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復讐の炎

残酷描写あります。

 傭兵二人を殺し、復讐に心を奪われながら、人目につきにくい道をたどってジルの家へと向かった。


 色とりどりの花が咲き乱れる庭を抜け、玄関の前に立つ。

 いつものように、奥のキッチンにエプロンをしたジルがいるような気がして、扉を開け、目を凝らした。


 しんと静かな室内は薄暗く、ジルがいるはずの場所には、窓から光が差し込んでいて……何もない空間が、淡く照らされていた。


 家の中には、ふわりと微かにジルの香りが漂っている。

 もう二度と嗅ぐことのないであろう愛しい香りに、胸がきしんだ。


 今朝まで、共に過ごした家。

 棚にはおそろいの食器が並び、壁には昔買ってやったジルの上着が掛けられている。

 ソファの上にあるクッションや、緑色のカーテン、染みの付いた床……家の中全てにジルとの思い出があった。


 決して大きくはない部屋のはずなのに、とてつもなく広く感じる。

 あるじを失ってしまった家は、見知らぬ誰かのもののようにも見えた。


――・――・――・――・――・――・――


 この姿のままでは人目につくため、血と泥が付いた服を着替え、身体を綺麗に洗う。

 鏡を見つめると、服装こそ普段と変わらないが、顔はやつれ、目には暗い影が落ちていて、別人のように酷い顔をしていた。


 ふと机の上に視線を送ると、紙が一枚置かれているのが目に入る。

 その紙には、ぐしゃぐしゃと掻き消すような線が引かれていた。



 綺麗好きなジルが、こうやって物を放置しておくことはめずらしい。

 不思議とそれが気になってしまい、机に近づいて手にとった。


 無造作に引かれた線の合間から文字が見える。

 アイツは一体、何を書いたのだろうか……


 じっと目を凝らして、中身を読みこんでいく。



「……あのバカ女」

 受け取り手のいない憎まれ口を叩きながら、紙をぐしゃぐしゃに握り、(ひたい)へと当てた。


 書かれていたのは『式の前夜にいなくなる私を許してください』という内容。

 そして『結婚をしたら、レオンに証を渡さなければいけなくなる。どうしてもレオンには渡したくなかった』というものだった。


 最初は俺宛ての手紙のつもりで書いていたのだろう。

 やけに丁寧な字が連なっている。

 

