表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

第2話 風すら吹かぬとゐう

どうしてこんなことになった。

マーリンは目の前で起こっていることから目を逸らそうとした

しかし、それが出来なかったのは彼の目の前に鉄の破片が飛んできたからだ


明らかにそれは、剣の破片だった

そしてそれを飛ばした人物は、自分の属する魔術師ギルドのギルドマスター ファウストであり、彼と対立して立っている人物が全ての元凶の人間だった


現在地は現実世界 scope運営会社の本部が置かれる我楽多市

現在時刻 午後4時

いくらここが開けた地とはいえ、緑生い茂る公園でそこそこの年齢の人たちがフィールドを展開してやっている事は、タチの悪いヤンキーの絡みと同じだった


※フィールドというのは、スイッチ所持者がスイッチの能力を最大限解放できる範囲のことだ


「そこをどがねぇが、お前はお呼びじゃねぇんだよ」


「そない言われましてもなぁ。うちの新人くんなんですわ。

防御魔法もろくに使えない新人に、いきなり剣で切りかかるなんて普通ないやろ」


「ズイッヂよこぜば悪いようにはじねぇよ」


深く帽子を被った青年は独特な訛りだった

右手には剣を持っているが、特別レア度の高いものでもない

恐らくscopeのB級ショップで買えるぐらいの安くもなければ高くもない丁度いい値段の剣だ


まぁ、先程無残にもファウストによって真っ二つに折られてしまったのだけれど



「スイッチ寄越せばって、自分の持ってるだろ!フィールドだって展開してるんだし!」


「…………うるぜぇ」


「彼はスイッチ持っておらんよ。剣みてみぃ、scopeでならどこのショップでも買えるぐらいのもんやで?」


「え?それじゃなんで現実世界で剣を?」


「…………」


帽子の男はマーリンの言葉を聞いて少しばかり俯いた

マーリンを背に庇っていたファウストが防御魔法を解除して、大きくため息を吐いた

展開されていたフィールドも消える



「裏で誰かスイッチ保持者が手を貸しとるんやろなぁ。スイッチ持っとるからって皆が皆正しく使う訳やないし。あくどく使うタイプの人間はそれだけ実力もある」


ま、自分みたいな従順なやつ釣って楽しんどるんやろ。

ファウストは、完全に帽子の男に背を向けマーリンに話しかける

すると、折れた剣を未だに握りしめていた男が走り出しファウスト目掛けて振り上げたのだ





ガキンッと鉄と鉄のぶつかり合う主が甲高く響く

咄嗟に、無意識のうちにファウストに向けて伸ばされたマーリンの右手は虚しく中をさ迷っている


「あんなぁ、わて接近戦、激得意やねん。」


子供を優しく咎めるように言葉を紡いだファウストの右手には槍が握られていた


それもただの槍ではない、クエスト『オーディン』をクリアし、特定の条件を満たした者のみに開示されるクエストの最深部に存在する、scopeで一つしか存在しない特殊武器、聖遺物と同じレア度の武器 グングニルの槍だ


