表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/18

裁きの力

 ジルを救えなかった後悔と悲しみとで、深紅の血を握り締めながら放心する。

 これ以上何も聞きたくないし、見たくもなかった。


 このまま一人、ここで朽ちていくのも悪くない。

 そうしたら、俺もジルと同じ所へ行けるだろうか。

 またアイツに会えるだろうか……



 生きることに意味を見いだせずにいると、複数の足音が耳に飛び込んでくる。

 俺のすぐそばまで近づいてきたところで、それは止まった。



「おいおい、なぁ、兄ちゃんよォ。さっきはよくもやってくれたなァ!」

 怒りに満ちた声がして顔を上げると、そこには先ほどの傭兵二人がいた。


 俺の攻撃はかなり効いていたようで、優男の顔の下半分は青黒くパンパンに腫れており、怒りからか口調も別人のように変わってしまっている。


「さっきの姉ちゃんはどこだ~?」

 愚鈍そうな大男が尋ねてきて、またジルの最期を思い返してしまう。


 視線を落としてこぶしを強く握り締め、ぽつりと呟く。

「……死んだよ」


 自身の口から飛び出た声は、まるで他人が話す他人事ひとごとのように聞こえた。



「は!? んなわけねーだろうが、血の跡がココで終わってんだ。死体もねーのに何が“死んだ”だ!」

 優男は威嚇する猿のように喚き散らしてくるが、恐怖も不安も感じなかった。


 いま、胸の奥にあった感情は、ただ一つ―― 


「アンタらが、証が、教会が、アイツを……ジルを殺したんだろうが!!」

 怒りにまかせて勢いよく立ち上がり、怒号を放った。


 俺の豹変ぶりに驚いたのだろう。

 傭兵たちは一歩後ずさりをして、俺の様子をうかがっている。



 なぜ、こんなクズどもが生きていて、ジルが死ななければならない?

 人を殺して生きる傭兵どもと、人の心を生かして救うジル。

 生きるべき者は、一目瞭然じゃないか。


 こんなクズどもに生きている価値などあるのだろうか。

 もしも俺に力があれば、コイツらの存在を跡形も無く消し去ってやるのに――


 そう強く願った時、身体の奥底から自然と、熱く煮えたぎるような力が沸き上がってくるのを感じた。



 誰に聞いたわけでもないのに、禁じられた魔法の使い方がわかった。

 沸き上がってくるこの力は恐らく、魔力。


 俺の怒りと憎しみとに、魔力を持つという“証”が同調し、力を貸してくれているのだ。

 いまばかりはこの“裁きの証”を、神が授けてくれたモノのように感じた。


 握りしめるように左胸に手をあてて、憎たらしい証に語りかける。



 ――裁きの証よ、いくらでも俺の寿命を食らうがいい。

 そのかわり、存分にその力を使わせてもらうぜ、と。


 復讐を遂げる力を得た歓喜に沸き、にたりと口角を上げ、右手を突き出した。


「に、兄ちゃん、こいつ何だかやばいよぉ」

 何かを感じ取ったのか大男が情けない声を出して、後ずさりをする。


「どうせ、恐怖で頭イカレちまったんだろ。さっさと女の居場所を吐けよ!」

 優男は剣を抜き、こちらへと斬りかかってくる。



 だが、逃げることもせず、その場に立ったままで、優男を見つめてわらった。


「なぁ、どうした? 俺を斬るんじゃなかったのか」


「くそっ、足が動かねぇ。テメェ、何しやがった!」

 優男は怒鳴りながら尋ねてくる。

 あんなにわめいていたくせに、今度はどこか焦りと不安の表情を浮かべている。

 それが面白くて、面白くて。


 両の口角がニタリと上がった。



「じきに分かる。せっかくのショーなんだから、楽しんでいけよ」

 右手首をくいとひねり、上へと動かしていく。

 すると、傭兵たちの足元に黒い光が広がり、猛スピードで成長するツタのように、足首から膝、膝から太腿へ、上へ上へと絡みつきだした。



「なんだ、これは! やめろ、やめてくれぇぇっ!!」


「兄ちゃん、怖いよォォ!」

 傭兵たちは情けなく泣き叫んでいる。

 顔も恐怖でぐちゃぐちゃに歪んでいて、それを見ているのがたまらなく快感だった。


「なァ、その声もっと聞かせてくれよ。楽しくて仕方がない」

 声を上げて笑うと、優男は媚びるような声で言ってくる。


「ジル・ウォーカーは諦めます! 殺したことにしますからぁぁっ」


 その名を出されてふと我に返り、地面に落ちたナナカマドの小枝を見やる。

 深緑の葉を彩る、たくさんの小さな赤い実。

 さっきまでここにいたジルが、ブーケだと言って笑った枝だ。


 だが。

 ジルは……俺が愛する女は、もうどこにもいない。

 世界中を探し回ったって、二度と会えない。

 声すら聞けない。

 アイツが何を思って生き、死んでいったのかを知るすべもないのだ。


 だらりと手を下ろして立ち尽くす。

 アイツのことを考えると、先ほどまでは愉快だった傭兵たちのわめき声も、騒音でしかなくなってしまう。


 ジルがもし生きていたら、いまのこの状況をどう思うだろうか。

 傭兵たちを殺せというだろうか。

 それとも……


 猛スピードで登っていた黒い光の動きを止め、傭兵たちの胸元あたりでとどまらせる。


 それに安堵したのだろう。

 優男が俺の様子をうかがってきて、媚びるような声を出していく。


「報奨金も全額、お兄さんにお渡しします! かなりの額ですよ、遊んで暮らせますしね! 弱い女とはいえ、人一人を殺すわけですから」


 その言葉に、ぴくりと指先が震えた。

 傭兵たちの処分に、一瞬でも悩んだ自分が愚かだった。


 こんなクズを、このまま生かしてはおけない。

 コイツらは、ジルを奪った罪人で、生きる価値などないのだ。



 復讐を遂げろ、コイツらを殺せ。

 ジルを苦しめ、殺すような世界など、壊してしまえばいい。

 俺は、人を裁く力を得たのだから。


 苦しみと悲しみと怒りと歓喜とが混ざり合い、俺の中に狂気が生まれた。

 人を人と思わぬような、狂気が。


「お前らは、ゴミだ」

 目を見開いている二人へと歩み寄りながら、言い放つ。

 傭兵たちは、喉元のどもとにまで迫ってきた黒い光に、恐怖を感じているのか、俺を見て、震えながら目を見開いていた。


「助けてください、何でもしますからぁぁぁっ!」

「怖い、怖いよぉぉ!」


 泣き叫ぶ二人を見ながら足を止める。

 すがるような視線を向けてくる二人に向かってにこりと微笑み、別れの挨拶をするように、右の手のひらを開いて左右に振った。


「ゴミに情けは、いらねぇだろう?」


 そう言って勢いよく右手を握りつぶすと、やつらは闇のような黒い光に潰されて、血の一滴もこぼさず消えた。


 一切感触などなかった。

 それなのに、右手にモヤモヤとした嫌な感覚が残っている気がした。


 誰もいない洞窟に自分の足音だけが響く。

 持ち主がいなくなってしまったナナカマドの小枝を拾い上げ、外の光に向かって歩み出す。


 まだ、この心は満たされてなどいない。

 こんなんじゃ、到底足りていないのだろう。

 ジルを裏切った奴への復讐が……まだ残っているのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