 そんな手紙だが、右下の端がいびつに歪んでいる。


 恐らくジルは、これを書いているうちに泣いてしまい、涙で紙がふやけてしまったのだろう。

 塗りつぶしたということは、書いているうちにためらいが生じて、文字を描き消し、気分を変えようと無花果いちじくを探しに林に向かったのかもしれない。



 式を挙げるのが夢だった、と死ぬ間際に言ったジル。

 この世は、証があるというだけで、そんな小さな夢をも諦めようとしなければならない場所なのか。


 結婚をして、子を産み、母になり、俺と共に老いていく。

 そんなふうに、普通に生きていられたはずの、ジルの人生。

 それが、証と教会(ヤツら)の手によって、歪められたのだ。


 絶望という闇に落とされ、掴めるはずの幸せを得ることもなく死ぬなど、さぞかし苦しかっただろう。

 無念であっただろう。


 ジルは死を目前にしても、相手を想うような優しいヤツで、強い女だった。

 残される俺に“ステキないい人生だった”と、そう言って笑ったんだ。


 “最期の時まで私でいたい”という言葉を貫き、ジルは最期まで運命と戦い抜いた。

 あんなに細っこい身体で、死の恐怖と、理不尽という苦しみに打ち勝ち、笑おうとしたのだ。

 その覚悟がどんなに辛いものだったか、計り知れない。


 どんな理由があろうと、ジルを裏切り、苦しめた律教らを、許せるはずなど……ない。



「行ってくるよ、ジル」

 振り返って、誰もいない静まり返った部屋に向かって呟き、玄関の扉を閉めていく。

 両の口角をにたりと引き上げて、教会のある方向を睨み付けた。


 俺をつき動かしているのは、怒りと憎悪、もうじき復讐を遂げられるという歓喜。

 ただそれだけだった。


――・――・――・――・――・――・――


 教会に戻って群青色のローブを再び羽織り、ヤツらのいる部屋を目指す。

 扉をノックして中へと入ると、呑気に紅茶を楽しみながら律教たちは書類に目を通していた。


「おや、どうしたのですか。顔がやつれているように見えるのですが」

 マルク律教の言葉を聞いて、微かに笑った。


「休憩時間に昼寝をしてしまい、そこで悪夢を見たものでして」


「悪夢か、それは大変だったな。どんな内容だったのだ?」

 ローガン律教はティーカップを置いて、こちらに視線を向けてくる。

 ゆったりとした動作は、貴族の紳士さながらだ。



「世界が終わってしまう夢ですよ、酷い悪夢です」

 両のこぶしを握り締めながら、にこりと微笑む。

 顔に貼りつけた仮面とは反対に、心の奥底では、どす黒い感情が汚泥のように渦巻いていた。


「ははは! 祈りの巫女と神の使いがいるうちは、世界の平和は終わらんよ。して、我らに何の用だ?」

 ローガン律教の問いを受け、めいいっぱい口角を上げた。


「依頼を受けたという男たちが、お二人とお話をさせていただきたい、と。聖拝堂へお越しいただけませんか?」


「おお、そうか」


「仕事が早くて助かるな」

 マルク律教とローガン律教の二人は顔を見合わせて満足そうに笑み、立ち上がった。



――・――・――・――・――・――・――


 美しく整えられた庭を歩き、二人を先導する。


「どうぞ、お入りください」

 ぎぃ、と音を立てて聖拝堂の扉を開けた。


 律教たちは言われるがまま中へと入っていくが、すぐにきょろきょろとあたりを見渡しだす。


「誰も……いないな」

「レオンよ、場所を間違えたのではないのですか?」


 傭兵の姿を探す律教たちを見ながら、後ろ手で聖拝堂の扉を閉めた。

 外からの光が遮断された聖拝堂の中は、どこか薄暗い。



 そのまま、二人をまっすぐに見つめ、淡々と言葉を放つ。


「律教のお二方に問いたい」


 普段と違うトーンで話しだした俺に違和感を感じたのか、二人はこちらを振り返ってきて、怪訝な顔で視線を送ってくる。

 それに構わず、再び口を開いて言葉を続けていく。


「心優しき娘が、理不尽な運命を背負う理由はどこにある?」

 

