅緒は、鉄鞭の先で地面に線を刻んだ。途端(とたん)に、その線に沿って白い炎の壁が立ち上がり、蠱物と彼らの間を(へだ)てる。最後に、斬れたところがすでに治ってきているのが見えたので、炎の壁に到達するのも時間の問題だ。いや、奴は飛べるのだ、もう。

「く」

 来る、そう言いかけた紅緒の目の前で、燃え盛る壁が割れて、顔面を焦がしたあの顔が、現れた。

これは絶対に玉露(たまつゆ)に怒られる。

何故かそれが頭を()ぎった紅緒が息を呑んだ瞬間、不意に白い手が炎の向こうからにゅっと突き出てきた。焼けることなく、(ただ)れることなく、ただただ白い人間の手だ。咄嗟(とっさ)に玄梅が、紅緒の腕を引いて、得体のしれない手と蠱物から引き離した。謌を詠んでいた口を開け放して、宇賀地もそれを凝視した。皇帝が宇賀地の背から顔を(のぞ)かせている。

 全員が唖然(あぜん)と注視する中、その手は場違いに優雅な動きで、がっちりと蠱物を掴んだ。眼窩(がんか)に中指と薬指が食い込んでいるのを見て、「いたたたたた」と紅緒が顔を(ゆが)めて声を上げた。

「……いたたたたたじゃない、この馬鹿」

 地の底から響いたかと思うほど不機嫌な声とともに、手の主が炎の中からぬるりと姿を現した。

 切れ上がった淡黄(たんこう)の目が紅緒を睨む。大きめの口を見事なへの字に結んだ蛇顔に、長い髪も肌も装束も、全てが白い端正な男だ。右手にある人の頭を、無造作に地面に打ち捨てたそれは、處ノ森(ところのもり)蠱物(まじもの)であった。

「なにゆえ」

 紅緒がそう呟くのを聞いた彼は、ふん、とひとつ鼻を鳴らして、右足で勢い良く地面を踏んだ。男の首は、濡れた音を立てて柔らかく踏み潰されたきり、二度と動く気配はなかった。謌生たちがそれを信じられないものを見る目で見ている。そこで、はっと何かに気付いた紅緒が、皆を振り返って手をばたばたさせた。

「この者は、私が今日身随神(みずいじん)の契約を結ぶ予定であった()なので、怪しいものではありませぬ! 鴉近殿、謌を止めてくだされ」

 鴉近が出会ってから何度目かの「こいつ、どうかしてる」という表情を浮かべて口を閉じたのを確認して、息をついたのも(つか)の間、今度は後頭部に衝撃を受けてよろめく。叩かれた。振り向くと、暴力の主はにっこりと笑って静かに言った。

「お前ね、昨日俺はお前に何と言った? 考える時間を寄越せと言わなかったかい」

 目を泳がせながら、紅緒は応えた。

「一晩あれば良いかと……」

 やれやれと首を振って蠱物は言い(つの)った。

「繊細な問題だと言ったろう。一晩でどうこうなる話じゃない。せめて契約の謌を詠むことを予告してくれないと」

「今日身随神が必要なことを言い忘れておった」

 面目(めんぼく)ない、としょげる紅緒に全くほだされる様子のない蠱物は、今度は彼女の額を指で強くはじいた。かなり鋭い音がして、玄梅がびくり、と肩を揺らすが、当の紅緒は額を二、三度さすっただけであった。

「忘れておった、じゃないよ。急にお前が謌うものだから、俺は急いで許しを()に行ったのだよ? いちおう審議だってあるのだから……大体、許されるかどうかもわからないというのに、何て危ないことを」

「許しを得るとは、一体誰に?」

「だから親だよ。あぁ、もういい。互いに説明が足りなかった」

「誠に申し訳ない。そして助けてくれて有難う」

 蠱物(まじもの)が天を(あお)いで肩を落とし、紅緒が神妙に頭を下げたところで、「あの」と遠慮がちに声を上げた者がある。小刻みに震える宇賀地であった。

「紅緒、ちょっといいか。まず主上(しゅしょう)を安全なところにお連れしないといけない。その後で謌生(うたのしょう)全員と、そっ……その、そちらの、そちらにおわす方」

 明らかに様子のおかしいうたよみは、全く明後日の方向を見ながら口籠(くちごも)っている。

「この者は處ノ森(ところのもり)蠱物(まじもの)殿です。うたよみ殿」

「處ノ森の蠱物様にお出ましいただいて、お話をおうかがいいたしたく、おがみたてまつりてかしこみかしこみまもうさく」

 地震もかくやと思われるほどに震える顔面蒼白(がんめんそうはく)の宇賀地に、うたよみ殿が壊れてしまわれた、と紅緒が(つぶや)く。白い男は心底どうでも良さそうに、気のない返事を返しただけであった。

評価や、ブックマークありがとうございます。

2020/10/26 加筆修正

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