スイッチ保持者の殆どが、特殊武器を持っている事は話に聞いてはいたがこうも簡単に目にすると、なんとも言えない気持ちになるなとマーリンは呆然と槍を見ながら思った




何故こんな、殺伐としたことになったかと言えば

今から一時間前、学校が終わって教室でマーリンが帰り支度をしている時だった


「おい、日野。御幸先輩がお前のこと呼んでるぞ」


「え?」



日野采マーリンはクラスメイトの言葉に目を丸くした

御幸なんて知り合いいないし、間違いでは?と扉に目を向ければ、そこにはどことなくアバターに似た顔立ちの私服の青年が立っていた



「もしかして、ファウスト?」


「おお!だいせいかーい!よぉわかったなぁ」


黒縁の眼鏡を掛けた癖毛の青年は胡散臭い笑顔をして挨拶をする


「わて、御幸っちゅうねん。御幸秋。秋って書いて『しゅう』やで。よろしゅうなマーリン」


「本当に同じ学校だったんすね。」


「はっは、まぁ高校と大学じゃあんまり会うことないけどな。」



ファウストはどうやら、大学3年だった

成績もよく、後輩の面倒見もいい彼は付属高校を卒業した後もちょくちょく足を運ぶらしい



「それで、俺に用って?」


「最近ここら辺で不審者がでるらしいねん。年の為に送っていこう思ってな」


なんでも帽子を被った人間がフラフラと学校周りを彷徨いているらしい

時より学生に声を掛けては厳重注意を受けているみたいだが、探し物をしているとそれだけを言うとの事だった


「そんな、送ってもらわなくても俺もいい年ですよ?大人一歩手前!」


「わてからしたら、自分もまだ子供やアホ。それにギルドマスターとして声掛けてんねん」


がしりと上から頭を掴まれ左右に揺らされる


時刻は現在に戻る



「ほぅら!」


右手で軽く帽子の男の折れた剣を弾いたファウストはさほど長さはない槍をくるりと一回転させ投げた

勢いのままに投げられた槍は男の帽子の唾を掠り帽子を飛ばす

空中でくるりと向きを変えた槍はそのままファウストの手に収まった

(さすがグングニルの槍だ)思わずマーリンはその槍の機能性に惚れ惚れしてしまった


「くそっ!」



帽子の男は折れた剣をその場に投げ捨てると走って逃げてしまった

追いかけようとしたマーリンを止めたのは、この場には居ないはずの女性の声だった


「追いかけるのはよしたほうがいいぞ?。こっちで追跡してるからそのうち捕まるよん」


「どうやった?」


「うむ、前々から追ってる野良の一人だね。運営さんの方からもスイッチ取り上げてくれーって連絡来てるから、今回の件で捕まえられるよ!あんがとあんがと」



女性というか少女はこちらを見て軽い口調でトントンと言葉を紡いでいく

癖毛の髪に片耳にはイヤホン、マーリンと同じ恒星高校の制服 身長は平均より小さめだ


その後には端末画面から目を離さずにいる青年がいる

少女と同じく癖毛で制服は若干着崩されているが運動部なのか体格はいい

ファウストに似てなくもないなとマーリンはふたりを見る


「だれ?」


「おりょ、そーかそっか!これは失礼いたしました。御幸ルカっす!アバター名はルカでーす」


「同じく御幸伊作!アバター名はイサクな。よろしくマーリン」


ニッカリと笑った2人は右手を差し出す

握手の意味で差し出された手をマーリンは恐る恐る握った



「あ、念のため言っとくと、わての弟と妹やで」


「だと思いました」



顔が似てるというより、髪の毛の質感がそっくりな兄弟だ

笑顔は妹が無垢、弟は含みがある、兄は胡散臭いといったところだろうか



「私とルカは双子なんだぜ。レアだろ?」


端末をポケットにしまったイサクはルカの肩を組みながらニッカリと笑う

なんとも笑顔の似合うイケメンだ

ただその笑い方が悪戯好きの子供と同じなのが気がかりだが……


「定番だと思うから聞きますけど、どっちが上ですか」


「私」 「イサク」


2人はほぼ同時に答えた

こういうのは揉めるものだと考えていたマーリンな少し驚いたが

言われて見れば確かにイサクの方がしっかりした雰囲気があると一人納得した


「ギルドマスターも大変だねぇ。治安維持でしょ?それに新人教育!」


「あっは、自分らのとこのギルドマスターも苦労してんちゃうか?あの人、ぼんやりした不安に生きとるんやろ」


「胡散臭いよりいいでしょ!誠実で真面目!ちょっと胃に爆弾があるだけだしぃ」


「わては無理やわぁ。」


皮肉に皮肉を返すファウストをイサクは何も言わず見ていた

兄妹だと言う割には、言葉の端々に棘がある


ポンッと、トーくんの通知音が鳴るとルカは端末を見た

その間もファウストがルカから視線を逸らさずにいた事がマーリンは気がかりだった

彼は一体何に警戒をしていて、何を探ろうとしているのか?


二人と合流した当初はそんな雰囲気を出していなかった。

明らかにルカの先ほどの言葉からだ



あちゃーと小さく呟かれた

ルカの持つ端末を覗き込んだイサクも、あーあとあまり残念そうではない声をあげた


「逃げられちゃったみたい」


「えっ!?さっきの奴に?それって……」


「なんや怠けとるんちゃうか?自分のギルド。

芥川の奴も何しとるんや。」


「芥川さんは今日は休みの日だから関係ないさ」


マーリンの言葉に被せてきたファウストは口元は笑っているが眉間に皺を寄せていた少しずつ、だが確実に険悪になっていく空気にマーリンは気まずそうに3人の顔を見た

ファウストは笑顔を絶やしてはいない。

ルカも困ったように笑っている

イサクは笑顔を深める。ニヤリという効果音が聞こえてきそうな程、悪どい笑みだ

俺はここに必要だろうか?