「む?」

 質問の意図がわからなかったのだろう。

 ローガン律教は首をかしげている。

 今度はマルク律教を見つめて、言葉を放つ。


「罪なき娘が、死なねばならない理由はどこにある?」


「レオンよ、急にどうしたのです……?」

 困惑するマルク律教を見て、俺は深く息を吸い、口を開いた。


「なぜネラ神や律教は、ジルを救ってくださらなかったのだ!!」


 響き渡る怒号に二人は震え、怯えたように呟く。


「ジル、だと。お前、まさか!」



「……聖拝を捧げるここで、ぜひ試させていただきたい」

 にたりと両の口角を引き上げて、右手をおもむろに上げていく。


「レオンよ、一体どうしてしまったのです!?」

 後ずさりをするマルク律教を見て、からからと笑った。


「おいおい、人の話はよく聞けよ。先ほど試すと言っただろうが。ネラ神が、復讐に囚われた男からお前らを救ってくれるのかどうかをなァ!」


 右手を上げていくと、磨かれた真っ白な床から闇が手のように這い出てくる。

 それらは、律教たちの足へと絡みつきだした。



「まさかこれは、裁きの証……? やめ、ろ、やめてくれぇぇぇっ!」

 ローガン律教は虫を払うかのように闇を消そうとするが、そんなもので取り払えるものじゃない。

 人の寿命を食うような代物なのだ。

 無駄な抵抗にもほどがある。



「レオン、世界のためだ、世界のために仕方なかったんだ」

 ガタガタと震えながら、マルク律教は言う。

 その言葉に自嘲して嗤った。


「世界、か。俺の世界は、ついさっき壊れてなくなっちまったよ……」


 俺の世界は……ジルで出来ていた。

 アイツがいないいま、これからどうやって生きていけば良いのだろう。


 あの声も、あの温もりも、あの笑顔もないままに。

 もう、アイツに会う前の生活がどんなものだったかも思い出せないんだ。


 胸にぽっかりと空いた、でかすぎるこの穴をどうやって埋めればいいのか、見当すらつかない。


 視線を落として強く目をつぶると、マルク律教の声が聞こえてきた。



「ああ、ネラ様……どうか! どうか信心深き我らをお助け下さい。この悪しき者に改心を!!」

 その言葉に怒りが溢れる。

 ジルを傷つけ、命を奪っておきながら、自分たちは悪くないと本気で思っているのだろう。


 そのおめでたい頭が可笑しくて可笑しくて。

 心底憎いと思った。


 迷える者たちではなく、自分のためだけに手を合わせて必死に祈る無様な聖職者二人の姿を見やる。


 結局、アンタらも自分が一番可愛いんだろ?

 娘一人いなくなるのは、あんなに楽しそうに話していたくせに、いまの姿は何なんだ。


 煮えたぎるような怒りが、腹の底から湧いてくる。

 それを押し止めることなんか、不可能だった。



「まずは……足首」

 指先を動かして闇を操り、人差し指と親指とを互いに強く押し当てる。

 それと同時に二人にまとわりついた闇が、絞るようにして足首を潰した。

 耳を裂くような甲高い悲鳴が二人ぶん響く。


 「やめてくれ」と懇願するのも聞かず、にたりと口角を上げた。


「……次は、膝だ」

 目を見開いてわめき出す律教たちに視線を送って、(わら)う。


 この力はいい。

 周りを血で汚すこともなく、嫌な感触が伝わることもない。


 拷問をするように、手や肘、指……二人の関節をことごとく破壊していく。

 そのたびに、いつもはネラを讃える歌が溢れる聖拝堂で、律教たちの醜い悲鳴が響いた。



「痛い、痛いよぉ……こんなのいやだぁぁぁ!!」

 痛みに堪えきれず、ローガン律教が別人のような顔で泣きわめいている。


「ったく、この程度で、情けねェなァ。ジルが受けた痛みは、こんなもんじゃねーんだ!!」 

 怒りに満ちた声を出して、闇をヤツらの首元まで這わせていく。



「ネラ様、我らを……早く我らをお助けください! こんなところで、死にたくない……!! 我らは世界を守ろうとしたのです、どうかお助けを!」


 マルク律教は、叫ぶような声で助けを求め、祈りの言葉を呟きはじめた。



 この期に及んで、コイツはまだ自分を正当化し、ジルの命を奪ったことを悔いることもしないのか。


 こんなやつに生きる資格などない。

 生かしておく理由もない。



 二人を完全に闇で包みこみ、右手をかざしながら声を上げて嗤った。


「ああ、せいぜい祈れ! どのみちアンタらも俺も助からねェからよォ!」

 少しずつ、なるべく苦しみが長く続くように、握り潰していく。

 しばらく醜い悲鳴と(かす)れた声が聞こえていたが、やがて傭兵たちと同じようにして二人も消えた。


 二回目だからなのか、憎い相手だからなのか。

 害虫を駆除する感覚によく似ていて、大して何とも思わなかった。



「あははははは最高だ! ネラ神は誰も救ってなんかくれやしない! はははは!」

 律教を失った聖拝堂で、高らかな笑い声だけが幾度も反響し、そんな俺の姿をネラ神のステンドグラスが見下みおろしていた。

 

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