裁きの力
ジルを救えなかった後悔と悲しみとで、深紅の血を握り締めながら放心する。
これ以上何も聞きたくないし、見たくもなかった。
このまま一人、ここで朽ちていくのも悪くない。
そうしたら、俺もジルと同じ所へ行けるだろうか。
またアイツに会えるだろうか……
生きることに意味を見いだせずにいると、複数の足音が耳に飛び込んでくる。
俺のすぐそばまで近づいてきたところで、それは止まった。
「おいおい、なぁ、兄ちゃんよォ。さっきはよくもやってくれたなァ!」
怒りに満ちた声がして顔を上げると、そこには先ほどの傭兵二人がいた。
俺の攻撃はかなり効いていたようで、優男の顔の下半分は青黒くパンパンに腫れており、怒りからか口調も別人のように変わってしまっている。
「さっきの姉ちゃんはどこだ~?」
愚鈍そうな大男が尋ねてきて、またジルの最期を思い返してしまう。
視線を落としてこぶしを強く握り締め、ぽつりと呟く。
「……死んだよ」
自身の口から飛び出た声は、まるで他人が話す他人事のように聞こえた。
「は!? んなわけねーだろうが、血の跡がココで終わってんだ。死体もねーのに何が“死んだ”だ!」
優男は威嚇する猿のように喚き散らしてくるが、恐怖も不安も感じなかった。
いま、胸の奥にあった感情は、ただ一つ――
「アンタらが、証が、教会が、アイツを……ジルを殺したんだろうが!!」
怒りにまかせて勢いよく立ち上がり、怒号を放った。
俺の豹変ぶりに驚いたのだろう。
傭兵たちは一歩後ずさりをして、俺の様子をうかがっている。
なぜ、こんなクズどもが生きていて、ジルが死ななければならない?
人を殺して生きる傭兵どもと、人の心を生かして救うジル。
生きるべき者は、一目瞭然じゃないか。
こんなクズどもに生きている価値などあるのだろうか。
もしも俺に力があれば、コイツらの存在を跡形も無く消し去ってやるのに――
そう強く願った時、身体の奥底から自然と、熱く煮えたぎるような力が沸き上がってくるのを感じた。
誰に聞いたわけでもないのに、禁じられた魔法の使い方がわかった。
沸き上がってくるこの力は恐らく、魔力。
俺の怒りと憎しみとに、魔力を持つという“証”が同調し、力を貸してくれているのだ。
いまばかりはこの“裁きの証”を、神が授けてくれたモノのように感じた。
握りしめるように左胸に手をあてて、憎たらしい証に語りかける。
――裁きの証よ、いくらでも俺の寿命を食らうがいい。
そのかわり、存分にその力を使わせてもらうぜ、と。
復讐を遂げる力を得た歓喜に沸き、にたりと口角を上げ、右手を突き出した。
「に、兄ちゃん、こいつ何だかやばいよぉ」
何かを感じ取ったのか大男が情けない声を出して、後ずさりをする。
「どうせ、恐怖で頭イカレちまったんだろ。さっさと女の居場所を吐けよ!」
優男は剣を抜き、こちらへと斬りかかってくる。
だが、逃げることもせず、その場に立ったままで、優男を見つめて嗤った。
「なぁ、どうした? 俺を斬るんじゃなかったのか」
「くそっ、足が動かねぇ。テメェ、何しやがった!」
優男は怒鳴りながら尋ねてくる。
あんなにわめいていたくせに、今度はどこか焦りと不安の表情を浮かべている。
それが面白くて、面白くて。
両の口角がニタリと上がった。
「じきに分かる。せっかくのショーなんだから、楽しんでいけよ」
右手首をくいとひねり、上へと動かしていく。
すると、傭兵たちの足元に黒い光が広がり、猛スピードで成長するツタのように、足首から膝、膝から太腿へ、上へ上へと絡みつきだした。
「なんだ、これは! やめろ、やめてくれぇぇっ!!」
「兄ちゃん、怖いよォォ!」
傭兵たちは情けなく泣き叫んでいる。
顔も恐怖でぐちゃぐちゃに歪んでいて、それを見ているのがたまらなく快感だった。
「なァ、その声もっと聞かせてくれよ。楽しくて仕方がない」
声を上げて笑うと、優男は媚びるような声で言ってくる。
「ジル・ウォーカーは諦めます! 殺したことにしますからぁぁっ」
その名を出されてふと我に返り、地面に落ちたナナカマドの小枝を見やる。
深緑の葉を彩る、たくさんの小さな赤い実。
さっきまでここにいたジルが、ブーケだと言って笑った枝だ。
だが。
ジルは……俺が愛する女は、もうどこにもいない。
世界中を探し回ったって、二度と会えない。
声すら聞けない。
アイツが何を思って生き、死んでいったのかを知るすべもないのだ。
だらりと手を下ろして立ち尽くす。
アイツのことを考えると、先ほどまでは愉快だった傭兵たちのわめき声も、騒音でしかなくなってしまう。
ジルがもし生きていたら、いまのこの状況をどう思うだろうか。
傭兵たちを殺せというだろうか。
それとも……
猛スピードで登っていた黒い光の動きを止め、傭兵たちの胸元あたりでとどまらせる。
それに安堵したのだろう。
優男が俺の様子をうかがってきて、媚びるような声を出していく。
「報奨金も全額、お兄さんにお渡しします! かなりの額ですよ、遊んで暮らせますしね! 弱い女とはいえ、人一人を殺すわけですから」
その言葉に、ぴくりと指先が震えた。
傭兵たちの処分に、一瞬でも悩んだ自分が愚かだった。
こんなクズを、このまま生かしてはおけない。
コイツらは、ジルを奪った罪人で、生きる価値などないのだ。
復讐を遂げろ、コイツらを殺せ。
ジルを苦しめ、殺すような世界など、壊してしまえばいい。
俺は、人を裁く力を得たのだから。
苦しみと悲しみと怒りと歓喜とが混ざり合い、俺の中に狂気が生まれた。
人を人と思わぬような、狂気が。
「お前らは、ゴミだ」
目を見開いている二人へと歩み寄りながら、言い放つ。
傭兵たちは、喉元にまで迫ってきた黒い光に、恐怖を感じているのか、俺を見て、震えながら目を見開いていた。
「助けてください、何でもしますからぁぁぁっ!」
「怖い、怖いよぉぉ!」
泣き叫ぶ二人を見ながら足を止める。
すがるような視線を向けてくる二人に向かってにこりと微笑み、別れの挨拶をするように、右の手のひらを開いて左右に振った。
「ゴミに情けは、いらねぇだろう?」
そう言って勢いよく右手を握りつぶすと、やつらは闇のような黒い光に潰されて、血の一滴もこぼさず消えた。
一切感触などなかった。
それなのに、右手にモヤモヤとした嫌な感覚が残っている気がした。
誰もいない洞窟に自分の足音だけが響く。
持ち主がいなくなってしまったナナカマドの小枝を拾い上げ、外の光に向かって歩み出す。
まだ、この心は満たされてなどいない。
こんなんじゃ、到底足りていないのだろう。
ジルを裏切った奴への復讐が……まだ残っているのだから。