自問自答を繰り返しながらマーリンは、少しづつ後ずさる



「あ、そう言えばマーリンって魔術師なんでしょ?今度魔法しょーぶしようよ!ハンデありでさ」


「いっ!?いや、いいけどさ。」


突然かけられた声に、思わず上擦った返事をしてしまった

現在の心情を一言で表すなら居心地が悪い。

ファウストが悪いわけでも、ルカが悪いわけでもないことに今気がついた

居心地が悪い原因はイサクなのだ


彼は喋らない間、こちらの様子を伺っているのだ

動き一つ見過ごさない様に息を潜めて気配を立って端末を見ているフリをしながら、こちらの行動に気を配っている

下手な動きをすれば、スグにでも動けるように


そんな雰囲気がなんとなくだがマーリンは感じた


次の日


「おい、日野。1組の御幸がお前のこと呼んでるぞ」


じとりとこちらを見る友人に乾いた笑いを返したマーリンは扉を見る


(まさかの1組かぁ……。)


頭のいい1組、出来損ないの3組、その中間の2組で分けられている

ぶっちゃけ言ってしまえば、ほかのクラスと関わる機会なんてほとんど無いし、1組からすれば2組3組なんて石ころみたいなものだし、3組からすれば関わりたくないと言うのが本音だろう


「よっ!やっぱマーリンは2組か」


彼は口元を抑えて笑う

そこには軽蔑したようなものも、2組を軽んじたような笑い声も含まれていなかった



「バカにしないのか?」


「いやーだってルカの奴、3組だし」


「えっ!?」


「あいつ不真面目だからな」


あんまりにもイサクが軽く言うので驚いた

うちの学校では他クラスは敵という認識が少なからずある

無論そこまで強くある風潮ではないが、誰もが心のどこかで3組は……って思ってしまっている

マーリンもその1人だ



「あっはっはっ、3組の奴に会う時はその目つき止めた方がいいぞ?」


「わ、悪い…」


「……。ここじゃなんだからさ、ちょっと場所変えようか」


ニッカリと笑ったイサクにマーリンは底知れぬ恐怖を確かに感じた

彼は振り返ることなくスタスタと歩いていく

残されたマーリンは居心地の悪い視線を感じながら鞄を持って彼を追いかけた



「…………んぁ?」


その時すれ違った3組の青年が興味深そうにこちらを見ていたことなど気づいてもいなかった







「それで、用があったんだろ?」


「いや、大したことじゃないんだよ。ただ私が少し気になっただけでさ」


「なんだよ」


「マーリンはさ、スイッチについてどう思うよ」



屋上に来た2人は少し距離を開けて立っていた

イサクはマーリンの方を見ずに、下校する生徒達を見下ろしている



「どーって言われても、俺は現実でも使えたら便利だなぁとか、夢があるなぁぐらいにしか思ってないな」


「……だよなぁ!殆どの奴がそうなんだよ!最初は、な?

人って変わるもんでさ、すぐに欲に走る。

それで大体二つに別れる。犯罪を犯す側か英雄気取りのヒーロー側か。

ギルドマスターはどっちかと言えばヒーロー側だな。スイッチをうまく使って犯罪抑制に動いてる。逆にどこにも属さない野良は自由なもんだぜ。

んで、お前はギルドに入った。」


ゾッと威圧感を感じた

こちらを向いたイサクは笑っていたが、言葉は確かに警告じみたものだった


「別にお前がどっち側だろうが、私には関係ない。

私が気にしてるのは、お前が私達にとって敵なのか味方なのかってとこだ」


「敵も味方もないだろ…。仮に俺がヒーロー側だったとしても、イサクが犯罪を侵さなきゃ敵にはならないんだろ?」


「んーじゃあさ、私達がある事をしようとしていたら?」


「あること?」


「スイッチをこの街からなくす、とか」


人差し指を立てて笑顔で言い放った

彼の左手にスイッチが握られていることに気づいた時には遅かった

マーリンはすぐに違和感を感じた

これは魔法を現実世界で使う時に発生する、空間の僅かな歪みの違和感だ

恐らく、同じようにスイッチを使って魔法を現実で使った事のある者にしか分からないぐらいの小さなもの


「なんだよそれ!犯罪がどうたらって言う話しなら、持つ人間を絞ればいいだろ」


「だから言っただろ?例えばの話しだって…。

重要なのは私の考えに反論するか否かだ」


「俺は理由が分からなきゃ、何も出来ない。納得できれば協力だってできるだろ?」


マーリンの周りを強い風が包む

恐らくイサクが威嚇のために発動した魔法だろう

ゆっくりとマーリンもスイッチを発動しようと手にかけた時、第三者の声が聞こえた




「そーそー"納得できれば"協力してあげるってぇ」


ガシッとマーリンの肩に腕を組み、そのまま逃げ出せないように固定する

身長もあるし体格もいいその人物に何一つ抵抗はできなかった


(風の魔法で俺の周りに壁を作ってたはず…。それを生身で突っ切った?嘘だろ)


マーリンは驚愕で首を上に向ける

眼鏡を掛けた高校生とは言い難い顔つきの男は視線に気づいたのかこちらを一服した


「可哀想だろイサク。こんなに可愛い可愛いちんちくりんのひよっ子虐めたら、ギルドのおっとさんがなくぞぉ」


「そこはおっかさんだろ。安吾」


(最近出会いの数が増えすぎて名前が覚えられない…)


そう考えていたマーリンは名前を聞いてピシリと固まった

覚えられないという次元の人物ではない

グレーアバターの1人である。

グレーアバターは関わらない方が身のためと運営から指定されたアバターである。

酒癖と強化薬、あと自由人で大雑把、絡まれたら終わりと称されるアバターの名前が安吾


「安吾……」


「あれ、俺のこと知ってんの?なら話はえーわ。俺達に関わらない方がいいぜ」


組んでいた腕を外した彼はマーリンの背中を扉の方に叩いた

押された衝撃で足を一歩踏み出したがすぐに向きを変えて二人を見る



「悪かったなマーリン。お前も下手に多くのスイッチ保持者と関わるのはやめた方がいい。

例えギルドマスターでも信頼するのはやめておけよ」


「お前ほんとツンデレだな、イサク」



安吾に肩を叩かれながらも、こちらをしっかりと見ているイサクの視線に思わず頷いた


「俺達はお前らの味方じゃないからさ。下手に俺らと関わるとギルドマスターに睨まれちまうぜ。ひよっ子」


しっしっと手を振る



「………なら、スイッチ保持者としてじゃなく、同じ高校の友達としてなら、関わってもいいだろ」


「はぁ?お前馬鹿なのか?そういう問題じ」


「それなら全然いいぜ!いつでも連絡くれや!ついでに俺3組な」


「だと思ったよ。よろしくな、安吾、イサク!」



心底呆れたとため息をついたイサクと、そりゃもう楽しそうにこちらにグッドサインを向けた安吾

結局雰囲気は和やかになり、マーリンは屋上から降りた





「どういうつもりなんだ、安吾」


「いーじゃねぇか!仲間としてじゃなく、友達として関わるぐらいにはよ。

可哀想なひよっ子は自分に追跡魔法がかけられていた事すら知らなかったんだし。ちったぁ守ってやろうじゃねぇかよ。」


「いずれ対立することになるかもしれないんだぞ」


「芥川さんからの命令でも、か?」


「は」


「今期配られたスイッチは全部で七つ。うち五つは既に五大ギルドのとこだろ。今期は二人も多くスイッチが配布されてんだ。多少でもいいから保険は掛けとけってさ」


地べたに座り込んだ安吾を横目にイサクは眉を潜めた

保険もクソもないだろと小さく呟いたイサクに安吾は爆笑した。


「いっひっひっひっ!安心しろよ。俺達だけじゃねぇ。ほかのメンバーも既に動いてるぜ

まずは軽ーく地盤を崩しましょうってな」


「それも芥川さんが?」


「いや。ぽぉちゃんと川端さん」


「あの2人絶対芥川さんで楽しんでるよな」


あーっとボヤきながらしゃがみ込んだイサクとそれを確認した安吾はポケットから端末を取り出すとトーくんを開いてグループに一言送った


『イサク撃沈でーすw』


即既読がついた事に、我がギルドながら流石だなぁと感じた



第2話 end

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